艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

17 / 159
難産だった今回、日常回書きたいのに苦手というジレンマ、何とかしたい今日この頃

それでも、抜錨!

(誤字修正しました。内容は変更なしです。)


第15話_台風・怪談

 

 目の前には大量の砂と麻袋。珊瑚由来の白い砂を麻袋に詰めて口を閉じられたそれを、艤装を付けた艦娘たちが建物の入り口に積み上げていく。小さな子どもが大きな土嚢を軽々と運んでいく図はなかなかシュールだ。窓の外には黒い雲が延々と垂れこめていた。

 

「台風とかいやになるわ……」

 

 土嚢を積んで額の汗をぬぐった如月が憂鬱そうに空を見上げた。横で笑うのは睦月だ。

「でもどこかドキドキする気がするかにゃー?」

「あ、いたいた! そっち終わった?」

「あ、雷ちゃん、終わったのですよー!」

 

 雷は艤装を揺らしてかけてくると睦月たちの積んだ土嚢をぺちぺちと叩いて次確認すると頷いた。

 

「いい感じね。防水防壁あげるわよ」

 

 土嚢のすぐ後ろの床が動いて、腰の高さ程度までせりあがった。この裏口が最後の開口部だったらしく、これが終わると雷が大きく伸びをした。

 

「艤装のキャニスターはもう食堂に上げてあるわ。こんな狭いところで艤装付けて動き回るの気を遣うし、さっさとおろしましょ?」

「今回は大丈夫かにゃぁ」

「前の時は1階がずぶ濡れになったわよね……」

「泥の掻き出しとかしたくないからそうならないように祈るわよ」

 

 そういっていると窓ガラスにぽつりと一つ雨粒が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ウェーク島は海没した死火山に珊瑚礁が積み上げられてできた島である。

高低差はほとんどなく横から見ても平坦な地形だ。標高は最大でも3メートルほどだ。重要な設備はコンクリートの基礎でかさ上げしてなんとか海没を防いでいる形である。そこに台風などの高波が来たら島中が水浸しになってしまうような平べったい島である。

 

 ウェーク島基地の司令部棟をはじめとした建物は1階が地面から1メートルほどかさ上げされたレベルにあるが、大型の台風が来ると少し心もとない。入口には床下格納式の隔壁を設置したり、地下の作戦指揮所をはじめとした重要区画は水密扉で防護したりするなどさまざまな防衛策をとってなんとかしている。居住区が2階以上に設置されているのもその対策の一環だ。

 

「雨がひどくなってきましたねぇ……」

「今回は雨台風みたいねぇ……」

 

 食堂から外を見て睦月がつぶやいた。時間は夜中に入り、通常業務を終えた午後7時半である。

 

「高潮・波浪警報が出てるし、この状況で出撃せよとか来ないことを願うよ」

 

 そういって笑ったのは航暉だ。食堂に紙の書類を持ち込んでサインを続けている。執務室での作業をしていたのだがある暁型ネームシップから半分涙目でさそわれて食堂で全員集合と相成ったのである。

 

「でもこういうのもいいわよねー」

「……龍田は何やってんだ」

 

 窓際の席で一人薙刀の刃を研ぐ龍田に冷や汗を流しながら声をかけるのは天龍だ。書類のサインの音にまぎれて砥石と刃がすれる音が聞こえる。

 

「いつ何が来るかわからないでしょう? 常在戦場の心よ~?」

「だからっていまわざわざ研ぐ必要があるとは思えないわよ……」

 

 航暉の影に隠れるようにしてそういうのは暁だ。柔らかい笑みで彼女の背中をさする雷。普段なら“レディにそんなことしないでよ!”とかいいそうな暁だがそんな余裕はないようだ。

 

「龍田さん、姉さんが怯えてるからすこしやめてくれるかい?」

「ひ、響っ! 私は怯えてなんか……」

「そんなに震えて言っても説得力がないのです」

 

 書類をとんとんと整えた電にとどめをさされた暁が撃沈する。それを見た龍田がくすくすと笑って薙刀を壁に立てかけた。

 

「まぁ、そうねぇ……少しお話でもしましょうか~。司令官も仕事終わったんでしょう?」

「まぁ、今日のノルマは完了だ」

 

