艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
それでもなんとか、抜錨!
Point “MI0467” / The offing of Midway _
Sept.16 2082. 0731UTC. (Sept.15 1831SST.)_
砲弾の雨とはまさにこのことを言うのだろう。その中を縫うように駆逐艦がかけていく。
「天津風! 左舷から雷跡、避けなさい!」
その駆逐艦たちを指揮するのは神通だ。どの艦よりも先に最前線に飛び込んだ神通は主砲を発砲しては動くを繰り返す。目の前に割り込んできた駆逐イ級を横なぎにするように主砲を発砲すると、駆逐イ級が爆ぜる。その光越しに敵艦隊を見つける……まだまだ敵艦隊の数は減らない。
《神通、突出しすぎだ。逆包囲されるぞ!》
中路の警告も聞こえていた。それには答えずに神通は急加速、相手の前線をなぞるように動く。
それを追っていくつも砲弾が降る。その発射炎は確実に敵の居場所を示していた。それに砲身を向け、狙い、放つ。それだけの動作を淡々と繰り返す。
「……波の周期を読んでことりと落ちるように」
今は砲を黙らせるだけでいい、逃げるなら逃げろ。逃げないのなら部下の雷撃で沈め。
正面からの砲撃、直撃コース。わずかに首を振り、避ける。風圧が鉢巻を叩いてその切れ端を宙に散らす。撃ってこい。その発射炎が我らの灯となる。
ひたすらに回り込むように左へサイドステップ。今度は雷巡チ級と重巡リ級……リ級の方はフラッグシップクラスだろうか。
「……いいでしょう」
一瞬足を止めその反動を斜め右前方へ。そのまま動いていたら神通を貫いていたであろう位置に砲弾が突き刺さる。
機銃でチ級を牽制しつつ、勢いは殺さずに前へ。一瞬だけフラッシュを焚くように探照灯を照射。照射時間は半秒あっただろうか。それでも相手の眼を一瞬でも潰してしまえば、カタはつく。主砲と副砲を総動員して喫水近くにまとめて叩き込む。相手が反撃する前に右足で海面を蹴りこみ、また左周りのパターンに戻る。
ここまで敵“艦隊”に飛び込んでしまえば最前線にいる敵艦以外は無視できる。中央付近にいる戦艦にとって、この距離で砲撃をすることは味方に砲撃を加えるような自殺行為になるからだ。戦艦の大火力、長射程を活かした攻撃はこの距離に近づかれる前に終えなければならないものだ。
だから今は取り巻きの重巡以下の前線部隊を潰しにかかる。
「……手負いの空母機動部隊の護衛と、油断しましたね」
敵の機銃がスカートに穴をあける。それを見ながらも神通はその発射炎に向かって機銃を叩き込む。一斉射、一秒以上、二秒未満。数としては100数発の弾が放たれたはずだ。
《砲支援を開始するぞ。一度下がれ!》
「……了解」
行きがけの駄賃とばかりに酸素魚雷を放出してから一気に後退、これだけ密集してれば狙わなくたってどこかに当たる。
水平線の向こうが瞬いた。数テンポ遅れて艦隊のど真ん中、戦艦タ級に着弾する。爆炎を上げる敵艦だが、うまいこと急所を避けられた形だ。主砲が一基潰れたぐらいだろう。
「神通さん!」
天津風が駆逐艦を牽制しながら神通の方へと寄っていく。
「無茶しないでください! 神通さんだけ孤立しちゃいます!」
「大丈夫よ。天津風。コロンバンガラ沖に比べれば……これぐらい」
また飛び出していく神通。それを追いかけるように天津風が動く。
雪風がいなくなってから、神通の挙動がおかしい。
いつも以上に強いのだ。それは喜ぶべきことなのかもしれない。でもそれを天津風は素直に受け止めることができない。
この動きを続けていれば必ず後に反動がくる。天津風からみてもわかることなのに、神通がわからないはずがない。それがわからないほどに動転しているのか、そうまでしないと勝てないほどに追い込まれているのか、はたまた、両方か。
神通が道を切り拓いていく。その道を天津風が進む。神通は振り返らない。
「……やっぱり、おかしいよ」
無茶な訓練で有名な神通だが、それでも部下の様子は把握していた。なのに今は把握しようとしていないように見える。
連装砲くんが神通の後方に回り込んだ駆逐ロ級を蹴散らした。神通のためにも退路は確保しなければならない。普段はこの役目は雪風と二人でやってた仕事だ。
こんなことになったのも、雪風のせいだ。雪風がいなくなってからだ。あの子なら大丈夫とどこかで思っていた。生きて帰ってくると信じていたし、今でも信じている。
