艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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なんとか早めに投降です。

ちらほらと出てきた怪しい人達も正体が明らかになっていきますが、詳しいことはまたあとがきで……。

それだけでは、抜錨!


ANECDOTE033 高を括ったな

 

 

 マリーゴールドの花束を道の脇に置かれたガラスの小瓶に差す。中に溜まっていた緑色の水はグレーチングの向こうの排水溝に流した。代わりの水を水筒から移し、マリーゴールドをそこに差す。

 夏場だというのにクリリスクは少々肌寒い。夏用の第二種軍装の生地が薄めであるせいもあり、外套がなければ少し涼しすぎる。開襟のトラッドなデザインの外套はあまりにシックで、幼さが大分残る彼の姿には少々不似合だった。どうしてもコスプレチックになってしまい、彼自身は少々気にいらなかった。それでも軍の正式装備で軍装時にはこれ以外の使用が禁じられるのだから仕方がない。

 マリーゴールドの前で彼は小さく手をわせる。周囲は元からあまり人気のないところのせいか、静まり返っていた。薄いスモッグ越しの弱い太陽光と、それによって軽い陰影を残す建造中に廃棄された高層ビル群だけが彼を見ていた。合わせた手を解いて、ゆっくりと彼は目を開ける。

 

「父さんもまさか、こんなところで、死ぬなんて思ってなかったでしょ。なんなら、もっと景色の良い場所だったらよかったのにね。こんな造成途中で廃棄された高層ビル群の中なんかじゃなくてさ」

 

 背を丸めてしゃがみ込んだまま、彼は優しくそう嘯いた。そう言ってからなにを話しているのだろうとでも思ったのか、どこか自嘲気味の笑みを浮かべた。

 

「さっき那珂さんにあったよ。父さんのことを大将って言い慣れてないみたいだった。もう一年も経つのにね。それだけずっと慕われてたんだよね。ほんと……お父さんが現役の姿をもっと見ておきたかったなぁ。そうすれば、僕もこうならずに済んだのかな」

 

 ひとりで呟く声には返事はない。こんなところに花を供えるのは彼ぐらいだろう。周囲は不自然なほどに静かだ。なにかの排ガスなどが混じった匂う風が彼の髪を僅かに揺らして去っていく。

 

「海を啓開し道を拓く刃たれ。……僕はそうなれているかな、父さん」

 

 そう言い、笑う。

 

「深海棲艦を全部倒したら、母さんの仇を取ったことになるかなぁなんて思ってたけど、なんだか、最近はそう思うことはなくなってきた。……変わっちゃったかな、僕は」

 

 また来るね、と言って立ち上がる。ずっとしゃがんでいたせいか、少しくらりとした。起立性貧血かなと思いながらも軽く収まったのでゆっくりと歩き出す。

 

「変わっちゃった、か……」

 

 正一郎は足を止める。なぜか、止めなければならないと思ったからだった。

 

「ある種のものごとって、ずっと同じままのかたちであるべきなんだよ。大きなガラスケースの中に入れて、そのまま手つかずに保っておけたらいちばんいい。……本当にそうなのかな、父さん」

 

 そう問いかける目は虚空を彷徨い、軽く空を見上げた。クリリスク市の町並みは夏が近いというのにどこか寒々しい。

 

「饐えた匂いをまき散らす薄汚い偽善に塗れ、インチキを口にすることが大人になるということならば、大人になんてならなくていい。嘘つきにはなりたくないと思ってた」

 

 風が吹き抜ける。背中側から吹いた風は伸びた前髪を揺らして吹き抜ける。目を閉じる。

 

「僕は耳と目を閉じ、口を噤んだ人間になろうと考えた。そうすることでのみ、僕はぼく足り得た。それが僕の役割だというのなら。そんな僕は不良品らしい」

 

 風が凪いだ。

 

 

 

 

 

「―――――そう、高を括ったな」

 

 銃声、一発。煽られたように帽子が飛んだ。

 

 

 

 

 

 軽い衝撃の後、大分遅れて聞こえた。2秒ほどだろうか。そう考えてゆっくりと目を開けた。

 

「……無事ですか、司令官」

「うん、おかげさまで」

 

 背中越しに届いた声に正一郎は静かに微笑んだ。振り向かなくてもわかる。金色の長い髪が背中側から伸びている。光学迷彩を解除した阿武隈の髪が頬をくすぐった。

 

