艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
それでは、抜錨!
2014/08/16追記
本項後半部、艤装製造メーカーについての設定を変更しました。
睦月型:ポセイドンインダストリー製⇒平菱インダストリアル製
特Ⅲ型:平菱インダストリアル製⇒ポセイドンインダストリー製
よろしくお願いします。
「なんだか拍子抜けだったな」
そういったのは天龍である。その横で大げさに溜息をついたのは睦月だ。
「どんな怖い人が来るのかと思ったら……はぁ」
「睦月ちゃんは高峰少佐のこと嫌いかなぁ?」
「そんなことないですけど、司令官が、その……」
龍田の言葉を否定しつつも、どこか煮え切らない態度に如月がくすくすと笑った。
「やきもちねぇ」
「ち、違うもん! そういう如月だって寂しそうにしてたよね!?」
「確かに、気の置けない仲って感じよねぇ……司令官と高峰少佐」
やけちゃうけど、あれはあれで目の保養よねぇ。と如月が言うと驚いた顔で距離をとる睦月。理解してないのか天龍はなんだそりゃ、とコメントするにとどめた。
「なんだか……司令官が遠い感じになっちゃったなぁって、思っちゃって」
しゅんとした睦月に天龍が笑う。
「そりゃあ、大学校時代からの付き合いとなると仲もいいだろうし、何より男同士だから話し方も違うだろ。そんなに気にしなくてもいいと思うぜ?」
「それは……わかってますけど……。ほんとはあれが素なんだなぁと思うと、いつもお話ししてくれる時とか、遠慮されてるのかなぁとか、考えちゃって……」
「睦月……」
「あらあら」
慈愛に満ちた目で龍田が睦月の頭をなでた。
「Puppy love……ね」
「え?」
「ふふっ、なんでもないわ~」
龍田がそういいながら一歩前に出る。そこに如月もついていく。
「早く食堂に行きましょ~? 私おなかすいちゃった」
「はーい」
「睦月、お前なんて言われた?」
「えっと、パピー……ラブ、だと思います」
「子犬の恋、て意味か?なんじゃそら」
天龍ちゃんたち置いてくわよー? と声をかけられ、慌てて追いかける睦月と天龍。小走りで食堂に入ると先に特Ⅲ型のメンバーが集まっていた。
「あ、天龍さんたちもお疲れ様なのです」
「早くしましょー? 暁ちゃんたち私たちを待っててくれたのよー?」
「あぁ、それは悪かった。睦月もちゃっちゃと用意するぞ」
白米にわかめの味噌汁、メインはアジの塩焼きだ。それとお漬物……来週の補給物資が来るまでは生野菜はお預けだ。ささっと用意して天龍たちもテーブルに着く。
「それじゃ、いただきます!」
『いただきます!』
天龍の音頭に合わせて8人分の手を合わせる音が響き、声がそろった。
「部屋の巡検もあっさり終わりましたし、なんにもなさそうでよかったじゃない?」
「まぁ、レディに死角はなかったわ!」
「クローゼットを開けられて真っ赤になってたのは誰だったかな、姉さん」
「ちょ、響、しっ!」
暁型がそう盛り上がる中、電だけは少し視線が落ちた。
「電、どうした?」
「あぁ、天龍さん、そんなに気にしなくても大丈夫よ、しれーかんを高峰少佐にとられて嫉妬してるだけだから」
「だから違うと言っているのです!」
雷がウィンクしながらそういうと、少し語気を強める電。そっぽを向くときに少し頬が赤くなっているのを天龍は見逃さなかった。
「……まぁ、明日には査察が終わるんだし、今日ぐらいは譲ってあげな、電」
「だから嫉妬なんてしてないのですっ!」
ムキになって腕を振って抗議する電に、それをからかう天龍。一通り諧謔心を満足させると、天龍が口を開く。
「それにしても、司令官と高峰少佐って仲がいいんだな」
「なんでも海大で技術を競い合った仲なんだそうです」
少し涙目な電がそういうと、天龍が驚いた。
「へぇ、ってことは高峰少佐も結構やり手なのか」
「結構どころじゃなくやり手ですよー?」
声がした方――――食堂の入り口を見ると青葉が立っていた。手にはカメラ、どうやら写真をとられてたようだ。
