艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、航海はまだ続きます。

それでは、抜錨!


Chapter2-6 男と女と

 

 

 状況終了を宣言して、一番ほっとしていたのは司令部の要員かもしれない。

 湾から逃げるように消えていく魚雷艇を見てから、隣の大将を横目で見る。

 

「……なぜ拘束しない?」

「拘束したとして、収容できるのはこの艦隊のみですが、よろしいので?」

 

 そう言うと黙り込む大将。

 

「……カズ君、そろそろ頭の怪我、止血しないとまずいと思うよ」

 

 笹原がそう声をかけると、航暉は僅かに笑った。

 

「そんなにヤバいか?」

「ヤバいね。少なくとも軽く消毒して包帯巻いてなさい。制服の後ろ身が血染めになってるよ?」

 

 そういう会話をしていると救急キットが笹原に渡された。近衛兵の一人が取ってきてくれたのだ。

 

「ありがと。……動かないでよ、軽く髪も切るし消毒液大量コースなるから」

「んなこといいから艦娘たちを」

「そっちはもうケンちゃんがやってる。中継器が吹っ飛んでるとはいえ、無線くらいは何とかなるからね」

 

 浜地中佐が軽く右手を上げた。それを見て航暉は苦笑いだ。

 

「……俺の出る幕がないな」

「当然、あんたは人を抑えるのが仕事でしょうが。実働は部下を信用してなさい」

 

 テキパキとはさみで邪魔になりそうな髪を切り結構パックリいっている傷を見て、一瞬眉をしかめた。

 

「……あんたこれ痛くないの? 操作盤の枠の部分で肉ごと抉られてるんだけど」

「気になりはするがな」

「……あんた早死にするわよ」

「よく言われる。……っ、傷よりお前の消毒の方が痛いんだが」

「あんたの感覚はおかしい。これくらいは我慢しなさい」

 

 半液体の消毒キットが傷口に押し付けられる。その上から滅菌ガーゼが当てられ包帯で固定すると、彼女は航暉の肩を叩いた。

 

「電ちゃんたちが心配してたよ、無茶が効く学生時代はもう過ぎたんだからもっとどっしりと構えた方がいいわよ」

「なんでこんな時に電が出てくるんだ」

「さっきの“演説”、私の視覚情報付で転送してたから、かな?」

「……余計なことをしてくれる」

 

 航暉は思いっきり顔を顰めると頭を掻いた。

 

「こら、包帯巻いてるからあんまり乱暴にしない!」

「どうりで全艦の反応が良かった訳だ、勘弁してくれよ」

「でもおかげで相手の脅威をしっかり回避できたでしょう?」

「馬鹿野郎。お前らしくねぇ、もっと頭をまわせ笹原。この船にプレスが乗ってるの忘れたか?」

「だから艦娘たちを戦線から遠ざけなければならなかったとでも言うつもりかな?」

 

 皮肉に笑って笹原は航暉に顔を近づけた。

 

「カズ君の作戦当てて見せようか? ……艦娘しか動けないっていう想定外の状況下、その中で“自己防衛戦闘”とだけ指示して艦娘たちをわざと混乱させる。そうすることで艦娘たちの持っている数の利や戦術ネットを使った効率運用の利点を消失させる。もちろん護衛は困難を極める。最悪の場合このリカルテの砲システムを初期化、手動で再起動してこの船だけでも離脱させる」

 

 笹原は航暉の頭を腕で抱き、逃げられないように固定した。

 

「プレスの“射程”から逃げてから改めて戦術リンクを使って魚雷艇を追っ払う。こうすれば艦娘の戦闘はカメラに残らない。そして“この指示の遅れに対する責任は団長である月刀航暉大佐に集中する”。――――――わざわざ“月刀の独断による作戦を伝達する”なんて大仰なことを言ったのは責任の所在を明らかにしておくためでしょう?」

 

 笹原の目は笑っていない。冷たく冷えたまま航暉を至近距離で見つめた。

 

「そうしてあんたはスールースルタン国政府要人などの民間人が危険にさらされている状況下で、“まともな戦闘指揮を放棄した自分勝手な指揮官”として袋叩きにあう。艦娘たちに向くはずの非難も“戦闘指揮のせいだ”ということにしてカズ君が引き受ける。極東方面隊は世論をかわすためにも何か制裁を施すでしょうけど、あんたはそれで艦娘たちを守ったという自己満足だけで十分におつりがくると思ってる」