「場所はわかる?」

「司令官から見て5時方向。音から考えて……」

「800メートルぐらい先、だね? そのあたりに62階建てのビルがある。そこの屋上かその下ぐらいからの狙撃かな」

 

 阿武隈は腕につけた艤装のカタパルト部分が歪んでいるのを見て眉をしかめそうになった。

 

「50口径の対物ライフル弾、当たったら危なかったんじゃない?」

「でも、死ななかった。守護天使がついてるから」

「そんなもの見たことないよ、正一郎さん」

 

 阿武隈の背後では笑った気配。首の後ろから引き出したQRSプラグを正一郎は外套のポケットから取り出したタブレットに差し込んだ。厚めのタブレットは特殊なもの、インフォメーション・イルミネーター。周囲に展開した部下と艦娘の様子が表示される。

 

「天使でも自分を客観的に見ることはできないのかな。状況1-3。隼鷹はカ号による上空警戒を続行。五月雨、扶桑はポイントD-23Eへ。時津風はAdvanced-LRAD起動して待機、雪風は時津風のフォローに回って。阿武隈は僕の護衛を」

『了解』

 

 飛んだ帽子を拾い、軽く泥をはたいて被り直した。目の色を隠すように目深に直しながら、もう一度口を開いた。

 

「オペレーション・グロリアーナを開始。秘密警察の長(ウォルシンガム)の猟犬を駆り出します」

 

 狩猟場の主が、切り替わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そんな、光学迷彩!?」

「ハートショット、エイム!……何やってんのさ松姉!」

 

 緑色に光る髪を揺らして横を見ると、すでに松は照準器から目を離していた。彼女は対物ライフルの二脚を畳み、既にスリングでそれを担いでいた。

 

「だめ、もう気づかれました。ここからでは撃てません。プランKを破棄、KKに移ります」

 

 廃棄されたビルのおそらく62階。おそらくというのは床も壁も張られていないため正確な階がわからないためだが……そのフロアの鉄骨を渡るようにして反対側に向かう。頭上の梁に結んだロープを蹴り落とす。腰のハーネスのカラビナにロープを掛ける。

 

「光学迷彩を張った護衛ってことは、こっちが撃つことを待ってたのかね?」

「おそらくはそうでしょう。すぐに追っ手が掛かりますよ。とりあえずは急いで離脱します。桃を呼んでおきましょう。接近戦では分が悪いです。それまでの防戦は期待してますよ、竹」

「あいよ。まさか予備で持ってきていたあたしの艤装を使うとは思ってなかったけど、しゃぁなしか」

 

 そう言って竹はスモッグで煙る空へと体を躍らせた。ロープの摩擦で自然にブレーキがかかり、宙に浮いた体をビルの方へと引き戻す。竹はビルの鉄骨を蹴り、体を加速させた。そのまま垂直のビルの壁を駆け下りていく。ワンテンポ遅れて隣の鉄骨を、ライフル背負った松が走ってくる。

 

「既に一分か、外周くらいは囲まれててもおかしくないかねぇ。――――松姉! こっちも迷彩使うから驚かんでよ!」

「了解しました」

 

 大きく鉄骨を蹴ると同時、竹の姿が掻き消えた。視界の端に光学迷彩使用中のアイコンを確認しながら、くすんだガラス張りの外壁を再び蹴り前へ。大体ビルの半分を超えた。電気の灯ることのないビルの会議室を足元に竹はそのまま走り下る。竹専用にチューンされた特殊装備の大鎌を右手に持ち、強く前に飛んだ。

 

「狙われてる! 減速して!」

「え、嘘ぉぉぉおおお!?」

 

 何の前触れもなく足元のガラスが吹き飛んだ。細かいガラスの破片が光学迷彩の輪郭をぶれさせた。纏った衣服に細かい傷がつき、屈折率が変わる。光学迷彩の再調整がオートメーションで開始される。再構成まで後12秒。

 

「いっつぅ……! こっちが光学迷彩を使ってくることは想定済みってか!?」

 

 竹は吹き飛んで現れた柱を再び蹴る。足場にしていた窓ガラスは跡形もなく吹き飛んでいた。ライフルや機関銃で撃ったらこんな均一には割れるはずがない。爆薬で吹き飛ばしたにしては爆炎も煙もなかった。それでも窓が一気に割れた。

 

発展型長距離音響装置(Advanced-LRAD)ナトリウム反応式メーザー砲(MNB)ってところかね! 向こうも用意周到だことで!」

 

