艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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第一章最終話です!

それでは、抜錨!


エピローグ_航跡・提督

 

 ウェーク島の環礁の内海、淡いヒスイのような色合いを眺めながら月刀航暉は溜息をついた。

 

 国連海軍極東方面隊中部太平洋第二作戦群第551水雷戦隊司令官――――――めちゃくちゃに長いプレートがかかったデスクに体重を預けて窓の外を眺めた。

 

「……どう考えても今ここは世界の特異点だよあぁ」

「正規空母4、軽空母2、水上機母艦1、戦艦6、重巡4、軽巡4、駆逐艦18……あと補給艦間宮に工作船明石……俺が敵の親玉だったら真っ先に逃げるね」

 

 そういったのは高峰だ。第二種軍装は彼の細身にはやはりミスマッチだ。

 

「月刀、これだけの船の親玉になった気分はどうだ?」

「何寝ぼけたこと言ってんだ、杉田」

 

 応接セットの人口革張りのソファが窮屈に見えるほどの男がケタケタと笑う。褐色がかった肌に色素の薄い髪を刈りこんだ彼は赤みの強い目を航暉に向ける。

 

「救援隊の指揮はお前だったんだ。艦隊の親玉に違いあるまい?」

「これだけの船を守り切った功績はでかいな? 航暉」

「最後の最後で全部おいしいところ持って行った中将に言われても嫌味にしか聞こえないですよ」

「あれはお前の指揮ミスだろう? 嫌味ぐらいがまんしろ」

 

 応接セットに腰掛けた中路中将が笑って、コーヒーカップに口をつける。

 

「……やっぱり自分の豆とミルを持ってくるべきだったな」

「仕方ないでしょう、中将。インスタントじゃなくてペーパードリップなだけましだと思ってください」

 

 航暉はデスクに体重をかけたまま腕を組んだ。

 

「……雪風にはちゃんと謝ったんですか?」

「あぁ、……“もっと頑張るので安心しください! ちゃんと沈まずに帰ってきますから”……だとさ」

 

 そういいながら中路は肩をすくめた。

 

「彼女の幸運も彼女にとっては不運に変わりかねん。それは重々わかっているつもりだ。……彼女を救ってくれたこと、感謝する」

「それは電と六波羅医務長に言ってください。……まさか、まずいコーヒーを飲みに来ただけではないでしょう。本題に入りましょう」

 

 航暉が応接セットの空いた席に腰掛ける。中路が指を組んだ。

 

「……今回の作戦ご苦労だった。月刀中佐以下、高峰君、杉田君には大きな負担を強いてしまった。だが今回の作戦は“存在しなかった”ことになる」

「……全力出撃して何の成果も得られなかったことを公にはできない、そういうことですか?」

「海軍のメンツにかかわる問題だ。そもそも中央戦術コンピュータ(CTC)のスタンスは消極的反対。シミュレーション結果で危険だって出てるのに、作戦を決行した上層部は今震えてるだろうさ」

 

 そういった中路に航暉は皮肉に口角を吊り上げた。

 

「その中で震えなくていいのは事態収拾の音頭をとった中路章人中将、あなた一人……。うまいこと使われましたかね?」

「そんな問題はどうでもいいんだがね、下手したら中部太平洋の主力がごっそり消え去るところだったんだ。それを防いだことによる戦略上のメリットは計り知れない。それは航暉、お前の業績だ。……勲章の一つや二つ送られてもいい功績なんだが、ネオMI作戦自体が存在しないんじゃぁ、その救出なんてできない訳だ。……そこで、だ」

 

 航暉や高峰、杉田の前にそれぞれ一枚の紙切れが置かれる。

 

「……“これ”は?」

「上層部からの“気持ち”だそうだ」

 

 中路が皮肉下に笑った。極東方面隊の正式な小切手……それぞれに3千万と数字が振ってある。

 それを見てにんまりと笑い航暉が胸元から青い万年筆をとりだした。それでサインをし、二重線で消しそこにも署名。

 

「――――――お返しします」

 

 直後に高峰と杉田が大爆笑した。

 

「だっから言ったでしょう、中将! かけにならないって!」

「そもそもかけにする気はなかっただろ、杉田君」

「俺が受け取るか受け取らないか賭けてたのか?」

「満場一致で“受け取らない”だから成立してないけどね」

「こんな臭い金受け取るやつがどこにいる?」

 

 簡単に言えば口止め料……あとは上層部からの首輪になる可能性の高い金だ。

 

「いいのか? もしかしたら中央行きの切符かもしれんぞ?」

「私は前線で戦ってた方が性に合うので。しばらくは中央も安泰でしょうしね?」

「まだまだ楽はさせてくれんか」

「若造呼ばわりしておいてもう引退の算段ですか?“人虎”の中路章人中将?」

 

 くつくつと笑って中路は顎髭をなでつつ上目で睨む。

 

「航暉……お前の戦い方は少数精鋭での切り込み専用だ。だが、そろそろその上を目指してもいいころだろう。……でかい部隊の動かし方を学べ、航暉。いつまで数隻規模の親玉で満足する気だ? 席は私が空けさせる。さっさとここまで上がってこい、飛燕」

