艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、コラボ回最終話、ラストスパート参ります!

それでは、抜錨!


Chapter2-8 艦の思い

 

 

 

“それ”を見た時、なんの冗談かと思った。

 

 海の上を進む少女がこちらにやってきている。

 その時“彼”は救命胴衣を付けていなかった。ライフルなどを構えるには邪魔になるのだ。マニラ湾で海に投げ出されたときは膨張式(インフレータブル)の救命胴衣を使えたのだが、一度使ってしまったためもう使えない。炭酸ガスのボンベの予備もなかったし、旧式の救命胴衣はかさばるから着ていなかったのだ。

 

 それがあだになった。

 

 水底は暗く沈み込み、そこに引きこまれるのは時間の問題だった。まだ砲撃を受け続けていて、水上に健在な同志の船も回避行動で精一杯でこちらを助ける余裕などなさそうだ。

 そこにきて“彼女たち”の登場である。引導を引き渡しに来たかと正直思った。

 

 敵に殺されるくらいなら、いっそ。

 

「……諦めちゃいけん! 今助けちゃるけぇ!」

 

 直後少女の手が彼に触れぐいと海上に引き上げられた。そのまま肩を貸してもらうような形で背負われた。

 

「君、生きとるね?」

「あんたは……」

「艦娘、浦風じゃ。今深海棲艦を追っ払っちゃるから、すこし耐えんさい!」

 

 青い髪をした少女はそう言ってニカリと笑った。

 

「長月! そっちは?」

《救命胴衣なしはその人だけのようだ。……もう沈んでる可能性は否定しないがな》

「なら長月、対潜警戒を厳に! 川内さんが本隊を叩くまで守り抜くよ!」

《当然だ》

 

 ウラカゼと名乗った少女は左手に銃のようなものを持つとあたりに目を配る。

 

「……なんで、助けに来たんだ?」

「誰かを助けるのに理由が必要なん?」

「俺たちはあんたらを攻撃したんだぞ……」

「んー、確かに少し腹は立ったけど、深海棲艦に襲われているのを見殺しにできるほど図太くないしなぁ」

 

 ウラカゼはそう言うと照れたように笑った。

 

「それにうちらは人間を守るのが仕事じゃけぇ、ここで守らんかったら、うちらはうちらじゃなくなるけぇの。なんで君が戦ってるかはわからんけど、それでも助けるのを拒む理由にはきっとならん」

 

 ウラカゼはそう言うと彼を担ぎなおした。こちらに向く砲撃が散発的になりやがて消えていく。

 

「文月たちが囮になってるうちに逃げようか。 みんなぁ! 国連海軍がこれから守っちゃるけぇ早く海に落ちた人を回収しんさい! あと指揮官は誰や?」

 

 そう叫ぶと一隻の船が静かに寄ってきた。

 

「俺が指揮官だ。“ヴォルテル”と呼んでくれ」

「国連海軍南方第二作戦群の浦風じゃ、うちの司令官から国連海軍の基地にみんなを保護するようにと言われておるし、国連基地まで護送するけぇ、一緒に来てほしい」

「……それを信用しろと?」

「引き渡す先はスールー海軍やなくて、国連海軍警邏隊じゃし、取り調べを行うんも国連が先や、ヴォルテルさん。国連基地は治外法権なのは知っとるじゃろう? 死刑はないし捕虜への配慮をせんと、ジュネーブ条約を国連自らが破るなんてお間抜けなことになるしのぉ、身の安全と最低限の衣食住は保証できると思うんよ」

 

 ウラカゼはそう言って笑った。

 

「逃げ帰っても居場所はないんじゃろう? 国連海軍に捕まったと言えばスールースルタン国に捕まるよりも君たちのボスの溜飲も下がるんじゃないかのぉ?……まずは生きてる人を助けたいんじゃが、いいじゃろうか?」

「……助太刀、感謝するよ。国連海軍」

「なら、素直に一緒に来んさい。今度はスールー海軍の砲撃からも守っちゃる」

 

 ウラカゼは笑うと肩に担いだ男をヴォルテルに引き渡す。生きている魚雷艇は5隻、そこに海に投げ出された人たちを乗せていく。

 