 頭上でもう一度窓ガラスが割れた。やはり爆薬の音や銃声はしない、音波で叩き割ったのだろう。今度はそのガラスの細かい破片が降ってくる。降ってくるガラスから逃げようと速度を上げれば地面に激突する。いくら義体とはいえその衝撃は殺しきれない。壁を蹴って進んでいては降ってくるガラスを避けることはできない。このままガラス片を受けるしかない。背負った艤装にガラスが当たる音がする。光学迷彩の再構成までの時間がまた伸びる。

 

「松姉! 無事!?」

「こっちが義体じゃなかったらどうする気なんでしょうねこれ。ガラス塗れで病院直行ですよこれ」

「義体じゃなきゃこのビルの壁を走って降りるなんてしないって踏んでるんじゃない?」

「……それもそうですね」

 

 落ち着いた声が返ってくることに安堵しながら竹は減速をかけた。カラビナに手をかけロープから離れると同時、大きく壁を蹴った。光学迷彩を解除、もう光学迷彩頼りで逃げるには状況が悪すぎる。

 ズン、と鈍い音がして地面が陥没する。それを無視するようにして運動エネルギーを前に飛ばす。そのまま大鎌を振りかぶった。その先にいる小ぶりな影が地面に転がるようにしてその凶刃を避ける。そして宙に残った六角形の板がついた機械を真っ二つに切り裂いた。

 

「わわわっ!」

 

 きれいに前転をするように避けた影が目の端を過る。速度差のせいで良く見えなかったが、義体の目にはそれがなんであるかが瞬間的に表示される。軍用義体、登録コードDD-KG10、パーソナルネーム、“時津風”。

 

「やれやれ。なんでここに526水雷戦隊の奴がいるんだか」

 

 そう思いながらも地面を削るようにして勢いを殺す。逆袈裟に振り抜けるように刃筋を整えた。

 

「むー。すぐに戦隊ナンバーが出てくるあたりは同業者かー、同士討ちみたいですごく嫌―」

「だったら、ここで見なかったフリしてくれないワンちゃん? 音響兵器なんて面倒なの相手にしたくないしさ」

「もー、犬耳じゃないよこれー」

 

 時津風はやれやれといった雰囲気で髪をいじって笑った

 

「まー、Advanced-lRADも壊されちゃったから使えないしねー残念残念。……大鎌かぁ、当たったら痛そうだなー、やだなー」

 

 そう言いながらも毛先だけ白い髪を揺らして小柄な少女が笑う。竹は笑い返して一気に踏み込んだ。時津風はそのままバックステップ。距離を保とうとしているのだろうが、竹の方が早い。その耳に無線が届いた。

 

『竹、深追いは必要ない。桃が来るまで適当に時間を稼いで』

 

 わかってるの意味を込めて無線をオンオフ。大鎌を振り上げ、頭上で回す。そのまま石突を時津風の方に突きだした。首を傾げるようにしてそれ躱した時津風はタックルをしかけるように頭から竹に突っ込んだ。その時のあまりの衝撃に一瞬竹の息が詰まる。

 

(……改造スタンガンかなんか仕込んでるんかい!)

 

 横薙ぎに大鎌を振るう。

 

「きゃうん!」

 

 刃ではなく持ち手の部分で強打された時津風が横っ飛びに吹っ飛ぶ。それでも彼女は空中で体勢を整えて、まるで犬の様に四つん這いになってきれいに止まった。そして彼女が笑っているのに気が付く。直後アラート。反射的に横に飛んだ。その刹那に衝撃波が耳の横を駆けた。

 

「砲撃!?」

「誰だかはわかりませんが、国連海軍士官暗殺未遂容疑で拘束しますっ!」

 

 視線を送れば、ビルの影から時津風と似たような恰好をした少女が出てくる。DD-KG08、雪風だろうと予想をつける。データベースへの接続ができない。広域ジャミングがかけられている。……明らかにおかしい。まだ2分程度しか経っていないはずだ。それにしては手際がよすぎる。ここまで迅速に対応してくるとなると。

 

「戦況を俯瞰する司令塔がいる部隊、ね。……チッ! シャドウ2! シャドウ2?」

 

 無線に問いかけるとノイズがクリアになった。届いたのは松の声ではなく、明らかな男性の声だった。

 

『イングランド王国女王、エリザベス一世を暗殺しようとしたとしてスコットランド女王メアリー・スチュアートは斬首刑に処されたいう話はご存知かな?』

「……おたく、どちら様?」

 

 無線の奥からは上機嫌そうな含み笑いが届く。雪風や時津風が動きを止めて静観している。彼女らに指揮を与えている司令塔か。

 

『せっかちなのは嫌われますよ。少し余裕を持った方がいい、お嬢さん(フロイライン)

 

 そういう声はどこか柔らかい口調だがその裏にある感情が読めない。この男は何者だ?