 

 そこまで言って笹原は笑ったまま腕を放す。

 

「たしかにカズ君ぐらい電脳が使えればそれも可能よね。何せ30機近くの艦載機を直接コントロールできるぐらいの破格の情報処理能力を持ってる、リカルテの砲への介入もそこの管制卓を使えば可能でしょうよ。でも――――――“あんたの部下はどうなるの?”」

 

 笹原はそう言うと初めて表情を崩した。怒気にも近い表情が走る。

 

「電ちゃんにも話してなかったんでしょう? あの子はあんたに指揮官としての絶対的な信頼を置いてる。それをこんなことで全部ふいにする気だったんでしょう? あの子はあんたが袋叩きにあって軍を去った後も戦い続けなきゃならない。あの子はいつまた指揮官に裏切られるか怯えながらこの先も戦い続けなければならなくなる。そのくせあんたは護衛に失敗しかけた部下の失態を庇う形になるから、あんたにその怒りも恨みも向けることができないまま、出口のない後悔だけがあの子たちに残される。その後に私たちがあの子たちに真相を話したとしても“彼女の指揮官としてのあんた”はもうどこにもいない」

 

 自分勝手なものよね、と笹原は吐き捨てた。

 

「あんたはいっつもそう。非常事態や緊急事態には恐ろしいぐらい頭が回るし、平気で自分の命を賭け(ベットす)る。命もあんたが大切にしたいはずの仲間との関係も、全部まとめて掛け金溜め(ポット)に突っ込んで勝手にゲームを進めようとする。それで残されたあんたの仲間をかえりみずに進んでいこうとする。それで残される女の気持ちを考えたことないでしょ? 男ってばみんなそう、女を守ったっていうくだらないヒロイズムに酔ってる」

 

 航暉はそれを無表情に聞いていた。

 

 

 

「そろそろ気がついたらどう? あんたの部下はあんたが部下を心配する以上にあんたことを心配してるよ」

 

 

「……それでも、だ」

 

 

 

 航暉は無表情なまま静かに口を開く。

 

「自己満足だろうがなんだろうが、それであの子たちを守れるならば、な」

「……やっぱりバカだわ、あんた。女の気持ちなんて一つもわかってない」

「そういう笹原も男の気持ちなんてわからないだろう?」

「今も昔もわかりなんてしないわよ、ひたすらに平行線ね」

「ねじれの位置にないだけましか」

「勝手に言ってろ、男子」

 

 笹原はそう言うとニカリと笑った。

 

「あ、今のも全部転送してるから」

「……テメエ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「司令官さん……」

 

 電はイージス艦を右舷に見ながら接近していく。

 

「……結構熱く思われとるのぅ、電ちゃん?」

 

 横に並んだのは浦風だ。クスクスと笑いながら浦風は電の肩を叩いた。

 

「男っていうのはそんなもんなんかのぅ……うちの浜地中佐もあんなんじゃけぇの。くだらないヒロイズムか、言えて妙じゃな」

「……そうでしょうか?」

 

 電が顔をそらすと浦風が優しく笑った。

 

「男も女も、もちろんうちらも、言葉にせにゃわからんことがよけぇある。この世界を七日間で作るような神様も言葉を使って世界を作り上げていったそうな。光も影もこの水も空も、神様がそう言葉にして作り上げたものなんじゃと。神様でもそうなんじゃ、うちらも言葉にしないといけないことはたーくさんあるじゃろう」

 

 浦風は電と並走しながら笑った。

 

「電はちゃんと司令官に言いたいことは伝えちょる?」

 

 電はそれを言われてさらに目線を沈めた。

 

「……自分の気持ちもわからないのです、何を、伝えたらいいやら……」

「それならそう伝えればえぇよ。言葉にすることで思いつくこともある。気が付くこともあるじゃろう。司令官は司令官じゃし、電は電やけぇ互いにわからんこともあるじゃろう。それでも言わなきゃいけんこともあるとうちは思うんよ。それでけんかになることあるじゃろうし、傷つき、傷つくこともあるじゃろう。でもそれでも言葉にせんにゃあ、いかんのぉ」

 

 目を細める浦風は後ろを振り向いた。

 

