艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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忙しくていつも通りの投稿ができなかった今回、待っていらした方(がもしいらっしゃいましたら)、すいませんでした。
コンスタントに投降って難しいですね。

そんな愚痴はおいておき、抜錨です!
(誤字修正しました。内容に変更はありません)


第19話_MI・開戦

Point “MI0375” / The offing of Midway _

Sept.15 2082. 1635UTC. (0535SST.)_

 

「いつまで尾を曳くつもりだ、神通」

 

 横を進む少女に隻眼の少女が声をかけた。黒い外套に眼帯……CL-KM05球磨型軽巡洋艦5番艦の“木曾”だ。黒い外套を風に靡かせながらCL-SD02 川内型軽巡洋艦2番艦の“神通”を横目で気にする。

 

「あの時、無理やりにでも止めてればって、思うんです」

「それでも、きっと雪風は止まらなかっただろうよ。無線の声は覚悟を完全に決めていた。……その時の判断は間違ってなかったと思うぜ」

「……味方を見捨てて、生き残ることがですか?」

 

 神通の目がぎろりとまわった。敵意すらむき出しにして木曾を睨む。

 

「判断の正誤はそれが評価されるときのTPOに左右される。あの時の雪風の判断はあの時だけ見れば“最善”だった。……雪風なら沈まない、どこか希望的予測があったのは事実だ。それを差し引いてもあそこで乱戦になったら砲撃支援もできない状況でさらにたくさんの被害が出たのは明白だろ?」

「……そんなんじゃ、ないんですよ。木曾」

 

 背後では明るい朝焼けの中、第2次偵察隊が飛び出していく。利根と筑摩の水上偵察機に、祥鳳と瑞鳳の艦戦が明るい朝日に消えていく。重く低い風切音の中で神通は目を爛々と光らせた。

 

「あの子は、雪風は、……沈みたかったんです。誰にも見えない場所で、沈みたかったんですよ。生きて帰る気なんてなかった。だから笑って“神通さんと戦えて光栄でした”なんて言えた。……帰る気がないってわかってたのに追いかけられなかった」

 

 木曾は目をそらすことなく、それを受け止めた。

 

「木曾ならわかるでしょう? 第527水雷戦隊を率いる木曾なら。旗艦は部隊を指揮し、作戦を成功に導く。それは一時的な勝利に囚われず、長期的に有利を維持できなければならない。ならば、私たちは“是が非でもあの子を止めるべきだった!”」

 

 叫んだ神通に驚いたのか付近の対潜哨戒を行っていた、黒潮が振り向いた。

 

「……そうだな。“俺たちは”雪風を止めるべきだった。だが、雪風が残した成果を否定することはできないだろ。雪風が敵艦隊に突っ込んだことで神通たちの526水雷戦隊は戦域をほぼ無傷で離脱でき、今こうして部隊を進めることが可能になった」

 

 木曾は神通を抱き寄せた。そのまま彼女の頭を胸に抱く。

 

「……次に雪風に会ったら、うんと叱って、うんとほめてやらなきゃな。だけどな神通、今あんたがいくら地団駄を踏んだところで、今あんたが指揮する部下は路頭に迷うだけだろが。だから、自分を責めるのも、雪風を想うのも全部後だ。それに……雪風は幸運艦だ。持前の幸運でどこかの哨戒部隊に拾われてるかもしれねぇ。まだ沈んだと決まったわけじゃねぇ。あんたの部下だろ、信じてやれよ」

 

 そういって木曾は彼女の肩を支え、笑って見せた。

 

「華の二水戦の旗艦がこれじゃあ部下に示しがつかねぇ。気張れ、神通」

「……言われなくとも」

 

 ぐいと鼻の下を腕でぬぐい、神通はミッドウェーの方向を眺める。

 

「敵を穿つは我等が誇り、世界最強と言わしめた二水戦の戦い、お見せいたしましょう」

 

――――だれも、沈めずに。

 