 あと3人ほどで収容終了となった時にウラカゼの表情が曇ったのを“彼”は魚雷艇の上からぼんやりと眺めていた。

 

「……文月が?」

 

 どことなく不安そうな表情を見せる彼女を見て、本当に少女と変わらないんだなと、彼はぼんやりと考えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「川内さん……!」

 

 文月は前に飛ぶ。主機が悲鳴を上げている。それでも前へ、前へ、前へ。

 

《文月! 一度止まるんだ! 缶がもたないぞ!》

 

 無線ががなる。今は耳障りでしかない。

 

 

 “あのこと”を忘れることはなかった。忘れられるはずがなかった。今でも夢に見る。あの悔しい思いだけが加速し、眠りから意識を引き起こすのだ。

 

 何のために強くなった。何のために戦っている。

 

 敵艦目視、シルエットからして敵艦、重巡。ここからでは通常艦かエリートクラス以上かはわからないが、“今の文月にとってはどうでもいい”。

 

「こちら文月、攻撃開始っ!」

 

 無線に一方的に叩き込んで改めてカット。返事など“(ネガティヴ)”に決まっている。聞く必要はない。

 重巡の発射炎が閃く、一瞬当て舵、視界がぶれる。耳の横を衝撃波が通り過ぎると、ポニーにまとめた長い茶髪が何本も宙を舞った。

 

 

 

 あんな思いはもう二度としないと決めた。だから

 

 

「これでもくらえーっ!」

 

 

 だから私は、強くなったんだ!

 

 

 

 数瞬で砲弾が相手に突き刺さる。沈みこそしないが、ダメージを与えられればそれでいい。

 サイドキックで進路を右へ、相手の砲弾が数瞬前に頭があった位置を飛び抜け遠くに水柱を立てる。

 砲を撃っては前へ。適度に舵を切り相手の銃身を見つつ弾を避けていく。

 相手の眼前に躍り出る。笑いがこみあげてきた。

 こんなに近づかれて、相手は悔しくないのだろうか。駆逐艦の攻撃だと相手にもしたくないというのか。

 だとしたら間違いだ。

 魚雷発射管に圧搾空気が押し込まれ、一気に飛び出した。あまりに近いためにすぐに敵艦に到達、爆裂する。

 

「……川内さん」

 

 燃え落ちていく相手を見とどけていると背中に衝撃が走る。肺の空気が強制的に押し出され、前につんのめる。

 

(小口径……じゃないなぁ)

 

 そんなことを考えながら主砲を握り直し左足を軸に半回転、振り向きざまに主砲を向けると存外遠いところに敵の軽巡がゆらりと立っていた。

 

「こんなところで、文月は終わらないんだから」

 

 そう言ってその軽巡に向かおうとしたところでその軽巡が揺らいだ。

 正確には誰かが海面に叩き倒したのだ。

 

 

「……なんとか、間に合ったぁ!」

 

 

 敵の軽巡を錨で思いっきりぶん殴ったらしい雷がそう言って笑った。相手の艤装に叩き込まれた鎖を引きこみ、相手を固定すると、主砲を連射して黙らせる。錨を捨てて手近な駆逐に向けて発砲していく。

 

「電!」

 

 雷が叫ぶと、雷が追い込んでいた駆逐艦のすぐ真横に影がひゅっと飛び込む。ほぼ接射と言っていい超至近距離で電の主砲が閃く、相手は煙を上げながら逃げるように転進する。

 スカートをふわりと広げながら電はその場でターン。その途中に魚雷が飛び出し、広い射角で放たれた。酸素魚雷は行く先を示すことはないが、射角の広さからして当たることはまずないだろう。でも、かわそうとすればあっという間にマニラ湾の方向からはそれてしまう。

 

「……こんな感じでいいのです?」

「輸送船は?」

「とっくに睦月ちゃんが転進させたのです。方向的には逃げる方向なのです」

「そっか。重巡とかで露払いをして乗り込むつもりだったのかしら」

 

 雷はそういいながら後退していく敵駆逐の真横に水柱を立てていく。

 

