艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
とりあえずお楽しみいただければ幸いです。
それでは、抜錨!
今回結構過激なので(いろいろと……)、どうぞお気をつけ下さい。
「やっほー」
デイシフト明けのJST1734、笹原の部屋に見知った顔がやってきた。わざわざ立って出迎える必要がないから椅子に座ったまま振り返る。
「あれ、しのちゃんどしたの?」
「いやー? ちょっとおいしいクッキーが手に入ったからね。久々に一緒にどうかなと思ってさ。一緒に仕事することになった訳だしねー」
そう言って紙袋を振るのは篠華・リーナ・ローレンベルク中佐だ。銀色の髪は極東方面隊司令部ではよく目立つ、早々間違えるものではない。
「オッケー。そっちはこの後大丈夫なの?」
「明日0900までオフだよん」
「なら、紅茶とブランデーも出そうかな。紅茶はそこそこのしかないけど、いいブランデーはあるんだ」
「お酒結構好きだもんね、ゆうちゃん」
「しのちゃんほどじゃないさ。ジャムも用意しようか?」
「それは自前のがあるから持ってくるよー」
「了解―」
そう言って笹原は立って電気ポットと茶葉を取り出す。
「何なら暇そうなコ誘うかい、女子限定で」
「だねー。この部屋だと……6人が限界?」
「カップ持参してって言わなきゃね。ここ、カップ3つしかないから」
笹原は今日明日のシフトを思い出しながら、誰を呼ぶか考える。川内は艤装の改装中でしばらく手持ち無沙汰だろうし、文月も甘いもの好きだし喜んで来るかな。
「んじゃ、お互い好きな人二人ずつ呼ぶ感じで、カップ持参なら少しぐらいなら増えても大丈夫だよ」
「あいー、おっ茶会、おっ茶会~」
篠華はクッキーを置いてどこかに去ってった。人呼ぶついでにカップを持参する気だろう。
「やれやれ、変わってないね、篠華は」
どこか満足げに鼻を鳴らしながら、笹原は電気ポットの電源を入れた。ブランデーも少しだけ用意して、クッキーも足りないだろうからストックしていたビスケットも出しておく。チョコレートも欲しいところだが、手元にないからとりあえず無しで。
そんなことを考えながら用意していたら、文月に手を引っ張られるようにして川内が入ってきた。
「“仕事”の話でもするの?」
「まっさか。今日は単純に突発的なお茶会だよ。ローレンベルク中佐がクッキー持ってきたからね」
「お菓子お菓子―!」
文月が無邪気にそう言って早速ローテーブル(ちゃぶ台ともいう)の上にあるクッキーを物色し始めた。
「みんな来るまでもう少し待ってなさいよ」
「はーい、どれがいいかなぁ……」
「聞いちゃいないね」
川内が苦笑いをしたタイミングでまたドアが開く。銀髪の後ろには朝潮と朝霜が見える。
「そろそろ茶葉蒸しあがった?」
「手伝いたくないから抜けたんじゃないでしょうね?」
「やだなぁ、この篠華さんがそんなことするはずがありませんことよ?」
「言葉遣い変になってんぞこのポンコツ司令」
「ポンッ……!?」
朝霜に言いように言われて噴き出す笹原。
「いや、言えて妙だわ、ポンコツしのちゃん」
「
「
互いに笑みを浮かべながら物騒なことを言い合っているうちに紅茶がはいったのでとりあえず休戦。皆でちゃぶ台を囲む。
「ブランデー入れる人ー?」
「はぁい!」
「文月はだめ、あんた少しでもアルコール入れるとところかまわず脱ぎ散らかすでしょ」
「えー」
不満げに頬を膨らませる文月を尻目に篠華がブランデーを入れる。篠華と笹原を除いて、ブランデーを入れたのは結局川内だけだった。
「それじゃ、とりあえず乾杯―」
「お疲れ様でしたー」
篠華の音頭でお茶会が始まった。
「いやー、一緒にお茶するの何年振り? げ、もう三年くらいかな? お互い歳を取るはずだ」
「海大卒業してからだから、4年経ってるわよ? まぁお互い忙しかったし仕方がないかなー。ゆうちゃんは佐世保だったし即応打撃群に移ってからもなんだかで忙しかったみたいだしねー」
「そういうしのちゃんも相変わらずいろいろ派手に頑張ってたらしいじゃない。大湊から栄転で横須賀の528司令でしょ? やるじゃん」
「特務艦隊隷下の504水雷戦隊司令官に言われても嫌味にしか聞こえなーい」
「えー? そんなことないけどなぁ。でもまぁお互い優秀ということで」
「実際優秀だからたち悪いんだけどね」
「お、言うね川内」
朝霜が川内に笑いかける。
「こんな助平な変態を切れないんだから国連軍もいろいろ人材不足だねぇ」
「ふっふー、それだけ篠華さんは優秀なのですよー」
「朝潮に猫耳メイドコスさせる変態だけどねー」
「ちょ、なんでゆうちゃん知ってんの!?」
「委員長が『胃の粘膜が限界だ何とかしてくれ』って言いに来たよ」
「了解、後でヴェルちゃんと一緒に委員長の前で“はつしもふもふ”してやる」
「やだなにそれ怖い」
ハイテンポで続く会話に置いてきぼりの文月が朝潮の隣にこそこそと移動した。
「なんか似た者同士って感じだねぇ」
「た、確かにそうですね……。ってことは文月さんもコスプレさせられたり……」
「うーん、コスプレさせられるのは川内さんの方だねぇ、あたしとはにゃんにゃんすることの方が多いかなぁ」
「えっ……!?」
「そこっ!
