艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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MI編、大詰めです
それでは、抜錨!


第26話_MI・意思

 

 

Point “MI0422” / The offing of Midway _

Sept.16 2082. 0802UTC. (Sept.15 1902SST.)_

 

 

「帰ってきたか、ちんちくりん」

 

 無線を傍受していた木曾が笑う。水平線ぎりぎりの位置が派手に燃えている。木曾たちが護衛している打撃艦隊の砲撃で燃えてゆく敵艦の灯だ。

 

「……雪風ちゃんいきてたんですね」

「あぁ、さすが幸運艦」

「あれ、ウェークの艦隊が保護したって報告、入ってなかったんですか?」

 

 舞風と木曾がしみじみとそういっていると横で主砲を右手に構えた吹雪が不思議そうにそういった。

 

「まったく聞いてねぇよ」

 

 伝達ミスですかね? と吹雪は苦笑いだ。

 

「サプライズにしては上出来だが、戦闘中はやめてほしいよなぁ?」

「そうですね。……でも外連味があっていいとおもいますよ?」

「舞風がそういうならそうかなぁ」

 

 木曾はそういって軽く笑ってから無線を開く。

 

「527木曾より司令部高峰少佐」

《うん?》

「艦隊防衛はうまくいってる。吹雪と白雪の応援がなくてもこっちは大丈夫そうだ。前線の神通たちのほうの応援に出した方がいいんじゃないのか?」

《あー、それでもいいんだけど……そのあたりに潜水艦がいる可能性を考慮すると水雷戦隊を動かしたくないんだよね》

「対潜指揮は睦月のちびすけがしっかり指示出してる。問題はないと思うぜ?」

《それでも、だよ。この作戦は敵の殲滅が目的じゃない。艦隊の撤退支援だ。君たちの安全確保が目的なんだ。敵をなぎ倒したとしてもその間に潜水艦にやられましたとか目も当てられないだろう?》

「それはそうかもしれんが……」

 

《前線を信じるのも後衛の仕事さ。信じてやりなよ、神通たちを》

 

 高峰はそういって笑ったようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Point “MI0467” / The offing of Midway _

Sept.16 2082. 0811UTC. (Sept.15 1911SST.)_

 

 

 

 目の前の敵がどんどん爆炎を上げて沈んでいく。比叡と伊勢が放った主砲の弾が前をふさぐ敵艦を強引に薙ぎ払う。そうしてできた道を電は進む。その道に敵艦が突っ込んでは戦艦の砲撃に沈められていく。

 

「……もう、やめてほしいのです」

 

 つぶやいた声は敵艦には届かない。届いたとしてもどれだけの艦が理解してくれるだろう? 相手を沈めながら「助けたい」と叫ぶ、そんな自己否定するような思いをどれだけの艦が理解してくれるだろう?

 艦娘――――水上用自立駆動兵装(IDrive-AWS)。自分は一隻の艦として戦うべきなのか、電はいまだに判断しかねていた。こんなことで悩んでいい時ではないことは十二分に理解している。それでも、今の戦いに否と言い続ける感情を無視できなかった。

 

 

 この戦いは、不毛だ。

 

 522本隊が交戦域に突入したことで戦況はひっくり返った。伊勢、比叡、金剛、古鷹、加古、利根、筑摩……遠距離砲撃ができる重巡以上だけでこれだけ戦力がそろっている。相手は重巡二隻に戦艦一隻。そのうち有効打が期待できるのは打撃艦隊の主力であろう戦艦タ級フラッグシップクラス、ただ一隻。砲撃できない空母を10隻も抱えた敵艦隊にとって、状況は一気に不利に持ち込まれた形になる。

 こちらは水雷戦隊で足止めするだけで、敵艦隊をアウトレンジからなぶり殺しにできる戦力がそろった。それでも水雷戦隊を引かせないのは、救援隊の総合旗艦を任された電の半ば“わがまま”だった。

 

 相手を殲滅できるとしても、それをするのは間違っている気がするのだ。仲間を失う寂しさは相手にだってあるはずだ。戦わねば何も守れないこの戦場で、戦わずに守れる道を探してしまう。なんと矛盾した兵器なのだろう、DD-AK04“電”は。

 

 そんな兵器を信じて最前線に送り込む指揮官も指揮官だ。そのわがままに付き合って、リンク率まで跳ね上げて、周りの状況を脳殻に送り込んでくる。相手の動きを読んで、それに合わせて動きをサポートしてくれる。おかげで被弾せずにここまで来ることができた。