「特攻とか仕掛けてきてないってことは陽動部隊の可能性もあるのかな?……そう。わかったわ」

 

 どうやら司令部と通信しているらしく、雷はそう言うと一度目を閉じた。

 

「南沙諸島付近に大規模な深海棲艦反応だってさ。そっちが本隊かしらね」

「となるとおそらくマニラは陽動、メインはブルネイかシンガポールか……」

「でしょうね」

 

 雷はそう言ってから文月の方を見た。

 

「文月、歯食いしばっといた方がいいわよ」

 

 その直後、思いっきり頬が張られた。

 

「……どういうつもりなのさ」

 

 引っ叩いた手を振るのは皐月だった。皐月の主機ももう限界だったが、なんとかここまで飛ばしてきたのだ。

 

「一人でどうする気だったのさ。何とか目視できるところに電たちがいたからなんとかできたみたいだけど、捨て身の特攻なんてそんな無茶な攻撃、なんでしたのさ」

 

 文月は俯いたまま答えない。

 

「言葉にしなきゃわかんないよ、文月。どうして……」

「――――――皐月ちゃんは悔しくないの? 川内さんが攻撃されたんだよ……また、沈んじゃうかもしれなかったんだよ」

 

 文月の頭を昔の記憶――――純粋な駆逐艦だったころの記憶が過る。あれはいつだったか、“この体を得た時”に改めて調べたからよく覚えている。

 

 

 

 

 1943年11月2日、日付が変わってすぐだった。場所はブーゲンビル島、エンプレス・オーガスタ湾―――――ブーゲンビル島沖海戦。

 

 その前日に文月は小発動艇を持ってラバウルからブーゲンビル島へ向かっていた。米兵がブーゲンビル島のタロキナに上陸したため陸軍の兵隊を逆上陸させるためだ。

 だが途中で引き返せという命令が出た。そして引き返している間に……旗艦の川内が沈没した。

 

 また、見えないところで沈んでしまうのか。

 それだけは嫌だった。

 

 川内は夜が似合う軽巡洋艦だった。艦娘となった今でもそうだ。夜戦が絡むと頭のねじがどこかに飛んでしまうが、部下思いで聡明で、頼りになる旗艦だ。今の笹原司令官が来てからは特にそうだった。

 

「皐月ちゃんは、川内さんが攻撃を受けても、何も思わないの? ……ねぇ!」

「だからって一人で突入してどうなるのさ!」

「質問に答えてよ! 皐月はあの時参加してないから、ブーゲンビル島へ向かってなかったから――――――」

 

 直後に皐月が文月の胸倉を掴むように詰め寄った。

 

「だから何なのさ! 悔しくないか? 悔しいに決まってる! でも、文月一人で突っ込んで、それで川内さんは救われるの?」

 

 皐月の双眸にも涙が溜まっていた。

 

「悔しくないはずないじゃないか、川内さんはボクたちの旗艦だったんだ。ボクたちを引っ張ってくれた三水戦の旗艦だ。だから、だからって……文月が沈むような無茶をしていい理由にはならないんだよ!」

「皐月ちゃん、私はね、強くなるって決めたんだ」

 

 文月の服を握りこんでいる皐月の手に、文月はそっと触れた。

 

「私たち睦月型は、対空も弱いし、装甲も紙だし、砲だって弱い。でもね。関係ないんだよ。あの時、助けられなかったのは“任務のせいって言い訳をして、助けなかった”からなんだよ」

 

 文月は皐月の手をゆっくりとほどいていく。

 

「もう、あんな後悔はしないって決めたんだ」

 

 すべての指をそっとほどいて、ゆっくりと文月は下がる。

 

「あんな後悔をするくらいなら、私は……」

 

 文月の主砲がかちゃりと音を立てる。

 

「心配かけたのはごめんね。でも、止まれないんだ」

――――――あんな後悔をする必要がなくなるまで強くなるまでは

 

 文月は涙を流しながら笑った。

 

「電ちゃん、誘導方位って2-2-5だよね……」

「これ以上の許可は出せないのです」

「許可なんていらない」

 

