艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
いつも以上にドキドキしながら、抜錨!
「
笹原が笑って答える。それとは対照的に無表情な航暉。
「……命令に変更なし、各艦の安全を最優先し行動せよ」
「了解、“各艦の安全を確保するため危険度の高い敵から優先的に無力化する”わね。指揮は私が執るよ、大佐。内部からの横やりだけは勘弁ね」
「わかった。……運が良かったですね、大将殿。たまたま彼女たちが守ってくれるみたいですよ」
航暉が皮肉な笑みを浮かべたままサーベルを仕舞う。鞘にバチンと硬質な音と共に収まったが、その右手はサーベルの柄に添えられたままだ。
「……何がしたい。国連海軍」
「別に、なにも。各艦が生き延びるための最善の状況を作りたいだけですよ」
頭がガンガンと痛むが、航暉はそれでも背筋をすらりと伸ばしたまま、大将を見返す。その後を笹原が継いだ。
「現状イージスシステムに枝がつき、各艦の武装は使えない。その中で安全を確保するための方法は大きく分けて2つ――――逃げるか、戦うか。相手は40ノット近い速度が出るとなると、艦娘単体でも逃げ切るのは難しい。しかも地の利はおそらく向こうにある。その状況下で逃げるというのは現実的ではない――――――きっと彼女たちはこう考えたでしょうね」
笹原が静かに笑った。
「安心してくださいな、大将殿。貴方たちには生きてもらわなければいけないんですよ。“国連海軍を内紛解決のために私的利用した海軍のトップ”として国際軍事裁判所へ出頭して貰わなきゃならない。それまでは貴方の命を保証します」
「……ふ、ふざけるな! 私的利用だと!? この国事に参加することは君たちのトップ、国連海軍極東方面隊が承認している! どこに私的利用の余地があるというんだ!?」
その激昂を冷ややかに笑って、航暉は管制卓に腰掛けた。
「国連海軍規約第52条第一項『水上用自律駆動兵装は対深海棲艦兵器としてのみ行使されるべき兵装であり、いかなる場合であっても国益や個人の利益の為に運用してはならない』――――――国益のため、なんらかの攻撃があることが確定的な状況下で観艦式を強行し、国連海軍の参加を強制した時点でこの条項に違反している。また、攻撃があった時点で我々は再三観艦式の中止を進言しているにも関わらず、これを強行したことからも、国益を重視していることは明らかであり、これを守るために艦娘の対人戦闘の強要とも取れる言動は上記の条項への違反である……反論は?」
苦虫を噛んだように黙り込む大将を尻目に航暉は振り返る。
「笹原、
「了解」
あくまで“自己防衛戦闘”。相手を必要以上に沈めることは許されない。
「さて、頼むよみんな」
笹原はわずかに笑いながら無線を開いた。
《敵速40ノット、まともに並走できるのは島風ぐらいよ。防衛ラインを割られたら対処しようがない》
「なら正面から潰せばいいだけの話でしょう?」
川内はそう言って安全装置を解除した。
「島風、走れる?」
「もちろん、かけっこなら負けませんよ!」
《相手は旧式の魚雷艇だ。追加武装といっても速射砲とかが来ることはまずないはず。ミサイルには気を付けて!》
「はーい、連装砲ちゃん! 一緒にいくよ!」
島風が艦列を飛び出す。それを見送りながら川内も転進、敵の艦列と向き合う。
「綾波、敷波! 二人もお願い!」
「わかりました!」
「久々のフロントかぁ……それじゃいっきまーす!」
「くれぐれも射線には気を付けて、打ち合わせ通りだよ!」
島風を追いかけて綾波と敷波が走り出す。
「あの三人のバックアップに入るよ! 電、雷、ついてきて」
「はーい、いっきまっすよー!」
「なのです!」
さらにその後ろから川内と電、雷が飛び出す。
「月型のみんなと浦風で最終防衛ラインを形成、総合指揮は睦月、文月がバックアップ!魚雷やミサイルの最終防衛頼んだ!」
「はいっ!」
「昼間だけど水雷戦隊の本領発揮だよぉー!」
相対速度72ノット、時速換算130キロオーバーで向かい合う。2分もかからず双方は交差するだろう。
「月刀司令、聞こえる?」
《島風か、どうした?》
「フリップナイトの使用許可出して! 連装砲ちゃんフルに使わないと間に合わない!」
《了解、月刀大佐より島風、フリップナイトシステムの起動承認、機動制限は600秒だ》
「10分もあれば十分!」
島風のタービンが一段と高い音を響かせる。同時に横を並走していた自律砲台3基も加速する。
「いくよ! 連装砲ちゃん!」