「……早く帰ってきなさいよ、バカ」
そう考えながらも神通の後ろを守り続け、後ろを振り返ってぎょっとした。
「……まさか本気で敵艦隊のど真ん中に飛び込むつもり!?」
《神通! 砲支援の掃射域に入るぞ! ブレイクだ! 即時転進!》
無線が叫んだ。この声は中路中将か。
「……撃ち続けてください!」
《そんな捨て身の攻撃を誰が許可した!?》
「敵を落とさなければ全員ここで終わるんです!」
砲を撃つ手をやめないまま、神通は無線に叫び返す。無線に敵の前衛との交戦。神通の注意が水面下に向かってなかったのはある意味彼女の不注意だった。
「神通さん避けて! 右舷雷跡視認!」
天津風の声に神通が目を見開く。右舷前方、2時方向から魚雷2条。慌てて海面を蹴る。飛ぶ方向は真横、左側への急激なサイドステップ。次の瞬間にその避け方が間違いだったことを彼女は悟る。敵艦までの一本道のど真ん中に躍り出た。その終点には敵戦艦―――――黄色い獰猛な目を向けてくる戦艦タ級。その砲門がピタリと神通を捉えていた。
「神通さん!」
あぶりだされた。そう思うほかなかった。
《神通!》
中路中将がリンク率を跳ねあげる。水面を蹴る、方向は右前方だが、神通の意思と中路の意思が
避けられない
そう確信した直後にまばゆいほどの閃光が走り、左肩を抉るように衝撃波が走った。痛みに目をつぶる。電探破損、左腕はつながっているもののまともに動かせるとは思えない。
――――――戦艦の至近弾を受けてこれで済んだのは奇跡かもしれない。
膝をつきつつも右手で砲を向け、驚愕した。相手の砲塔のすぐ脇から火を上げている。暴発したのかと一瞬考え、すぐに否定した。暴発したならまともに弾は飛んでこない。可能性があるとしたら、……砲支援を行っていた艦隊の弾。
直後に戦艦タ級の横っ腹で大きな水柱が立った。雷撃――――――?
《……無茶な攻撃は訓練だけにしてください。神通さん》
無線が響く。その声に彼女は動きを止める。その無線の奥にはいくつもの戦闘音。機銃に主砲、ロケット弾のような音もする。右舷側でロサ弾が弾けた。結構近い。
《……神通さん、みんな、心配かけました! でも、不沈艦の名を舐めてもらったら困りますっ!》
「――――――雪風!」
天津風の歓喜に満ちた叫びに呼応するように、神通の前に飛び出してくる影一つ。射線を確保した彼女は主砲を連射、魚雷で傾いでいた敵戦艦にとどめをさした。
「陽炎型8番艦、雪風! 現時刻をもって526水雷戦隊の指揮下に戻りますっ!」
神通の真横に影が立つ。
「よぉ、鬼教官。教え子が戻ってきたんだぜ? 言うことがあるだろ?」
メカニカルな刀を肩に背負い、隻眼が笑っていた。
「天龍、さん?」
「おう。第551水雷戦隊、これより敵艦隊掃討作戦進行中の526水雷戦隊を支援する」
天龍がそういうと大量のロサ弾が飛び出していく。
「暁、雷。行け!」
《待ってました!》
《いっきまっすよー》
暁が探照灯をともしつつ飛び出してくる。射線に飛び込むと全速で敵艦隊中央に向けて走り出す。
「……まったく、神通。お前が前線をがっつりかき回してくれたおかげでこっちの作戦がパーだ。半包囲して雷撃戦で一網打尽のはずだったが……まぁ、仕方ない。動けるな?」
天龍がそういいながら、右手を差し出した。神通はその手を取り、立ち上がる。
「悪いがお前の撤退を支援できる戦力的余裕はない」
「武装が半分死んだだけです。撤退するほどつらいわけでもありませんよ」
「ならいい、総合旗艦殿! 聞いてたな?」
《なのです。天龍さんは暁お姉ちゃんのバックアップに入ってください。雷お姉ちゃんの方は龍田さんが入ってます。神通さん以下526水雷戦隊は一時的に後退、雷撃戦に備えてください。―――――今から私と響お姉ちゃんで敵艦隊中央を突破します》
「そっちのバックアップは誰だ?」
《……司令官さんとのリンクで十分です》
「……くれぐれも死ぬなよ。電」
《なのです!》
天龍は笑って空を見上げた。不安そうな天津風が天龍を見る。
「……正気なのかしら?」
「少なくともお前の旗艦よりは頭は冷えてるはずだ。勝算なしで飛び込むバカじゃねぇよ。さて、旗艦と司令官の無茶な攻撃に付き合うとしよう」
天龍が駆け出す。暁に追いつき、暁の後ろに回り込もうとした軽巡を切り捨てる。
「……一度下がりましょう、神通さん」