 文月の主機の音が変わる。動き出そうとしている。

 

「こんの……文月のわからず屋――――っ!」

 

 皐月が文月に殴り掛かろうとし、文月はそれを無視しようとし。

 

 

 その間を一発の銃弾が駆けた。

 

 

 

「そこまでなのです、それ以上はお姉ちゃんが許しません」

 

 

 

 文月の肩を抱くようにして無理やり動きを止めながら睦月が割って入った。

 

「文月ぃ、ずっと一緒だった戦友にそれはちょっとやりすぎなんじゃないのかにゃ~ん?」

「睦月、ちょっと苦しい……」

「お姉ちゃんたちに心配かけたバツです。少しは耐えてね。……強くならなきゃいけないのも、悔しい思いをしたくないのも、文月は間違ってないよ。でもね、その悔しさを誰かに押し付けるような方法は間違ってるんじゃないかな」

 

 睦月はそう言って両手で彼女を抱きしめた。

 

「文月はそれでもいいかもしれないけど、私は嫌だし、皐月はもっと嫌だと思うよ。みんな、そうなんだよ」

 

 文月の足元に小さく波紋が立った。

 

「怖かったんだよね。自分のせいで、大切な人がいなくなるんじゃないかって、怖かったんだよね」

 

 睦月がそう言うと、文月は頬を濡らして小さく頷いた。

 

「怖いのはみんな一緒だよ、文月。だからみんながいるんだ」

 

 それに、川内さんも無事だしね。と睦月がしたり顔で囁いた。

 

「へ?」

「無線のスイッチ入れればわかるよ。川内さーん」

 

 慌てて無線のスイッチを入れると無線の奥で返答があった。

 

《はーい、“また”文月が暴走したって?》

「川内さん、被弾したんじゃ……」

《うん、被弾したよー。ばっちりしたよー。あのまま行けば徹甲弾が缶直撃コースだったんだけど、電が足を払ってくれたおかげで電探と副砲が使えなくなったぐらいで済んだよ……って言うより砲の直撃より“電の本気”の方が痛いんだけど》

「はわわっ、ごめんなさいなのです!」

《冗談冗談、後で覚えてなさい》

 

 言ってることが矛盾してるのです!? と今更慌てだす電に笑いをこらえる雷。

 

「ってことは……」

「そう、文月ちゃんは早とちりで戦線に突っ込んじゃったってこと。まぁ、無事だからよかったけどね~」

 

 そう笑うのは睦月だ。

 

「すごかったわよね~、電ってばいきなり錨をフリスビーの如く投げるんだもの。ありゃ川内さんじゃなくても避けられないって」

「いつも錨をフルスイングしたり投げたりしてる雷お姉ちゃんだけには言われたくないのですっ!」

「いっそのことラムアッタクしてみたら?」

《それは川内型の誰かが引っ張らないといけない感じだから勘弁して》

「というより、お姉ちゃんは電をなんだと思ってるのですか!?」

「ん? 時々とっぴょーしもない作戦をいきなり繰り出す変な妹」

「変って! 妹捕まえて変って!」

「敵艦載機の真下を突っ切ったり、模擬魚雷をフルスイングして飛龍さんノックアウトしたり、川内さんに錨ぶん投げたり? 変じゃないの?」

「それを言うなら、蒼龍さんの胸を揉みしだいて無力化したお姉ちゃんは変態なのですっ!」

「姉を変態呼ばわり? ……よろしい、ならば戦争だ」

《おーい、まだ作戦行動中だ。この惨状を上に報告しなきゃいけない俺の気も考えてくれ、雷電コンビ》

 

 無線に割り込んだのはあきれ声の航暉だった。

 

「しれーかん、敵の状況はわかる?」

《今、鳳翔さんの艦載機がコンタクトしてる。……この様子なら追撃は不要だ。今ラバウルから最上たちが動いてる。敵本隊の漸減も南方第一作戦群の管轄だ。撤収するぞ》

「魚雷艇の方はどうなったのです?」

 

 質問を上げたのは電だ。

 

