艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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コンスタントな投稿って難しいですね(今更感)

そして、戦闘がいつまで待っても始まらない件……。
ですが、抜錨!


ANECDOTE030 忘れるわけがないよ

 北へ向かうあきつ丸の艦橋を左手に見ながら響は海の上を進む。持ち回りで周囲警戒を行っているのだが、択捉の北北東100キロを航行している今まで平穏そのものだった。

 

「……択捉、か」

 

 無線は基本的に使用しないことになっていることもあり、その呟きは誰にも届かなかった。そして届かなくてもいいと思う。感傷的になることぐらいあるが、気づかれたくはないものだ。

 海上は夏だというのに涼しい。同じタイミングで哨戒に出た睦月と如月が黒のパーカーを羽織っていたのを見て、少し羨ましい程度には涼しい。防寒具を借りてくるんだった。そう思ってもすでに任務は開始されているのでもう戻ることもできない。

 

「やぁ、絶好の雷撃日和だね」

「Верный……縁起でもないことを言うね」

 

 響の似姿がスッと横に並んだ。本当によく似た姿の彼女はВерный――――東郷駈中佐隷下の528駆逐隊第2小隊旗艦を務めているはずだ。

 

「気になるかい? 北の海が」

 

 Верныйが並んだままそう言った。響が肩を竦める。

 

「まさか。もう克服したさ。私も北に所属したことがあるからね。……君程じゃないけど」

それはよかった(Хорошо бы услышать)

 

 Верныйはそう言って前に出ていく。

 

「……思い出すのかい。白夜の鐘(Белые ночи колокола)を」

 

 そう言葉をかければ、Верныйが振り向いた。

 

「忘れるわけがないよ。忘れたくもない。――――私はあの時司令官に救ってもらったから、忘れるなんてしたくないしね。白夜の鐘のことを、君は知ってたかな? 響」

「……深海棲艦を焼き払うために核が投入された時、前線への連絡が間に合わず、多大な犠牲を出したと記憶してるけど」

「そんな甘いものじゃないよ。アレは……そうだね、あれをあえて言葉にするなら」

 

 Верныйの唇がад(アート)……地獄という言葉を紡いだ。

 

「私達水上用自律駆動兵装の喪失はなし。その代わりに南北アメリカ方面隊と合わせてミサイル護衛艦21隻、強襲揚陸艦10隻、8千人近い死者を出した。小形の熱核爆弾でみんな焼き払われたんだ。その時の上層部は皆を切り捨てた。その結果、地獄になったんだ。人の作った地獄だったよ、あれは」

 

 Верныйが空を見上げた。夏の空が辺りを覆っていた。

 

「あの時も晴れてたんだ。陽が極端に長くてね、でもそれ以上に明るい火の玉が全てを焼き払った。それから守ってくれたのは、水上用自律駆動兵装の撤退指揮を執ったのは、今の東郷中佐―――――私の司令官だった。実のお兄さんも前線にいて、気が気ではなかったはずだよ。それでも、私達を守ってくれた」

 

 そういうВерныйの顔はどこか寂し気だった。響はその顔にどこか似た影を見る。一途な目、そこに自分の上官の秘書官を務める少女の影が被る。

 

「……好きなのかい」

「誰をだい?」

「東郷中佐のことだよ」

「……さぁ、でも楽しくはある。執務室をヒノキ風呂に改装してあげたのに喜んでくれなかったけどね」

「……ちなみに聞くけど、書類はどうしたんだい?」

「ほとんど電子化して防水のしっかりしたタブレットで確認できるようにしたし、印刷が必要なものでも耐水紙対応のプリンターで印刷しなおしたよ?」

 

 それで何とかなると思ったんだけどね、怒られた。とВерный。

 

「いや、さすがにそれは怒るだろう」

「そうかな」

「そうだよ」

 

 響はくすりと笑って追いつこうと速度を上げた。―――――直後

 

《こちらMT01、コードラズベリー、コードラズベリー》

 

 それだけで切られた通信が戦闘の幕開けを告げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 陽だまりの匂いを確かに感じた。日差しで暖まった畳が心地よく眠気を誘う。寝返りをうつとぱさりとブランケットが落ちた。あれ、いつの間にブランケットを掛けていたんだろう。

 

「起きた?」

「あれ……」

「そのままだと風邪を引くでしょ。昼寝するなら少しは気を遣いなよ」

「なのです……」

 

 珈琲の匂い。ハードローストの薄めの珈琲はあの人の好みだった。カフェインが少なく、眠る必要があるときに眠れないという事態を避けることができるらしい。そんなところを気にするのはいかにもに思えた。それをブラックでささっと飲むのがあの人の飲み方だ。