 

 中路は懐からもう一枚の書類を取り出し机の上を滑らせた。

 

「ウェークに中部太平洋第一作戦群の分遣隊を設置する。設置日時は10月1日。風見大佐の第三分遣隊の再編ではなく、メンバーを一新した新部隊だ。そこの指揮はお前がとれ、月刀航暉“大佐”」

「……ハッ」

 

 獰猛な笑みを浮かべる航暉に中路が似たような笑みを浮かべた。

 

「……俺まで食い散らす気か、人虎」

「そう簡単に潰せると思うなよ、飛燕」

 

 そういうと中路が立ち上がる。

 

「間違えるな。いつの世も最も浅ましく、最も脅威となるのは“人間”だ。深海棲艦というオーパーツが出てきたとしてもそれは変わらん。対深海棲艦戦で艦娘を殺し、軍を潰すのは“人間”だ。単純な目の前の脅威に踊らされるな」

「……それは忠告?」

「さぁ、独り言じゃないかね?」

 

 中路は部屋を出ていこうと歩き出す。

 

 

 

「そうそう、航暉、寿司、おいしくいただいたよ?」

 

 

 

 それだけ言って笑って扉を閉め出ていく中路。それに呆然とする航暉。

 

「は……?」

 

 新設部隊の概要の紙の下からから小さな紙切れが滑り落ちた。床に落ちたそれを拾った航暉は思わずそれを読み上げる。

 

「月刀航暉様 食事代として8万7500円……ちょっと待て! なんで俺が食ってない寿司の代金が回ってくるんだ!?」

『――――――寿司でも焼肉でもおごってやるから次! L235チャーリー! 三秒後!』

 

 レコーダーから流れる航暉の声、レコーダーを持った高峰が腹を抱えて笑っている。

 

「おいしかったよなぁ、杉田?」

「あぁ、あんなにうまいものをたくさん食えたのは至福だったな?」

「高峰てめぇ! 杉田はともかくとしてなんでお前まで食ってやがる! しかもよりにもよって寿司! まともに魚が手に入らないこのご時世に寿司!」

「なんでとは酷い。だれが空軍のティルトローターをチャーターしたと思ってるんだい? みんなでおいしくいただきました。ウェークから動けなさそうなカズの分も食べといたから」

「ふざけんじゃねぇ!」

「あ、そうそう。渡井がご馳走様ってさ。……俺より食ってたぞあいつ」

「渡井!? なんで……あー、畜生! やっぱりアイツ潜ってやがったか! 南に回してた甲標的にしては最後の雷撃の数がどうも多いと思ったんだ、畜生! 一隻か、二隻か?」

「二隻。伊168と伊401。ちなみに出動要請はお前より先にかかってたぞ?」

「……何が作戦指揮を任せるだ、あのタヌキ……!虎より狸がお似合いじゃねぇかあのジジイ! 俺を態のいいピエロにしやがって……!」

「詰めが甘いんだよ、カズ!」

 

 ひとしきり笑って高峰が航暉の肩をバンバン叩いた。

 

「あれで“穏健派”らしいぜ?」

「あんな好戦的な穏健がいるかよ……」

 

 笑えねぇ、と航暉がつぶやいたタイミングでドアがノックされた。

 

「失礼しまーす」

 

 顔をのぞかせたのは睦月だ。

 

「すいません、皆さん一度食堂に来ていただけますか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8隻しか籍を置いてないはずのウェーク基地の食堂は今やいっぱいに人が詰まっていた。

 

「これは……」

 

 艤装を下した艦娘がそろっていた。部屋に入った航暉を見ると一斉に立ち上がり、右手を額にかざす。

 

「うちの赤城達がどうしても礼がいいたいそうでね、有志を募ったらこうなったよ」

 

 部屋の左奥で苦笑いを浮かべるのは中路中将だ。中路中将の専属秘書官で524戦隊旗艦の古鷹がそれに苦笑いし、その後ろでは眠たそうに加古が立っている。

 

 その隣は第522戦隊の金剛型四姉妹、航暉を見て小さく手を振ったのは旗艦金剛だ。523航空戦隊の赤城や加賀が、533航空戦隊の蒼龍と飛龍が、534航空戦隊の祥鳳と瑞鳳が続く。凛々しく立つ一航戦に萎縮してるのか残りの空母艦娘たちはびくともしない。その隣に立つ531戦隊の伊勢が航暉を見てウィンクをした。僚艦の日向もどこか不敵な笑みを浮かべた。利根と筑摩の532戦隊も笑顔で迎える。神通が旗艦の526水雷戦隊では雪風が嬉しそうに航暉を見ていた。神通の隣で誇らしげな笑みを浮かべていたのは木曾、第527水雷戦隊だ。エニウェトクから駆けつけてくれた539航空偵察隊と553駆逐隊……千代田と吹雪たちはどこか緊張顔だ。

 

 その列の前に横一列に航暉の見知った顔が、第551水雷戦隊の面々が並ぶ。案内してきた睦月がその列の一番端に小走りに並んで敬礼の姿勢をとる。

 

