艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
それでは、抜錨!
フィリピン、ルソン島にあるキャビテ軍港はマニラ湾内部の南東側ににょっきりと突き出した半島に位置する軍港だ。その中でも一番先っぽ、ダニエロ・アチェンザ地区と呼ばれるところに国連海軍のキャビテ基地は立地していた。
「……たしかにこれは立地して“いた”ね」
「なんだか基地じゃないみたいです……」
輸送機から降りて伸びをした雷が回りの仮設テントの山をみてあきれたようにそう言った。電も頷く。
目の前は全壊した司令部棟に建物に大きくヒビが入って立ち入り禁止になっている艦娘宿舎。どこか傾いた管制塔は機能を停止していたが、隣の移動指揮車の誘導で代替されており、なんとか輸送機での現地入りができた。
「みんなおっそーい!」
艦娘たちの艤装がしまわれたキャニスターなどが
「こんな状況で観艦式をやるのです?」
「観艦式はもっとマニラ市街地寄りでマニラノース港の方だ。……あっち、遠くに高層ビルがかすんでるのが見えるか? あの向こうだ」
航暉がそういいながら海の向こうを指し示す。波のない鏡のような水面の向こう、蜃気楼で揺らめくように細い線が何本か見える。
「まぁ本番は明後日だし今日はこの海になれることを目標にしよう」
そういいながら航暉は自ら大きなバックを担いだ。そこに早歩きより少し早いくらいで第一種軍装……開襟の黒い制服がやってくる。背は普通の男性と比べたら低めだが、体つきはしっかりしている。短い黒の髪を揺らして航暉の前まで来ると黒い革靴を軽く鳴らして敬礼した。
「はるばるご苦労様です。国連海軍極東方面隊南方第二作戦群第四分遣隊司令の浜地賢一中佐です」
「中部太平洋第一作戦群第三分遣隊司令、月刀航暉大佐です」
航暉は答礼を返し、微笑んだ。……おそらく同い年か、浜地中佐の方がいくつか年下、そんな感じだ。よく言えば柔和そうな、悪く言えば頼りなさそうな振る舞いだ。
「荒れ放題ですが、仮設司令部にご案内します」
「あの、浜地司令官さん……」
「はい?」
電が先頭を歩く浜地中佐に声をかけた。
「どうしてこの基地は……」
それだけ言うと、浜地中佐は電が言いたいことを理解したらしい。
「1ヶ月半前くらいに武装組織から攻撃を受けてこんなことになってます」
「こ、攻撃……? 国連の基地が攻撃を受けたの!?」
驚いた表情をするのは睦月だ。
「おそらく第7共和政権派の犯行だと思います。地対地短距離弾道ミサイルが4発ほど」
「……HIMARSですか?」
「そうじゃないかって言われてます」
「ハイマース……?」
?を浮かべるのは弥生だ。
「
「司令部棟が全壊、艦娘庁舎と
「……死亡者0、よく無事で」
「直前にですがタレこみがあったんで、歩哨も含めてシェルターへ避難させたんです。でも間に合わずに3人、大やけどを負わせてしまった」
そう言った彼の表情は、後ろを歩く航暉からは見えなかった。
「あ、いたいた、司令官!」
木造コンテナ式の建物の集合体が見える。工事現場の事務所のような感じだ。その前で金髪の少女が跳ねながら手を振っていた。
「浦風たちが帰ってきたよ!……っと、そちらの人は派遣団の人?」
「あぁ、こちらは国連海軍極東方面隊中部太平洋第一作戦群第三分遣隊司令の月刀航暉大佐だ。今回の観艦式への国連海軍派遣団の団長を務めてくださる。この子は私の部隊、南方第二作戦群第584駆逐隊旗艦の……」
「皐月だよ! よろしくな!」
そういいながら敬礼を決める皐月。それに航暉が答礼を返し、それに合わせて航暉の部隊の艦娘が敬礼をする。
「皐月ちゃん、お久しぶりなのです!」
睦月がそういいながら前に出た。
「睦月? 久しぶりぃ! 如月も弥生も、望月も! このまま睦月型勢ぞろいになるんじゃない?」
「それはそれで面白そうねぇ……」
手を取り合ってぴょんぴょん跳ねる睦月と皐月。それをみて浜地中佐がくすりと笑った。
「そういえば、南方第一作戦群からの士官はもう到着されているんですか?」
「えぇ、先ほど到着したらしいんですが……」
そんな会話をし始めたタイミングで軽い足音に航暉は気がついた
「さ」
ホップ
「つ」
ステップ
「き」
ジャンプ
「ちゃぁぁぁぁああああああああんっ!」
小柄な影が一つ、皐月に後ろから飛びついた。抱き着いた勢いそのまま皐月を地面に押し倒した。