 

「飲むかい? それともミルクティーの方がいい?」

「コーヒーがいいのですー」

「オッケ、ミルクと砂糖はいつも通り?」

「なのですー。ミルク少なめの……」

「砂糖たっぷり、でしょ?」

「ですー」

 

 ブランケットを軽く畳んで立ち上がるとまだ体が目覚めてないのか、軽くふらついた。気を付けながらリビングのダイニングテーブルにつく。木の背もたれの椅子は心地よい。壁際の棚に置かれた鉢植えにはピンク色の花が咲いていた。あの人はブバルディアだと言っていたと思う。強そうな名前なのに可愛い花が咲くのが少し可笑しい。ピンク色のアスターが一輪挿しの花瓶に映える。花の色や匂いはやはりほっこりする。行儀が悪いと思いながらも、椅子に座って浮いた足を振る。少し楽しい。

 

 あの人は最初から珈琲を多めに淹れていたらしく、あまり待つことなく、暖かな珈琲がやってくる。濃いブラウンのミルク少なめ、砂糖はたっぷり、好みのものだ。豆を挽くところからやっているから香りもよい。

 

「ありがとう、なのです」

「どういたしまして。少し熱いから気を付けて」

 

 あの人はいつも通りブラック。電子新聞でも呼んでいたのか、タブレットが脇に置かれている。今は読まずにゆっくりと珈琲の匂いを楽しんでゆっくりと口に含んだ。幸せそうな顔。お父さんの影響なのか、珈琲が好きなのは昔からで、顔が緩むのを見るのは、みている方も少しうれしくなる。その顔を眺めているとあの人が気付いた。

 

「顔に何かついてる?」

「い、いえ。なんでもない、のです……」

「改まってどうしたの? なんだか顔も赤いし」

「な、何でもないのですっ!」

 

 そう言って、あれ? と思う。別に改まってもいないし、いつも通りなんだけどな。

 そう思っている間にもあの人は「そう?」と言って笑った。

 

「早く飲んだ方がいいよ。珈琲は冷める前が華だよ」

「なのです」

 

 そう言われて珈琲を口に含む。甘いような苦いような、味。淹れなれた、味。

 

 

 

――――――司令官さんに淹れるときに自分用にちょっとだけ作るときの、味。

 

 

 

「あれ……?」

「どうしたの?」

 

 あの人はカップを置いて笑う。その顔はいつも通りの笑みだった。もう何年も見てきた顔。見間違えるはずもないはずだ。それこそ小さい時から一緒だったのだから。

 

「……なんでも、ないのです」

「そう? 疲れてるならちゃんと昼寝したら? 今度はちゃんとベッドでさ」

「なのです……」

 

 あの人が珈琲を口に運ぶ。これから寝るなら珈琲じゃなくてココアにすればよかったかなぁとか思いながらもう一度珈琲をゆっくりと口に含んで。

 

 

 

 

 

―――――電は警報の音に一気に覚醒した。

 

 

 

 

 薄い毛布を蹴飛ばすようにしてベッドから飛び出す。自分用の靴に足を乱暴に突っ込み、かかとを整えながら部屋から飛び出した。夢の面影を飛ばすように首を振る。そんなことを考えている余裕はない。

 既にあきつ丸の廊下は非常灯に切り替わっていた。艦隊を代表する能力があることを示す金色の第一種旗艦技能章が赤い照明を乱反射させた。それを受けながら電は速足であきつ丸のドライデッキに向かう。

 

「よう、旗艦殿。仮眠中に悪いな」

「天龍さん……状況は?」

 

 天龍が仮眠室から出てきた。顔を合わせるのは早朝哨戒業務(モーニングウォッチ)以来だから大体3時間半ぶりだ。妙にリアルな夢を見たこともあり、どこか時間感覚が合わない。

 

「コードラズベリー、睦月が不審な推進音を捕らえた。睦月からのデータを見るに後20分もしないうちに接触するだろう。初霜と若葉が対潜装備で出撃命令。……どう出る?」

 

 状況が動きだしている。必要な情報以外のものを捨て、フラットに持っていく。今は、それが必要だ。

 

「向こう側の代表との接触が最優先です。とりあえず防戦以外の攻撃指示は出せません。撃破は最終手段になるのです。今ほかには……」

「睦月と如月、後528の第二小隊と龍鳳が出てる。今龍鳳の九七艦攻が捕捉を試みてる。対潜戦闘に備えて残りを爆装へ換装中だから、しばらくは今上がってる偵察中の九七艦攻だけだな」