衝撃のカミングアウトに笹原が指さしで止める。
「きゅぴーん」
「自分で擬音つけてまで目を輝かせるんじゃない、篠華・リーナ・ローレンベルク中佐っ!」
「えー、でも、ゆうちゃんで開発済みでしょ? へーきへーき」
「開発って言うな開発って!」
「今晩あたり一晩貸してよ、文月ちゃん、5万でどう?」
「人の部下を勝手に買うなっ」
「川内ちゃんと夜戦してればいいじゃない、6万」
「夜戦違いだからパス」
「仕方ない、こっちからも朝潮にゃんを出そう、7万5千」
「マジでっ!?」
「いい加減に……」
「しなっ!」
「「でっ!?」」
ゴッ! と強烈な音がして司令官二人が撃沈。全力全開でゲンコツを落としたのは川内と朝霜である。
「まったく、いつまでこんなけったいな会話してるやら、朝潮も困ってるのが見てわからないかな」
「女三人で姦しいって言うけど、この二人だとやかましいだね、ほんと」
手を振って痛みと熱を逃がしながら二人が上官を見下ろしてため息をついた。
「「……変態は滅びぬ! 何度でも蘇るさ!」」
「「テメェらは寝てろっ!」」
ほぼ同時に飛び起きた篠華と笹原をもう一度ノックダウンしてから、秘書艦二人が席につく。朝潮は苦笑いだ。
「変態って自覚あったんだねぇ」
さらっと毒を吐く文月に、みごとなコブをこさえた笹原が笑う。
「まぁアブノーマルな自覚はあるよ。まぁケイ君ほどじゃないし、しのちゃんほどじゃないけど」
そう言うと机に突っ伏したままの篠華が頬を膨らませていた。
「えー、そんなことないでしょー」
「海大教導艦ブロマイドを全員コンプしてたのは誰だったかなー?」
「ブロマイド?」
川内が聞き返すと笹原が笑った。
「あー、そっか、川内たちには話してなかったねー、海大十二月事変のこと。水上用自立駆動兵装運用士官養成課程中のことだしね。あれは傑作だったなー」
笹原の目はどこか遠くの風景を見るように細められていた。
「軍隊って今でも基本男所帯でしょ?」
「まぁ、そうですね。私達水上用自律駆動兵装はガイノイド素体なので女性と言えないことはありませんけど……性別なんてそもそもありませんし」
朝潮の答えにちっちっち、と指を振る笹原。
「でも少なくとも血の気盛んな男どもには女に見えてるんだよ? 水上用自律駆動兵装運用士官養成課程は女性が多いほうだけど、同期に4人も女子がいればいいほうだ。技術屋の特務技官養成課程なんて地獄だったらしいしね。……まぁ、そんなところに可愛い見た目の女の子がやってくるんだ。しかも教導艦という立場だから女の子の方が上司、手を出すわけにはいかない訳だし、ずーっと目の前にニンジンぶら下げられる形だね」
笹原がそう言って下品な笑みを浮かべた。
「まぁそこで矛先が行くのが彼らの同輩である私達だったわけだけど……」
「腕っ節でも技術でも負けない高飛車女子かぁ……」
「その評価はあんまりじゃない? 川内さん?」
「だって実際そうじゃん」
ぶすっとむくれる笹原はそれ以上反撃しなかった。思い当たることでもあるらしい。
「……まぁ、実際撃退される程度の男だったからね。んで、結局誰にも手を出せない男の子はなんとかして性欲を発散させることになるんだけど、ここで文明の利器登場。ホログラム。これがあれば一人の寂しい夜も好きなコと一緒にいれる優れもの。ただ、ホログラムだったり音声だったりを好きなコに似せるには専門の技術を持つ人物が必要なわけで……」
「……つまりさ、そんな技術を持った人が教導艦のえっちなホログラムとかを作って販売してたわけ?」
川内の呆れたような声に笑う司令官二人。
「そ。もうバカ売れ。手を出してなかったのカズ君ハル君ぐらいじゃない? 枯れた仙人みたいだよねーあの二人。でもそんな二人でも黙認してたし、必要性は認めてたんじゃない?一応作成者もグレーゾーンに収めるためと本人の趣味でスク水要素が多かったけど」
「……なんだか、作った人にものすごく心当たりがあるんだけど。その人『大鯨さんもスク水着れば潜れるっ!』とか言ってなかった?」
「うん、その人だね」