「うはぁっ! って、文月ぃ!?」
「うん、文月だよぉ! 覚えててくれたんだぁ……」
皐月の胸に頬を擦り付けるようにしながら文月と呼ばれた少女が茶色の髪をポニーテールにまとめ、それを乱れさせながらすり寄る。
「ちょ、くすぐったいよぉ! 文月、顔近いし、みんな見てるし……一度離れて……」
「わたしは気にしないよ?」
「ボクが気にするんだよっ! 時間と場所をわきまえてよ……」
「時間と場所をわきまえたらいいの?」
「えっとそれは……」
地面に倒れたまま互いに頬を赤く染めている幼い少女、茶色いポニーテールを揺らして文月が皐月の上にまたがったまま上体を起こした。荒い息が見かけに似合わない艶やかさを醸し出しているが、昼前のプレハブの司令部の前の衆人環視では雰囲気もなにもない。
皐月が浜地中佐に潤んだ瞳を向けて無言の救援要請を出していて、浜地中佐は溜息をつきながらその横にしゃがみ込んだ。
「文月さん、でいいのかな? ちょっと皐月に用事があるんだけど、皐月を借りていいかい?」
「?……もしかしてお話し中だった?」
「そうそう!司令官に報告の最中だったんだ!だから一回離れてぇぇえええええ!」
皐月、この状況から逃れようと必死である。
「そうだったんだぁ……」
文月が名残惜しそうに皐月の上から降りると、跳ね起きた皐月が浜地中佐の後ろに隠れた。
「……真昼間から恥ずかしいもの見せないでよ」
「島風、その台詞そっくりそのままお前に言いたい」
航暉の突っ込みにオーバーに「傷ついた!」という表情を見せる島風。
「提督もそんなこというの!?」
「ごめん、司令官に一票」
目をそらしながら小さく手を上げる雷と苦笑いでコメントを避けている電。睦月たちは自分たちの姉妹艦の思わぬ関係に絶句している。
「えっと、文月……でいいのかな?」
「え、うん。おじさん、誰?」
おじさんと言われ人知れず言葉に詰まる航暉。その後ろでは雷が笑いをこらえきれずに噴き出していた。後で覚えてやがれ。
「……中部太平洋第一作戦群第三分遣隊司令の月刀大佐だよ。君はここの所属じゃないみたいだけど」
「うん。南方第一作戦群第547水雷戦隊の所属だよ」
文月はそういってにっこりと笑った。整ったかわいらしい顔だちだ。
「君の司令官はどこに……」
航暉が口を開くがその質問の答えはすぐに出た。
「か」
ホップ
「ず」
ステップ
「き」
ジャンプ
「くぅぅぅぅううううううううんっ!」
航暉は後ろから伸びてきた腕が首筋に巻き付く前にとっさに右腕を首のそばに引き寄せ完全に首をホールドされるのを回避する。右腕で相手の腕をつかみながら腰を沈めるようにして相手の重心を崩し相手を背負うように右足をするようにして大きく下げる。背中に乗せたその影をコンパクトに足元に落とすと、そのまま腕を極める。
「いだだだだだだっ! 挨拶代りに飛びついただけで何この仕打ち!?」
「不意打ちで後ろから首をとりにくるお前が悪い。俺の後ろにお前は立つな」
「デューク東郷かお前は! レディに一声もかけずにまず投げるって……悪かったから謝るから極めなおさないで腕放せ――――――っ!」
溜息と共に腕を解放された彼女は荒く息をしながら立ち上がると、第一種軍装に着いた砂をパンパンと払う。ダークブラウンの長髪はサイドポニーにまとめられ、赤みの強い瞳に勝気な眉が凛とした顔を引き締めている。……言動で台無しだが。
服装からして国連海軍士官、袖口のモールからして中佐であることはわかる。女性用の腰が絞られたジャケットは小さ目なのか、起伏豊かな彼女のボディを少々タイトに見せていた。
いきなりの乱入で状況に頭がついていっていない人が多数出ている。
「えっと……そちらの方は?」
その筆頭、浜地中佐が女性に声をかけた。
「申し遅れました。国連海軍極東方面隊南方第一作戦群隷下、第547水雷戦隊司令官、笹原ゆう中佐であります! 以後お見知りおきを」
「いつ副司令から昇進したんだ?」
航暉が頭を掻きながらそう言うと笠原と呼ばれた女性がにっこり笑って振り返った。
「10月の再編時だよ。これでカズ君と並んだと思ったらカズ君も昇進してるんだもん。びっくりしたよ、大佐殿?」
「えっと、月刀大佐と笹原中佐はお知り合いですか……?」
浜地中佐が聞くと笹原は自然な動きで航暉の右肩に手を置いて横に並ぶ。航暉はそれを払うことはせず、今度は横に素直に収まる。
「そうだよー。月刀大佐とは同期、
