艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
それでは、抜錨!
《……なんだかあっという間に終わりすぎて何が何だかわからなかったんだけど》
「僕に言われても……」
ウェークに入港した二隻の大型船を護衛しつつ、正一郎が溜息をついた。
時刻は1032WAKT、現地時間午前10時32分。予定通りの入港だ。
「結局僕のやったことって阿武隈たちに海に出てって言っただけだよね」
結論から言うと敵の水上艦隊は月刀航暉大佐が指揮を執った龍鳳、大鳳の攻撃隊により沈めきった。敵の艦戦が貧弱であっという間に制空権を確保すると大鳳の艦爆隊と龍鳳の艦攻隊が堂々と接近。一回の攻撃で完膚なきまで叩き潰した。艦戦が交戦を始めてから15分と24秒のことである。島風すら追いつけず、水雷戦隊が突入する間もなかった。
それに焦ったのか空母に向けて敵の潜水艦が雷撃を撃ちだすが、龍鳳はこれを難なく回避。大鳳に迫っていたものは滑り込みで間に合った如月が機銃で処理し発射元の潜水艦を睦月が特定、爆雷で仕留めて戦闘終了。対潜戦闘に至っては相手の魚雷発射から4分少々である。……正直化け物かと正一郎は思った。
艦上戦闘機は月刀大佐がすべてコントロールしたと龍鳳から聞いている。その数18機、それをリアルタイムで管制し、すべての敵艦戦を撃墜し、攻撃隊の進入路を切り拓き、攻撃隊各機をそこへ誘導。艦載機全機を無事生還させるというのは並大抵のことではない。しかも交戦域に入ってなかったとはいえ水雷戦隊の誘導までこなし別ルートの島風も誘導。どういう電脳を使っているのかわりと本気で悩む。
相手の練度が高くなかったとはいえ、ここまで短時間で海路の安全を確保するとはそれを指揮した指揮官の裁量もさることながら、それをきっちりこなしてしまう艦娘の練度もそうである。特に睦月は視認した雷跡とパッシブソナーのみで敵潜水艦の位置を特定、相手が第二射に入る前に正確に撃破している。正一郎もそれを目で見て感じた分、それはある意味畏怖の念に近い形で印象に残った。
「……あれが、“飛燕”の月刀、か」
接岸する埠頭がすぐ左脇に見える。ここがしばらくの間の自分の職場、そして“これ”を指揮したのが上司となる。
「……うまくやっていけるかなぁ」
そう不安そうな声と裏腹に目は強く光っていた。
「本日付で国連海軍極東方面隊中部太平洋第二作戦群第551水雷戦隊司令官に着任します、合田正一郎少佐です。よろしくお願いします」
「ウェーク基地へようこそ。中部太平洋第一作戦群第三分遣隊司令、ならびにウェーク基地司令を務める月刀航暉大佐だ。こちらこそよろしく」
司令室で敬礼を交わす二人の佐官。航暉の左右には以前からウェークに所属していた艦娘が、正一郎の左右には今日からウェークに所属になる艦娘が並ぶ。司令室にこれだけの人員が詰めると結構ぎゅうぎゅうだ。皆大きな艤装は外しているからそこまで圧迫感はないものの、それでも狭いものは狭い。
薄雲が太陽にかかって、柔らかい光が淡く部屋を照らしている。
「一応艦娘側の最先任はこの子……電だ。艦娘全体の取り纏めも主に電がやることになると思う……ほら、自己紹介」
「DD-AK04“電”です。所属は第538水雷戦隊で、第三分遣隊総合旗艦を務めることになっています。どうぞよろしくお願いします」
その横に立つ天龍が笑った。
「俺は538旗艦を務めるCL-TR01“天龍”、ふふっ、怖いか?」
「まったく!」
「……あんまりこわくない、です」
うさぎ耳を彷彿とさせるような髪飾りを付けた島風に即答され、青味の強い髪を揺らす小柄な少女にもそういわれ、天龍が引きつった笑みを浮かべる。
「……そ、そうか。怖くない、か」
「そんなに落ち込まないの~天龍ちゃん。私は龍田だよ~。CL-TR02ね。天龍ちゃんの妹で、サポート役を務めるわぁ」
電と航暉を挟んで反対側で天使の輪を揺らして龍田が笑う。その隣で暁が咳払いをした。
「DD-AK01、暁よ。538水雷戦隊でも駆逐隊旗艦を務めるわ。レディとして頑張ってくからよろしくね」
「DD-AK02、響だよ。538水雷戦隊所属だ。不死鳥の通り名もあるよ」
響がそういうと茶髪の小柄な少女が目を細めた。
「なんだかめんどくさそうな感じだなぁ、うちの姉にそっくりだ」