 

『慈悲深きエリザベス女王(グロリアーナ)はその執行命令書にサインすることを渋ったとされています。それにサインをさせたのがフランシス・ウォルシンガムという部下だそうですよ。優秀で、悪魔のような風貌のスパイマスターだったそうです。ウォルシンガムはメアリー・スチュアートがエリザベス女王暗殺を企てた決定的な証拠となる手紙を提出した。これを受けて渋々、エリザベス女王はメアリー・スチュアートを処刑台に送った。だがその手紙は偽書だったというのが近年の定説です。いないほうが良いというだけで偽証を元に未だ灰色の人物を黒として潰した。そんなウォルシンガムをエリザベス女王は嫌悪していたそうだよ。悪党として、偏狭なピューリタンとして罵った』

「確か、罵るだけ罵ってもソレを使い続けるしかない女王だったかな? 所詮その程度の女王サマだったって話でしょ。バチカンから命を狙われ続けたのを守ってたのに恩義を感じなかった薄情な、さ」

『おや、学がない訳ではなさそうですねフロイライン。いろいろ語らうのも楽しそうです』

「そりゃどーも。悪いけど生憎妹分からの受け売りなんでね。ティーパーティなんて窮屈でたまらない粗野な阿婆擦れさ」

『外部記憶装置に頼らずにそこまで言えるだけでも十分に学があるといえるでしょう。頭のよい人はそれだけで好ましい。そんな人物がこんな簡単な欺瞞作戦に引っかかってしまったのが残念でなりません』

 

 そういう声をたどりながら竹は必死に記憶を手繰った。この声はどこかで聞いたことがある。どこだ、どこで聞いた。そう思いながら視界の端を何かが横切ったことを知る。

 

(カ号観測機……? あの機番は……隼鷹か)

 

 そこまできて思い至った。表向きに対人・対サイボーグ戦闘の技術を培い、艦娘が配備されうる部署がただ一つ存在する。

 

「えーっと特調九課課長、永野誠大佐だったけ? てーことは特務戦隊(SIDESq)かぁ。あーあ、今日は厄日だわ」

 

 特設調査部の戦力が、ここに配置されていた。それなら音響兵器が配備されていたことにも納得がいく。そして同時に気が付いた。

 

「網を張られてたかぁ。どーりでアイツがこんな仕事に特殊艤装(アレ)の使用許可出した訳だ」

『フロイラインたちがどういう団体かは知りませんが、それでもおイタをした以上、落とし前はつけてもらわなきゃなりません。痛くはしないように心掛けるがさっさと投降してくれると助かります』

「言ってろ」

『そうですか。それならば精々無様に逃げ回りなさい』

 

 無線が切れた。同時に雪風たちが発砲。盛大に土煙が立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「威勢がいいのはいいですけどね、少し骨が折れそうです」

 

 そう言ってインカムを操作すると永野は視線を隣に移した。かなり低い位置に白い制帽がある。永野は中折れ帽を整えながら笑う。重めの黒い杖がカツカツと地面を打った。額などの小皺を隠したいのか、帽子を気にしながら言葉を続ける。

 

「それでどうします、合田少佐」

「どうするもなにも……戦闘になったら永野課長が指揮を引き継ぐのでは?」

「細かい調整はしますが、戦略は君に任せてみようかと思ってます。合田少佐もインフォメーション・イルミネーターが使えるみたいですし」

 

 暗い路地を歩きながらそういう永野はトレンチコートから取り出した分厚いタブレットを振る。今正一郎が左手で持っているものと同じものだ。

 

「周囲の無関係な人員の避難は完了しています。そもそもここは択捉経済特区全盛期に計画されて廃棄された見捨てられた地区ですから、いくら暴れても迷惑料は格安、LRADで人払いが継続中ですのでまともに超えてくる無関係な人員はいないでしょう。慰謝料はまず気ににしなくてよさそうです。ミスをしても廃棄されたビル一つ全壊とかで済むでしょうね」