「時々非常識だが水雷戦隊重視の高速戦闘なら期待していい」
「なによその言い方、“なら”ってどうゆーことよ」
「空母隊とかの指揮をまともにしてから反論してほしいな」
抗議するように腕を振るが、航暉は涼しい顔だ。
「……お前が来るとは思ってなかったよ」
航暉がそう言うと笹原はくすりと笑う。
「今回は事情が事情でしょ、なら“現場の指揮官が動かしやすい気ごころが知れた駒”のほうがいいよね? そう言うことよ」
そう言って笑うと彼の横を離れ、浜地中佐の前に歩み寄る。淡い柑橘系の香りがふわりと彼の鼻をくすぐった。
「浜地中佐よね? ここの指揮官で、ここの爆撃で死者ゼロに抑えきったっていう」
「そうですが……」
「同じ中佐でしょ? タメでいこう?」
「そうだけど……」
「やるじゃない。この基地の破壊状況見た限り二桁単位で死者が出てもおかしくないって思ってたんだけど」
「なんで上からなんだよ」
「いーからカズ君は黙ってて」
意地悪げな横顔を航暉に向けてから、改めて浜地中佐に向き合う。右手を彼の左肩に乗せ、微笑んだ。だがその笑みには似合わないほどに赤い瞳は深い色をしていた。
「今回の観艦式、ほぼ間違いなく戦闘になるわ。きっとここの指揮官だからわかってると思うけど、スールースルタン国政府はおそらくあてにならないし、観艦式の最中に参加艦が離反することもありえる。その時、国連海軍の軍人としてあなたは戦える?」
笑みのまま放たれた問いに浜地提督は固まった。その質問の意味を測り兼ねていたからだ。考えがまとまる前に彼女がクスリと笑った。
「……沈黙もまた答え。よろしくね」
「え、あ、はい。よろしく……」
「ケンちゃん堅―い!」
「お前がラフすぎるんだ、笹原」
航暉が頭を掻きながら笑った。
「えー、堅苦しくてもいいことないじゃん。大体、戦闘になったら礼儀とかガン無視だし」
「でも今は平時だろうが」
「でも夜戦になったら―――――」
「何!? 夜戦っ!?」
「うわっ!」
何の前触れもなく笹原の横に出てきた少女に全員が驚いた。
「川内、あんたは瞬間移動で出てくるなっ!心臓に悪い!」
「謝るからさぁ、で、夜戦なの?」
「黙れ夜戦仮面、しばらくは夜戦の予定はない!」
「なんだぁ」
橙色の服を着た少女があからさまに肩を落とす。
「川内ってことは、お前んとこの旗艦か?」
「そうだよー。547水雷戦隊の旗艦にして、夜戦における切り札その1、軽巡川内」
笹原はそう言って川内の肩を抱いた。
「夜戦なら任せておいてよ、まぁ観艦式で夜戦はないだろうけどね……」
「笹原の旗艦は大変だろう?」
「んー、そうでもないよ。夜戦させてくれるし」
「……気が合うはずだ。“夜鷹”」
「でしょでしょー? 組んでて楽しいしなかなか手放せなくてねー」
笹原が笑う。騒いでいるのを見つけたのか少女が何人かかけてくる。
「もう、勝手にいなくならないでください、笹原中佐!」
「また誰かにちょっかい出してたんでしょ?」
「ごめんごめん、綾波。敷波もすねなくていいから」
オーソドックスなセーラー服を着た少女二人の頭をなでながら笹原は苦笑い。
「長月もごめんね」
「司令官はいなくなると探すのは大変なんだ。もっとどっしりと構えてほしい。文月、お前は迷惑かけてないだろうな?」
「えー、長月ちゃんひどーい」
より一層にぎやかになっていくが、浜地中佐が声をかけた。
「あのー、打ち合わせもしときたいですし、司令部に入りませんか? ここだと暑いですし」
「あ、すいません。そうしましょう……艦娘たちも一緒でいいですか?」
「もちろん、その方がありがたいです」
「なら、こちらへ、会議室へ案内します」
司令部棟にみんなが入っていくなか、最後尾で電が海を振り返った。
「? 電?」
「あ、いえ、何でもないのです!」
怪訝な顔をした雷に慌てて笑顔を向けて、電は皆を追いかけた。
ほんとに現地入りしただけで終わってしまった……!
はまっち先生のキャラクターより、新キャラの方が目立ってるような……?
はまっち先生すいません。
新キャラの名前だけは前から出てました、覚えておいでの方がいらしたら賞賛の拍手を!
次回で観艦式参加艦娘が出そろうかと思います。観艦式までまだ遠い……
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は作戦会議と前夜祭の予定、たぶん。
それでは次回お会いしましょう。