「……雪風」
「後でしっかり謝りますから、今は」
天津風が目の端に涙を浮かべつつ笑った。
「そうね、後退しましょう。連装砲くん! いっしょにいくよ!」
「殿は雪風が務めます。弾も魚雷もたんまり持ってるので」
「……わかりました。一度後退、雷撃の指示を待ちます」
神通は気が抜けたようににへらと笑うと頷いた。
Headquarters of the Saver Group for Midway / Innerspease of DECATONCALLⅢ_
Sept.16 2082. 0749UTC. (1649JST.) _
「くっそ。砲撃の難易度を最高レベルまで引き上げやがって! 月刀! あとで覚えてやがれ!」
「寿司でも焼肉でもおごってやるから次! L235チャーリー! 三秒後!」
脳内が情報で飽和していく。自軍の位置、敵艦の配置と攻撃可能艦の位置、その砲塔の向き、魚雷発射管の動き数、動き。攻撃できる艦はどれで、攻撃を受けそうな艦はどれか。秒刻みで変化する情報をつかみ、分析し、前線で体を張る艦娘にフィードバックする。
航暉が主に指示を出す艦は3隻、暁、雷、電。それをカバーする天龍と龍田、響には彼女らの脅威となる敵艦の情報を提供し続ける。中路中将に526水雷戦隊の指揮を任せているから何とかなっている形だ。これ以上のリアルタイムでの使役は無視できないタイムラグが生まれかねない。
榛名の主砲から飛び出した主砲弾が指定した座標L235チャーリーに着弾する。そこに飛び込んでいたてきの駆逐艦が爆散し、その横を雷と龍田がすり抜ける。
「次! L285エコー、ファイア!」
「着弾8秒後! くっそ、処理限界近いぞ! 回線が持たねぇ!」
「対空リンクをカットしろ! 敵航空機は落とし切った! 飛龍・瑞鳳、打撃艦隊上空でホイールワゴンを維持! 千代田は着弾観測を続行!」
「マジか!? さっすが飛燕! 対空リンクカット了解! 高峰、比叡たちはまだか!? 榛名の砲がそろそろ限界だ!」
「比叡古鷹、あと30秒でインサイト!“鷹の眼”のリンクの用意はできてる!」
「インサイトと同時に“鷹の眼”とスナップモードでリンク! 榛名を下げる」
「スナップモードスタンバイ!」
デカトンケールという電脳空間の中で叫ぶ必要もないのだが、怒号の交わしあいに発展している。最前線の水雷戦隊の航跡が何度も敵艦と交差し、敵艦隊の陣形を崩していく。いつ何があってもおかしくない状況下では、こうでもしないと正気を保てないのだろう。
「暁、キックレフト!戦艦の射線に突っ込むぞ!」
《うっはぁ!》
作戦域のマーカーが一つ、右へと急展開する。暁の視界をリンクしている航暉の目の前を敵戦艦の砲弾が通過した。
「R053インディゴ、二秒後!」
「おうっ!」
伊勢の弾丸が空を切る。指定したポイントに飛び込んだ弾は敵戦艦の第一主砲を潰して炎上させる。その炎に向けて天龍の魚雷が伸び、過たず敵を海中に没させた。
「これで残存敵勢力は戦艦1、重巡2、軽巡7、駆逐11、あと空母10!」
「一向に減りもしねぇ!」
「それでももう半分近く潰してんだ。行ける行ける!」
「残りの戦艦1が鬼門だろーが! どうする気だ!」
「砲を黙らせればこっちで何とかする! 撃ちまくれ!」
航暉の指示に「無茶言ってくれる……!」と呻いたのは杉田だ。
「古鷹、比叡、インサイトまで残り5、4、3、2、1……」
「
「比叡、古鷹、“鷹の眼”オンライン」
「司令部杉田少佐より比叡、聞こえるか?」
《こちら比叡、感度良好です!》
「悪いがこの先お前に頼りっぱなしになるぞ。4基8門、砲撃用意!」
《了解!》
「マルチサイティングスタンバイ」
8つの目標がロックされ、それに向けてそれぞれの砲が動き出す。
「……ファイア!」
《撃ちます!》
砲支援の弾幕が厚くなっていく。その陰で北寄りのルートを進んでいた艦隊が敵艦隊へと転進した。
《……こちら522本隊、時雨。敵艦隊のサイドをとった。これより砲撃を開始するよ》
「こちら司令部中路、了解。主目標、敵戦艦」
《時雨、了解》
これで敵の砲撃はさらに分散する。前線で軽巡以下を主にかき回す第551水雷戦隊、後方との中間距離に下がった第527水雷戦隊、最後方で砲戦を続けるミッドウェー攻略打撃艦隊、そしてサイドから砲撃を加える522本隊。
「ここが正念場だ」
航暉がつぶやいた。電へのリンク率を高める。