 第二水雷戦隊の時の記憶が頭を持ち上げる。時代は変わり、栄光はもう過去のもの。しかしながら神通にとって、それは大きな支えであった。そうだ。私は神通、第二水雷戦隊をもっとも長く率いた艦。たとえ体が二つに割れようとも最後まで戦って見せる。

 

「それでいい、神通。行くぞ、クソッタレな戦場のお出ましだ」

 

 木曾も前を見据える。強烈な朝日が顔をのぞかせたところだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Tactical Command Center of the U.N. Navy Western Pacific 1st Force / Yokosuka Admiralty Port_

Sept.15 2082. 1847UTC. (Sept.16 0347JST.) _

 

 

 

「少し早いですが、交代いたしましょうか」

 

 仮眠を終えて出てきた高峰が司令官卓に座る中路に声をかけた。

 

「あぁ、……頼めるかな?」

「喜んで」

 

 高峰は司令補佐官の卓に向かうとQRSプラグをうなじに突き立て、リクライニング式の椅子に深く腰掛けた。

 

「0348JST、指揮権を中路中将より高峰少佐に移譲する」

「こちら高峰少佐、指揮権移譲確認。これより艦隊の指揮に入ります。……それじゃ、みんなよろしく」

 

 意識は海の上を進む艦隊へ飛び、強烈な朝日がもろに目を貫いた。

 

「……さすが海上、まぶしさがもろだ」

《それは当然ネー。ところでメイジャー・タカミネ、ミッドウェー攻略部隊の方はどうなりました?》

「今頃はおそらくミッドウェー沖180海里ってところだろう。……カズの話だと今日の朝にミッドウェー爆撃の実施を実施予定らしい」

《……もし今飛び出したとして、海域到達は最短でも日没直後が限度だね》

 

 時雨の声が響く。乾パンをもそもそと食べているのか、声が少しこもっている。

 

「なにもなければそれでいい。戦力も“これまでの規模が通用するのなら”十分なんだ」

《なにか含みがあるような言い方ね?》

 

 とげがある口調で満潮が突っ込んでくる。

 

「……北方海域がここ数日沈静化してるのは知ってるか?」

《いいえ、初耳です。金剛お姉さまは知ってました?》

《ノー、初耳デース。朝潮さんたちはどうですかー?》

《私も初耳です》

「沈静化と言っても敵が出てきてないわけじゃないんだ。数が減って、水雷戦隊以外見当たらなくなったんだ」

 

 高峰はそういって黙った。

 

《もしかして、その消えた部隊がミッドウェーに?》

 

 

 

「可能性としてはありうるんだ。だから中路中将が動いた。北方の空母がもし、本当に応援に駆け付けていたとしたら……最悪の場合二桁単位の空母に重巡、戦艦が待ち構える可能性がある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Point “MI0373” / The offing of Midway _

Sept.15 2082. 1937UTC. (0837SST.)_

 

 

 

「なんじゃ、なんなんじゃこれは!」

 

 利根が焦ったように声を上げる。横を進んでいた筑摩が不安そうに利根を見た。

 

「利根より報告!利根2番機敵艦隊発見! 2時方向80海里に大規模敵艦隊! 確認できただけで空母最低でも12隻、戦艦クラス4隻! 重巡多数! あっ……二番機ロスト! 敵航空隊出撃しているようじゃ! 第一種警戒体制への移行を意見具申する!」

「空母12隻!? 予測では最大で6隻じゃなかったの!?」

 

 蒼龍の泣き言が聞こえるが、それより早く、加賀が反応する。

 

「出し惜しみしては押し負けるわ。提督、艦戦を全機発艦させます。許可を」

《……わかった。艦戦の発艦を許可する。第一種警戒体制。空母機動艦隊は輪形陣へ、527はそれの護衛に入れ。打撃群は複縦陣へ移行しろ。526もついていけ》

 

 それを聞いた時には赤城と加賀はもう矢をつがえていた。弓を引き絞り、弦が鳴り、飛び出した矢が、すぐに光に変わり、烈風改に形を変える。追って二航戦が、瑞鳳が祥鳳が、艦戦を上げていく。艦隊の位置がゆっくりと入れ替わっていく。