「それを安いものとか仰りますか?」

 

 阿武隈がうわーと言いたげにそう言えば、永野が笑った。

 

「軍人の勉強料には安すぎるぐらいでしょう。……鎌持ち相手に雪風時津風のコンビは結構苦戦中ですか……」

「扶桑五月雨とポジション変えたほうが良くありませんか? これ」

 

 ですね。と永野が正一郎に同意する。

 

「五月雨への外部アクセスが検知されない以上、グラウコスとは別件でしょう。とりあえず投入しますか、五月雨が暴走したらその時はその時です」

「えげつないセーフティ突っ込んでますよね、それ」

 

 阿武隈の声に永野が鼻で笑った。

 

「ホログラムで東郷徹心大佐の映像を重ねるだけだから安いものですよ。まぁ、戦力は多いにこしたことは無いわけですし」

 

 永野がそう言って路地を曲がる。

 

「基本に忠実だが応用力もある相手です。高度に訓練されている証拠と言っていい。通信を封じても必ずスナイパーと前衛の連携が取れる位置にとどまっているところ、不測の事態に瞬間的に判断・対応をするところを見ると、こういう戦闘になれているのは明白です」

「彼女たちの義体、軍用モデルですね。型から見ると……」

「8年くらい前のモデルがベースでしょう。平菱系の全身義体が素体でしょうがかなり手が加えられています。使ってる武装は最新式――――有澤重工系列の装備がベースですが熱光学迷彩は飯田製造のTC8203式、通称“ギュゲースの指輪”ですね、現行最新モデルにあたります。新車が楽に買えるぐらいのお値段が張る装備をさらっと使ってくるあたり、潤沢な資金を持つ組織がバックにいます。それの入手と整備ができる時点で軍関係者(みうち)と考えるのが妥当ですね」

 

 そう言って永野がタブレットをタップする。

 

「場のイニシアチブを握っている鎌持ちは粗野な物言いですが知能自体は高い、シャドウ2と呼んでいるらしいスナイパーを気遣うそぶりも見せている。部下思いでお人よしな面もありそうですね。この場合は人質が有効かな」

 

 永野が横目で正一郎を見れば、彼はタブレットを覗きこんでいるところだった。

 

「スナイパーの身柄は……今、時津風が接近戦の真っ最中ですが、行けそうです。鎌持ちと分断すれば確保できそうです」

「スナイパーを降下させるのが早すぎましたね。位置を特定されてスナイプ返しされるのを避けたかったんでしょうが、こっちにとっては好都合です」

 

 暗い路地の出口が見えてきて、ステッキを左手から右手に持ち替えながら永野が続ける。ステッキにはめられた銀色のリングがカチリと音を立てた。それに違和を阿武隈は覚えたが、まるで気にしないで永野が続ける。

 

「では合田少佐、相手は潤沢な装備を得て、キロ級スナイパーを抱える戦略性の高い行動ユニットです。狙撃による奇襲が失敗して逆包囲されていることが判明した場合、どう出ると思いますか?」

「定石ならば一度撤退です」

「おそらく正解でしょう。敵は賢い。特設調査部配属士官の名前を知っている手合いです。綿密に用意を進めていることが見て取れます。……そんな手合いが撤退の手筈を用意せずに突っ込んでくる可能性は?」

「……10パーセント以下、ですか?」

 

 満足げにうなずいた永野が上機嫌に左の人差し指を挙げた。

 

「5パーセント以下でしょうね。いい線いってますよ、合田少佐」

「永野教官に認めてもらえるとは光栄です」

 

 軽くおどけてそう言う正一郎に笑い返す永野。路地から外に出れば薄汚れた霧に霞む大通りだった。大通りに出てみれば路地があることに気が付く人がいないほど狭いものだったことがわかる。同じような道が反対側にも続いていて十字路になっているのだが、気が付く人はいまい。

 

「教官とは……その呼び方の出どころは高峰君か東郷君あたりですかね。……さて」

 

 永野は歩道の縁で足を止め、右手を水平に掲げた。それに止められるように正一郎も足を止める。永野の右手の先、ステッキが煙ったスモッグの向こうを示す。

 

 

 

 

「―――――三人目です」

 

 

 

 

