艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
感謝の気持ちで本編開始です。
それでは、抜錨!
太平洋のど真ん中、ウェーク島。9月に入っても南国の気候が体を温めていく。それに辟易しながら、月刀航暉は溜息をついた。
「こんな気温なのに明日から第一種軍装とか気乗りしないな」
そういいながら航暉は伸びをした。横では担当秘書艦の電が笑う。
「明日から下期で再編ですし、気分一転で頑張るのです。でも司令官さんが今日で551の司令官の最終日だと思うとすこし寂しいのです」
「でもまぁ、今回の再編で誰かが離れ離れってことにはならなかったんだ。部隊こそ変わるが全員同じ基地の中だ。よしとしようじゃないか」
今日は9月の最終日、9月30日。明日から航暉の役職名が変わる。
国連海軍極東方面隊中部太平洋第二作戦群第551水雷戦隊司令官から同中部太平洋第一作戦群第三分遣艦隊司令へ。これに伴い航暉は一階級昇進して大佐になり、
「でも驚いたのです。私たちにも転属命令が来るなんて思ってなかったのです」
「どう考えても中路中将が幅を利かせた形だろうなこの人事」
暁型の四人と天龍型の二人に移動命令が出たのは正式に航暉への移動命令書が交付されたのと同時だった。再設置される538水雷戦隊への異動――――母港はウェーク島が割り振られた部隊で、上位組織は航暉が指揮を執る第三分遣艦隊だ。
この指示を受けて泣きそうになっていたのは睦月……睦月型の二人には移動命令が出ず、そのまま第551水雷戦隊に留め置かれたためだ。
「とはいっても先任を残さないとまずいし、基地が変わって離れ離れって訳でもないし、人事命令だけは我慢してもらうしかない。……といっても基地司令は俺が続投だから基地内に限っては命令権もあるんだけどね」
「でも司令官が違う人になるって言うのは少し怖いですし、司令官さんは優しかったので……」
「俺そんなに人望あるか?」
「何を言っているのですっ! 551所属艦はみんな司令官さんのことを信頼しているのですっ!」
そういわれるとこそばゆい航暉だが、上の指揮官が変わると怖いというのも理解できた。
「……特に今回の人事は訳あり人事っぽいしなぁ」
「そうなのです?」
「……1800時にみんなを食堂に集めてくれるか? そこで説明しておく」
「わかったのです」
航暉は笑ってデスクに目を落とす。デスクを叩いて呼び出したのは一枚の書類だ。どこか弱気な顔をした少年の写真に名前や経歴が書かれたもの。
「……うまくやってくれよ。新司令官」
「あー、食った食った。ごちそうさん。でもこれで六波羅医務長の食事も食べおさめかあ、寂しいもんだな」
「というよりまともな主計科隊員がいない今までが異常だったのよ。これでやっとウェーク特根も動ける形になるわ。やれやれよ」
「艤装調整技師も医師も応援が来るし、明日から一気ににぎやかになるわけだ」
航暉が笑うと苦笑いするのは伊波ハルカ特務少尉だ。いつもと似たようなメニューながら量が倍ドンされてたらふく食べた天龍が腹をさすりながら笑った。
「あの“魔宮殿”をどうする気なんだ? 伊波少尉?」
「ほんとそうだよー。やってくる艤装調整士官って上官なんですよね……?」
「あぁ、特務大尉と聞いている」
「厳しくないといいなあ……ここは仕事さえしてれば生活は楽なパラダイスだったので」
伊波ハルカ少尉の仕事場……艤装開発整備区画、通称“工廠”は基地のメンバーから魔宮殿とか魔窟とか呼ばれている。整備に必要な道具や書類、お菓子の箱などが無秩序に散乱し、六波羅夏海医務長の巡検がなければあっという間に足の踏み場もなくなる“汚部屋”と化す。仕事の腕が優秀なため大目に見ているが、その部屋の様子を軍学校の教官が見たら反応は卒倒するか怒鳴り散らすかの二択だろう。それぐらい汚れている。
「まぁ、しっかり片づければいいだけの話じゃない」
「あれでも場所しっかり把握してます~。だから問題ないんです~」
「MI攻略隊が一気にウェークに押し寄せた後によく問題ないとか言えるわね」
「明石さんが優秀で優秀で、忙しかったですけど困りはしなかったですもん」
「こっちは応援の軍医の取り纏めでてんてこ舞いだったのよ。場所が変わってるからみんな勝手が違うし、医療チームの充実は急務ね」
「だから軍医少尉1名に看護資格持ちの准尉と伍長がやってくるじゃないですか」
「そこを進言してくれた中佐には感謝してますけど。もう少し早く動いてもよかったんじゃないですかねぇ……」
