艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
艦隊戦を人型で表現するってどうすればいいんだ……。
とりあえず、抜錨!
2014/09/28追記
言い回しや誤字修正しています。
環礁と外海を隔てる水道を抜けると、海の色が翡翠を白に溶かしたような色から濃藍色へと姿を変える。手をつけたら藍に染まってしまいそうな青だ。その海を割って走れば波が白に変わるというのは面白い。
《電、大丈夫か?》
「視界良好、問題無し、なのです!」
そういいながら彼女―――電はわずかに苦笑いを浮かべた。
(いなづまはそんなに頼りないですか?)
中継機でリンクしているとはいえ、心の中まで読まれることは無い。今の司令官なら、聞けばきっと答えてくれるだろうが、そんな気は起きなかった。敵が確実にいる状況下でこんな事を考えているような余裕がないのはわかっていたが、それでも思考は自分の中に落ちていく。
たまゆら、思うのだ。
私は弱い子だった。いや、勝手に過去形で語るまい。私は弱い子だ。
ウェーク島が人類側に奪還され、基地が建設されてから早い時期に、私はここに配属された。それ以来、私はずっとまともな出撃をさせて貰えなかった。周りから“攻撃をためらう臆病者”と揶揄され、基地の周辺警備で稀に出されるだけだった。当然だ。相手を撃てない兵器など、存在意義が無いに等しいのだ。
前の指揮官だった風見恒樹大佐はそんな“役立たず”であるはずの私をなぜか保有しつづけた。高圧的で暴力的、使えないもの、刃向かうものを片っ端から排除していた風見大佐のことだから、真っ先にどこかにとばされるか、沈められるか、解体される立場のはずだった。なのにいつまでもその場に留め置かれたのだ。そのうちどこからか司令に媚を売って生き長らえているのだと噂が立ち、それらから庇ってくれた軽巡の天龍を始めとした艦娘のみんなは風見大佐からキツく折檻を受けた。それでも笑って側にいてくれた。なのに私はそのみんなが傷ついていくのを見ていることしかできなかった。――――否、しなかったのだ。動いていれば誰かを護れたかもしれないのに。
それでも、それでも――――
(生きていたいと思ってしまったいなづまは、きっと弱くてダメな子です……)
月刀司令官は緊急出撃命令が発令された際に電を出撃させることをためらった。駆逐艦一隻で艦隊に挑む事を考えれば当然の反応と言える。それも、まだ演習も含めて一回も共に戦っていない状況での実戦である。司令官が電を信じきれないのも当然と言えた。
それに、司令官は電の経歴を把握しているはずだ。主な戦闘に一度も参加していない事も、演習で直撃弾はおろか至近弾も出せてない事も。そんな艦娘になにができるだろう。
皮肉なものである。電の記憶に刻まれた“純粋な艦だったころの電”は400近い敵兵すらも救って見せたというのに、今は味方すら護れない体たらくだ。
《電、方位2−3−0、距離4500。艦影みえるか?》
割り込んで来た声にハッと顔を上げる。南西に顔を向けると蒼の海の奥でなにかが反射した。
「艦影確認しました……」
《艦影確認了解、水上電探コンタクト、駆逐ロ級一隻と認む。反航戦で接敵、反転して同航戦に持ち込めるか?》
「りょ、了解です!」
《落ち着け電、大丈夫だ》
激励を受ける。心拍数が上がっていくのがわかる。遠くの影が確かな像を結ぶ。
「駆逐艦“電”、戦闘に入ります……!」
反航戦……正面から突っ込んで、すれ違うような進路に体を乗せる。海面を這うように走る敵の艦影を見る。双方ほぼ全速、あっという間に距離が詰まっていく。
「主砲用意……!」
マスターアーム・オン。武装の安全装置が外れて砲が息を吹き返す。相手に主砲を向ける。早鐘の鼓動というものを感じながら、距離測定儀越しに相手を見る。息があがる。
「左砲てぇっ!」
重い衝撃、艤装ユニットの特性で顔のほぼ真横にある主砲から鉛の弾が吐き出される。ロ級も弾を吐き出してくるが、頭の上を飛び越え、かなり遠くに水柱を立てる。
「右砲……てぇっ!」
かなりの速度のまま、すれ違う。双方無傷。電は速度を殺さないように大きく左回りに旋回を始める。
「極遠、遠……」
弾は当たらなかった。
――――いや
“当てなかった”のだ、正確には。なにをしているのだろう。私は兵器で、相手は敵だ。ためらう要素などなにもないのに、それに否と言う自分がいる。
(戦争には勝ちたいし、生きていたい、でも――――!)