 それを聞いた龍田が航暉の目の前に座る。手招きをされた周りの艦娘も集まってくる。

 

「六波羅医務長長とかも呼ばなくていいのです……?」

「声はかけたが伊波少尉は寝てるし、六波羅医務長は忙しいんだと」

 

 天龍がそういって席に腰掛ける。龍田が柏手一つ打って注目を集める。

 

「それでは、第一回納涼怖い話大会はじめまーす」

「ぴゃっ!?」

 

 背筋を震わせる暁がとっさに航暉の腕をつかんだ。

 

「……今する必要あんのか?」

「あらぁ、天龍ちゃんは怖いのかしらぁ?」

「ば、馬鹿なこと言うなし! いいだろう、始めようじゃないか」

 

 暁がじっと航暉の方を見上げる。半分涙目でじっと見上げる。(怖がってなんてないけど、お願いだから止めて!)という心の声を聴く。

 

「司令官はもちろんやるわよねぇ?」

 

 龍田が航暉の方を見て笑う。そのあと視線がすっと横にずらされ、研ぎたての薙刀を見つめる龍田。視線を落とすと袖に縋り付くようにして潤んだ瞳を向ける暁。

 

「……まぁ、少しぐらいなら付き合おうじゃないか」

「話が分かる司令官で助かるわぁ♪」

 

 心なしかきらきらと輝く龍田に世界の終わりを見たような暁。……龍田や天龍が暁をいじる意味が少しわかった気がする航暉だった。

 

「睦月、怖い話とか苦手ですぅ……」

「あら、私は好きよ?」

 

 如月がニコニコしながら周りを見回す。

 

「だれからいきます?」

「じゃあ、私から行こう」

 

 意外にも真っ先に口を開いたのは響だ。一度目を閉じてからそっと目を開き、机の上で手を組んで軽く笑った。

 

「ソ連にいたころに聞いた話なんだ。シベリアではまともに農業もできない地域も多いし、物流も不便だった。そんなところに暮らしてたある家族はどこか外国に移った親戚から送られてくる物資で何とか暮らしていたらしい」

 

 響が思わせぶりにそう話す。暁以下特Ⅲ型駆逐艦娘姉妹は次女の声に取り付かれたかのように聞き入る。

 

「いつも小麦粉や新しい薬品、新開発の食品などが説明や手紙といっしょに送られてくるんだ。でもある時、その物資が突然来なくなったんだそうだ。そして彼らも限界に近づいていた。ここでも支援物資がなくなったら生きていけないのはみんなもわかってるだろう?そういうことさ」

「シベリアは陸の孤島になるからなぁ。飛行機で上から見ても針葉樹林しか見えないからねなかなかハードな場所だ」

 

 航暉の言葉に頷いて、響が続ける。

 

「それでも彼らが死に絶える前にはちゃんと物資が届いたんだ。久しぶりに待ちに待った物資は箱にいくつかのブリキの缶が入っていて乾パンとか干し肉とかのラベルが貼ってあったんだ。でも1つだけラベルの剥げてしまった大きめの缶が入ってて、開けてみるその中には白い粉が入ってたんだという。中身が何かわからなかったんだけど、彼らはそれを新しいインスタント食品だと思って、お湯に入れて喜んで食べたそうだ。そのインスタント食品とか乾パンのおかげで飢えをしのげたんだ」

 

 これで終わればめでたしめでたしなんだけどね。と言って響は溜息をついた。

 

「その数週間後、手紙が届いたんだ。その内容は物資が 滞った事情とお詫びだった。でも向こうにも理由があったんだ。祖母が天に召されたことを涙でにじんだインクで書かれていたらしい。最後にはこう書かれていたんだ……『同封した祖母の遺骨を郷土の土に埋葬してくれてありがとう。これで祖母も安らかに眠れるでしょう』」

「……」

 

 暁が小規模地震を起こそうとしているかのようにがたがたと震えている。泣いていないのが不思議なほどの怯えっぷりだ。それを見た響が一瞬だけ目を輝かせた。

 

「そうだ司令官、すこしおなかがすいたんだけど、なにか食べるものでもないかい?」

「すぐできるものはないが……缶飯でも開けるか?」

「ダメ! 絶ッ対ダメ!」

 