 

「電、進路そのまま」

「なのです!」

 

 横を魚雷が通過する。追い抜くように放たれた魚雷が左から飛び出してきた軽巡を粉々に砕く。――――――響の雷撃だ。

 

 炎を上げる軽巡の隣を飛び抜ける。速度は40ノット近い。缶が悲鳴を上げている。

 

 

 こんな戦場、逃げ出してしまいたかった。

 

 

 この戦いは、不毛だ。

 

 

 この戦いで人間は何を得るというのだ。深海棲艦は何を得るというのだ。

 

 

 敵はなぜ引かない。私はなぜ引かない。

 

 

「なんであなたたちは、戦うのですか?」

 

 敵戦艦の真正面に出た。金剛たちの方向に向いていた砲がこちらに回る。海面を蹴る、電は左へ、うしろからついてきていた響は右へ。二人の間を割るように砲弾が走る。二人はほぼ同時に魚雷発射装置を始動。酸素魚雷が飛び出して海面を割った。酸素魚雷が夜の海面下を走る。酸素魚雷の特性で雷跡は見えない。だが確実に敵艦に向けて伸びる。

 敵の副砲が海面を叩いた。直後に水柱が立つ。直撃コースを走っていた魚雷が爆裂した。

 

「……そう一筋縄じゃいかないか」

「なのです。……魚雷のストックは?」

「あと4本」

「私はあと7本なのです……再装填を許してくれればですが」

「……なんとかするしかないね。……来るよ」

 

 艦にとっては至近距離と言ってもいい距離にきた。ここまで来たら電探もなにもない。目視での乱戦だ。

 

「……お願いです! 部隊を引いてほしいのです!」

 

 右へ右へと回り込みながら電は叫ぶ。届いているかはわからなかった。届いていると信じて叫ぶ。

 

「勝負はほぼ決したのです! 部隊を引いてください!」

 

 右肩の後ろにつけられた主砲があまり間を置くことなく光を発する。一発でも当たればこちらが沈む。敵艦の全体像をつかみ相手の初動をつかみ続ける。戦艦の装甲は厚く、駆逐艦の主砲では大きなダメージを与えることができないのはわかっていた。それでも撃つ。

 

「これ以上戦っても得るものなんてなにもないはずなのです!」

 

 深海棲艦と対話が成立した記録は存在しない。だが、相手にも感情があるはずだ。軍隊として行動が成立している以上、理性や規律もあるはずだ。理性があるならば、こちらの声が届いてもおかしくないはずだ。

 

「あなたたちが何を思って攻めてくるかはわからないのです! それでも! ここでこれ以上戦う理由はないはずなのです!」

 

 主砲を撃ちつつ魚雷の自動再装填装置を始動。敵艦の主砲が電を捉えようとする。敵戦艦を挟んで反対側へ響が飛び込んだ。

 

Ураааааaaaaa!(ウラ――――――!)

 

 響の雷撃が走る。それに気が付いた戦艦タ級は砲撃をキャンセルし魚雷の迎撃へ向かう。敵艦の影になる電には当たらない位置だ。魚雷は4条。響ができる最後の魚雷斉射だ。

 

「響お姉ちゃん!」

「わかってる! 頼んだ! 姉さん!」

 

 響は重心を左へずらして倒れこむようにして進路を変える。その陰から探照灯を照らした暁が飛び出してきた。

 

「引き際の悪い”れでぃ”は嫌われるわよ!」

 

 右腕と右肩、特Ⅲ型では唯一暁が装備している二つの主砲。両方とも短いサイクルで撃ち続ける。その隙に電が探照灯を直視しないようにしながら離脱する。酸素魚雷が後ろに抜けたのは当然確認済みだ。

 暁の砲へ敵の副砲が向く、その副砲を赤い刃が一閃する。

 

「よぉ、そろそろ観念してくれねぇか?」

 

 副砲を切り落とすために飛び上っていた天龍が空中で身体を回す。半回転し敵戦艦の目の前で笑って見せる。足が海面につく前、ゼロレンジと言っていい距離で12センチ30連装噴進砲に火が入る。バックブラストを後ろに盛大に放ちながらロサ弾が飛び出していく。この距離なら撃ち漏らすこともない。子弾が弾けるより先に敵戦艦にぶつかり、弾頭が敵にへばりついた。空気に触れた黄燐が自然発火する。三式弾ほどの威力はないが、至近距離で30発も浴びればただでは済まない。それもふつうの燃焼ではなく化学反応による発熱だ。黄燐が付着している限り1000度を超える高熱が食い込んでいく。砕け落ちて海水に触れた黄燐も突沸を引き起こし、その蒸気がタ級を蒸しあげていく。