《電!》
叫び声が響く、目の前に敵の砲の発射炎が見える。慌てて艤装の防弾板を振りかざすと重い衝撃と共に後方に弾き飛ばされた。榴弾だったのか爆裂が起こり、強烈な熱と破片をもろに受けた防弾板は明後日の方向に吹き飛んだ。
「――――――! あっ!?」
バランスを取り戻す前に敵がその爆炎を超えてくる。この体勢では発砲はままならない。いくら駆逐艦クラスの砲撃とはいえ、防弾板ではなく生身の体で受け止めたら、無事で済む保証はない。生身を護るためのナノマテリアル皮膜は相手の砲弾が貫通する事を防いでくれるが、衝撃までは吸収しきれないのだ。
(……わたしらしい、でしょうか……)
命が掛かっている状況なのに、どこか冷めた気持ちで目の前に広がる敵の主砲を見る。甘ったれた私にはぴったりな最期かもしれない。
次の瞬間、タンッという圧搾空気の解放音と共に、意図せず固定装備の爆雷投射機が作動した。同時に視界がブレて、全力で海面を蹴り後方に跳んだ事を知る。爆雷は斜め前方に投射され、海面に触れるか触れないかの所で起爆。大量の水しぶきが視界を遮ると同時に、後ろに跳んだ勢いを殺さずに右斜め後ろへともう一度ジャンプする。相手の砲弾が髪をかすめて飛び抜けた。
《……死にたいのか、電》
中継機の出力が最大になっているのを知って、初めて今の動きは司令官が操ったものだと理解した。より近くで、自分の中から響く司令官の声はどこか悲しそうな色に満ちていた。
私は兵器で、相手は敵だ。戦争には勝ちたい、それでも
「……敵の船でも、命は助けたいって思うのは、そんなにおかしい事ですか……?」
どうしても、納得できなかったのだ。
「私が討つことをためらうことは、そんなに不思議なことですか?」
確かに相手は敵で、人間の生活を侵している。だからって相手を根絶やしにする必要はあるのだろうか? 砲撃だって当たると痛い。水雷戦隊に同行した時はこちらの攻撃で哭泣を上げ、沈んでいくのを見た。相手だって痛いし、沈むのを悲しんでいる。そんな相手を打ち倒すことなど、できなかったのだ。
「平和のために誰かを殺さなければならない事に疑問を持つのは、そんなにいけないことですか!?」
いつか、どこかで分かり合える。戦いなんてしなくてもいい時代がくる。そう思っていたかった。そう願っていたかった。
《間違ってなんてないさ》
相手の砲弾を今度は右斜め前に飛ぶようにして躱す。やはり自分の意図しない動き、司令官が体を操っているのだろう。
《だが、誰かを護るにしても、なにかを救うにしても、生き残らなければ意味が無い。生きていなければ、だれも救えない。だから、そこで生きる事を諦めることは間違っている》
そこに来てもう一度爆雷投射機が作動、相手を牽制するように爆発を繰り返す。その間に主砲の砲弾が装填されて、いつでも撃てる状態になった。
《生き残ることを恐れちゃダメだ、電》
駆逐ロ級が突っ込んでくる。電はとっさに砲身を向けた。これは自分の意思だろうか? そんなことを考える余裕もなかった。
「う、うわぁぁぁあああああああああっ!」
マズルフラッシュが轟く。目を瞑って行き先は見えない。爆発音、断末魔、強い向かい風、浸水音。
うっすらと目を開けると目の前で燃えながら海に沈みゆく駆逐艦。慌てて駆逐ロ級に近寄った。手を伸ばす。
―――――!