 暁がものすごい勢いで首を横に振った。

 

「なんならインスタントのコーンスープにでもするか?」

 

 天龍が笑いをこらえるようにしてそういうとものすごい勢いで首を振る。もちろん方向は横だ。

 

「なら響ちゃんは次誰の話を聞きたいかなぁ?」

「そうだね……司令官、お願いできるかい?」

 

「……そうだな。江田島にいたころの話をしようか。あそこは第二次世界大戦以前からの軍学校だ。昔から若くて無鉄砲な若者が集団で暮らしてた場所だし、空襲にもさらされた場所だ」

 

 そういって話出した航暉におろおろとしだす暁。私は誰を頼ればいいのだ?

 

国連海軍大学広島校(UNNStaC-Hiroshima)に入学してわりとすぐのころ……そうだな、6月だったかな。同じ部屋だった先輩が銀蠅に出たんだ。まぁ、いつものことだから俺は見て見ぬふりをしてたんだが割とすぐに真っ青になって帰ってきたんだ」

 

 暁は雷の影に居場所を見出したらしい。その背中をさすりながらもどこか目を泳がせる雷。

 

「先輩はガクガクと震えながら『月刀、お前この基地の中で赤いスカートの子どもを見たことがあるか?』って言ってきた。その時は長良や酒匂がいたし、呉には空母艦娘たちが沢山いる。赤いスカートの艦娘なんて結構いる。だから俺は『見たことありますけど、どうしたんです?』と聞き返した」

 

 その時電気がちかちかと瞬いた。航暉はそれを見て不機嫌そうに眉をしかめた。

 

「……こういう話をすると“寄って来る”とも言うし、どうする? ここまでにしようか?」

 

 震えに震えていた暁が首を縦に振りかけてぴたりと動きを止めた。

 

「そこまで話しといてやめるのはないだろ。続行だ続行」

 

 天龍が身を乗り出した。その横では睦月が如月の手をぎゅっと握りこんでいる。

 

「じゃあ、続けるぞ。先輩が言うには、赤いワンピース姿の女の子で歳はおそらく1桁だっていうんだ。そんな子どもが軍学校にはいれるはずがないし、駆逐艦娘でもそんな子はいないはずだ。その時は見間違いかなにかだろうと思って聞き流してたんだ。……でも、その日からぽつぽつと目撃情報が出てきた」

 

 生唾を飲む音が響く。

 

「先輩だけじゃなくて同輩も目撃したっていうんだ。尾ひれがついて最終的には化け物に食い殺されそうになったとかいうところまで発展したんだが、まぁ信憑性はないな。場所はたいてい剣道場の裏……食堂に銀蠅に行く定番コースだった。それもあって教官たちには知られてなくて、だからこそ与太話で済んでたんだ。だが、教官にも目撃者が出てきて大騒動になってきた」

「それって何人ぐらい見てたのです……?」

「正確な数はわからないが見たことあるという証言だけでざっと20人はいる」

 

 まぁ、自己申告制だからあいまいだけどな、というと龍田がにんまりと笑った。

 

「それで、月刀中佐はみやたのかしらー?」

「……スパイだとかいろいろ憶測が飛び交って宿舎に教官が見張りに立ってね、銀蠅はおろか、トイレに行くのも見咎められるようになった。それはそれは窮屈で……犯人捕まえて教官に突き出せば解決するんじゃねぇか?ってことになって有志数人で道場裏に行った。そしたら……いたよ」

 

 息をするのも恐れているのかといった感じで皆が黙り込んでしまう。

 

「確かに赤いワンピースだった。真紅と言っていいな。まるで血染めのような赤だった。髪はおかっぱ、日本人形みたいに白い肌だった。こっちを見てね、表情一つ崩さずに見つめてくるんだ。生きた心地がしなかったよ。有志の一人がそれを見てね『あいつ、人間じゃねぇな』って言ってゆっくり前に歩き出したときには肝が冷えたよ」

「えっ?」

「そいつは女の子の元まで歩いていくとそっと女の子に触れたとたんに、女の子の姿が掻き消えた……それ以来、その女の子の姿は見ていない」

「……」

「でもね、その女の子がなんだったのかわかったんだ」

 