「なにせ
「……ほう、そんなに有名だったのかい?」
響がそういうとにんまりと笑って青葉が食堂に入ってきて席に――端に座っていた天龍の隣に腰掛けた。
「千里の杉田、明鏡の渡井、夜鷹の笹原、幻視の高峰、そして飛燕の月刀……大学史上まれにみる問題児集団だけど、実力は折り紙つきで、卒業直前に発生した第二次日本海事変の際には予備士官として派兵されたバリバリのエリートです」
「……それ、マジ?」
「青葉は嘘つきませんよ? わざわざそのために海軍は特例法をこさえましたからね」
そういうと唖然とした顔をする天龍。
「ちょっとまて、海軍は司令官たちを前線に立たせるために法を捻じ曲げたっていうのか?」
「そうでもしなけりゃ勝てなかったんですよ。……第二次日本海事変の最後の戦いに投入された5期の黒烏の5人は初確認された“フラッグシップクラス”戦艦7隻を含む19隻を撃破して事態の収束に貢献したということで二等賞詞を国連海軍総司令部より授与されてます」
「……そんなすごい人だったのね」
なんとかそれだけ絞り出した暁に我が意を得たりと頷く青葉。
「高峰少佐に言わせたら下村准将電脳汚染事件の結末はある意味当然だそうですよ? もっとも、艦娘を過信しすぎるところが有りそうですが」
「……それはないわねぇ」
青葉の言葉に柔らかい口調ながら冷たい声がすっと割り込んだ。腕を組んで微笑んだのは龍田だ。
「過信なんてしてないわよ、彼。確かにあの戦闘ではほとんどリンク率を変化させずに傍観しつつ、下村准将の拘束に向かっていたけれど、しっかりダメージコントロールは把握していたし、手綱は離してなかったと私は思うわねぇ。そもそもあのチームの振り分け、司令官の指示よ?」
「……それはどういうことでしょう?」
青葉がメモ帳を取り出す。口で万年筆のキャップを外していつでも書けるように用意していた。
「ロサ弾を持たせて対空防御艦を暁ちゃんと電ちゃんに分けたのはもともと隊を二つに分けることを想定していたからよぉ。特に今回は如月ちゃんが艦隊に加わって、如月ちゃんを空母の担当にしないように編成を分けさせた」
「え? そんな指示……」
「暗号スクリプトを使って私と天龍さんに指示が来てたのです」
「そしてかつ、火力が高くアタッカーとして優秀な天龍ちゃんと回避に特化した暁ちゃんを中心に高火力艦として怖かった戦艦の対処にあたらせた。私は本当は雷ちゃんたちのバックアップに入るはずだったんだけど、二人ともあっさりなんとかしちゃったからさっさと戦艦組に向かえたのは幸いだったわねぇ」
龍田がそういうとにんまりと笑った。天龍が背筋をぞくりと震わせる。もしかしなくても、龍田、怒ってんのか?
「もしかして……全部織り込み済みだった?」
「当然よぉ。少なくともうちの司令官は勝算なくして突撃させるような馬鹿じゃないはずだし、そんな司令官に仕えてるつもりもないわよ?」
「なるほどなるほど、では龍田さんから見て司令官はどんなお方で?」
万年筆の柄の方を龍田にマイクのように向けて青葉が聞く。
「そうねぇ……。肝が据わっているし、組んでて嫌じゃない上司かしら。指揮能力も十分だし、なにより私たちをだれも見捨てようとしない。信頼できる人ね」
「ほうほう。ではほかの人はどうです?はい、暁さん」
万年筆を今度は暁に向ける。
「……レディを子ども扱いしてくる以外は不満なんてないわ。私の“眼”を信じてくれたし」
「私もないね。魚雷で大破した時だって、リンク率を上げてまでサポートしてくれたんだ。信頼しない方がどうかしてる」
「しれーかんはちょっと一人で抱え込むところがあるからこっちがちゃんと見てないと少し怖いけどね」
「そうですね。 書類のコピーとかの雑務を私たちに回していいって言ってるのにまったく頼ってくれないのです……」