「換装した機が発艦できるのはいつごろになりそうなのです?」

「ネクスト05」

 

 天龍が即答。電は時刻を確認、現在時刻1342。航空機による攻撃ができるようになるまで25分程ある。528に配属になった若葉と初霜に出撃要請ということは、あきつ丸に張り付いている響とВерныйを前線に合流させるつもりだろう。あきつ丸が敵の雷撃危険域に入る前にことを済ませるつもりか。その間に状況が動くことも考えられる。

 

「天龍さん、503水雷戦隊は対艦装備で出撃待機を」

「その心は?」

「今捕捉している潜水艦だけならば睦月ちゃんたちだけでも十分に対応できます。潜水艦の応援が来ても龍鳳さんの艦載機で何とかなりますが、水上艦が来た場合魚雷火力が不足する事態が想定されます。おそらく井矢崎少将も高峰大佐もそのような指示を出すと思いますが、即応打撃群旗艦の権限で先行待機を許可するのです。523航空戦隊にも対空戦支援を要請します」

「了解だ。本当にお前、月刀司令官に似てきたな」

「それは光栄なのです。……急いでください。既に状況は開始されているのです」

 

 そう言ってドライデッキに足を踏み入れる。広い鋼鉄の部屋の中は既に人が走り回る音と艤装用のキャニスターの稼働を示す回転灯の黄色い光で満ちていた。その灯りに照らされた天龍が敬礼。

 

「武運を祈るぜ、電。無茶するなよ」

「なのです!」

 

 電は答礼を返しつつ、天龍と別れてドライデッキの奥に作られた部屋の入り口を開けた。真っ白な部屋に白い肌を持つ少女が座っていた。その子が電を見て立ち上がる

 

「……来タネ」

「ヒメちゃん、大丈夫なのです?」

「ウン。始メヨウ。私ニハ、ヤラナイトイケナイ事ガアルカラ」

 

 そう言って頷く少女。

 

「艤装ヲ出シテモラッテイイ?」

「もちろんなのです、ヒメちゃん」

「私ハモウ北方棲姫ダヨ。深キ者ノ名前ハ捨テタカラ」

 

 そう言って少女――――北方棲姫は笑った。

 

「私ハ私ノ意志デ、人間ト、イナヅマト一緒ニ戦ウ。モウ私ハ深海棲艦デハナイ。私ハ、私トシテ戦ウ。ダカラ私ハモウ深海棲艦ノ“ヒメ”ジャナイノ」

 

 その気持ちを受けて、電も頷いた。

 

 

「……わかったのです。じゃぁ、……ほっぽちゃん、一緒に行けますか?」

「イナヅマトナラ、ドコヘデモ」

 

 

 二人の少女が海へと向けて歩き出す。艤装のキャニスターが二人分の装備を取り出していく。

 

「こちらAK04電、チェックイン」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チェックイン了解、電と北方棲姫は出撃用意を続行、初霜と若葉の展開を優先」

 

 高峰は無線用のインカムを操作しながらあきつ丸の戦闘管制所(CDC)のスクリーンモニタを見上げた。その手前の管制卓でキーボードを叩いていた東郷がその一部に解析結果を出す。

 

「波形照合完了、潜水カ級とヨ級の混成艦隊、数は3。このまま行けば睦月の交戦域に入るまであと8分」

「案外捕捉されるのが遅かったな」

 

 高峰の呟きに東郷が頷く。

 

「もう少し手前から捕捉されるかと思ったけど、そんなことはなかったか」

「うまいことMI方面に引き寄せてくれたと信じよう。カズたちMI方面戦闘も昨日から始まっているらしいしな」

 

 そう話しながらも音響データをもとに敵の位置修正。距離148,300。船団の先頭を曳いている睦月までは5,200を切ったところだ。ディスプレイに表示された海域のズームを下げる。今のところは敵増援の兆候はなし。

 

「初霜と若葉の発艦を確認。電と北方棲姫の出撃シーケンスを開始」

 

 東郷からの報告を聞いて高峰が無線を開いた。

 

「こちらあきつ丸CDC、チャンネルオープン許可。状況を開始する。相手は潜水カ級・ヨ級の混合艦隊、数は3、典型的なウルフパックだ。響、Верный、先行する睦月と如月に合流。対潜戦闘に備えろ。ただし最初は敵艦隊との交渉を行う為、自己防衛戦闘のみ許可する。積極的戦闘は許可できない。いいな?」

了解(понимание)

 