 

「天龍さんも無茶しすぎなのです!」

「お前の吶喊に比べればましだ」

「おかげで私の出番がなくなりそうじゃない!」

 

 敵から距離をとり、刃を中段に構える天龍の横に雷がひょっこりと顔を出した。

 

「雷お姉ちゃん、大丈夫なのです?」

「かすり傷よ。大丈夫」

「煙突半分吹っ飛んでるのはかすり傷なのか?」

 

 それには笑顔を答えの代わりにする雷。それに笑い返した天龍が横目で敵艦を睨んだ。

 

「とどめにはならんだろうが、これでおとなしくなってくれれば儲けモンだな」

 

 そんなうまくいかないことはわかっていても口にだす。その間に電は魚雷の再装填を終えていた。敵の慟哭が響き、耳に残った。

 

「……きます!」

 

 黄燐の生み出す白い煙を纏ったまま敵の主砲が轟いた。白い煙を割いて飛び出した弾は天龍をかすって飛び抜けた。

 

「こんのぉ!」

 

 左目の眼帯を弾き飛ばして……焼けて潰れた眼窩が露わになる。顔の左半分が赤く染まりだす。それを見た電がわずかに目を見開いた。

 

「……天龍ちゃんに酷いことしたのは誰かしら~」

 

 タ級の後ろにひゅっと影が差す。その脇腹に赤い刃を突き立て、龍田は笑った。

 

「死してつぐないなさい。戦艦」

 

 相手に押し付け放たれた主砲はその反動で内側から破壊される。弾を押し出す圧力の逃げ場がなくなれば、当然弾の装填口に圧が戻り、暴発する。

 

「龍田さん!」

「龍田! ふっざけんじゃねぇ!」

 

 左の武装マウントから焼けた部品をばら撒きながら龍田が後退する。ぽたぽたと赤い血を左腕から垂らして、それでも笑って戦艦を見つめ続ける。

 

「すこし無理したかしら……?」

「少しじゃねえだろバカ野郎! 自分の身も考えやがれ!」

「天龍ちゃんだけには言われたくないかなぁ」

 

 そんな会話を耳にしつつも、電は唇を噛み、自分につながる“彼”を思う。

 

「司令官さん」

《うん》

 

 敵艦が悲鳴を上げるようにしながら砲を向けてくる。黄燐で焼かれ、龍田の刃を食い込ませたまま、砲を向ける。

 

「……敵も、助けたいのです」

《うん》

「でも、仲間を守りたいのです。どっちもできる道が、あると思いますか?」

《……どちらかしか選べないなんてことはないはずだ。でも、どちらかを選ばなければならないならば、俺は迷わず仲間を守る》

 

 電が海面を蹴った。魚雷を放ち、そのあとを追うように走る。

 魚雷の迎撃をするか電を砲撃するか。戦艦タ級はその選択を迫られた。魚雷を撃ち落している間にも電が至近距離まで距離を詰めていく。両手で錨を持ち、主砲を撃ちながら前進していく。

 

 

「……ごめんなさい。戦艦さん。私はあなたを助けられそうもないのです」

 

 

 錨を相手の艤装目がけて振りかぶり――――――

 

 

 

 

 

「守リタイモノガアルノハアナタタチダケジャナイ!」

 

 

 

 

 

 その声に動きを封じられた。

 

 

 

 

――――――結果論ではあるが司令官月刀航暉はこの時、大きな間違いを犯していた。

 

 一つ目は援護を受けるために司令部内の人員と密なリンクをしていたこと。

 二つ目は電と感情を共有するほどに彼女とのリンク率を高めていたこと。言い換えるならば彼女の感じた戸惑いに引きずられるほどにリンク率を上げていたこと。

 

 その結果として支援の指示も攻撃の指示もできないまま、電を敵の射線上に無防備に置き去りにした。

 

 敵の主砲が轟き、過たず電の艤装を抉り取った。

 主砲マウントから機関部へと抜けるような砲撃。その破片が彼女の衣服を切り裂いていく。電は痛いと感じる余裕もなかった。

 