「電、“飛ぶ”ぞ」
《なのです!》
敵戦艦を見据えた電が速力を上げる。その道を比叡の弾幕が切り拓く。吹き上がる炎を導とし電がさらに加速していく。
《電の本気を見るのです!》
Point “MI0824” / The offing of Midway _
Sept.16 2082. 0753UTC. (Sept.15 1853SST.)_
「……ちぃっ!」
「焦らなくても十分あたってるよ、金剛」
爆炎で汚く濁った空を弾頭が切っていく。金剛が撃った弾が敵の戦艦の脇に着弾する。
「もっと近づいたほうがいいネー!」
「重巡の間合いまで来てるんだ。大丈夫」
「駆逐ロ級、いっちょあがりー!」
加古が上機嫌にそう報告した。加古の砲でも有効射程に入っている。戦艦の金剛なら言わずもがな。
「それでも……!」
「……ばっかじゃないの?」
金剛の後ろでつぶやかれた言葉に彼女は動きを止める。振り向いた先にはスカートをサスペンダーで吊った駆逐艦。
「……今なんて言いました? 満潮サン」
「馬鹿じゃないのって言ったのよ、この高速戦艦。司令官が思い人だかなんだか知らないけど、敵の雷撃があるかもしれないこの状況でこれ以上前に出て何する気?」
「満潮……っ!」
「悪いけど僕も同意見だ。十分に君の間合いにいるはずで、これ以上接近したところで部隊にとって旨みはない」
「時雨、あなたは黙っテ……」
「旗艦は僕だ。黙るわけにはいかないよ。これ以上近づいて何をする気なんだい?」
飄々とそういう時雨はそのまま金剛を見据えた。
「……三式弾。敵艦の近距離で撃ちだせば遠距離から潰すよりも確実に効果が出るネ」
「前線の味方駆逐艦を巻き込んで?」
満潮がそういうと黙り込んだ。
「あのね、金剛。あなたは確かに歴戦の戦艦でこれまでに何度も修羅場を潜り抜けてっきだでしょうよ。それこそあたし以上に経験は積んでいる。でもあなたが今やるべきことはなに? 前線で敵の戦艦と殴り合いをすること? 単騎で暴れまわって敵を攪乱すること? 違うでしょ」
そういって戦艦を睨む満潮。
「今やるべきは射程を活かして敵に遠距離からダメージを与えることでしょうが。今あんたがやろうとしてることは“わがまま”よ。目に見える戦果を挙げて司令官に認めてほしい。それだけで動いてる。前線で水雷戦隊の指揮にあたっている月刀中佐に認めてほしいだけ。……それで突っ込んで? 相手の雷撃圏内に入って? あなたの直掩をするあたしたちの負担は無視? 冗談じゃないわ。それすら見えないあなたを旗艦から外した中路中将の判断は正しいと思う」
金剛は唇を噛んだ。言い返すことができなかったのだ。
「わかったら素直にこの距離から砲撃してなさい。いつものあんたなら直撃弾出せる距離でしょうよ」
「金剛? 急がないと比叡に全部獲物とられちゃうよ? それにこっちも向こうの重巡以上の射程に入ってるわけだし言い合ってる暇あるなら撃ってよ」
加古がのんきにそういいながら砲撃を続ける。
「……急ごう、金剛。僕らができることをしなきゃ。今必要なのは君の独断での活躍じゃない。部隊としての活躍だ。きっとそれを月刀司令補も求めてるはずだよ」
金剛は何かを言いたそうに唇をかみしめ、振り返った。砲身の向く先は……敵艦隊中央、戦艦タ級。
「……ファイアー!」
足を止めての砲撃。爆炎が明るくあたりを照らす。
「……満潮、助かった」
小声で時雨がそういってウィンクをした。満潮はふんと顔をそらす。
「……高峰少佐の命令だから」
「そうだね。でも、助かった」
「話はあと、私たちは対潜哨戒があるでしょうが」
「うん。僕らにできることをしなきゃ、ね」
戦艦タ級に金剛の弾が着弾する。計算尺は合っている。やっと金剛の照準が合いだした。
「提督。やっと戦えそうだ」
時雨はつぶやき、対潜ソナーに耳を傾けた。
最近ツイッターなどで話題になっている”うさうさ脳”診断、やってみました。”さう脳”でした。
論理的に考え、感情的に表現する……あたってる気がします。
このMI作戦編のために全艦の動きをまとめた表とか作ったのに、結局ライブ感に任せてプロットを8割がた無視して進めるところとか、あたってると思います。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回でこの戦闘にカタをつけます。
どうか最後までお付き合いください。
それでは次回お会いしましょう。