川内の脳裏では潜水艦隊を率いる笹原の同僚の笑みが再生されていた。次回からどんな顔して会えばいいんだろう。
「まー、そういうことがあったんだけど、それが予想外の事態で教官にばれてね。もー大パニック」
「予想外?」
「授業中に電波が混線して教室のスクリーンにでかでかと頬を染めた
「うわぁ……」
「んで大捕り物が始まった訳。もーあれは思い出す度に笑いが止まらなくなるね」
笹原はそう言って懐かしそうに目を細めるのだった。
「 ま ち や が れ――――――――――ッ!」
呉湾沖に浮かぶ江田島、初冬の隊舎に教官の叫び声が響く。そしてそれと同じぐらい大きな足音が多数。
「なんで俺まで巻き込むんだよ馬鹿野郎!」
「黙認してたのは月刀クンもでしょ!? かくまってよねぇ!」
「お前の副業だろうが! 自分のケツは自分で拭け!」
隊舎の廊下は結構狭い。5人も並んで走れば通り抜けも不可能な移動式バリケードの完成だ。それを何重にも後方に用意して先頭を走るのは渡井慧特務士官候補生と、それに巻き込まれた月刀航暉候補生だ。黒一色の詰襟の制服を派手に翻しながら三階の廊下を疾走する。そんな集団に追い打ちをかけるように隊舎内放送がかかる。
『逃走中の渡井特務士官候補生とその共犯諸君! 諸君らの行動は無駄な逃走である。さっさと諦めてお縄に付けぃ!』
「篠華ぁ! あんただけには言われたくないよーだっ!」
渡井がとっさに叫び返すが、放送室には当然聞こえていない。
『渡井候補生には水上用自律駆動兵装の子たちのいわれのないあられもない姿を収めたブロマイド集を違法に製作、販売した容疑がかけられている! おとなしく提出すれば悪いようにはしない! 購入リストが漏れることを恐れて逃走を幇助している助平男子諸君も同様だ! おとなしく投降しなさいっ!』
「真っ先に全種購入したのはお前だ篠華・リーナ・ローレンベルク候補生っ!」
そんなことを叫び返す渡井の横で溜息をつくのは航暉だ。
「なんで俺は冤罪を着せられたあげくお前を幇助しなきゃいけないんだよ……」
「君と僕との仲だよねっ、旅は道連れ世は情けっ!」
「情けで教官たちとガチバトルするのは割に合わねぇ! というより早々に投降したほうがまだ楽だろ」
「いや! 僕が捕まることを恐れている男の子たちのためにも捕まるわけにはいかないっ! 少なくともリストの削除と皆の現物のデリートが終わるまでは捕まるわけにはいかないんだっ!」
「あぁそう……」
航暉は呆れつつも後ろを見る。必死な顔で動くバリケードと化している同輩たち。航暉が離脱しようとしたら、この人数が一斉に『敵』に回る。少なく見積もって30人。圧倒的男所帯の軍隊にあってそういう系の品物は需要過多で引く手あまたとはいえこんなに売りさばいていたとは正直驚きだ。見て見ぬふりをしていたいところだろうが、渡井が『誰に何を売ったのかリスト』を持っているため庇わざるを得ないのがつらいところだ。常日頃から教導担当艦として顔を合わせている子たちのブロマイドを買っているため、次に顔を合わせた時には命の保障がないのだ。
「で、そのリストは?」
「今
そう言った渡井が廊下を曲がる。航暉もそれに続いて角から飛び出した。
「いっ!?」
「撃てっ!」
廊下を曲がった位置に訓練用の空気銃を並べた女子の一団が陣取っていた。航暉は渡井の首根っこを掴み曲がり角にある階段室に投げ込んだ。直後に響く圧搾空気が解放される音。航暉も慌てて階段室に飛び込む。
「ちょっと月刀クン乱暴!」
「訓練用樹脂弾で全身あざだらけよりマシだろ!」
階段室の入り口で尻もちをついていた渡井を二階に向かう踊り場まで後退させつつ航暉は持ち物を確認する。身分証入りのパスケースと手帳、安物のボールペンにハンカチとチリ紙。盾代わりになる本の一冊でも持ってくるんだったと後悔しながらも廊下の様子を窺う。人肉バリケードと化していた男子諸君が女子の空気式模擬銃でコテンパンにされている。その中を突っ切って階段室に入ってくる男が二人。
「高峰、杉田……まさかお前らまで買ってたのか?」
「戦場の娯楽といえば酒・賭け・女、あと煙草と相場が決まってるだろ」