 

「神通、無茶はするなよ?」

「わかってますよ。ここで死んでは、あの子に向ける顔がなくなりますから」

 

 木曾に声をかけられて、神通は笑った。木曾はその息をのむほど美しい笑顔を見て、見惚れると同時に、背筋が寒くなるのを感じていた。

 

「そうか」

 

 木曾は唇を噛んだ。神通は嘘をついた。でも、ここかける言葉が見つからない。

 

 

(その笑顔、きっと雪風がお前に向けた笑顔と一緒だぞ……)

 

 

 神通に率いられて天津風たち第526水雷戦隊が先行する。木曾は左腰に吊った軍刀に触れる。

 

「舞風、夕雲、巻雲、秋雲」

 

 自分の部下を呼ぶとすぐに返事が帰ってきた。

 

「さて、敵も考えることは一緒だろう。敵の艦載機が来るぞ。対空見張りを厳にしろ」

「りょうかいです!」

「巻雲~。ほんとにお前できるかな~?」

「秋雲は黙っててくださいっ! 夕雲姉さん、見ててくださいね!」

「うふふ、わかったわ」

 

 通常運転の三人組を見てから、舞風が浮かない顔をしているのがみえる。

 

「舞風、大丈夫か?」

「はい……、大丈夫です」

 

 そういうも目線が落ちる舞風を見て、木曾は彼女の肩に手を回した。

 

「大丈夫だ。舞風。いざとなったら俺が守ってやるから」

 

 舞風がそういう心配をしてるのではないとわかって、わざとそう声をかける。

 

「はい、あ、ありがとうです……」

「ん。輪形陣に移行する。殿艦は夕雲、舞風は俺と前だ。左舷に秋雲、右舷に巻雲。いいな?」

「はいっ!」

 

 雲がぱらつく空を眺める。木曾は配置に向かう仲間を見て笑いながら視線を戻した。

 

「さっさと終わらせて帰ろうぜ、神通」

 

 つぶやいた言の葉は誰にも届かず海原に吸い込まれて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Anchorage of Eniwetok Atoll_

Sept.16 2082. 0109UTC. (1019MHT.) _

 

 

 エニウェトク環礁を小さな艦隊が出ていく。

 

「まったく、司令官も人使いが荒いのよ!」

「でも、それだけ司令官が私たちを頼ってくれてるってことですし」

「吹雪も人好きねぇ、いいように使われるのが落ちじゃない?」

「でも、叢雲もどこか嬉しそうにしてた……」

「初雪、アンタね……!白雪も笑うなっ!」

 

 第553駆逐隊の面々は姦しくしながらも海の上を進む。いきなり命じられた哨戒任務だ。なんでもウェーク島方面で敵艦隊の出没が確認されたらしく。エニウェトク基地でも付近哨が追加実施されることになったとのことらしい。北の海域を念入りにしておけということだ。

 

「そもそも哨戒だったら、千代田さんのほうが適任でしょう?」

「まぁ、千代田さんは演習から帰ってきたばっかりですし、今は甲標的も積んでそっちの習熟も必要です」

「せめてもう一隻、水母がいてくれたらなぁ……」

 

 白雪の言葉に溜息をつく旗艦・吹雪。ないものねだりをしてはいけないのはわかっているが、この広い大海原で偵察を主任務とする水母が一隻というのは少々厳しいものがある。

 

「でもウェーク島は水母なしで運用してる……、できないわけじゃない……」

「あら初雪、アンタにしては積極的?」

「本気だしてないだけだし……。ウェークの妹たちには負けてられない……」

「あ、前回の演習まだ根に持ってるんだ……」

「電たちに瞬殺されて千代田さん守れなかったですからね……」

 

 全員で遠い目をするのは3週間前ウェークの551水雷戦隊と模擬戦をしたことを思い出したからである。暁と雷のアタッカー二人に陣形をひっちゃかめっちゃかに崩されて、響の雷撃一発で千代田が轟沈判定。……交戦宣言後わずか5分のことである。初雪は開幕直後に電のペイント弾を頭から被って大破判定、その後天龍から引導を引き渡されるというなかなか面白くない結果をいまだに引きずっているのである。