 その瞬間に起こったことを端的に言い表すなら、その衝撃で司令部機能が崩壊したということができる。

 砲撃を受けた瞬間、彼女と深くリンクしていた航暉に痛みという膨大なサイズのノイズが叩き込まれる。瞬間的にだが物理的に危険なほどの電圧がデカトンケールという大規模なコンピュータ、ひいては彼自身の脳につながる回線に流れ込んだ。それを受け、セーフティが作動。高い電圧が通ったライン――――すなわち、電と航暉ラインが瞬時にネットワークから切り離される。当然の結果として彼と彼女の情報はデカトンケール上から消え去る。

 コンピュータからデバイスを取り外すことを考えてみてほしい。コンピュータとデバイスの情報共有をまだ終えてない状況でいきなりデバイスを引き抜いたらどうなるか。――――――同じことが起こった。

 相互に密なリンクをしていた司令部要員は頭を殴られたかのような衝撃を受けた。大量のエラーを引き起こし、警報であふれかえる。その警報は司令部にリンクしている艦娘、つまり作戦に参加している艦娘にも伝播した。

 

 指揮系統に空白が生まれた。トップとして指揮を執っていた航暉の反応が消え去り、前線の艦娘にも司令部で何かが起こったことは伝わった。

 

「電!? 司令官!?」

 

 その中でも航暉に直接リンクしていた第551水雷戦隊の面々はいきなり司令官がオフラインになった。目の前では艤装の破片をばら撒きながら、意識を手放した電がスローモーションで海面へと倒れていく。急展開に頭が追いつかない。

 

 電が海へ叩きつけられる直前に天龍が彼女を掬うように海面近くを走り抜けた。ぐったりと脱力した電を抱え、転げるように戦艦から距離をとる。

 

《551全員動くな!》

 

 どすの利いた声が無線に乗った。直後、“全員のリンク率が跳ね上がる”。その衝撃に目をしかめつつ、天龍は電を抱いたまま頭を下げた。

 敵の戦艦に戦艦の弾が突き刺さる。北からの砲撃――――響が振り返ると第一主砲から煙を上げる金剛が点のように見えた。その衝撃で戦艦タ級は海面にどうと倒れこみ、急速に海面へと引きずりこまれていく。驚いたような表情をする暁のすぐ脇を魚雷が飛び抜け、敵の空母たちに吸い込まれ、水柱を立てていく。

 

《千代田、撃て……まったく、若造はまだ詰めが甘いか》

 

 大量の雷撃が飛び、残りの敵艦を海中へと引きこんでいく。その射線は主に三方向、北の時雨、満潮。西の神通率いる第526水雷戦隊、千代田の甲標的が南から魚雷を放っていく。その数、合計78本。その半分ほどが敵艦に命中し、ほぼ全艦を大破炎上せしめた。

 

 

《敵戦闘可能艦の排除を確認した。状況を終了する》

 

 

 リンク率が急速に下がっていく。中路中将のその宣言がこの戦闘の幕切れだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Point “MI2467” / The offing of Midway _

Sept.16 2082. 0931UTC. (Sept.15 2031SST.)_

 

 

 

「あぐっ……」

 

 電が目を覚ましたのはそれからわりとすぐのことだった。

 

「お目覚めか、旗艦殿。今は動くなよ。艤装がほぼ死んでんだ」

 

 天龍に背負われた電はぼうっとしたままそれを聞いていた。

 

「てんりゅう、さん……?」

「おう、なんだ?」

「たたかい、は……」

「誰も沈まず、敵艦は撃破、俺たちの勝ちだ」

 

 やっと目の焦点があってくる。天龍の肩越しに縦に連なる艦隊を三列、認める。中央は戦艦や重巡、空母部隊。その両側を水雷戦隊が固めている。月あかりが航跡をきらきらと輝かせた。航暉とのリンクを確認しようとして、その波形がフラットなのに気が付く。

 

「し、司令官さんは……?」

《……なんとかここにいるよ》

《あー、生きてたんだ》

 

 ノイズの酷い無線が流れ込む。そのあとにはどこか気楽な高峰の声。

 

《勝手に殺すな……まぁ、身代わり防壁が吹っ飛んだ衝撃で十分に臨死体験はできたけどね》

《ノイズ大丈夫か?》

《……中継器が物理的に煙上げてたから予備の回線と簡易中継機につないでる。調整なんてまともにしてなかった奴だからなかなか酷い使用感だ。俺のQRS プラグもいくつか交換になるかもなぁ》

 

 そんな声が聞こえる。

 

《航暉、お前は少し詰めが甘いな。感情で引かれるほど強くリンクしてどうする?》

 

 どこか笑った中路中将の声が無線に割り込んだ。

 

