艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、次の戦場です!
自分で書いててなんですけど、恐ろしく”異色”な艦これの話になってます。

Chapter2はハーメルンにて連載中のはまっち先生作『艦これ ある提督の話』とのコラボレーション企画となります。
史実に裏打ちされた作品でありながら悲壮感が少なく気軽に読み進めることができます。なるほどと思えることも多い作品です。
はまっち先生にはコラボ企画をご快諾いただいたことをこの場を借りましてお礼申しあげます。
『艦これ ある提督の話』URL:http://novel.syosetu.org/29291/

今回はプロローグ、この世界の説明回にもなってます。
それでは初のコラボ企画、抜錨します!


Chapter2-0 戦う由は

 

 

 

 

 

彼ら秋の葉の如く群がり落ち、狂乱した混沌は吠えたけり。

 

                  ――――――――『失楽園』ジョン・ミルトン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なんでこんなのがくるかなぁ」

 

 航暉は司令室のデスクに肘をつき、印刷資料(ハードコピー)を眺める。

 

「なぁ、提督、暇なら碁でも打たんか?」

 

 そこにマグネット碁盤をもって現れたのは利根である。

 

「……忙しそうには見えないよな」

「少なくとも頭痛の種を抱えてるのはわかるがのぉ。……どうしたんじゃ?」

 

 利根はスツールをデスクの前に置き、航暉と向かい合うように腰掛けた。

 

「……極東方面隊総司令部からの出動命令書が届いたんだが、ちょっと厄介な感じだ」

「ほほぅ。提督が頭を抱えるとなるとかなりじゃのう。この基地じゃと火力と索敵は吾輩たちがおるし、航空戦力も十分、対潜だって睦月たち551がおればなんとかなるじゃろう。……物量作戦で押してくる相手に少人数で切り込めとか言われたかの?」

 

 利根はそういいながら碁盤を広げていく。

 

「そういわれた方がまだ“マシ”だよ」

 

 ぎしりと椅子を軋ませて、航暉は背もたれに体重をかけるとそのまま体をそらす。逆さまに空と少しの海が見えた。

 

「さて、どうしたものか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「観艦式、なのです?」

 

 その日の夜、艦娘たちと一緒に晩御飯のハンバーグを食べながら電が首を傾げた。

 

「そうだ、3週間後にマニラで行われる観艦式に参加しろとの極東方面隊総司令部から直々に通達だ」

「……なんでそれが月刀司令や合田司令官の不機嫌な顔が拝めた理由になるんだ? 深海棲艦と戦って来いと言われたわけじゃあるまいし」

 

 そういったのは天龍だ。その天龍に島風が後ろから飛びつく。

 

「それって速いの?」

「島風てめぇ重い! てか飯ちゃんと食ったのか?」

「食べたよ! みんなが食べるのおそいんだもん!」

 

 言い合いが始まるのを見ながら電は苦笑いを浮かべた。観艦式は艦を観覧してもらう式典だ。速いはずがない。

 

「それで、司令官、どうして観艦式が問題なんだい?」

 

 響が口についたデミグラスソースをペーパータオルで拭きながらそう問いかけた。

 

「今回の観艦式はスールースルタン国国王マジャハル・キレムⅦ世の即位記念式典の一環で行われるもので、メインはスールースルタン国海軍の通常艦艇だ」

 

 そういいながら航暉は食堂の壁に設置されたタッチ式スクリーンに映像を飛ばす。映るのはフィリピンとその近海の地図だ。

 

「スールースルタン国? そんな国あったかしら?」

 

 隣のテーブルでそういったのは筑摩だ。向かいに座る利根が口を開く。

 

「フィリピンといえば、長いこと内戦がひどいことになっておるんじゃなかったかの?」

「第7共和政権と国王(スルタン)制の再建を望む民族との紛争じゃなかったかしら~?」

 

 龍田がそういうと航暉が頷いた。

 

「その内乱の最中に深海棲艦が現れて三者入り乱れてのひっちゃかめっちゃかの大乱闘。双方に戦う余裕がなくなって一時的に休戦していたが、3年前に再び内乱状態になっていた。ずっと膠着状態だったんだが、4週間前に第7共和政権の海軍がスルタン側に寝返ってクーデター。あっという間にマニラを制圧して第7共和政権派の人員を追い出した」

「……深海棲艦との戦争中によくやるな」

 

 そうぼそっとつぶやいたのは若葉だ。

 

「まったくだ。で、スールースルタン国政府を正当なフィリピンの政府として認めるように国連に要求したのが3週間前。それを受けて国連議会がスールースルタン国の国連加盟を決めたのが一昨日、これでスールースルタン国は国家として成立し、これを記念して内戦で先延ばしにしていた国王の即位式を執り行うっていう寸法だ」

 

 航暉はやれやれといった表情で肩を軽く持ち上げた。机の反対角に座る正一郎も浮かない顔をしている。

 

「この式典に第551水雷戦隊にも参加要請が来てるんだ」

「551? 538だけじゃじゃなくてか?」

 