 

「ウェークかぁ……第一作戦群撃破したり、最近なんだかすごいよね」

「あれぐらい私が本気だしたらできるし……」

「戦艦二隻、重巡二隻、正規空母二隻に昼間に1時間で全艦武装解除? なんの冗談よ」

「でも、ずっと格下だ、車引きだって言われ続けた第二作戦群の水雷戦隊が活躍できるって思えるとなんだかドキドキしませんか?」

 

 目を輝かせるのは白雪だ。それに頷きながらも吹雪は顎に手を当てて、何かを考えるようなしぐさをした。

 

「でも、なんだか最近この辺りも不穏な感じになってるよね? 第一作戦群が活躍してたような出動も第二作戦群に回ることも出てきたし……」

「北の方はもっと大変だって司令官がおっしゃってましたし、ウェークの部隊も結構北の方に出撃してるみたいです」

「なんか……主力艦隊の温存に走ってる気がする……」

 

 初雪は意外にこういう時にしっかりと状況を読んでくる。それを吹雪たちはなんだかんだ言って信頼している。だから初雪の方を見て先を促した。

 

「守りの応援に出てくれることも少なくなってきたし……もしかしたら全力の主力部隊で反攻作戦とか考えてるのかも」

「それでこき使われる立場になってほしいもんね」

 

 叢雲はそういいながらもどこか笑っていた。

 

「でもまぁ、どうしても必要だというなら、やってやろうじゃない!」

「叢雲が……デレた?」

「デレてない! 初雪! そこに直れ! 酸素魚雷を喰らわせるわよっ!」

 

 その時、白雪の表情が一瞬で引き締まった。

 

「吹雪姉さん、無線」

「え? あ、はい、こちら553DSq、――――――え? はい!」

「吹雪? どうしたのよ?」

 

 叢雲が声をかけるが吹雪は聞いていない。代わりに白雪が振り返った。

 

「“やってやろうじゃない”って言葉、嘘じゃないですよね?……どうやら今からやることになりそうです」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

551TSq Commander Room / Anchorage of Wake-Island_

Sept.16 2082. 0119UTC. (1319WAKT.) _

 

 

 

 無線がいきなりつながった。相当の緊急性を要することを意味するカテゴリーⅣの通信が、視界に直接投影される。電脳への直接通信はそれだけの内容であることを意味していた。航暉は作業の手を止め、無線を開く。

 

《こちら、月刀中佐》

《航暉、出られるか?》

 

 挨拶もすべてかっとばし、端的な問いだけが返ってくる。歳をとっているものの、張りのあるバリトン……中路中将だ。

 

《……全艦第二種警戒態勢で待機中。出ろと言われれば30分でフル装備の水雷戦隊を出港させられます……状況は?》

《ミッドウェーの南南西140海里でミッドウェー攻略部隊が敵の主力機動艦隊の大部隊と交戦中、制空権を喪失し敵艦載機にいいようにやられている状況だ》

《敵主力は?》

《現状確認できるだけで空母11隻、戦艦4隻、重巡6隻、軽巡4隻、駆逐艦16隻だ。練度は高くないようだが数が多すぎてどうにもならん。だが、一番の問題は……》

 

 中路が画像を送ってきた。中路自身の視覚情報をリアルタイムで流してきているらしい。

 

 

《敵の攻撃の衝撃で北川少将が戦死して、空戦音痴の岩城少将が指揮を執っているってことだ》

 

 

 おそらく横須賀の戦闘指揮所の中の映像なのだろう。首の後ろから後頭部が焼けただれ、耳から血を流して司令官卓に突っ伏している男が映っている。白い制服が首を覆う詰襟を中心に赤く染まっていた。

 

《岩城少将には私から全力打撃支援要請(ブロークンアロー)を出させる。航暉には救出部隊の総指揮を任せたい。できるか?》

 

