艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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来週抜錨といったな、あれは嘘だ
「!?」

はい、予定より早いですが、第二章始めます。
第二章は新キャラ&新艦娘続々登場予定。コラボ企画も進行中です。

それでは第二章プロローグ、抜錨!
(少々グロテスクな描写があります。お気を付けください)

2015/12/17 表現を変更しました。


中部太平洋第一作戦群第三分遣隊編
Chapter0-1 現の間で


 

 

 悲しかったのだ。

 

 深海棲艦――――名前がつく前は単に異形の軍とか、甲種指定害獣などと呼ばれていた――――そいつらと戦うことでやっとこの戦争が終わるかもしれない。そう期待に胸を膨らませた。もう人殺しと後ろ指を指されなくてよい。それが何とも言えない感情となって胸に去来した。

 

 だのに、なんだこの唾棄すべき現状は?

 

 なぜ罪なき少女たちを前に押し出さねばならない状況になった。

 そこまでして生き残らなければならぬほど崇高な生き物なのか、人間は。

 

 メディアまでも沈黙した。少女を最前線に送らねばならない現状に誰も否と答えない。答えることは人類に無理心中を強いることという構図ができた以上、声を上げることすら、もう、許されない。

 自分の命と見知らぬ少女の命を天秤にかけ、少女の命を取れる人間が何人いるだろう? 世界を守るという善意に楯突いてまで一人の少女を救える人は何人いるだろう? その数はあまりに少なく世界のスタンダードになることなんて夢のまた夢になってしまった。

 その中で生まれその世界しか知らない幼い子供は自らを世界にささげようとさえする……そんな狂った世界だ。こんな世界に誰がした。

 

 

 

――――――深海棲艦だ。

 

 

 

 奴らが現れてから10年足らず、その短期間で世界は急速に改変され、これまで以上に無慈悲になった。人類共通の敵が世界をひとつにまとめてしまった。その結果がこの恥ずべき状況だというのなら、混沌とした憎しみの世界の方が幾分かましだった。兵士には死地があり、自分の意思で死んでいけたというのに。

 

 世界でたかだか1000を上回る程度の数の少女が1千万単位の兵がかなわない化け物を押し返しているのを見て、それが当たり前に変化しつつある現状のこの空虚さはなんだ。平然と戦い続ける少女たちのこの不気味さはなんだ。

 

 なぜだれもそれをおかしいと思わない。国防どころではない。人類のすべてを華奢な両肩に預け、その上でのうのうと暮らしているこの状態をなぜだれも思考しない。(ギム)をまかず(ケンリ)をむさぼる状況に拒否反応を起こさないいのはなぜだ。

 

 こんな世界、そうそうに終わらせるべきではないのか。

 

 のうのうと領土防衛優先など言っている余裕はない、どうせ死ぬのは死地に少女を追いやって生贄の羊(スケープゴート)にしている人間たちだ。守る意義を感じない。これで人類が死に絶えるならそれでもいいだろう。世界の覇者が恐竜から猿にとってかわるように人間から深海棲艦に変わるだけだ。

 

 世界を変える英雄になろうとも思わない。世界を終わらせた悪役で十分だ。

 

 

 ――――――ノイズ。

 

 

「……はは、思考すらすでにアレの中か」

 

 そう呟いて息を吐きだした。白く息が曇る。暗く濁った部屋の中ではその息も闇に消える。

 

「息子すら戦地に追いやる悪魔が言えた義理じゃあないよな」

 

 そう自嘲したところで何が変わるだろう。もはやただの器に過ぎない自分の何が変わるだろう。もはや最後の反攻もままならない。

 

 ――――――ノイズ。

 

「……っ。お前が生きる世界を憂いたと言っても、信じてもらうことすらできんな」

 

 彼は立ち上がると制帽をかぶった。視界にちらつく警告文を無視するように目深に被る。白い第二種軍装の下で短剣が揺れた。

 

「那珂、そこにいるな?」

「ハーイ、お仕事ですかっ!?」

「少し出てくる。昼前には戻るぞ」

「えー、ついていっちゃだめですかぁー?」

「561の旗艦がいなくちゃ誰がここの面倒を見るんだ?」

「いっつもいっつもお留守番じゃないですか。はっ!? もしかして那珂ちゃんをほかの誰かに取られるのが嫌で!?」

「盛り上がってるところ悪いがそうじゃない。土産にシュークリーム買ってきてやるから我慢しろ」

「みんなの分もですよ?」

「わかったわかった」

 

 そう言って、シニヨンにまとめた少女の頭をぽんと叩いてすれ違う。

 

「……司令官?」

「なんだ?」

 

 ドアにはめられた明り取りの窓にどこか不安そうな少女の表情が写った。

 

「帰って、きますよね……?」

 

 振り返れなかった。鼻で笑う。

 

「いきなりなんだ?」

「……ううん。何でもない」

「そうか、外に出ている間、頼むぞ」

 

 そういって外にでる。那珂は追ってこなかった。

 

 

 

 

「……悪いな、那珂。さよならだ」

 

 

 

 

――――――ノイズ。

 

 彼は建物を出るとどこかスモッグに覆われた街の中へ向かう。道のわきの側溝からわずかな水音が聞こえる。グレーチングの下を流れる水は暖かく、饐えた臭いを巻き上げながらスモッグの中に溶けていく。

 

「世界が嫌なら自分を変え、それも嫌なら世を捨てよ……まったく無責任なもんだ」

 

 思い出すのはなんだったか、あぁサリンジャーの言葉だったか。

 