 大きなトレーラーが猛スピードで迫ってくる。永野のステッキから爆音が生じ、抑制された衝撃波の残滓が放出された。その衝撃波が鍔の広い中折れ帽を頭から吹き飛ばした。強烈な反動を残して飛び出した弾丸はトレーラーのバンパーに大穴を穿つ。バンパーの裏側で何かが破裂し、火花と黒煙が生じはじめた。そのトレーラーがバランスを失い横転しかけながら永野達の前を抜ける。道の反対側にあった街灯をなぎ倒し、千切れた電線が火花を散らした。

 左前輪を破壊されたトレーラーは1ブロック程先で完全にバランスを崩し横転。盛大な破砕音と共に道を封鎖するように転がった。阿武隈は正一郎の盾になろうとでも思ったのかどさくさに紛れて彼を抱きしめたままその光景を呆然と見ている。その視線の先でトレーラーが爆発。

 

「き、危険すぎやしませんか永野大佐……」

「こんなんで怖気づかれたら困りますよ、阿武隈。あれは応用の効かないオートドライブのトレーラー。こうでもしないと停車しないしヤバイやつしか乗ってませんよ。それにランフラットタイヤを装備してない相手が悪いとは思いませんか?」

「炸薬入り弾頭でランフラットタイヤごと爆砕するつもりでしたよね……」

「さて何のことやら。それよりもあの爆炎で呑気にしてるアレの方が問題でしょう」

 

 爆炎の中から小柄な影が出てくる。子どものような体型だが全身を装甲のようなもので覆っているためその顔は見えない。接近戦を想定しているらしい、獣を連想させる鋼鉄の爪と尻尾が異彩を放っていた。

 

『もー、痛いし熱いし散々だじょー。おねーちゃんたち用の装備も乗ってたのにぃ』

「そんな大事なものが乗ってるならオートドライブなんかに任せずにちゃんと手で運転するものです、お嬢ちゃん。嬢ちゃんが免許持ってるかは知りませんが」

 

 仕込みステッキを肩に担ぐようにしながら永野がへっと笑った。炎に煽られた風が彼のトレンチコートを翻させる。ゴムが焼けるような匂いの中で阿武隈が一歩前に出る。それを見て永野が笑った。

 

「これは、生身の私たちが相手だときついですかね」

「では、私の出番ですかね」

 

 道の反対側の路地から凛とした声が響いた。鉢金を巻いて橙と白を基調にした衣装が揺れる。

 

「ならお願いしましょう、神通。おイタが過ぎるお子様へのお仕置きには丁度いいでしょう」

「ふふっ。そこまで私は厳しいつもりはないんですけどね、永野教官」

 

 そう言いながら神通が左脇から脇差しを鞘ごと引き抜いた。鞘から引き抜けば、炎を鋭く照り返す刃が現れる。左手で鞘をくるりと回し、まるでもう一本の刀の様に順手で持つ。その横にもう一人影が立つ。青みを帯びた髪が揺れる

 

「まったく、クリリスクで青葉だけ下ろされたと思ったらこんなことになっちゃいますか。高峰さんも人使いが荒くて困りますねぇ」

「期待してますよ、対人戦闘は青葉さんの方が慣れているでしょうから」

「やだなぁ神通さん。青葉はこういうの嫌いなんですけど」

「でも苦手ではないんでしょう?」

「それが悲しいところです」

 

 そう言って青葉は笑みを崩さず、腰に下げていたサブマシンガンの槓桿を引いた。装甲に包まれた影の虎の尾のようなバランサーが嬉しそうに揺れる。

 

『にゅにゅにゅー、特調六課の青葉に二水戦の神通かー。一度やり合ってみたかったし、いいよ、遊んであげる!』

 

 

 

 三人が同時に動く。ガソリンが燃える派手な黒煙が狼煙の代わりとなっていた。

 

 

 

 




ということでMk-IV先生作『艦隊これくしょん―影に生きる者達―』(URL:http://novel.syosetu.org/64726/)から、松型駆逐艦『松』『竹』『桃』が参戦です。他の特戦隊の面々も追々出てくるかもしれません。
またエーデリカ先生『艦隊これくしょん~鶴の慟哭~』(URL: http://novel.syosetu.org/43550/)から永野誠大佐が追加で参戦ですね。

また深海棲艦が出てこない陸上戦です。どうなってんだこれな感じですがお付き合いいただければ幸いです。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ
次回はさらにバトルマシマシになりそうです

それでは次回お会いしましょう。

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