電が手を伸ばしている事に気がついたロ級が砲身を覗かせた。
「違うのです! 私はあなたを助け……」
それ以上続けることは叶わなかった。その砲身が火を噴いて、右肩に砲弾をぶつけてきたのだ。視界のブレと痛みに脳がパンクする。なんとか横転することは防げたものの、全身が悲鳴を上げていた。
《ダメージコントロール始動、主砲の延焼防止措置かかれ! 機関の状況を確認!》
司令官の指示が飛ぶ。被害状況が網膜に投影される。
主砲右砲の発射不可、操艦システム系統異常なし、航行可能。
電は痛みでまだ目を閉じたままだったが、頷いた。そしてそっと目を開ける。
目の前にもう駆逐ロ級はおらず、どす黒い液体が海面を漂っているだけだった。あの様子で航行ができたとは思えなかった。ということはもう自分の足下に沈んでいるのだろう。
「ごめん……なさい……」
助けられなかった、自分が殺したのだ。自分が引き金を引いたのだ。
「ごめんなさい、ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……!」
《……敵シンボル、ロストコンタクト。海域クリアを確認。CTCより帰還命令。……電、帰って来い》
司令官の声が響く。
「わかり、ました」
《電、間違ってなんてない。助けられる命を助けることは戦争中であっても当然だ。でも、神様だってきっとすべてを救えない。水かきがついているというお釈迦様の手で水をすくっても、きっと水は零れてしまうだろう。自分たちにできるのは、手の中に残る水を大切に守ることだと思う。でもそれは零れてしまった水はどうでもいいというわけではない》
司令官の声はどこか暖かかった。
《一人でできることなんてたかが知れている。でも電も自分も一人じゃない。一緒に強くなろう、電。いつかこの戦争は終わる。そこまで生き残るんだ。それまでできる限りの命を救えるように強くなろう》
「はい……!」
電は主機を回す。ゆっくりと立ち上がった。
「ごめんなさい、次に会ったらもう一度謝ります」
背中を向けて青い海を割っていく。少し赤くなった瞳を前に向けて戻るべき島を目指す。
「くっ……!」
電が出撃ドックに入った事を確認してコンピュータから伸びるコードを首筋から引き抜いた。反射的に首筋を抑えるが血が付くはずも無く、すぐに痛みも収まった。
「お疲れさまです」
TCCの警戒態勢も解かれ、待機モードに変更される。通常の照明が戻って来た。その光量を少し気にしながらも、声を掛けて来たハルカの方を見る。
「なんとか撃破か。彼女を褒めてやらねば」
「にしても驚きましたよ。リンク率をいきなり完全同調に叩き込むなんて無茶が過ぎます。その反動で脳に負担がかかったらどうするつもりだったんですか?」
「う……。まあ上手く行ったんだから許してくれないか……?」
痛い所を突かれ苦笑いで誤摩化す航暉。
完全同期は同期した相手の武装や行動を全てコントロールすることができる反面、艦娘の痛みや戸惑いも逆流して流れ込む。実際、至近で爆裂した敵砲弾の熱や爆風に目を顰めたし、敵砲弾を右肩に喰らったときは意識が一瞬飛ぶかと思った。艦娘はナノマテリアル皮膜で守られていることに加え、“肉体自体を改造している”ため耐えられるかも知れないが、指揮をする“自律駆動兵装運用士官”はそうではない。実際に艦娘が行動不能になる前に指揮官の脳が焼かれ、管制卓の前で事切れていたなんて話は探すといくらでも出てくる。だから完全同調はメリットが十分にありながら奨励されてこなかったのだ。
「まぁ、駆逐一隻の砲撃で死ぬほど軟弱じゃないつもりだけどね」
そういうのは強がりだと分かってはいたが見た目まだ少女のハルカの手前、そう弱みを見せる訳にもいかない。
「そういう事にしときます。とりあえずは電ちゃんを六波羅大尉の所に連れて行ってゆっくり休ませてあげましょう」
「そうだな。少し辛そうだったし」
そういいつつ、TCCを出る。入って来た滑り棒ではなく、ちゃんとした階段を上がって半地下の出撃ドックに向かう。ドックの排水音が聞こえるということは電はまだドックの中だ。無機質なドックは温度のない白い光に照らされ床に引かれた色とりどりのラインを浮き立たせている。
第一出撃ドックの隔壁が開いた。そこから所々服が破れて痛々しい彼女が出て来た。少し恥ずかしいのか頬を染めている。
「電、只今帰還しました……」
「ん。お疲れさま。辛かったな」
電が敬礼して来たので航暉も軽く答礼を返す。弾が当たった右肩の服が吹き飛び痛々しい。ナノマテリアル皮膜のおかげで出血は無いが、痣が目立つ。目を伏せてから彼女の前にしゃがみ込んだ。
「1人で無理させてすまなかった」
「司令官さん、さっき言った事もうお忘れですか?」
「え?」
出撃前には見えなかった笑顔が見える。それに驚いて動きを止めた航暉の右手に電がの両手が重なった。高い体温が手を通じて伝わってくる。