 聞きたいかい?軽くわらってみせると青い顔をしながらも頷く駆逐艦娘たち。

 

「女の子に触れたあいつが言うには夏本という男を探していたらしい。その妹らしいんだが、国連海軍大学広島校の所属員名簿を見ても合致しそうな人はいなかった」

 

「じゃあ……」

「一つだけ、ヒットしたんだ。太平洋戦争の最中に江田島で水兵が一人死んでいる。名前は夏本洋一、訓練中の事故ってことになっているが……上官から暴行を受けて死亡したらしい。彼に妹がいたかは定かじゃないが、常に小さな紙で作った人形を身に着けていたそうだ。お守り代わりにね」

「あ、もしかして……」

「今でも持ち主を探してるんだろうよ、“彼女”は。太平洋戦争が終わってからずっと、ずっとね」

 

 話は終わりだと言って笑う。

 

「……案外、怖くなかったじゃないか、な、なぁ龍田?」

「そうね~、天龍ちゃんはなぜか汗だくだけど気のせいね~?」

「でもその女の子に触れた人、勇気があるのです」

 

 電がそういうと航暉が笑う。

 

「じつはみんなも知ってる人だよ?」

「え?」

「前に査察で来た高峰少佐だ、そいつ」

 

 航暉が面白そうに笑う。

 

「あいつはお寺の出身でね、そういうのが『視える』体質らしい。……高峰のあだ名知ってるっけ?」

「確か……幻視、だったかしら?」

 

 雷が言うと頷く。

 

「あいつは索敵が得意でね、あれの部隊が先頭に立つと面白いように敵艦隊が見つかるんだ。見えない位置にいるはずの敵を見ているかのような指揮から”幻視”って呼ばれてるんだが……幽霊お化けに仏様、そういう幻を見るから幻視って呼び出したのが始まりだ」

 

 そういって笑うと龍田も笑う。

 

「なかなか面白い話だったわねー」

「そこまで怖くないだろ?」

「で、でも、ちょっとこわかったにゃぁ」

 

 睦月がそんなことをいうが暁は反応する元気もないらしい。

 

「あ、そうそう。……この話を聞かせた後、何人か“真っ赤なワンピースの子ども”を見たって言ってくる人がいるんだ。みんなも気を付けなよ? ひどい人だとそのあと体調崩したって人もいるし」

「え……?」

 

 天龍はじめ全員の顔色が青くなる。

 

「……皆さん何してるんですかぁ?」

 

 タイミングよく食堂に甘ったるい声が響く。振り返ると真っ赤なワンピース姿の女の子……

 

「い、いやぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああああああっ!」

 

 ウェーク島に長い叫びがこだました。

 

「な、なんで顔だしただけで叫ばれなきゃいけないんですかぁ!」

「伊波少尉が怪談のジャストタイミングで現れるもんだから、その、すまん」

 

 

 

 

 

 

「で、なんで俺がこんなことになってるわけ?」

「あ、あんなの聞かせた後なんだから責任とってよねっ!」

 

 食堂に布団が並べられ駆逐艦娘達が団子のように引っ付いてくる。航暉はあきれ顔だ。

 

「……まぁ、いいけどさ。早めに寝ろよ」

「わ、わかってるのです!」

「し、しれーかん……もっとくっついてもいい?」

「睦月、そこは私の位置だけど」

「少しぐらい譲ってくれてもいいんじゃないかにゃ……響は怖くないんでしょ?」

「それとこれとは話が別だ」

「司令官、ごめんなさいね、こんなことになっちゃって」

「いいんだけどさ、如月、君が一番べったりくっついてるんだが」

「私がお嫌い?」

「そうじゃないけどさ……」

 

 雨の音と風の音が混じる部屋の中でそんな会話が交わされる。夜が少しづつ更けていく。

 

 ちなみに次の日の朝、龍田の布団に潜り込んでいた天龍が目撃されたのは余談である。




綾波改二がレベル70、だと……!

慌ててレベリングをしてたら投降が遅くなったバカ作者はこちらです。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回から第一章ラストスパートに入ります!

それでは次回、お楽しみに!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。