「ほれ、皐月もそうじゃぞ?」

「な、なんでいきなりボクの名前が出てくるのさ?」

「あんだけ司令官司令官言っておいてちゃんと司令官に告白したんか?」

「こっ……!」

「瞬間湯沸かし器並みの速度で真っ赤になるようじゃあ、まだまだ先かのぅ……?」

「な、なななななな、なんでし、司令官とはそんな関係じゃないし!」

「両想いのくせに何をいっちょるか、さっさとくっつけこの臆病もん」

「だから……え?」

 

 皐月の反論が途中で止まり、浦風は割と本気で頭を抱えた。

 

「……お互い鈍感すぎる。こりゃ大変じゃのぅ。皐月、悪いことは言わん。急がんと鳳翔さんに司令官とられるけぇそろそろ本気出しんさい」

「は、え……?」

「忠告はしたけぇ、うちはもう知らん」

「ちょ、ちょっと待ってよ。浦風、どういうことなのさ!」

「自分で考えんさいや!」

 

 そう姦しくなるイージス艦左舷側だがイージス艦を挟んだ右舷側では川内たちが複雑そうな表情をしていた。

 

「……あれだけわかりやすいカップルもないのにくっついてないんだね、皐月と浜地中佐」

「……そうよね、雷も恋のキューピットになれるかしら?」

「やめといたほうが、いいとおもう……雷の場合、そのまま即死させかねない」

「どーゆー意味よ弥生!」

 

 溜息をついたのは弥生だ。その後ろを睦月と如月、望月がついていく。

 

「別に……。それより、川内さんは今回のこと、聞いてたんですか?」

「……昨日の夜に聞かされた。司令部は、最初から艦娘と通常艦艇の戦闘を失敗させるつもりだった。もちろん誰も沈めない程度には戦うけどさ。それでプレスには“人間相手に戦っても艦娘は戦えない”って示すつもりだったんだ。勿論、艦娘に触れてる軍部の人間は気が付くし、艦娘たちも気が付くと思うけどね」

 

 川内はそう言ってどこか寂しそうに笑う。

 

「それが結果的に艦娘が人間同士の戦いに巻き込まれることを防ぐなら、ってことで司令部はそれを推し進めたんだ。結局うちの中佐がそのシナリオをぶち壊したけどね。艦娘が戦わなきゃ司令官たちも死んじゃうかもしれないんだもん」

「……もしイージス艦がいつも通り使えたら?」

「艦娘への指示が遅れて混乱している間にイージス艦が魚雷艇を攻撃して戦闘終了。イージス艦の方が対人攻撃には使えるというのを見せつけて終わりにする気だっただろうね」

 

 川内のその言葉を最後に沈黙が落ちる。皐月たちの喧騒が沈黙を際立たせた。

 

 

 

「決めた。私、一度しれーかんを怒る」

 

 

 

 雷のその宣言に噴き出したのは川内だ。

 

「それはいいね。しっかり怒ってあげなきゃ……あれ?」

 

 その時、緊急の通信が入る。発信元は――――――国連海軍極東方面隊南方第二作戦群司令部。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――深海棲艦反応!? どこだ!?」

 

 航暉の中継器に叩き込まれた緊急無電は航暉と笹原の舌戦を中断させるには十分だった。それに真っ先に反応したのは浜地中佐だ。

 

「ルバング島沖西方40キロ、マニラ湾の入り口まで100キロ切ってます!」

哨戒(パトロール)は何をやってたんだ?……CTCは?」

「たった今出撃要請でました。作戦ナンバーOEDC-0821030021S、優先事項です」

「OEDC? 民間人防衛緊急戦闘ってどういうこと?……ってまさか」

「そのまさかだろうな。さっきの魚雷艇だ。ほぼ間違いなく深海棲艦との交戦エリアに入ってる。――――――国連海軍派遣団各艦へ、深海棲艦の存在を確認、民間艦船が巻き込まれている可能性が高い。各艦改めて状況を報告せよ」

 

 航暉の声にすぐさま無線が返ってくる。

 

《こちら川内オールグリーン》

《電、グリーンなのです》

《雷もグリーンよ!》

《睦月はグリーンなのです!》

《如月もいけるわよー?》

《弥生、いけます》

《望月もいけるよーっと》

《文月はおっけーだよ》

《長月だ。いつでもいいぞ!》

 

 その後少し間が空いた。

 

《綾波です、ちょっと弾薬が厳しいです……》

《あたしも……っていうか島風もだよね?》

《さっきフリップナイト使っちゃったし、ちょっと厳しいかも》

 