「いつまで入り口で突っ立ってるつもりだ?」

 

 天龍に半笑いでそういわれ、航暉は部屋の中央に向かう。作戦会議などに使うお立ち台が引き出されていた。そこに立てということらしい。中央に立つと後ろについてきていた高峰に小突かれて、一歩前へ。そろった艦娘の視線は航暉に向いていた。

 

「月刀中佐、改めてお礼を言わせてください」

 

 そう切り出したのは赤城……攻略作戦の旗艦だった彼女だ。

 

「私たちはミッドウェーで沈むことを覚悟しなければならないほど、追い詰められていました。そこに命をかけて飛び込んでくれた、部隊を指揮し、全員を生きて帰し、朝日を見せてくれた。本当に、本当に感謝します」

「……そんな大仰なことをしたつもりはないんですけどね」

「それでもだ。あんたが助けに来てくれたことは変わりねぇ」

 

 目を閉じ噛みしめるようにそういったのは木曾だ。その隣の利根も頷く。

 

「うむ。おぬしの指示で艦隊の動きが見違えるように変わっていくのは爽快じゃったぞ?」

「対空戦で負けませんでしたからね」

 

 苦笑いの蒼龍を飛龍が肘で小突いていた。

 

「もー、カズキは水臭いネー! お礼くらいちゃんと言わせなサーイ!」

 

 金剛がウィンクしながらそういった。

 

「総員、傾注!」

 

 固い言葉が似合わない甘い声で号令がかかる。声の出どころは最前列中央、第551水雷戦隊旗艦にして、救援隊の連合旗艦、電。

 艦娘の靴が堅い床を鳴らす。全員の踵が打ち鳴らされ、直立不動の姿勢をとる。

 

「月刀提督に、敬礼!」

 

 駆逐艦から戦艦まで、すべての艦娘の右手が額に触れる。その光景を見て航暉は言葉を失う。

 

「……提督?」

「不満ですカー?」

「俺はまだ中佐だぞ。提督なんて……」

「“提督”というのは艦隊を牽きいて勝利へ導く方への敬称。これだけの数の船を率いて戦い、だれも死なせることなく帰ってきたあなたには、この呼び方が似合います」

 

 目を閉じてさらっとそういったのは加賀だ。

 

「提督って階級があるわけじゃねぇんだ。それにアンオフィシャルに使うだけだ。いいじゃねぇか、金剛がそう呼ぶのも認めてたんだろ?」

 

 天龍が不敵に笑う。

 

「答えてやれ、提督。その義務がお前にはあるだろう。この作戦の幕もお前が引け、航暉」

 

 腕を組んだ中路がそういった。その顔は笑っていた。

 

 このタヌキと心の中で思いっきり苦虫を噛みしめつつ、航暉は笑う。

 

「………こんな若輩の指示を信じて戦ってくれた。礼を言うのはこちらだと思う。……全員、よく生きて帰ってきてくれた。ありがとう」

 

 航暉が背筋を伸ばし、踵を鳴らした。

 

「前線に出ることなく、君たちに指示を飛ばしただけでおこがましいかもしれないが、それでも言わせてほしい」

 

 海軍式の肘を前にだした敬礼だ。

 

 

 

「陽の目を見ない作戦なれど、ここで戦えたことを誇りに思う! ありがとう戦友諸君! 現時刻をもってミッドウェー攻略部隊撤退支援作戦の終了を宣言し、同部隊司令部を解散する!」

 

 

 

 まあいいさ、見てろよ人虎。今は手のひらで踊っておいてやる。

 

 

 

 航暉は目の前にいる艦娘たちの前で敬礼を解いた。その顔には心からの笑みが浮かんでいた。

 

 




はい、これにて第一章『ウェーク基地第551水雷戦隊司令官編』終幕です。
お付き合いいただきありがとうございます!

あとがきという名の少しばかり裏話と言い訳を少々。

艦これで小説を書きたい! と思い、プロットを練ったのはたしか3月だったと思います。
初期のプロットでは辺境基地で物資に悩みつつもゆっくり楽しく時に悩みつつ戦っていく電と提督の成長物語のはずが、フタを開けたらサイバーパンクなハードバトルものになってました。なぜだ。
プロットは練るけど最初の1,2話でガン無視しだす自分の計画性のなさに泣けてきます。それでも何とか第一章完結まで持っていけました。

さて、作中でも匂わせ、活動報告の方でもお話しましたが、第2章を始めます。
それにあたって 新規参加艦を募集してます。
駆逐艦2隻+αを探しています。
あなたの好きな娘が活躍するチャンスです!
詳しいことは私”オーバードライヴ”の活動報告をご覧ください。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
お気に入り100件突破、UA1万突破、皆様ありがとうございます!
評価のメーターが高評価で赤くなっているのを見て変な声が出ました。
皆様にひと時でも楽しんでいただけたなら、作家冥利に尽きます。

しばし投錨させていただき、次の抜錨は1週間後ほどになるかと思います。
それでは第2章「中部太平洋第一作戦群第3分遣隊編」でお会いしましょう。

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