 全力打撃支援要請(ブロークンアロー)宣言下の救出部隊の総指揮――――救出に必要な全ての艦、すなわち戦艦・空母を含めた全ての部隊の指揮権を航暉に持たせると言ってきた。たしかに、全力打撃支援要請(ブロークンアロー)が出ているような非常事態に前線指揮官が総指揮を執ることは軍規で認められている。水雷戦隊の指揮官しか生き残っていない状況で戦艦も含めた艦隊を離脱させるような状況を想定してのことだ。ただし……実施された前例がない。しかも作戦参加していた指揮官ではなく、最寄りの基地の水雷戦隊司令官が総指揮を執ることは普通ならあり得ないのである。

 

 だが、中将がそれを“やれ”と言ってきた。

 

 

《……それは命令ですよね?》

《金剛たちも今全力急行中だが間に合う保証はない。この状況でまともに動けるのがお前たちぐらいしかいない。全責任は私が負う。お前が動くのに必要な書類も人員も艦もすべて揃える。上層部には文句なんぞ言わせん。やってくれ》

 

 悩んでいる時間はなかった。

 

《……デカトンケールと“鷹の目”の使用許可を。あと高峰と杉田を最優先ラインでつないでください》

《すぐにつなぐ。ほかは?》

《時間との勝負になります。常に私との回線をオンラインで維持してください。内部からの横やりだけは勘弁してくださいね》

《わかった。月刀航暉中佐、これよりミッドウェー攻略部隊救出任務の指揮を中将権限を持って命ずる》

 

 それに了解を返すと、すぐにデスクを離れ、地下へと続く滑り棒をつかむ。白い布の手袋がすれて熱を発するが、気になるころには地下二階に到着していた。戦闘指揮所(TCC)にはもう火が入っており通常の電灯が点り部屋の中を照らしていた。司令官卓のQRSコードを引き出し自分の首筋に突き立てる。

 

「月刀中佐よりウェーク島戦術コンピュータ(WTC)、セルフモニタを即時実行し問題が無ければ全基地機能を第一種警戒態勢に移行せよ」

[DE WTC SELFCHECK-CMPL / SHIFT ALL SYSTEMS CND-RED]

 

 スクリーンにそう表示されるとともに基地内に大音響で警報が鳴り渡った。

 

「月刀中佐より総員に通達。第一種警戒体制発令。総員戦闘用意」

 

 基地にいる隊員や艦娘たちの無線が一斉にオンラインになる。スクリーンには基地所属の艦娘の状況や周辺海域の状況などが並べて表示され、壁一面のスクリーンがあっという間に情報で埋まっていく。

 

《行先はミッドウェーかしら~》

 

 真っ先に無線に反応したのは龍田だった。

 

「そうだ。敵艦40隻を相手に攻略部隊が押されてる。助太刀に出るぞ」

《よ、40隻!?》

 

 無線に乗った叫びは暁のものだろう。天龍が大丈夫だと言っているのが聞こえる。

 

《なぁ、司令官よ。この出撃、アンタが指揮すんのか?》

全力打撃支援要請(ブロークンアロー)発令時には俺が総指揮を執るようにと中央の中将殿からの命令だ。作戦参加艦のすべての指揮を俺がする。戦闘海域の誘導なんかは高峰少佐とかにハンドアウトすることになるが、戦闘の指揮は俺がとる」

《なら問題ねぇ。編成と装備は?》

 

 大部隊相手に問題ないと言い切って、天龍はさっさと必要な情報を聞き出そうとする。

 

「今回は全艦参加の総力戦になる。旗艦は電だが、おそらくほかの部隊の艦が合流する。その時は第551水雷戦隊自体の指揮は天龍にシフトさせ、電には連合艦隊旗艦を務めてもらう」

《はわっ!?》

 

 電の素っ頓狂な声が響く。特型駆逐艦の姉妹を中心に驚いた叫び声の音量に航暉は目をしかめた。

 