 先ほどの前線組は確かに厳しいかもしれない。ここで負担をかけるわけにもいかない。

 

《浦風じゃ、うちはいいんじゃが……皐月は厳しかろう》

《そんなことない! ボクだって戦える!》

 

 その声に航暉は言葉を切る。その先の言い分を聞くためだ。そこに割り込んだのは浜地中佐だ。

 

「皐月、無茶するな」

《無茶なんかじゃない! 信じてよ司令官っ!》

 

 継ぐべき言葉が見つからず、浜地中佐が黙っている間にも皐月は無線に叫ぶ。

 

《ボクの司令官じゃないか! ボクは司令官を信じてる! 今回の作戦だってボクたちのことを守ろうとしてくれてたんでしょ! わざわざ血判状まで書いて戦ってたんでしょ! ボク見てたんだよ……!》

 

 

 今朝、浜地中佐が机に仕舞っていたもの……皐月にはなんとなくわかっていた。わざわざ血で拇印を押した書簡。そこまでの決意をして何かをしたためなければならないほどに司令官は思い詰めていた。

 なぜそうなる前に言葉にしなかったんだろう。なぜ、そうなる前に止めなかったんだろう?

 

 

《そこまで司令官が守ってくれようとしてるのに、ボクは、ボクはまだなにもできてないじゃないか! そんなの嫌だ!》

「……皐月」

 

 

 

 

《一度でいい! 信じてよ司令官! 僕にあなたを守らせて……!》

 

 

 

 

 声の最後は無線のノイズに消えていく。浜地中佐は強く握りこんでいた拳を一度開き、改めて強く握る。

 

「……月刀大佐、皐月に参加許可を」

「感情に当てられるな、浜地中佐」

「責任はすべて私が負います」

「どうやって。手遅れになった後じゃ、責任は取りたくてもとれないぞ」

「沈ませなければいいんでしょう!?」

 

 怒気を通り越して、殺気。そこまでの気迫を込めて航暉を睨む。

 

「私の、私の部下だ。その責は、いかなる場合であってもその上官である私が負う。誰だって沈ませない、それは私が司令官になってから唯一曲げてこなかった信念であり、義務であり、意地だ。今回だって変えない、変えさせない」

「――――――浜地中佐」

 

 横から投げられた中継器を浜地中佐が慌ててキャッチする。

 

「貴方の中継器、吹っ飛んでるんでしょ? 使いなさい。――――カズ君、民主的かつ紳士的にいきましょう? レディの意見を足蹴にするのもあれだし、彼の意見も尊重しなきゃ。私は浜地中佐の意見に一票、2対1、わかるね?」

「ヒロイズムに酔ってるなんて言う割には感情的に動くんだな?」

「あら、そう言うところをくだらないと思いながらもそれを支えてしまうのが女心ってもんよ」

「ダブルスタンダードって言わないか?」

「人の心はコンピュータじゃないからね、それぐらいの論理飛躍は日常茶飯事でしょう?」

 

 航暉があきれたように笑いながら制帽を被りなおす。

 

「……綱渡りも大概にしろよ、“夜鷹”」

「あんたにだけは言われたくないわね、“飛燕”」

 

 航暉は中継器の出力をわずかに上げる。全体を俯瞰するように意識が飛ぶ。

 

「月刀大佐より国連海軍派遣団全艦、これより状況を開始する。綾波・敷波、島風と弥生・望月はそのままイージス艦の護衛。残りの艦は即時転進方位2-1-0。民間人の安全確保を最優先としつつ、深海棲艦を退ける。総員かかれ!」

《了解!》

 

 状況が、動き出した。

 

 

 




浦風って何気にダメ提督製造機だと思うんだ(迫真)。

はい、やっと艦これらしくなっていきます。
皆さんお待たせいたしました。次回から艦娘たちの本領発揮でございます。

話がぶっ飛びますが、艦これのアニメPV、公開されましたね。
水上スキー方式、いいと思います。赤城さんはスノーボードですかね?
吹雪かわええ、さすが主人公。魚雷の発射の時の動きがなんだかぐっときました。ちゃんと女の子してました。可愛い。
睦月も出演確定しましたし、全裸待機確定です。冬だけど。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は戦闘回の予定、たぶん。

それでは、次回お会いしましょう。

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