次の瞬間、彼女の速度は限界を超える。
彼の目の前には鈍重な艦隊の群れが見えていた。
イージス艦も武装が使えなければただの船だ。接近すれば乗り移れるし、短魚雷で沈めることもできる。
「さて、そろそろ頃合いかなぁ?」
魚雷艇の船室から上半身を乗り出して赤外線誘導式のロケットランチャーを構える。こんな内乱を引き起こした張本人である国王とやらに与する者たちだ。引き金を引くのにあまりためらいはなかった。
そのサイトに少女の姿を捉えるまでは。
艦娘というのを初めて見るわけではなかった。でもやはり奇妙だ。
露出度の高い服装のシルバーブロンドの長髪をなびかせながら向かってくる少女をみてとっさにトリガーから指を離した。
きれいだと思った。
海の上をスケートでもするようにかけていく。スケートをするようにと言っても生でそれを見たことはなかったけれど。それは優雅で美しいと感じた。戦場にいるというのに奇妙な間隔だった。
「……でも、敵だ」
子供であっても、敵だ。少女であっても、敵なのだ。それに油断して何人も仲間が死んでいったではないか。爆弾を抱えて泣きながら飛び込んでくる子供たちを見てきたではないか。
改めてトリガーに触れる。
こんな世界は狂っていると何度叫んだだろう。それでも、生き残らなければならなかった。今回も同じだ。生き残るためには、撃たねばならない。
「……ごめんな」
謝るようにしてトリガーを押し込んだ。
噴き出すブラストマス、それで反動を帳消しにして飛び出した弾頭は白い線を引いて前へ伸びていく。その白い少女の後ろからいくつかの線が伸びる、直後に放った赤外線誘導式のミサイル弾頭はふらふらと進路を変え、明後日の方向に向かい、爆発した。
「フレアディスペンサー!」
白い少女の後方に同じように海面を進む少女たちが見えた。レーダースコープでそれを見ると信号銃のような短い筒を空に向けて掲げているのが見える。
直後に乗っている魚雷艇の真横に水柱が立った。近い。
魚雷艇が急激に進路を変える。砲撃の水柱が艇を追い立てる。左へ左へ。
「案外精度低いのか……」
艇への直撃弾はゼロ。時速40ノットで動く物体に砲弾を当てるのは難しいとはいえ至近距離ともいえる距離で直撃弾が出ないのは練度が低いということか。
「……いや、違う」
彼は直後に考えを否定する。常に右舷側20メートルほどに着弾している。そこを狙っている……? なぜだ。
直後に響く異常接近警報。慌てて左舷を見ると味方の魚雷艇の舳先で顔を青くする同志の姿が見えた。
「まさか最初からこれを狙って!」
慌てて右に舵を切るが、かわしきれない程度には接近しすぎていた。互いの舷をこすりつけるように40ノット同士の鋼鉄の塊が衝突した。船乗りならば絶対に聞きたくない鋼鉄がひしゃげる音が響く。
《気づくのおっそーい! 早く逃げないと沈んじゃうよ!》
真横で足を止めることなく白い彼女は叫ぶ。そうして彼女は急いで魚雷艇から離れるように走り出す。それを追って銃撃が走る。
彼は慌てて武器をかなぐり捨てて、海面に飛び込んだ。膨張式のライブベストが海水に反応して膨らんだ。それを頼りに船から離れるように泳ぎだす。沈没の渦に巻き込まれては一緒に海底に沈みかねない。
沈んでいく船を安全に眺められるころにはもう白い少女は遥かに後方で、仲間の魚雷艇と格闘戦を繰り広げるかのように縦横無尽に駆けている。四方八方からの銃撃をかわしながら海の上を駆けていく。
「……ははは」
なぜか笑いがこみ上げた。周りには同じように船から逃げ出した同志が浮いている。
「あの銃撃に俺たちを巻き込みたくなかった……っていうのは、ありえないか」
それでもいつの間にか危険域から自分たちは外れていた。それが偶然なのかそうでないのかはわからないが、その幸運に感謝するしかあるまい。
「防水無線は……生きてるな」
彼はとりあえず、生き残るための方法を思案し始めた。
「短魚雷数2! “イロイロ”が射程内! 浦風さん!」
「まかしとき!」
睦月が対潜ソナーのノイズをもとに魚雷の位置を割り出して叫ぶ。それに呼応して浦風が青い髪をなびかせて走り出す。同時に笹原中佐の中継器を通して睦月のレーダー情報が必要な情報だけをクリーンナップしたデータがリアルタイムで送られる。左手の機銃を航行位置に合わせて叩き込むとすぐに水柱と共に消えさった。
「うちの手にかかればこんなもんやね。……睦月、魚雷はもうないね?」
「今のところはないかにゃぁ。文月、対空の方は大丈夫?」