それを言われて響は一瞬硬直するがその横でクスリと笑った雷をじっとりと睨む。
「結構中二病的なところあるもんね響姉ぇ。……DD-AK03“雷”よ。かみなりって言われることもあるけどいかづちだからね、そこんとこもよろしく頼むわね!」
「DD-MT01“睦月”です! 551水雷戦隊に所属になります。張り切って参りますのでよろしくなのです!」
「DD-MT02“如月”と申します。姉共々よろしくお願いします」
一通り挨拶を終えると正一郎が隣に立つ阿武隈に目配せした。
「CL-NG06“阿武隈”です。551水雷戦隊の旗艦を務めます。よろしくお願いします」
緊張しているのか、そういうと頭を下げて黙ってしまう。
「なら551繋がりで先にやってしまおうか」
「あい、DD-MT11“望月”でぇす。前線でバリバリとかメンドイしまあぼちぼち頑張っていくつもり、睦月姉ぇたちも改めてよろしくー」
「DD-MT03“弥生”、着任。睦月も、久しぶり……」
「うん。またよろしくね!」
「懐かしいわねぇ……」
睦月型の面々がそれぞれ思い出に浸っている間に、利根が前に出た。
「久しぶりというほど久々でもないかのぅ? 月刀提督よ。CA-TN01“利根”である。本日から第三分遣隊隷下第532戦隊の旗艦を務めさせてもらうぞ。吾輩も全力を尽くしていくつもりじゃ。吾輩が艦隊に加わる以上、もう索敵の心配はないぞ!」
「同じく532戦隊のCA-TN02“筑摩”です。改めてよろしくお願いします、月刀提督」
提督という言葉に眉がピクリと跳ねたのは航暉だ。
「……言っても無駄かもしれんが、まだ俺大佐だぞ?」
「えぇ、存じております」
「……もういいや」
航暉がこめかみを揉む動作をしながらそんなことを投げやりにいった。
「次は私ですかね?535航空戦隊に着任いたします、軽空母CVL-ZH03“龍鳳”です。不束者ですが、私、頑張ります!」
赤い和装とセーラー服を組み合わせたような独特な服装が大分幼さを残す顔をくっきりと浮かびあがらせていた。
「龍鳳さんの次は私ね。装甲空母CV-TH01“大鳳”です。貴方の機動部隊に勝利を!」
勝気な性格なのだろう、腕を振って意気込む彼女は澄んだ瞳を航暉に向けた。
「駆逐艦、若葉だ」
「口下手な姉ですいません、初春型4番艦DD-HH04“初霜”です。よろしくお願いします」
揃いのブレザータイプの服装だが、着崩している若葉に対して規則通りきっちり着こなしている初霜との対比が印象的だ。
「これで全員だね、とりあえずなにか質問はあるかい?」
航暉が周りを見回すとだれからも質問は出ない。
「――――――なら僕が」
航暉の目の前、第一種軍装を着た少年左官が手を上げた。
「合田直樹海軍中将を殺したのはあなたたちですか?」
場の空気が凍った。その直後に激昂したのは天龍だ。
「てめぇ!出会ってそうそうどういう……」
「天龍、今は黙ってくれ」
「黙ってられるか司令! こいつは俺たちを殺人者って」
「黙れと言っている」
航暉にぴしゃりとそういわれ、天龍は渋々口を噤む。
「……まずその言葉の真意を教えてくれ。あなた”たち”とは具体的に誰のことを指している?」
「MI作戦に関わった作戦士官、それも“穏健派”と言われる派閥の皆さん、またその手駒として動ける艦娘たちです」
「……つまり中路中将以下、俺と高峰少佐、杉田少佐、およびその傘下にいる艦娘たちか?」
「はい」
それを聞いた航暉はデスクに体重を預けるように寄り掛かった。航暉は冷ややかに笑い頷いた。
「なるほど。クリリスクには今、中路中将の西部太平洋第一作戦群に所属する杉田少佐が駐留している。コンピュータのサポートを受けながらの精密砲撃を得意とする士官だ、十分に狙撃できる腕があるだろう」
目を閉じて考えを反芻するように航暉がそういうと、正一郎が言葉の後を継いだ。
「高峰少佐は特調六課の人間です。憲兵ほどではないにしろ、警察とのパイプがあるでしょう、もみ消しも可能なはずです」
「……筋は通ってるな。で、それをして穏健派は何を得る?」
航暉が目を開く。ちょうど薄雲から太陽が顔を出し、窓から浅く、強い光線が差し込んだ。一瞬だが目がくらみ、航暉の表情が消える。目が慣れたころには航暉の眼は冷えていた。
「確かに中路中将と合田中将はそのスタンスの違いから互いに牽制しあう仲だっただろう。だが、MI作戦で失速した急進派の将校を殺害して何を得るんだ?」
