艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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シリアスメインに戻ります。題名で題材はお分かりですね?

それでは、抜錨!
(誤字修正しました。内容の変更はありません)



第16話_MI・胎動

 

Anchorage of Wake-Island_

Sept.15 2082. 0518UTC. (1718WAKT.) _

 

 

 今日の忙しさは何だったんだろうと思うような激務だった。

 

「活字で目がちかちかするのです……」

 

 今日の午前中は雷、龍田と哨戒任務などで体を動かした。ここまではいいのだが、午後になって、演習組の天龍と睦月、如月が帰ってきてから執務室に顔を出してからがひどかった。

 大量に積み重なる書類を見て電はオフシフト返上で「手伝うのです!」と言ってしまったのだ。どうやらコンピュータのメンテナンスの最中で電子処理ができないらしい。それで手作業ですべての書類の確認をする必要があるらしい。電の仕事は航暉が目を通してサインした書類のファイリングをしただけなのだがこれだけでもかなり大変だった。それを瞬時に終えてしまうコンピュータにも、それを把握して処理している航暉にも尊敬の念を覚えてしまう。

 

 活字を見すぎたのか目がちかちかするため、すこし散歩に出てみることにしたのだが得策とは言えなかったかもしれない。さきほど少しだけ雨がぱらついた後の滑走路脇はアスファルトのにおいと雨が混じって何とも言えないにおいがしたからだ。夕焼けには少し早すぎた淡い黄色が空を包んでいた。

 

「る~んたった、るんたった、らんらーららんらん、ヘイ」

 

 適当に鼻歌を歌いつつ砂浜の方へ足を向ける。サクサクと砂を踏みしめて進んでいくと棕櫚の木の林を通って海岸線へ。これから夜に向けて海は黒に色を変えていくのだろうが、今はまだ青だ。日が落ちるにつれて色がモノクロになっていくだろう。

 

「司令官さんが着任してからもう4カ月近いんですね……なんだかもっと長くいたき気がします……」

 

 海岸線にしゃがみ込んで海水に手を付ける。珊瑚の砂は水あっという間に吸い込んでしまい、軽く湿った砂が手に触れる。すぐに寄せる波で水がやってきては消える。小さなやどかりが波の中を懸命に進んでいる。

 

「やどかりさんはどこへいくのです?」

 

 やどかりを手のひらに乗せると、驚いて殻の中に隠れてしまう。それを見て少し笑う。

 

「私みたいです……。誰かに傷つけられるんじゃないかって怯えて、怖くて……今の司令官さんのところならそんなことはないってわかってるのに、ね」

 

 手のひらの上でじっとしていたやどかりがゆっくりと顔を出す。

 

「キミは口が堅そうだから話してもよさそうなのです。私は、司令官さんが、大好きです。でも、どこか怖いのです。私が司令官さんを信じれてないのに、夢では司令官さんの妹で一緒に遊んだりしてるんですよ。ほんとはそうしたいんですかね……?」

 

 少し笑ってやどかりをゆっくりと砂浜に下ろした。やどかりはまた海岸線に沿うように歩き出す。それを眺めて少し陰のある笑みを浮かべる電はぽつりと口を開く。

 

「……おかしいですね。私は何をしたいんでしょう……?」

 

 水上用自立駆動兵装(IDrive-AWS)――――艦娘は人に非ず。兵器の延長にして寵愛の対象ではない、いわば拳銃と同じだ。自分は弾で、その引き金を司令官が引く。そういう関係でいいはずだ。なのに、どこかそれに否という。

 

「……不良品、ですか」

 

 航暉が着任する前言われつづけた記憶が頭をあげる。撃つことをためらう不良品、今度は誰かから兵器以上に扱うことを求めるというのか。なんて傲慢な。

 

 相談しても一笑に付されるのだろう。天龍や航暉なら怒るかもしれない。そんなこと考えるなとか言いそうだ。

 

「……っ」

 

 電は首を振って考えを追い払う。どうも一人でいるとだめだ。思考回路がマイナスの方向にばかり振り切れる。こんなことをやどかり相手にも話すんじゃなかった。八つ当たり的に少し後悔した。そういえばあのやどかりはどこにいったんだろう?