特Ⅲ型の面々の言葉に内心驚く青葉。特設調査部所属艦という職業柄こういうのは慣れているのだが、彼女たちに“言わされている”雰囲気はなく、心からであることがわかる。ここに来るまでに頭に叩き込んだ資料によれば、司令官がここに着任してからまだ2ヶ月少々、電以外の三人はまだ1ヶ月もたっていないはずだ。その相手にここまで慕われる司令官もなかなかいない。
「睦月型のお二人はどうです?」
「んー。優しいお兄さんってところかにゃーん」
「身持ちも堅そうだし狙うのもありかしら」
「何言ってんだマセガキ」
苦笑いで突っ込んだのは天龍だ。それにふてくされる如月に苦笑いの睦月、なぜか真っ赤になっている暁にちょっかいを出す天龍と雷、それを止めようとおろおろしてる電を優しく傍観する響と龍田。……これ以上ないほどしっくりくる光景に青葉が目を細めた。
(……高峰少佐の言う通りでしたね)
――――月刀の部隊なら行かなくても報告書をかけるだろうさ。万事順調、問題なし。
「それで、
「あ、それならきっと高峰少佐と一緒だと思いますよ。積もる話もあるでしょうし」
「……吸わないのか?」
「禁煙したんだ」
屋上で紙煙草をくゆらせる高峰は煙草を加えたまま静かに笑った。
「連絡がぷっつり途絶えてたと思ったらこんなところにいたとはびっくりだぜ、カズ」
「……悪い」
「ほんとだよ。まともに連絡くれるの笹原のお転婆ぐらいだぞ」
「あいつ……どうしてる?」
「佐世保の547水雷戦隊の司令補だ。気の合う軽巡を見つけたらしくて夜戦熱を悪化させたよ。綾波ちゃんや敷波ちゃんが付き合わされて大変そうだ」
屋上の柵に肘をついて夜の海を眺める。月が出て間もないためか、月明かりの道が海面に揺れている。
「渡井は呉の潜水総隊に所属して戦隊ひとつ任された」
「あのスク水マニア、暴走してなきゃいいけどな」
「もう遅い。潜水母艦にもスク水着せれば潜れるかもとか言い出した。制服の選考に首突っ込んだ時点で技術職に転向したほうがいいだろうさ」
「杉田は?」
「521戦隊で武蔵の専属オペレーターに就任したそうだ。北方第一作戦群に出向になってたから北の海で超望遠スナイプでもしてるだろう」
紫煙の香りが鼻をくすぐって南の海に溶けていく。航暉は感慨深げに目を細めた。
「……三年前か」
「あぁ、三年経った。あの悪夢の舞鶴から三年だ」
それを最後にしばらく言葉が途絶える。珊瑚が砕けてできた砂浜がしゃらしゃらと音を立て、白いあぶくを寄せては返す。
「なぁ、カズ」
「なんだ」
新しい煙草を取り出してフリントライターを弄る高峰がトーンを落として声をかける。
「お前の人事、早すぎることに気が付いてるだろ?」
「……あぁ」
「いくらなんでも中佐で水雷戦隊八隻の総指揮と基地司令の兼任はやらせすぎだ。しかも」
「“あのウェーク”の基地司令を、か?」
「そうだ。いくら二等賞詞持だといっても中佐に持たせる仕事じゃない。基地司令は大佐以上の役職のはず。それぐらいわかってるはずだろ」
どこか非難のような、悲しいような響きが声に乗った。航暉はそれを聞いても表情一つ変えずに、ただ、目を閉じる。
「……中路中将がお前をよこしたんだ。なにか情報持ってきてるんだろ?」
溜息が一つ。
「風見准将の前所属、知ってるか?」
「
「DIHだ」
「……防衛情報総司令部?」
頷いた高峰はうなじから一本のコードを引き出すとそれの航暉に渡す。受け取った航暉はそれを自分のQRSプラグに差し込む。ラインオープンと同時に航暉の視界に情報が流れ込んでくる。
「風見恒樹。2034年生まれ、第一帝大工学部を主席で卒業と同時に防衛省に入省。経理装備局ではかなりの発言力をもつ人物だった。装備施設本部(EPCO)や陸軍の義体制御研究所にも出向したこともある根っからの技術畑の人間だ。深海棲艦が現れた“シースクランブル7.17”の時には防衛情報総司令部のナンバー2。シースクランブル7.17の14か月後の2082年3月、
「……クリーンといえばクリーンか」