《あと、効率を優先しすぎたのも問題だな。私が別規格でリンクしていなければあのまま司令部壊滅、作戦失敗で終わったぞ?》

《……それで20隻近く同時リンクして全艦落とし切った人が言いますか?》

《おや、もしかして航暉も見てた?》

《今、情報ログ見てます。そういう中将もリンク率俺ととんとんじゃないですか。しかも前線部隊ほぼ全員》

《そう簡単に追い抜けると思うなよ、若造。人虎の名は伊達じゃないぞ。……これから一度全艦をウェークに届ける。その時にお前の協力がもう少し必要だ。それまで寝ておけ、航暉》

 

 航暉の通信が無理やりオフにされたようだ。クスリと天龍が笑う。

 

「月刀中佐も大概だと思ったけど、中路中将ってそれ以上にヤバいのか?」

「……そうみたいなの、です」

 

 安心しきったのか電の瞼が重くなっていく。

 

「寝ててもいいぜ、旗艦殿。ちゃんとその間、俺が部隊を見といてやる」

 

 それが聞こえていたのか、いないのか。電は静かに寝息を立て始める。

 

「……なぁ、龍田」

「なあに、天龍ちゃん?」

「俺たちは、なんで戦っているんだろうな」

 

 静かに龍田は天龍の方を見つめた。

 

「私は天龍ちゃんと一緒にいたいから、かなぁ。そういう天龍ちゃんは?」

「わからないから聞いてるんだろ?」

 

 苦笑いしながら天龍は右目を細めた。

 

「わからなくなっちまった。ずっと、戦わなきゃいけないから戦ってたんだ。……守りたいものがあるのはあなたたちだけじゃない……深海棲艦が守りたかったものって何なんだろうな。深海棲艦ですら守りたいものがあるのに、俺はなにをしたくて、戦ってたんだろうな」

「……私にはわからないわぁ。でも、今確かなことがあるじゃない」

「ん?」

「今生きていて、私たちは守るべきものを守り切った。みんなを守り切ったじゃない。……自分たちのことで精一杯な私たちには、それで十分よ」

「……そうかもな」

 

 わずかに顔を出し始めた半月より少し太った月、それが背中から優しい光を投げかける。

 

「でも、いつか。いつか電たちと一緒ならその先に行けそうな気がするんだ。俺は……電の描く未来を見てみたい。戦場でも敵ですら救おうとする電がどういう世界を見出すのか見てみたい」

「それが……天龍ちゃんの戦う理由?」

「生き残るだけじゃ、つまらないだろ?」

 

 焼け潰れた左目はもう像を結ぶことはない。それでも電たちを守った代償ならば、それも受け入れられる気がしていた。

 

「まぁ、電もそれを指揮する月刀中佐も甘ちゃんだ。生き残れるように俺たちが守らなきゃいけないだろうけどな」

「ふふふっ。天龍ちゃんがそういうなら、私もちょっと付き合おうかなぁ」

「おう、できれば一緒に来てくれや」

 

 月明かりの中をゆっくりゆっくり進んでいく。ウェークまでは遠いのが難点だ。きっと司令官はすぐに入渠を命じて、しっかり休むように言ってくるだろう。そしてきっとみんなを褒めるのだろう。こそばゆいが、嫌じゃない。

 

 

 

 

 

 

 

「さあ、帰ろうぜ。凱旋だ。俺たちの勝利だ、電」

 戦闘が嘘のように海は静かになっていた。月明かりが静かに航路を照らしていた。

 

 




MI作戦編、これにて終結です。
長いことお付き合いいただきありがとうございます。いかがでしたでしょうか?

今回のためにプロットを練り、表計算ソフトを使って参加艦の動きをまとめて、できる限り無理のない範囲でどう最悪の事態を回避していくか、それを考えて書いてきました。まぁ、そのプロットは骨組どころか竜骨一本も残っていないほどガン無視して進めてしまっていますが。
ここまで長くなる予定じゃなかったんですが、MIだけで7万字近く書いています。無計画にあれもこれも詰め込みすぎましたかもしれません。

今回のMI作戦、人類側にとっては何の旨みもないまま戦術的敗北に終わっていると言えるでしょう。喪失艦がなかっただけが救いです。今の月刀中佐や電、中路中将たちではこれが限界のようです。

次回、ウェーク島基地第551水雷戦隊編 エピローグ 航跡・提督
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。

活動報告にて、お知らせ&アンケートもどきやってます。よろしければご覧ください。

それでは次回お会いしましょう。

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