《し、司令官さん! ほ、本気で言ってるのです……? いなづまが他の艦隊の指揮もとるんですか……?》

「そうだ。西部太平洋艦隊からの応援が間に合えば、その応援も含めた艦隊の旗艦だ。……電、今回の任務の目的は機動部隊の救出、つまり撤退戦になる。味方を守り、無事に撤退させるためには広い視野と高い判断力、そして……仲間を守る強い意志が必須だ。俺はその全てにおいて電を信頼できると思っている。そうでなければ下村准将との演習だって乗り切れなかったはずだ」

 

 電の戸惑った声が無線に乗る。

 

「今回の任務ではおそらく電の力が必要になる。頼む」

《……わかり、ました。頑張るのですっ!》

「頼む。応援に駆けつけられるのは早くても日没直前になる。電と響は照明弾を持っていけ。天龍と暁は対空特化、睦月と如月は連装機銃を増設していく。暁!」

《な、にゃに!?》

 

 無線の奥で慌てて舌を噛んだらしい声がした。

 

「お前の“眼”を信じてお願いがある」

《なによ?》

「探照灯、持って行ってくれるか?」

 

 息をのむ音がする。航暉は“純粋な艦だったころの暁”の最期を知っている。探照灯を照射した戦闘で、たった15分で沈んだことも知っている。だとしても、今このメンバーで探照灯を持ち逃げ切れるだけの腕を持った艦は暁しかいないのだ。

 

《……しょうがないわね、紳士のお願いなら、淑女(レディー)は断れないじゃない》

 

 暁の声はどこか笑っていた。

 

《帰ったら間宮アイスが食べたくなるかもしれないけど、いいかしら?》

「なるほど、もし食べたくなった時のために用意しておくことにしよう……装備換装が終わり次第出港することになる。……大規模艦隊相手の乱戦になる可能性が高い。危険だが全員で生きて帰るぞ」

《待ってください!》

 

 無線にあまり聞きなれない声が割り込んだ。

 

 

《雪風も、雪風も行かせてください!》

 

 

 割り込んだ声に面喰っているうちに声の主、雪風は続ける。

 

《体の修復は完了してます! 全力打撃支援要請(ブロークンアロー)が出るような状況なら一隻でも多く必要なはずです!》

「六波羅医務長」

《医師としてはボーダーよりちょっと上ってところね。許可は出すわ》

「……伊波少尉」

《雪風ちゃんの艤装が平菱インダストリアル製で助かりました。睦月ちゃんと如月ちゃんの艤装のスペアパーツを流用して補修済みです。酸素魚雷も含めて全装備稼働試験も済ませました。……部隊の仲間が戦ってるんです。行かせてあげられませんか?》

 

 医師と技師の援護射撃に“お願いです、しれぇ!”とさらに追い打ちをかける雪風。さらにくすりと笑う声がした。

 

《いかせてやりゃあいいじゃねぇか。そういう無茶の仕方は嫌いじゃないぜ? なぁ、電?》

《私からもお願いです。雪風ちゃんを出撃させてあげてほしいのです》

「……あぁもう! 雪風!」

《はいっ!》

 

 頭を掻きながら無線に叫ぶと、すぐに張りのある返事が返ってきた。

 

「前回のような特攻じみた攻撃は許可できない。俺や電の命令を必ず遵守すること。独断での行動を余儀なくされるような事態に陥ったとしても、いたずらに自分の身を危険にさらすような無茶な攻撃をしないこと。守れるか?」

《はいっ! 必ず守ります!》

「伊波少尉、酸素魚雷のストックは?」

《十分にありますよー!》

「予備も含めて雪風に持たせるだけ持たせろ。……雪風を臨時で551水雷戦隊に組み込む。雪風は天龍の指揮下に入れ、天龍」

《わーってるよ。 世界水準軽く超えてるんだ。初めて組む相手だってしっかり押さえるさ》

「頼むぞ。装備換装が終わり次第抜錨、出撃する」

『了解!』

 

 

 551水雷戦隊の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 




物語が、動かん……!
次回こそ戦闘回、たぶん!

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
これから更新が不定期になっていくと思いますが、なにとぞ、よろしくお願いします。

それでは次回お会いしましょう。

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