周りの艦娘たちは息をひそめて成り行きを見守るしかない。
「……失態は岩城少将を切り捨てれば、まぁそれで表面上は責任を取った形になる。だが、それで急進派の勢いが盛り返すかといえばそうではない。MI作戦の実質的な敗北は国連の防衛計画を根幹から揺るがしかねない失態だった。それを一人の首を切ったからと言って取り返せるものではない。現急進派はある意味その生贄にされ、発言力は霧散させられるだろう。発言力は穏健派、復興派などのほかの派閥に奪われて実質的に現急進派は派閥として解散となる。合田中将の軍人としての発言力を殺してしまえばその時点で軍における合田中将の死と同義だ。後はたくさんの退役金を片手にどこかで暮らしてもらえれば十二分。……おそらく中路中将はこういうシナリオを描いていたはずだ」
航暉の冷えた眼は合田正一郎をその場に射止める。
「穏健派にとって合田中将の死はマイナス方向にしか働かないと考えている。急進派に大きな借りを作った中路中将にとってはその借りを使って強請る方が後の効果は見込めるからだ。……万が一穏健派のだれかが犯人だとしても、中将の自殺を装うだろう。部下の失態の責任を取って自害というシナリオは禍根を残すにしても理解がされない訳ではない。……また、霧の中を狙撃という手段も奇妙だ。明らか軍の関与を匂わせる方法で攻撃するメリットはなんだ?」
「……みせしめ、では?」
「それの可能性はあるが、検挙で十分だし、また殺すにしてももっとショッキングな方法を使うだろう」
航暉はそういって腕を組んだ。
「つまり、だ。穏健派にとって合田中将は軍事的もしくは政治的に死に体になった時点、即ちブロークンアローが発令された時点でもうそれ以上の敵対をするメリットがなくなっている。加えて君が疑ってかかった通り、穏健派に疑いの目がかかる頭痛の種にしかならない。穏健派には彼を殺す理由がない……どうだい?」
「……一つの考え方として受け止めておきます」
「そうしてくれ。あと一つ」
航暉は言葉を切った。
「これ以降私の
「……了解しました」
一瞬空気が真空になったかのような息苦しさが通り過ぎ、航暉が表情を緩めた。
「必要なら海軍警邏隊のサーバーへのアクセス申請もしよう。必要なことは言ってほしい……ほかに質問がある人はいるかい? ……ん、いないならこれで解散。今日は着任後初の顔合わせってことで少し堅苦しくやったけど普段はもっとラフな感じでやっていく。響と龍田、みんなの“旅行”の案内を頼む」
「了解」
「わかったわぁ」
龍田を先頭に今日着任したメンバーが出ていく。全員が出ていったところで暁が盛大に溜息をついた。
「……緊張したぁ」
「どストライクに聞いてくるわね」
雷も少々疲れたような顔をした。その横でイライラした顔をするのは天龍だ。
「おい、あれでやっていけるのかよ?」
「あれでいいんだ」
「はぁ?」
くつくつと笑う航暉に怪訝な顔を浮かべる艦娘たち。
「彼、わかって聞いたんだろうさ。中路中将たちが事件に関わってないって」
「……なんでそんなことを」
「宣戦布告、だろうな。“お前と慣れあうつもりはない”っていう意思表示。ついでに言えば子ども扱いするなっていう意思表示だろう」
「……可愛くねぇな」
「軍人に可愛さはいらないぜ、天龍」
そういいながら航暉は笑みを深めた。
「合田少佐はそこらの将校より肝が据わってるぞ。訳アリ人事で飛ばされただけでもなさそうだ」
面白そうじゃないか、というとまわりは苦笑いを浮かべていた。
忙しくなりそうだが、思ったよりもうまくいきそうな予感に航暉は目を細めるのだった。
まさかの戦闘描写が皆無!
新艦娘たちの戦闘を期待していた方ごめんなさい。次回以降からじわじわと活躍していきます。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
さて、お知らせです。
次回からの数話は「コラボ企画」となります。
コラボさせていただく作者様や作品は次回の投降時に発表しますが、史実感たっぷりで可愛い皐月が登場するあの作品とのコラボレーションといえば、わかる方もいらっしゃると思います。
さて、オーバードライヴに彼や彼女たちの魅力を描き切れるのか。
次回からもお付き合いいただければ幸いです。
それでは次回お会いしましょう。