 ――――――ノイズ。

 

「好きにさせてたまるか、お前の、お前たちの自由にはさせん」

 

 彼女たちが生きている世界だ、彼女たちが作るべき世界だ。

 

 

 それを、お前なんかに崩されてたまるか。

 

 

 電脳の奥から一つの情報を引きずりだす。

 

 直後、意識が食い潰されていく。

 

「そうやって、純粋さを保とうとするならば、それがお前の破滅を招く」

 

 消えていく意識に抗うように、空を仰ぎ、叫ぶ。

 

「己の偽善に沈むがいい! 貴様に救えるものなど―――――――!」

 

 彼の頭が消えうせる。数秒遅れて聞こえる軽い銃声。

 彼が倒れたのに誰も気が付かない。当然だ。周りには誰もいないのだ。灰色にまみれた都市の真ん中で彼の体が膝をつき、そのまま倒れこんだ。排水溝に重い液体が流れ込んでゆく。

 

 ただただ、悲しかったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「父さん、僕の配属先が決まったよ……ウェーク島の五五一水雷戦隊の指揮官だってさ。……暑いかなぁ、まだ」

 

 そういって笑う。暗い部屋には彼ひとり。荷物はほとんどなく、足元にはその数少ない荷物がパッキングされて転がっていた。

 

「おかしいね。僕があのウェークの水雷戦隊の指揮官だって。皮肉の気持ちなのかな」

 

 手には短剣。錨に輝く桜の紋が冷たく光った。そこに水滴が落ちて冷えていく。

 

「ねぇ父さん。もしこの海にいる化け物全部倒したら……母さんは許してくれるかな」

 

 鞘から少しだけ剣を引き抜いた。そしてすぐに戻す。ぱちんという音がして鞘に収まった。立ち上がると短剣を左腰の短剣吊りに固定する。

 

「一緒にいてくれるよね、父さん」

 

 答えはない。すれてない軍服の裾を揺らして彼は荷物を肩に背負う。重さに少しよろけてから部屋の外へと向かう。

 

「もういいの?」

「はい、……父がお世話になりました。那珂さん」

「ううん。お世話になったのはこっちの方だもん。……大丈夫?」

「僕なら大丈夫です。泣いてる余裕なんてありませんから」

 

 そういった彼に那珂がどこか影のある笑みを浮かべた。

 

「ねぇ。ひとつ、歌を歌ってあげる」

「歌?」

 

 那珂は彼を後ろから抱くようにして目を閉じる。その暖かい体が彼をあやすように揺れる。波のリズムにも似た、ゆったりとした揺れに合わせるようにして、口から旋律が流れ出す。

 

 

明けない夜がないことを 僕らは知っているけれど

暮れない昼がないことも 僕らはすでに知っていて

だれかが歩いた道のりを ただ辿るのは嫌なのに

ひとりでは歩けもしない 自分がいやになっても

 

それでもきっと世界は周り それでもきっと夜は明けて

笑って迎える朝日があると 僕らは今も信じてる

 

夢を追って傷ついて それでも願う愚かな役者

明日をめざし涙流して 今日を笑顔で締めくくろうか

泣いてもいいよ心行くまで でも最後は笑ってね

笑顔で迎える明日があると 僕は信じているから

 

 

 

「……いい歌ですね」

「そう、思う……?」

「はい、こんどしっかり聞かせてください。こんどは涙声じゃなくて、ちゃんと」

「うん……! しっかり練習しとく」

 

 彼はそれを聞いて荷物を担ぎなおした。

 

「ほんとに歩いていくの?」

「父の殉職した場所にもう一度寄っておきたいので……それでは失礼します。那珂特務官、お元気で」

「はい、合田少佐もご自愛なさってください。お元気で」

 

 彼はスモッグの中を歩き、一か所で立ち止まった。

 

「……なんで僕だけ。なんで僕だけこんな思いをしなきゃいけないんだよっ!?」

 

 古くなって枯れた花束を蹴飛ばして彼は怒鳴った。

 

「父さんが死んだら僕は誰を信じて進めばいいんだ!」

 

 泣くまいと決めていたのに。いくら唇を噛んでも涙はとまってくれなかった。

 

「……司令官。風邪ひいちゃいます」

「……阿武隈、見てたの?」

「見えちゃったの」

 

 陸上のため艤装を下ろしている彼女を彼は見つめる。

 

「こんなに弱い僕を笑うかい?」

「そんな司令官もあたし的にはOKです。っていうより司令官は無理しすぎるところがあるので心配です」

「……行こうか」

「いいんですか?」

「泣いてるような時間はないんだ」

 

 制帽を目深に被り目元を隠して彼は俯いた。

 

「海を啓開し道を拓く刃たれ……そうだね、父さん」

 

 口に出してから歩き出す。阿武隈と呼ばれた少女がその後を追った。

 

 スモッグの闇に影が二つ溶けていく。

 

 

『提督』と『艦娘』は海へ向かう。

 

 

 彼の左に下がった短剣がきらりと光った。

 

 

 




はい、開幕早々新キャラです。

一週間でお気に入り登録が倍以上に跳ね上がってました。自力で椅子から転げ落ちる日が来るとは思ってませんでした。
皆様ありがとうございます。

艦娘リクルートアンケートは締め切らせていただきました。投票していただいた方ありがとうございました。
結果発表は本編にて代えさせて頂きます。部隊に登用されなかった艦娘たちも本編で参加させる予定です。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは第二章の幕開けでございます。改めまして本作をどうぞよろしくお願いいたします!

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