《浦風と長月が護衛中。あと5分少々で川内と如月が合流するはずだ……睦月、潜水艦の反応は?》

「今のところはクリアなのです。問題ないかにゃあ」

《わかった、各艦は後退、戻るぞ。湾口の3キロ手前で魚雷艇を一度止めるからそこで川内たちと合流しろ。魚雷艇を護衛しながら湾内に進入。魚雷艇への報復攻撃に警戒しつつキャビテ軍港まで移送せよ》

「了解なのです」

 

 電が代表して回答し、無線が切れる。

 

「それじゃあ撤収なのです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日のマニラの夕焼けはいつも通りで、どこかスモッグに覆われてどこかくすんだ朱色に染まっている。キャビテ軍港も例外ではなく、影は足から長く伸び、彼女たちの姿を赤く染める。

 

 彼女たちの前に車が止まる。車から降りてきた三人を見て彼女たちは敬礼の姿勢を取った。

 

「おかえり、司令官」

「うん、ただいま。川内は大丈夫?」

「工廠長直々に治療して貰えてるし大丈夫だよ」

 

 そんな会話を交わすのは笹原と彼女の旗艦、川内だ。その横を金色の髪をなびかせて小柄な少女が駆けてゆく。駆け寄った先は……もちろん彼女の司令官、浜地賢一中佐だ。

 

「……無事でよかった」

「それはボクのセリフだよ。司令官……」

 

 真正面から抱き着いた彼女は彼の制服に顔をうずめた。

 

「もう……帰ってこないのかと思った」

「うん」

「怖かったんだよ、司令官。わかってる?」

「うん」

「もう会えないかもって、怖かったんだよ」

「うん」

 

 浜地中佐は彼女の頭に手を乗せて、柔らかい髪をぽんぽんと叩いた。

 

「心配かけたな」

「本当だよ。……司令官、ボクも、ごめん」

「なにが?」

「……謝りたかったんだ。ずっと危なっかしいことばっかりしてたし、なんか、変な意地張って、司令官を困らせることも多いし……」

「……そんなことか」

 

 浜地中佐は小さく笑って彼女の手を優しくほどくとしゃがみ込んで目線を合わせて……真正面から抱きしめなおした。少しきつく、言葉にできないような気持ちも伝わるように、少しきつく。

 

「謝る必要なんてないよ、皐月。俺こそ、ごめんな」

「司令官も謝らなくていいよ」

 

 それを遠くから見て優しく笑ったのは航暉だ。

 

「これでなんとかなったか」

「何ともなってないのです」

 

 航暉の横にやってきてそういったのは電だ。見るからに頬を膨らませて怒っていますという意思表示を航暉に向けた。

 

「司令官さん、電は怒ってます」

「……見ればなんとなくわかる」

「なんで司令官さんは電たちに話してくれなかったのです?」

「……君たちは“艦娘”だ。人間同士のいざこざなどに関わる必要なんてない」

「そうだとしても、私は、私たちはそれで司令官さんが倒れるところなんて見たくないのです」

 

 電はそう言って腕を伸ばし、そっと航暉の頬に触れた。

 

「司令官さんが私たちを守りたいように、私たちも司令官さんの力になりたいんです。だから、話してください、頼ってください。電たちでは力不足かもしれませんが、それでも司令官さんのためなら私たちは頑張れます」

「そうそう、もーっと頼っていいのよ、しれーかん!」

「提督がしっかり頼ってくれないと睦月も寂しいのね」

「如月のことももっと頼っていいんですよ、司令官?」

 

 それを聞いて、航暉は苦笑いだ。

 

「……努力するよ」

「約束はしてくれないのです?」

「守れるかどうかわからない約束はしないたちでね」

「もう、司令官の意地っ張り」

 

 如月が笑う。それに疲れたように笑い返す航暉。

 

「あれ、睦月も俺のこと提督呼びか?」

「文月が飛び込んだ時、提督、実は艤装に介入してたでしょ?」

 

 睦月に言われ、バツの悪い顔をする。

 

「……ばれてたか」

「これでも睦月はネームシップなのです。妹たちの動きぐらいはばっちり把握してるのね。……それに、文月の回避行動、電ちゃんが司令官とリンクしているときの回避行動にそっくりだったのです」