「悪かったって医務長」
流し目で睨まれて、たじたじな航暉に助け船を出したのは響だ。
「それで、司令官。みんなを集めた理由はなんだい?」
「あぁ、明日からの新体制に向けて動く前にちょっと心配なことがいくつかあってな」
そういうと航暉は指で頭をとんとんと叩いた。全員が回線を開くと中継器が作動する。そこを経由して航暉の電脳から一つのファイルを受け取った。
「……明日からの551の司令官ね?」
如月が笑いながら航暉を見た。
「そうだ。合田正一郎少佐……本当なら司令官補って扱いになるはずなんだが上層部の承認を受けて特例での551司令官着任となる」
「まだガキじゃねぇか。何歳だ?」
天龍がそういって眉を顰めた。もらったファイルの顔写真はどこか気弱そうな少年の顔が写っている。
「13歳だ。“非常事態時における民間人特別招集に関する法律”……特別徴兵法の適用者だ。司令官がポンポン死んでいくからいよいよ子供に手を出したって訳だ」
「笑えねぇな。こんな子供が使い物になるのか?」
「君たちが現れた時もみんなそう思ったものよ」
そう笑うのは夏海だ。セルロイドフレームの眼鏡が光る。
「そうかもしれないが、職務経験は?」
「
「……成績は?」
「中の上ってところであまり目立たないな」
「……きな臭いな」
天龍がそういうと龍田も笑う。
「広告塔ってところかしらー?」
「普通に考えればそうだろう。少しでもリクルートを楽にするために前線で活躍できるんだっていうのを示すってのが大きいだろうな。水上用自立駆動兵装運用士官は慢性的な人員不足だ。早く人集めをしたいってのはあるだろうし」
「普通にかんがえなければどうなるのかしら~?……合田って苗字聞いたことがあるのだけれど、確か北方司令部にそういう人いなかったかしらー?」
「あぁ、合田直樹北方第二作戦群司令だな。彼の父親にあたる人物で……急進派の実質的トップだった人物だ」
そういうと響がわずかに目を細めた。
「“だった”ってことは過去形だね。何かあったのかい?」
「……ネオMI作戦終了から三日後、9月19日午前、勤務地の択捉経済特区内クリリスク市の路上で射殺された」
「!?」
「狙撃だ。電脳に55口径徹甲弾を一発。首から上が綺麗さっぱり消し飛んだ。……北方難民による狙撃らしいが犯人はまだ調査中だ」
話のぶっ飛び方に頭がついていけていないのか、言葉が途絶える。一番先に考えが追いついたのは天龍だった。
「……おい、まさかとは思うが」
「詳しい事情は分からんが、軍内部の犯行の可能性が高い。殺害された時刻はスモッグがきつくて電脳持ちで射撃の制御ソフトがないと一発で電脳を落とすのは難しい。そんな高価なものをそろえてまで中将を殺さなきゃいけない理由は難民にはないはずだ。……おそらく警察に軍が圧力をかけて調べさせないようにしているだろう。名も無き北方難民が犯人に祀り上げられて事件は終了になるはずだ」
「……それでその息子がこのウェークにくるのか」
「あぁ」
髪をガシガシと掻き上げる天龍。
「……やばくねぇか。急進派のトップがMI作戦直後に殺された。あまりにタイムリーすぎる。関係ないってのはないだろう。そしてMI作戦に俺たちも関わったんだ」
「不安要素てんこ盛りだ、まったく」
「まだ不安要素があるの?」
暁ががげんなりした顔をした。
「ここにくる艦だ。実験艦上がりの艦が二隻入ってくるんだ」
「実験艦っていうと夕張ちゃんかしら~?」
「いや、CV-TH01“大鳳”とDD-SK01“島風”……横須賀の実験兵装試験団から異動になる」
「実験兵装試験団ってことは艦娘になってからの実戦経験ゼロか」
「そういうこと。新人艦とあんまり変わらないかもな」
そういうと唸るのは天龍だ。
「根本から教育しなきゃいけないかもってことか?」
「可能性はある。島風の方は天龍に任せることになると思う」
「ん、了解」
「ともかく明日にならんと話にならんし、それ次第だ。とりあえずこのメンバーで過ごし最後の夜だ。楽しんでいこう」
「そういう司令官は大丈夫なのです?」
「なにが?」
「どこか疲れてるように見えたのです」
「まぁ……引継ぎ用の資料作成とかもあっていつも以上に仕事をしてるのは確かだ。しばらくは忙しいだろうさ」
「もう、無理しちゃだめよ? みんながついてるんだから」
雷にそう言われ頷いた。
「まあ、ゆっくりやるさ」