「問題ないよぉ。 ほとんど雷ちゃんたちのフレアで誤作動起こしてふらふらになってるから、短距離の赤外線式誘導ミサイルしか持ってきてないんじゃないかなぁ?」
「そっか、ならええんじゃが……それにしても睦月、よくパッシブソナーだけでここまで鮮明に位置が特定できるもんじゃのぅ」
「えへへ~、もっともーっと褒めるがよいぞ!」
「浦風さん、あんまり姉を調子にのせないでくださいね」
「あ、如月ひどーい! ってなんで長月も頷くの!?」
どこか戦闘中だが気の抜けた会話が繰り広げられている。
「こんなんで、いいのかな……?」
対空機関砲を空に向けてそう疑問を口にするのは弥生だった。
「いいんじゃない? アタシらは艦隊の防衛がメインだし、睦月もみんなもあんな風にしてるけどちゃんと哨戒してるし」
めんどくさそうにそう言うのは望月だ。
「でもちゃんとやらないとだめだよ? みんな気を引き締めて~!」
そういいながら魚雷艇から距離を取りつつ航行を続けるイージス艦の艦橋を見上げる文月。それに気が付いた皐月が軽く目を伏せた。
「やっぱり気になる?」
「司令官もあそこにいるからねぇ、気にならないわけないんだよ」
文月はどこか儚げに笑いながらそういった。
「気になるけど、心配はしてないかなぁ」
皐月が目で促すとどこか照れたように表情が変わる
「うちの司令官は結構やんちゃだから、ちゃんと見てないとたいへんなんだよぉ? 書類整理は苦手だし、そのくせ誰かを頼ろうとかしないのに、いつの間にか周りを乗せて何とかしちゃうし……だから今回も司令官なら何とかしちゃうんじゃないかって思うんだぁ」
文月はそういいながら前線を見つめる。
「だから大丈夫だと思うよ、皐月ちゃん。きっと大丈夫」
文月は笑ってみせるとすぐに表情を引き締める。
最前線で水柱が立った。
「みんな早くしないと全部片づけちゃうよ!」
「ふんっ、無茶いわないでよ!」
「島風さんが早すぎるんですっ!」
軽く言い合いをしながらも綾波と敷波、島風は魚雷艇の間隙を縫うように走り回る。
彼女たちの役割は二つ。一つは相手の射線を翻弄し、正確な射撃を差せないこと。二つ目は魚雷の発射位置に相手を固定しないこと。
飛び出してくる対戦車ミサイルを信号銃で混乱させながら綾波は主砲を魚雷艇の足元……喫水近くの海面に向け、発砲。水柱を立ち上げて視界を遮りつつ反撃が来る前に後退する。
「さすがにこの数を相手にするのは厳しいですね……」
「とか言いながら、まだ被弾ゼロじゃんか」
「銃口を見てればちゃんと避けられますよ、敷波もよそ見してないでほら動く!」
三基の自律砲台のポジションを目まぐるしく入れ替えながら魚雷艇を翻弄していく島風の飛び道具っぷりは放置しておくとして、綾波と敷波は人間と同じサイズの体とそれを支える艤装を駆使して25メートル級の魚雷艇を相手に戦わなければならない。まともに砲撃したらおそらく乗組員ごと吹き飛ばしてしまうし、かといって攻撃しなければ司令官が危ない。乗り込んで無効化できるような器用なこともできないし、そもそも高速移動を続ける魚雷艇と接触して吹っ飛ぶのは艦娘の方である。いくら艦娘と言っても物理法則には抗えない。
つまり、艦娘は魚雷艇に対してまともな攻撃手段を持たない。
当然だ。艦娘は”深海棲艦との戦争のための兵器”であって、対人兵器や通常艦船用の兵器なんて積む必要がないからだ。電と雷が背負っている30連装噴進砲に詰められたウィンドウ弾と信号弾、そして笹原中佐が用意した信号銃が唯一のまともに使える武器である。……どれもミサイル攪乱用の自衛武器に過ぎない。
「だからって、相手が撤退するまで足止めしつつ逃げ回るって無理がないかなぁ!」
「でもこれぐらいしかないでしょう?」
綾波はそういいつつ、その場で回転、後ろから綾波を狙っていた兵士を脅かすように主砲を発砲、衝撃波で船体を揺らしにかかる。
「綾波も何気に飛び道具よね……」
「そんなことないですよ?」
「そんだけ動き回っててどの口が言うんだか……」
綾波はその間にも綾波の背中を守るように飛び出し、綾波が元々狙おうとしていた船の鼻先を掠めるように弾を低く放つ。慌てて舵を切りすぎたのかありえない傾きで逃げ出す魚雷艇、おそらく船体が歪んだだろう。中で誰かが頭を打ってないことを願うばかりだ。
「――――敷波!」
「え?」
綾波が叫んだ。おどいて綾波の方を見る。――――――幸か不幸かその時の視界の端にわずかな影を捉える。空中から飛び込んでくるそれ見て、敷波の喉は変な音を出した。
(――――――対戦車ミサイルっ! やばっ!)