 無線で似たような声が二つ即座に帰ってくる。ディスプレイ上の二つの光点が加速する。

 

「東郷より朝雲・山雲、配置転換だ。あきつ丸左舷側へ移ってくれ」

《了解、山雲、付いてきて!》

《わかりましたー》

「朝潮満潮は進路維持。右舷側の警戒を続行してくれ」

《了解しました!》

《ふん……!》

 

 東郷が人知れず俺満潮になにか嫌われることしたっけと思い返していると指揮所のドアが開いた。

 

「やっほー。いよいよだね」

 

 篠華・リーナ・ローレンベルク中佐がそう言って東郷の隣に腰掛ける。第二種待機から復帰して戦闘指揮に参加するらしい。彼女に割り当てられた管制卓に灯りが灯る。彼女がシートのヘッドレストに頭を一度押し付けてから放すとQRSプラグが接続されていた。あきつ丸に搭載された指揮管制システムが篠華を認識し自動で管理コードを割り当てた。指揮優先順位が東郷のすぐ上位に設定される。

 

「戦闘開始でありますかな」

 

 照明自体が落とされた戦闘指揮所にあきつ丸の姿が現れる。彼女は今航海艦橋にいるので、こちらではホログラムが対応する。高峰が彼女を一瞥、笑った。

 

「ヒメと電の交渉がうまくいかない場合は殲滅戦になる。交渉がうまくいけば潜水艦隊に道案内してもらうさ」

 

 再びドアの開閉。井矢崎少将が入ってくる。皆が敬礼。主任指揮官席に何のためらいもなく付く井矢崎の隣に高峰が立った。

 

「遅れてすまない。状況は整ってるかい?」

「これまでのところは滞りなく。戦闘指揮は少将が執られますか?」

「うん、そうだね。対潜戦闘は……篠華君、対応できるかい?」

「了解です。では委員長バックアップよろしく」

 

 篠華がニヤリと笑ってキーボードに手を乗せた。

 

「高峰君は電ちゃんたちの交渉のサポートを」

「了解しました」

 

 井矢崎が満足げに頷いて背筋を伸ばした。

 

「電、北方棲姫の発艦を許可。交渉を開始しよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「今回はなんだって?」

「オペレーション・ウォルシンガムが発令された。俺たちは国連の人事管理サーバーを月まで吹っ飛ばした犯人の排除が目的だ。素早く、ばれることなく、正確に」

「まーた物騒な依頼だねぇ」

 

 そう言って棒キャンディーの棒を上下させる女性。緑色の髪が揺れた。男はそれを見てまったくだ、と呟いた。

 

「基本は松の狙撃で対応してもらう。スポッターは任せるぞ」

「ま、何とかなるんじゃない?」

「あと、桃も連れていけ。撤退の支援ぐらいにはなるだろうさ」

「あいあい、それで……どこで、誰を()ればいい?」

 

 そういう女の前に写真が一枚差し出された。データでの共有ではなく、印刷してあるあたり、万が一にも捕まることを想定しているのだろう。

 

「あれ……こいつは」

 

 眉をひそめる女に男は無表情で告げる。

 

「場所は択捉経済特区クリリスク市内だ。一瞬で終わらせろ……父親と同じように、な」

「……あんたがそれでいいというならそれでいい。あたし達はあんたの家族であり、銃であり、剣であり、盾だ。役割は果たすさ」

 

 そう言って女が写真を返してきた。女が背を向ける。

 

「もう松には話してあるんだろう? 準備に入る」

「頼むぞ、竹」

「おうよ」

 

 そう言って去っていく女。見送って男は胸ポケットに写真を仕舞った。最後に一瞥した写真には大分幼さが残る少年の姿が写っていた。

 

 オペレーション・ウォルシンガムが始動する。

 

 

 

 

 

 

「なんの因果かは知らないが、とても残念だよ、合田正一郎」

 

 

 

 

 

 

 




戦闘が……戦闘が始まらない……!

戦闘開始まで書いたら既に5500字を超えている事態……泣く泣く分割しました。戦闘開始したかったなぁ……!

状況が入り組んでますが、基本的に二つの作戦が開始されています。
AL/MI攻略戦《オペレーション・ウェヌス・リベルティナ》
障害を排除し、AL/MI戦を支援するための《オペレーション・ウォルシンガム》
《オペレーション・ウォルシンガム》ではもう一人の作者さんとのコラボになります。ここまで大規模な作戦を書くのも初めてなので、どうなるやらですが頑張って参ります。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は、次回こそ戦闘回!

それでは次回お会いしましょう。

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