「もっとも、EPCO以降はドロッドロだ。月岡コンツェルンとは思いっきり癒着してたし、平菱インダストリアルともかなり太いパイプを持ってた。日本武器生産を牛耳っていたメンバーの一人だな。……防衛情報総司令部時代はそのパイプを生かしてロジスティクス部門の情報を中心に扱ったらしい」
航暉が目で詳しい経歴を追いながら隣を見ると煙草の灰を落としつつつまらなそうに空を見上げていた。
「……ずっと横須賀の技術局にいたはずだが、ウェークが解放されると同時にウェーク島基地司令に就任、組織改編によって第二作戦群が成立し同時に第551水雷戦隊が新設。初期メンバーとして電、睦月、如月、疾風、天龍を迎えてウェーク島防衛の任につく。ここからはお前も知ってるだろうから割愛するけど、気になることが一つだけ」
「なんだ?」
「新設当初からクェゼリンの553水雷戦隊所属DD-AK03“雷”の所属変更要請が何度も出されている。軍上層部は承認しているが中央戦略コンピュータがこれを棄却。このやり取りが風見准将の殉職まで7回も繰り返されている」
「……申請理由は?」
「戦力の増強としか出てこないが、彼のバックボーンを考えると裏があると見るべきだろう。特Ⅲ型艤装ユニットは月岡コンツェルン傘下のポセイドンインダストリー製、睦月型艤装ユニットは平菱インダストリアル製だ。どっちも彼には太くて強いパイプがある」
そこまで言ってからためらうように間をあけて、高峰が静かに口を開く。
「ここから先は俺の予測に過ぎない。可能性の一つとして聞いてくれ」
「あぁ。でも幻視のお前のことだ。かなり信用度は高いんだろ?」
「風見准将がウェーク基地司令に就任した理由はほぼ間違いなく551水雷戦隊初期メンバーの駆逐艦、すなわち電、睦月たちと雷だろう。理由はおそらくEPCO時代以降、水上用自立駆動兵装開発時の何か」
「……癒着問題のしっぽ切りか?」
「さぁな、そこまではわからんが、カズ、想像つくか?」
聞き返され数瞬戸惑ったあと、高峰にファイルを送信する。ファイル名は対下村艦隊戦闘記録。真上から配置を俯瞰したデータファイルだ。
「……如月はともかくとして電と雷の動きに妙な点がある」
「……妙な点?」
「戦闘開始から47分後、15時47分。二人の航跡が一瞬交差するんだが」
「あれ、電が取り舵?」
「そうだ、ここで取り舵を当てる必要はないんだ。しかもここで当てるとセオリー通りに動いてるはずの雷に接近するはずなんだが……」
「……。実際には接近していない。雷もセオリーから外れてたということか?」
それしかない。と言って航暉は映像を動かす。
「でもこの動き、水平面から……蒼龍の視点からみるとはっきりするんだ」
「……なるほど。電が一瞬だけ蒼龍にプレッシャーをかけたのか」
「あぁ、実際に一瞬だけだが蒼龍のバイタルエリアを噴進砲が捉えたんだ。撃たなかったけどな。問題はこの動きを天龍も俺も教えてないってことなんだ。教導隊の訓練でもこんな動きはしない。……じゃあ、
無言の間が落ちる。フィルター直前まで燃えた煙草を携帯灰皿に押し付けて高峰が溜息をついた。
「……陸軍か」
「あぁ、あれはおそらく陸軍のCQBのセオリーだ」
市街地戦を意識した陸上戦闘。そんなものを海軍所属の艦娘が知るはずがないのだ。
「わかった。相手はDIHに軍需産業、陸軍まで絡む可能性があるとなるとかなり深い。探りを入れてみるが、あまり期待はするなよ。」
「頼む」
二人そろって屋上から去る。
「ところでカズ、金剛ちゃんから伝言預かってる」
「ん?」
「水雷戦隊の子たちとイチャイチャしすぎデース。さっさと帰ってきやがれです……だそうだ」
「……手紙でも書いておくか」
航暉は頭を掻きながら、高峰はヘラヘラと笑いながら、それぞれの艦娘たちのところに戻っていった。
そろそろ第一部の終わりが見えてきた感じです。
事態が進む前に日常回をいくつか挟むかも……
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
睦月スキー増えないかな……?
それでは次回お会いしましょう。