 

 そんなこを考えつつ海岸線にそって視線を走らせる。珊瑚の砂に紛れたのかやどかりはいなくなっていた。

 

「……?」

 

 何かが光った気がした。海岸線から少し海に入ったところだ。波の反射とは違う気がした。気になって足をむけてみる。少し距離があったが、すぐ帰る理由もないので確かめることにした。ゆっくり進むがそれが“何か”わかった途端、息をのんで走りだす。

 

「だ、大丈夫なのです!?」

 

 人だった。電には見覚えがないがおそらく艦娘。身体についた艤装の一部もそうだがこの絶海の島に流れ着く人間なんて艦娘ぐらいしか見当たらない。血が黒く乾いて服に、顔に、髪に張り付いている。体は冷えているがよく見ると胸が上下している。生きているのだ。ゆすってみるが反応は返ってこない。

 

「大丈夫ですか! 目を開けてください!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

551TSq Commander Room / Anchorage of Wake-Island_

Sept.15 2082. 0528UTC. (1728WAKT.) _

 

 

《司令官さんっ!》

 

 半分泣き声のような叫びが無線に乗ったのを聞き、航暉は慌てて無線を開く。

 

「どうした?」

《人がっ、人が倒れてて、目を開けなくてっ!》

 

 人? 航暉は一瞬戸惑う。電は外に散歩に出ていたはずだ。ここは見知らぬ人はいないほど小さな島で、名前ではなく「人」と言ってきた。

 

「電、落ち着け。今どこにいる?」

《島の北東の海岸沿い! B滑走路脇の棕櫚林を超えたところです。血まみれで、息はしてるのに目を開けないのですっ!》

「わかった、電。すぐにいく。お前はそこから動くなよ」

 

 館内放送のスイッチを叩き込む。

 

「コンディション・イェロー、イェロー、イェロー。状況、カテゴリー6パターン2。急病人発生。六波羅医務長と天龍はすぐに正面玄関に集合せよ」

 

 そういって航暉も階段を駆け下りる。二階の廊下で天龍とかちあった。

 

「おい! 急病人ってどういうことだ!?」

「電が外海側の海岸でだれか見つけたらしい。電がパニックになってて詳しい状況はわからん」

 

 一階の玄関ホールに駆け込むと玄関脇の警備室から簡易担架を引っ張り出す。階段から白衣を着た女性が下りてくる。

 

「急病人とは穏やかじゃないわね」

「少なくとも発見者の電がパニックで状況がまるで分らん程度には非常事態だ。Bランウェイ脇の棕櫚林を超えた海岸が現場らしい。急ぐぞ」

 

 三人で海岸に続く道を駆け下りると遠くに白いセーラーを認める。

 

「電!」

 

 真っ先についたのは天龍だ。涙で顔をくしゃくしゃにした電が顔を上げる。

 

「天龍さん……この人助かりますよね!?」

 

 いくつものアザや切り傷。傷がないところを探すほうが難しいほどのありさまだった。白いワンピースのような服だがボロボロで服の形をかろうじてとどめているに過ぎない。頭に乗せられた水上電探を模したユニットもほとんどへしゃげて何が何だかわからないような状態だ。

 

「嬢ちゃん大丈夫か?」

「あまり揺らさないで! 頭部挫傷の可能性がある!」

 

 珍しく夏海が叫んだ。それにびくりと手をのける天龍と電。夏海は素早くバイタルを確認すると航暉の方を振り向いた。

 

「外傷の方は深くないとは思うけど、衰弱が激しいし、脳がどうなってるかわからないから何とも言えないわね。中佐、足を持ってもらえます?」

 

 航暉が担架を広げ傷ついた少女の足を持つ。

 

「いちにのさんっ!」

 

 担架に乗せた少女をゆっくりと持ち上げ運んでいく。涙で不安定な声が響いた。

 

「六波羅さん、よくなりますよね……?」

「保証はできないけど、死なせなんてしないわよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Headquarters of the U.N. Navy Western Pacific 1st Force / Yokosuka Admiralty Port_

Sept.15 2082. 0542UTC. (1442JST.) _

 

 

「提督、どうされました?」

「……いや、何でもないよ。すまないな古鷹。お前にまで気を使われるようじゃ、私も老けたかの」

「提督の様子がわからないほど短い付き合いではないですよ?」

 

 無地のカップの中では秘書艦を務めてくれている艦娘――古鷹が入れてくれた珈琲が揺れている。オールドクロップの豆を挽いて淹れてくれた珈琲は豊かな苦みを持ち、彼の舌をくすぐって喉を落ちていく。

 国連海軍極東方面隊総司令部、その傘下に収まる西部太平洋艦隊司令部が収まる横須賀鎮守府、重厚なレンガ造りの司令部棟の一室――――“西部太平洋艦隊第一作戦群司令部”の看板がかかった部屋で、中路章人海軍中将は苦笑いに似た表情で溜息をついた。マホガニー材のテーブルには几帳面に書類が置かれ、木製軸の万年筆が革のペントレーに乗せられていた。

 

「……やっぱり気になりますか? 霧島さんたちのこと」

「岩城の腰抜けのことだから酷い現場に押し出されることはないとは思うがそれでも気になるもんは気になる。あの手の指揮官は危うくなると平気で部下を切り捨てるからな。榛名も霧島もそう簡単に折れるようなタマではないと思うがの」

 