杉田がそう言って笑う。結構貢いでやがったなこいつ。それに苦笑いを浮かべていると高峰が渡井のところまで降りていく。
「俺は一応お世話になっては無いわけだし、盛大に副業をやっていた君を教務主任に突き出すこともできる」
「……今度晩飯でもなんでも奢るよ」
「話が早くて助かるよ」
晩飯程度で懐柔されていいのかよ元外交官と航暉は一人心の中で突っ込んだ。
「渡井、リストの消去に何か道具が必要か?」
「消去用プログラムをダウンロードしないといけない。官舎内のネットワークだとファイアウォールで足がつく。外部の衛星ネットを使いたいけど、空が開けたところに移動しないといけない」
「となると……屋上かグラウンドか、だ」
高峰の呟きに渡井が頷く。航暉が話をまとめに入る。
「とりあえず二手に分かれるか。高峰と杉田は上へ。おそらく教導艦の皆様がどこかでスタンバイしてるはずだ。偵察と狙撃対策が必要だ。頼むぞ」
「「了解」」
「渡井、このまま降りてグラウンドを逃げ回りながら時間を稼ぐぞ」
「かけっこは苦手なんだけどなぁ……」
「屋上で籠城って手もあるかもしれないが、それくらい読まれているだろうさ。グラウンドの方がまだ時間を稼げる」
「へーい」
渡井が立ったタイミングで廊下の男子バリケードが崩壊した。行動開始。
二手に分かれて階段の上と下へ。階段室になだれ込んだ女の足音が乱反射する。捕まるのは時間の問題だ。
……野郎どもの(社会的な意味での)命をかけたチキンレースは早々に破滅に向けて動きだそうとしていた。
「で? どうなったの?」
「どうなったもこうなったも、グラウンドに集結してた教導艦に一方的に的にされて終了よ。でも渡井君が根性見せてねー。リストの一部消去には成功してた」
「一部?」
川内の質問に微笑みながら紅茶を口にする笹原。代わりに口を開いたのは篠華だ。
「だれがいくつ買ったのかと何が何個売れたかは残ってたけど、誰が何を買ったのかを示すリンクを消したのよ。だから個人の性癖は最低限守られた訳」
「でも個数が割れてるからしのちゃんが全種購入してるのだけはバレバレだけどねー」
「据え膳食わぬは女の恥よ」
「それは男だと思うのですが……」
朝潮がおずおずと訂正するが篠華は華麗にスルー。朝潮を励ますように川内が肩を叩いた。
「にしても、渡井大佐も結構大胆なことするんだね」
「黒烏の中でもあけすけにヤバイのは渡井君だよ? 技術持ってるし性癖トチ狂ってるし顔はそこそこいいし。顔のアドバンテージは性癖でマイナスまで落ち込むけどさ」
篠華が下した渡井の評価に川内たちは苦笑いを浮かべた。
「でもまぁその技術が正しい方向に出力されれば本当に心強い味方だよ? 変態だけど。 第二次日本海海戦第三夜戦で大破してた榛名の出力機を遠隔点火して再始動させたのは渡井君だし、頼れるところもあるんだよ。変態だけど」
「でも変態に技術を与えるとこんなことになるって事例だね。渡井君は絞られたしブロマイド買ってた人も怒られたけど、まぁそれっきりだしね。うまいこと逃げたと思うよ」
そう言って篠華はニヤリと笑う。笹原も笑い返す。
「――――でも、それだけで許すようなことでもなかったんだよねぇ」
「ねー」
「……なにかしでかしたの? 司令官」
「私が傑作だったっていうのに、こんな平凡な終わりになるとでも?」
笹原が笑った。ここからが面白いんだ。と続ける。それを聞いて冷や汗を流す川内、あぁ、候補生時代からトラブルメーカーなのは変わらなかったんだ。
「
演ずるように声が太くなる笹原。篠華はそれを聞いて既にケラケラと笑っている。
「
その先は笑顔の篠華が継いだ
「
茶々を入れるように笹原が割り込む。
「
笑う篠華。
「
そして二人は声を合わせた。
「――――――
……はい、クリスマス記念に続きます。明日投降予定ですはい。
すでにいろいろひどい模様。
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それでは次回《雨は夜更け過ぎに血雨に変わるだろう》でお会いしましょう。