「驚いたな、あの時輸送船団側で戦闘中だったよな?」

「潜望鏡を見つけるためにも目は鍛えているのね。……文月を守ってくれてありがとうなのです。提督」

 

 睦月がそういって彼に抱き着いた。それを少しうらやましそうに見るのは電だ。

 

「……言いたいことはしっかり言った方がいいわよ、電ちゃん?」

「ふにゃっ!?」

 

 後ろからいきなり声をかけられ慌てて振り向くと、にまにまと笑った笹原が立っていた。

 

「男って変なところで察しがいいクセに、肝心なところは鈍感……っていうか見ないふりだからね。言葉にして追い詰めないと振り向いてくれないぞ~?」

「笹原司令官……」

「私が彼を“奪って”もいいのかしら?」

「!……それは」

「冗談冗談、彼を相手にするとこっちの身が持たないよ。彼は見た目より気性荒いし、不器用だからね。本気で彼を狙うなら、覚悟して挑みなさい、電ちゃん」

 

 そう囁いて笑ってみせる笹原。

 

「わかってると思うけど、彼、結構お目にかかれない“上物”だよ。周りも結構狙ってるはずだ。……後悔だけはしないようにね」

 

 電の肩を軽く叩いた。

 

「女は度胸よ」

 

 そう言って豪快に笑って見せる笹原は腰に手を当てて自信満々に胸を張った。

 

「楽しそうだな。うちの電に変なこと吹き込んでないだろうな?」

「ガールズトークに口をはさむと嫌われるわよ、カズ君」

「ガールズってな、お前の場合は下手な男より男らしいじゃねぇか」

「それがいい女ってもんよ」

「自分で言うかよ」

「悪い?」

 

 和やかな空気の中少しずつ少しずつ日が陰っていく。夜の帳が降りるまであと少し。

 

「さて、とりあえずはデブリーフィングだ。反省会いくぞ」

「えー。明日でいいじゃん」

「明日には俺はウェークに戻るんだ。そんな時間ない。それに……早いうちに上層部に報告を上げとかなきゃな」

「ちぇー、疲れたしとりあえず寝たいけどなぁ……」

「寝たかったらさっさと終わらせるぞ」

「はーい」

 

 司令官と艦娘たちが建物の中に消えていく。間もなく落日、濁っているが静かな海が目の前に広がっていた。

 

 

 

 

 




はい、これにてコラボ回《マニラ湾観艦式緊急戦闘編》は幕でございます。
お楽しみいただけたでしょうか?
こんなに長くなるなんて思ってませんでした。はい。コラボ回で約6万字、おうふ。

ここまで異色なコラボを快諾してくださったはまっち先生に改めましてお礼申し上げます。



すこしだけ戯言をつらつらと。

ある意味この話がこの作品の一つのターニングポイントになっていきます。

”対深海棲艦戦闘の切り札”である艦娘は、否応なく兵器としての側面を持っています。それを”人間の都合で使っている”現状がある以上、対人戦に巻き込まれるのは時間の問題であるように思えるのです。その可能性を放置できるほど、人の業は浅くはないと私、オーバードライヴは考えています。

兵器としての艦娘、個としての艦娘。人類が求めるのはどちらか。批判覚悟で言うならば間違いなく兵器としての艦娘です。彼女たちがいなければ世界は滅んでるかもしれないからです。世界よりも優先される個というのは実際問題あり得ませんから。

この戦いで人と戦う可能性を突き付けられた艦娘たち。深海棲艦のみでなく人間とも戦わなければならない国連海軍。それでも電たちは”人類の危機から救う”という大義名分のもとで戦い続けなければなりません。
ある意味希望のない状況ですが、その中で救いとなる可能性を持っているのが浜地提督や月刀司令なのかもしれません。
誰も沈ませない。その決意を以て、艦娘を指揮する彼らならば、もしかしたら。



感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。批判も大歓迎です。
次の作戦は少し小話を挟んでから発動します。
あの超弩級戦艦とその最期に付き添った彼女たちの話です。

それでは次回お会いしましょう。

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