慌てて姿勢を倒しつつ全力で前に跳躍、フレアを撃ち出す余裕もない。逃げ切れない。
直後、敷波の目の前、綾波が目を見開く中で、そのミサイルが弾ける。
「―――――っ!」
とっさに顔を腕で庇った敷波は爆風で身体が浮くのを感じる。全身が熱いが、それを感じる余裕があることを奇妙に感じる。
《もーっ! ちゃんと気を付けてよね!》
無線が飛んできてまだ生きていることを悟る。足が海面につき、衝撃でかなり沈み込んだ。スカートの縁が海面をなぞっていく。
「……直撃したと思ったのに」
《フリップナイト展開中じゃなかったら間に合わなかったよー? もう、しっかりしてよ》
なんとか薄く開けた瞼の端に島風が“連装砲ちゃん”と呼ぶ自律砲台が一基跳ねて戦線に戻っていった。
フリップナイトシステムは一時的にではあるが島風の速力や自律砲台の運用能力を底上げするシステム群の総称だ。当然反動もあるが自律砲台を複数活用するには必要なシステムでもあった。
自律砲台はその内部に航行用の推進部、自分の位置や敵艦との距離を測るための各種センサやジャイロをもとにモーターなどをコントロールする制御部、そして主砲となる攻撃部を組み込んでいる。島風はこれを3基同時にコントロールし続けなければならない。いわば自分と同時に3つの操り人形を動かしながら戦えと言っているようなものだ。ふつうはできるはずがない。事実、島風の前から自律砲台のテストモデルを運用していた天津風は1基で精一杯だった。出力の面でも、情報処理能力の面でも負担が大きいのだ。
それを解決するために開発されたのがフリップナイトシステムである。やってることは至極単純、主機の出力を無理矢理全開まで引き出して自律砲台が必要な出力を確保、情報処理は司令官の中継器経由で国連海軍のコンピュータとリンクさせ、そっちに負担させる。タイムラグが発生する分は予測位置で何とかするしかないなど改善点は多いが、複数の自律砲台をフルに使うにはこうでもしないと使えないのだ。
島風はこれを駆使しつつ、島風自身も高い機動力を駆使して戦闘を推し進める、攻撃性の高い駆逐艦のテストモデルとして誕生した。
その面目躍如で敷波を狙ったミサイルを自律砲台で撃ち落としてみせたのである。
「……なにがなんだか」
「でもパフォーマンスには十分だったらしいですね。……攻撃が引いていきます。司令官」
《ん……こちら国連海軍派遣団、スールー海軍艦船に攻撃中の魚雷艇群に告ぐ。今すぐ戦闘を中止し撤退せよ。これ以上攻撃をつづけるようなら“こちらもそれ相応の攻撃をしなければならなくなる”》
笹原の無線を最後に攻撃が止んだ。最初に二隻沈められ、残りの艦船も人死はないが、攻撃はことごとく食い止められこれ以上戦闘を続行してもイージス艦に接近できないであろうことを察しているはずだ。
まともにやりあっているのは島風・綾波・敷波のみ。
もし“艦娘側が全員でかかってきたら”。
その通信がはったりだとしても、それを試すにはリスクが高すぎる。
《5分間の猶予を与えるわ。その間に海に浮かんでる乗員を救助して転進なさい》
その通信を受けたあと、魚雷艇の一隻から旗が揚がった青、白、赤の横ストライプ、国際信号旗“
《こちら国連海軍派遣団司令部、状況終了。各艦戦闘行動を停止、一時後退せよ》
笹原がそう言うと敷波は胸をなでおろした。
戦闘開始からまだ10分も経っていない、なんとか誰も殺さずに済みそうだ。
それだけが救いかもしれなかった。
……こんな戦い方しか書けない自分に少し腹立たしさを感じる今日この頃です
いつも以上に筆が荒れてる自覚はありますが、これ以上の修正は自分でも難しいです。
……なんだか言い訳じみてきたのでこれくらいで。
あ、観艦式の航海は「まだまだ続きます」
もうしばらくお付き合いくださいませ。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは、次回お会いしましょう。