翌日、時刻は0815WAKT. 光の反射によっては黒に藍が混じる制服に袖を通し月刀航暉“大佐”はデスクに向かう。部屋のプレートを付け替える。中部太平洋第一作戦群第三分遣隊司令室と記された真新しい札に変えて、デスクのプレートも国連海軍極東方面隊中部太平洋第一作戦群第三分遣隊司令に付け替える。
久々のネクタイの感覚は少し慣れない。袖の金糸のモールは中線4本の大佐のものだ。前の冬服の時は少佐で中線2本細線1本のものだったから一気に昇進したなと感じる。制帽もつばの部分に
あと2時間ちょっとで530艦隊がウェークに入港する。末尾ゼロ番は基地間移動用の臨時編成部隊専用のトランスファーコードだ。間もなく武装キャニスターや修理に必要な鋼材などの資源を満載した輸送船と基地の生命線である発電機や艦娘の艤装用燃料電池の蓄電プラントをぶん回すための燃料を満載した油槽船を護衛しながら入港するはずだ。
「司令官さん。おはようございますなのです」
「おはよう。改めてよろしくな、第三分遣隊旗艦殿?」
「また私が旗艦なのです?」
「不満か?」
「とんでもないです。私なんかでいいならいくらでもやるのです」
部屋に入ってきた電が笑う。
「似合うかい?」
「司令官さん、実は冬服の方が似合ってます?」
「周りからはよくそういわれるよ。これネクタイとかあって暑いんだけどね」
そういいながらもきっちりネクタイを締めているのは彼のまじめさを表しているのだろう。細身ながら筋肉質で結構肩幅がある彼にはしっかりサイズが合っていて黒い色が彼を引き締める。
「なんだかいつもよりかっこいいのです」
「面と向かって言われると恥ずかしいなこれは」
そういいながらデスクに向かう航暉にそういわれてわずかに頬を赤らめる電。
「さて、今日は忙しいぞ。人員が倍以上に増えるんだ。頑張らなくちゃな」
「なのです!」
直後に警報アラームが鳴った。
「!……深海棲艦の出現アラート!?」
デスクにQRSプラグを叩き込んで無線を開く、基地の内部警報始動、
「俺がここに来た日もこうだったよな」
「そういえば、そうだったのです」
CTCにコンタクトを取る。発現予測エリアがマッピングされる。色は危険度が高いことを示すオレンジ色の円が地図上に現れる。ウェーク島の西120キロ付近がオレンジに染まる。
「マジかっ! 見事にウェーク行きの輸送船団が危険域のど真ん中に突っ込んでやがる」
そういいながら電の方を見た。
「電もスタンバイに走ってくれ。530が今動けるかどうかわからん。出張ってもらうぞ」
「了解なのです!」
電が部屋から走り出るのを尻目に航暉は武装の搭載表を呼び出す。現状、睦月如月が対潜特化、暁と天龍に対空を重視した装備を積み、残りはベーシックな水雷戦隊装備だ。換装している時間はあるまい。
「……月刀より基地所属艦全艦へ通達。敵の反応は中型4隻程度と出ているが潜水艦が潜んでいる可能性が高い。対潜警戒を厳とせよ。……睦月!」
《はい!》
「対潜警戒はお前が“軸”だ。頼むぞ」
《了解なのです! 張り切って参りますよ~!》
「如月は睦月のバックアップ。対空戦はないとは思うが何があるかわからん。対空戦になったら天龍、暁に艦隊防衛を頼む」
《はいっ!》
《おうっ!》
《まっかせなさい!》
「龍田、響、雷は海域到達後、確認されている敵艦隊への攻撃を優先的に行ってもらう」
《わかったわー》
《了解》
《いっきますよー!》
続々と答えが返ってくるのを聞きながら目の前のデスクに現れたメッセージを確認する。
「戦隊の旗艦は電だ。……
《了解! 第538水雷戦隊、抜錨します!》
10月1日、明るい太陽が乱反射する海原に影が8つ飛びだした。
ごめんよ蒼龍、レベリング間に合わなかったよ……。
蒼龍改二はしばらく先になりそうです。
さて、とりあえず新部隊のオープンにできる情報だけあげておきます。
ウェーク基地所属部隊
国連海軍極東方面隊中部太平洋第一作戦群第三分遣隊
指揮官:月刀航暉大佐
第538水雷戦隊
DD-AK04”電”
CL-TR01”天龍”
CL-TR02”龍田”
DD-AK01”暁”
DD-AK02”響”
DD-AK03”雷”
DD-SK01”島風”
第535航空戦隊
CV-TH01”大鳳”
他数隻
国連海軍極東方面隊中部太平洋第二作戦群第551水雷戦隊
指揮官:合田正一郎少佐
DD-MT01”睦月”
DD-MT02”如月”
さて、次回でおそらく全艦出てくる、はず。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回の更新は三連休明けを予定してます。
それでは、次回お会いしましょう。