 天龍が怪訝な顔をする。正一郎の隣に座る阿武隈が驚いた顔をする。

 

「ってことは私も参加ですか!?」

「いや、今回の主役はスールースルタン国海軍の艦艇だ。だから駆逐艦を送る。軽巡は南方第一作戦群から一隻のみ、現地の基地の艦娘以外は基本的に駆逐艦だ」

 

 航暉はそういって作戦要綱をスクリーンに映した。

 

「作戦参加要請は第551水雷戦隊宛と第538水雷戦隊宛の二通来ている。これとは別に俺宛に国連軍側の代表士官として参加するようにとの命令書も届いた」

「ということは提督が式典に参加して、合田司令官が基地を守るってことですか?」

 

 そう問いかけたのは大鳳だ。

 

「そうなる。……問題はここから。フィリピンも例にもれず、現地軍と国連軍の関係はあまり良好といえない」

「なんで?」

 

 首をかしげたのは雷だ。それに龍鳳が答える。

 

「世界を守るためって理由で優秀な軍人は国連軍に取られちゃいますから……現地軍にとってはおいしいところだけ食べていくように見えちゃいますよね」

 

 じつはすべての軍隊が国連軍の傘下に収まったわけではない。各国の軍の上位組織として国連軍が存在するのは確かだが、各国がそれぞれの領土を守るために独自の軍を持っているのはある意味当然であると言える。もっとも、その軍隊は深海棲艦が発現する前の第三次大戦期の兵器を流用しているものがほとんどで、深海棲艦相手にはあまり効果はない。

 

 水上用自律駆動兵装(IDrive-AWS)を運用する部隊は国連軍に統一されている。各国の縄張り争いなどで哨戒エリアに穴ができるのを防ぐためであり、この対深海棲艦の戦いが終わった後に艦娘たちが人間同士の戦いでの切り札にならないようにするためでもある。

 

「でも、仲が悪いならなんで国連軍に参加要請が来るのよ」

「国連に加盟するっていうことは世界的に国家として認められるって意味だからよ~。観艦式で国連軍の艦娘と並走することはそれを対外的にも示すためってことかしら~?」

 

 暁の問いに龍田が笑顔で答えた。それに頷く航暉。

 

「そういうこと。特にこれはフィリピン第7共和政権への牽制行為の意味合いが強い」

「牽制ぃ? なんで?」

 

 聞き返したのは望月だ。

 

「国連海軍の艦艇がこの観艦式に参加するってことはスールースルタン国を正統なフィリピン政府として認めるってことになるんだ。フィリピン第7共和政権はマニラから追い出された後、すぐにシンガポールで亡命政府を作って、今でもフィリピンの正統政府は自分たちだって主張してる」

 

 正一郎がそう答えるとムムムと唸るのは睦月だった。

 

「勝負がまだ決まってないっていってるのに、なんで急いで決着をつけたのかにゃあ……?」

「フィリピンの鉱山の確保が目的だ。フィリピンは鉄やニッケルの宝庫で、その鉱山のほとんどをスールースルタン国政府の勢力地域にある。鋼材を安定的に得るにはそこでの内乱が集結しなきゃいけないでしょ?」

 

 正一郎の言葉に納得顔の如月。

 船の修理をするにしろ、街の修復をするにしろ、鋼材や燃料は必須だ。できるだけ資源を安定して得ることができるのは大きな魅力だし、現状ではできる限りの資源をかき集めたい。ならスールースルタン国を正統政府と認める代わりに国際社会への貢献として鉄鉱石などをまわすことを求める、そういうところだろうと予想がつく。

 

「……ちょっと待て」

 

 ここで待ったをかける声が一つ、天龍だ。

 

「第7共和政権への牽制だのなんだの言ってるってことはまだ内戦は終わってない。そうだな?」

 

 航暉は疲れた顔で頷いた。

 

「天龍の言う通り、内戦はまだ終わってない。国連の介入でスールースルタン国が正統政府になることがほぼ決定したとはいえ、決着はまだついていないのが現状だ」

「つまり、お上は“人間同士の紛争地帯で行われる軍事的意味合いの強い観艦式に駆逐艦のみを派遣しろ”って言ってるんだな?」

「……そうだ」

「危険だってわかってんだろ?」

「あぁ、だからこそ”ウェーク基地所属艦”に参加命令が出た」

 

 航暉はそういいならスクリーンを切り替える。書類をスキャンして取り込んだような文章が現れる。みながそれをのぞき込む。

 

「……すいません、これ何語でしょうか?」

 

 そういったのは初霜だ。

 

「タガログ語だ。フィリピンの言語だな。日本語訳をするとこうなる」

 

 スクリーンに見慣れた言語が表示される。

 

 

 

「……冗談じゃねぇぞ。こんなの俺らの仕事じゃねぇ!」

 

 

 

 天龍が拳を強く握りこんだ。

 

「俺もそう思うよ、天龍」

 

 悲しげにつぶやいた航暉はスクリーンから目をそらした。

 スクリーンの日本語訳を正一郎が読み上げる

 

 