 中路はそういってカップを傾ける。横の窓からは埠頭が見渡せ、補給船を護衛してきた艦娘たちが帰港するのが見える。目じりの皺が目立つようになったと愚痴っていた彼がコーヒーカップに目を落とした。

 

「……古鷹」

「はい」

 

 中路の目がすっと冷えた。この目の色を古鷹は知っていた。中路中将がまだ大佐だったころからの長い付き合いだ。何度かこの目を見たことがある。中路がこの目をした後はたいてい戦禍の中に飛び込むことになるのを古鷹は知っていた。

 

「私の権限をもってしても知り得ない作戦内容、522戦隊第二小隊、榛名・霧島の急な出向要請、四日前に出港したっきり姿の見えない一航戦。完全なスタンドアロンで稼働中のグアム第一作戦群の戦術コンピュータ。……どう見る?」

「……急進派の大規模反攻作戦。ですか?」

 

 中路は答えない。ソーサーに戻されたカップにはまだ半分ほどの珈琲が残っていた。腕を組んで外を見据えて、中路は黙り込んだ。

 軍上層部はいまだに派閥争いが絶えない。日本海軍時代から続く血の繋がりを重視する軍閥の覇権争いはもちろん、この戦争に対するスタンスの違いによっても派閥が分かれていく。

 早急な根本的解決のために早急に敵を排除すべしとする急進派、シーレーン防衛に専念することで経済回復を最優先とすべしと主張する復興派、領土防衛の原点に立ち返り、迫りくる脅威に対してのみ反抗すべしとする穏健派。――――中路は穏健派の将校ととして今の地位に立っている。穏健派ながら攻勢の部隊である西部太平洋第一作戦群の総司令官として軍服を纏う男だ。

 

「……もしかしたら、もうパンドラの箱が開いたのかもしれんな」

 

 つぶやくようにそういった中路を古鷹はまじまじと見つめた。その時、ドアがノックされる。

 

「あいてるよ」

「高峰春斗少佐、入室いたします」

 

 真っ白な第二種軍服を着た高峰とその相棒、重巡青葉が並んだ。左手に封筒を抱えた高峰が踵を鳴らし敬礼をする。椅子に座ったまま答礼を返した中路が柔和に笑った。

 

「……君が電信を使わずここに直接来たということは、アタリ、かな?」

「はい、とても残念ながら、アタリです」

 

 デスクの前まで歩いてきた高峰から書類封筒を受け取る。中身の書類を開けて表紙を一瞥して高峰を見上げた。

 

「これだけか?」

「まさか」

 

 首の後ろからコードを引き出した高峰がそれを中路に渡す。中路がそれを自分のうなじに差し込むと、すぐに引き抜いた。

 

「……さすが黒烏の一角ということか」

「お褒めにあずかり恐縮です、中将」

 

 高峰にコードを返しつつ中路が溜息をついた。

 

「古鷹」

「はい」

「保険を打っておく。呉の597に直通ラインをつなげ。最悪の場合うちも出張る。522と524、528にスタンバイ。524には対空戦を想定して三式弾を積載するよう伝えろ」

「了解しました」

「高峰君、ご苦労だったと言いたいところだが、おそらく君の協力が必要になる。しばらく付き合ってくれるか?」

「喜んで」

 

 珈琲を煽った中路が立ち上がる。コートかけから制帽をとると左脇に抱えた。

 

「珈琲、うまくなったな」

「ありがとうございます! これで金剛さんには負けません!」

「分かり合えるといいがな。……高峰君、行くぞ。青葉君も来たまえ」

「はい、中将」

「青葉、ご一緒いたしますっ」

 

 中路は机の上の書類を一瞥し席を去る。

 

「すまないが、古鷹。それしまっておいてくれ。カテゴリー2、815だ」

「はい、やっておきます」

 

 赤じゅうたんの敷かれた廊下を進む中路は小さくつぶやいた。

 

「利口にはなったが、どうも最近鼻が利かなくなった。歳は取りたくないものだな」

「……そうでしょうか?」

「歳をとると口と自尊心ばかりが成長する。懐刀を抜く前に治めるのが最善なんだが、完全に出遅れたよ。金剛に叱られてしまうな……もう彼を巻き込まなければ解決できそうにない」

「しかし、間に合わせるのでしょう?」

 

 当然だと答えて、中路は制帽をかぶった。左腰に吊った短剣が揺れる。正面玄関を抜けると強烈な日差しが彼の目元に影を作る。わずかだが口角を持ち上げた。

 

 

 

 

「ネオ・MI作戦……史実の焼き直しにならないことを願うしかないな」

 

 

 

 

 




やりたいことを書き始めたらまさかのMI作戦です。収拾つくのか作者も心配です。暖かな目で見守ってくれると助かります。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは次回、お会いしましょう。

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