「一緒に強くなろうって言ってくれたじゃないですか。それに私が被弾した時も、リンクを切らないで一緒に耐えてくれました。だから一人じゃないです。そうしてくれたことが“いなずま”にはとってもとっても、嬉しかったのです」
そうしてにぱっという擬音が似合いそうな笑顔を浮かべて、その小さな手でぎゅっと航暉の手を握った。
「ありがとう、なのです。司令官さんのおかげで生きて帰れました」
そういって手を離して頭を下げる電。ハルカが後ろでクスリと笑う気配がする。
「……俺も、ありがとうな」
自然な動きで電の頬に触れる。驚いたようにビクッと肩を振るわせた電に慌てて手を引く航暉。
「すまん。いやだったな」
「そ、そんな事無いのです!」
次に慌てたのは電で、航暉の手をとって、自分の頬の方に引き戻した。
壊れ物でも触れるように改めて航暉の手が頬に触れた。電は目を細め静かに笑った。
「大丈夫なのです。司令官さん。ちょっと恥ずかしいですけど、こんなにやさしくしてくれた司令官さんなら大丈夫なのです」
「……そっか」
電に残った涙の跡をそっと拭う。笑顔の方が似合うと考えた自分はきっと間違っていない。
「さて、医務長の所に行って、肩を診てもらっておいで。その間に風呂でも湧かしておこう。上への報告は俺がやるし、艤装ユニットも伊波少尉とフェアリィがなんとかしてくれる。ご苦労様」
そう言って航暉が立ち上がると、電は名残惜しそうな顔をして、頷いた。
船の上ではあるまいしとは思うが、ウェーク島基地のお風呂はまさかの海水風呂である。理由は当然、水不足。水没した死火山の縁にできた珊瑚礁が隆起してできたこの島に川なんてあるわけないので、シャワーならともかく、湯船いっぱいいっぱいの真水なんて用意できないのだ。
しかしながら海水は周りにいくらでもある上、こんな絶海の島の娯楽なんて風呂ぐらいしかない。そのため立派な大浴場が整備されている。こんな大きな風呂を作るから海水風呂しかできないんだよ、とも思うが、ここが日本軍主体の国連海軍極東方面隊が管轄することになった時点で、巨大な風呂を整備したのはある意味必然と言えた。
「でも、擦り傷がある時はしみるのです……!」
その風呂の中でチリチリとした痛みに目を瞑って耐えるのは、長い髪を頭に巻いたタオルの中にしまった電である。シャワーを浴びた時に足に違和感があり、まさかと思って確認すると、ほんの数センチの擦り傷。――――そういえば慌てて出迎えに走った時に転んだっけと思い出す。今日の昼前のことなのに、もう結構前のことのようだ。
擦り傷だし問題ないと思って湯船に浸かったが、想像以上のヒリヒリ感に少々後悔した。
「……司令官さんが変わるだけで、こんなに気持ちが変わるのですね……」
痛みに少々慣れて、窓から覗く夕陽を眺める。大きな窓が開かれた大浴場だが、目の前に広がるのは環礁の内海と薄い陸地、その先に見える大きな太平洋だけだ。女子浴場のため建物がある方向には風流の欠片もない鉄の目隠しが立っていた。そのため夕陽が半分しか見えないのは少々残念だ。
その中で電は左の頬をそっと撫ぜる。司令官の右手が触れた位置だった。
「なんだか、ほっこりしますね……」
電にとって初めて触れる暖かさだった。教導隊でもここに配属されてからも、あんな優しい触れ方をしてくれる男の人はいなかった。どこかまとわりつくような視線を向けてくるか、苛立った態度でぶつかってくるかしかなかったのだ。それに驚いておもわず肩をすくめるように逃げてしまうと、司令官も遠慮するように、手を引いた。司令官は優しい人なんだろう、きっと。電はそう思って笑った。きっと間違いではないだろうと思う。
「私も強くなれるでしょうか……」
司令官に聞けば笑うだろうか?
「なれますよね、司令官さん!」
空元気でも笑ってみる。私を最後まで守ってくれた軽巡の言葉を思い出す。
――――笑え、電。大丈夫だ。空元気でも笑えばなんとかなるもんだ。どうにもならないときは俺が守ってやる。世界水準軽く超えてる俺が言うんだ、大丈夫さ。
前の司令官が殉職する寸前に、解体され消えてしまった艦娘。その言葉が今になって思い出される。優しい司令官のことだ、きっと笑ってないと心配する。
「頑張るのです! いなづまはきっと強くなります!」
せめて笑っていよう。私を守ってくれたあの人に笑われないように。
そう決意して、電は浴槽から出る。口元には笑みを浮かべて。
こんな拙い描写で大丈夫か?
いきなり機雷をばらまいたりしてますが、装備なしでも対潜値がある事を考えると、固定装備で機雷とソナーぐらいは付けてるでしょ、とか考えてます。はい。
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次回は出撃のその後、お楽しみに