『第7共和政権こそ正統なフィリピンの指導者であることを信じ、民主的なフィリピンを奪ったマジャハル・キレムⅦ世を我々は認めない。王たる位につくことを我々は認めない。武力でしか国を治められない王国を我々は認めない。即位式典などという茶番劇を始める前に母なるフィリピンの島々を解放しなければ、我々は武器をとり、その不正に立ち向かわねばならない。我々は民主主義の正義に則り、この母国の未来をきりひらかねばならない。我々“コモンズ”はスールースルタン国を認めない。即位式典などという茶番を始める前にマニラから撤退せよ、さもなくば公衆の面前で独裁者の首を落とすことをここに宣言する』

 

 

 航暉が苦々しく絞り出すように言葉を放つ。

 

 

 

 

 

「今回の作戦参加艦の任務はこういうことだ。観艦式に参加し、国王をはじめとした政府要人を“第7共和政権派の武装過激派組織”から守れ――――――今回の相手は深海棲艦でも艦娘でもない。武器を持った“人間”だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 かさりと書類が落ちる。粗雑な木造のローテーブルにはおにぎりが乗っているが手は付けられていなかった。

 

「元気出してよ、司令官。ボクなら大丈夫だからさ!」

「お前が大丈夫でも、俺が大丈夫じゃないんだよ、皐月……」

 

 皐月と呼ばれた少女はそういわれてシュンと俯いた。長い金髪が力なく垂れる。彼女の髪は暗い電灯に照らされ、深い陰影を落とす。

 彼は背中を後ろの壁に預けた。すぐ頭の上にある窓からはわずかに光が差し込んできている。それを見上げて彼は言葉を置いていく。

 

「こんな情勢で観艦式をやるんだぞ。犯行予告もでてるんだぞ。スールーも第7共和政権も国連海軍の味方じゃない。そんな中に……艦娘(おまえ)たちを出せっていうのか?」

 

 書類は式典参加命令書であることが見て取れる。彼には現地の国連海軍士官としての参加、つまり国連海軍側の参加者を出迎えるホスト役だ。この基地に国連海軍の士官は一人しかいないため、彼の参加は“強制”だった。

 

「もしかしたら、お前は……お前は人を殺さなければならないかもしれないんだぞ。俺はそんな命令、出したくない」

 

 彼はそういって力なく笑った。その横に彼女が腰掛ける。

 

「それでも、任せてよ。司令官。ボクは水上用自律駆動兵装(IDrive-AWS)さ。大丈夫」

 

 艦娘――――水上用自律駆動兵装(IDrive-AWS)。艦娘は人に非ず。なんどそう言われても彼にはなじまなかった。

 彼女はそれを知っていても、彼女が兵器であることが彼を救うかもしれないとそれを嘯き続ける。彼はそんな彼女を兵器扱いできずにいる。

 小さなその手で人類の命運を支え、いつ沈んでもおかしくない中、戦場を駆けてゆく彼女。司令官を気遣うことができる彼女が兵器であっていいはずがない。

 

「……なぁ、皐月」

「なに?」

「俺たちは誰のために戦ってるんだろうな」

 

 答えは返ってこない。答えがないのか、あっても答えることができないのか。彼には判断がつかなかった。

 

「ねぇ、司令官」

「うん?」

「司令官は軍人になったこと後悔してる?」

 

 皐月は彼に寄り掛かるようにして、こてん、と頭を彼に預ける。少女の高い体温がワイシャツ越しにも伝わってくる。

 

「ボクはさ、最初から艦だったから、戦わなくていいっていうことがどういうことなのかあまりわからない」

 

 皐月はそのまま目を閉じて、軽く笑った。

 

「司令官は元々軍人じゃなかったんだよね?」

「……あぁ」

「どうして軍人になったの?」

 

 それを聞かれると言葉に詰まる。

 

「……言いたくない?」

「そういうわけじゃないんだ。ただ……よくわからないんだ」

 

 そっか、といった皐月がわずかに動いた。

 

「いっしょだね。……ボクたちは何のために戦うんだろうね」

 

 沈黙が落ちたが、それが答えのような気がした。

 わずかに月あかりが落ちる。慣れてしまったどこか濁った潮騒の匂いと火薬の臭いを意識した。遠くで響く軽い銃声……おそらく、小銃。

 

「なんで戦うかわかんないけどさ」

 

 優しい声で皐月がつぶやくようにそう言った。

 

「……ううん、やっぱりなんでもない」

「なんだよ、気になる」

「ヒミツ。……あててみてよ、浜地賢一司令官?」

「ヒントもなしか?」

 

 なぜ戦うのか、わからない。似た者同士の少女と青年は狭い部屋で身体を寄せ合う。ぽつりぽつりと会話は減っていき、背中をどこか黒ずんだ木の壁に預けたまま、押し寄せる睡魔の波に身を委ねたのだった。

 

 

 

 




ここのところ暗いシリアス続きです。明るい話を書きたい……!

次回から部隊はウェークを離れてフィリピン、マニラへ。
はまっち先生のキャラクターも次回から本格的に動いていきます。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは次回お会いしましょう。

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