艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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そろそろ深海棲艦を出したい(切実)

それでは、抜錨!

……あ、今回はR15風味が強いです。ご注意ください。


ANECDOTE029 私はいつかそれを裏切る

 

 

 

「んで、『元』世界の警察アメリカ様が出張ってくることになった訳だ。かなりヤバいね」

 

 笹原はそういって横になったまま伸びをした。朝日が差し込むベッドの上でタブレット端末を手にした笹原が笑う。朝日に素肌の色が透けるせいでいつにも増して妖艶に見える指揮官を見て、川内はあからさまに眉をしかめた。こうやって何人も『墜して』きたのかこの魔女は。

 

「どしたの川内?」

「いや……朝っぱらからだらしないなぁと思ってさ」

 

 だらしないという評価を聞いて笹原はケラケラと笑い飛ばした。確かにしわになった毛布とシーツを蹴飛ばしてワイシャツ一枚で横になっているのは確かにだらしないと思ったからだ。だが、それを言うなら同じような恰好をしている川内も同じ穴の狢だろう。

 

「四六時中カチッとしてろって? カズ君やハル君じゃないんだからそんなことしてたら窒息死しているよ。花は水なしでいつまで生きてられると思う?」

「ウツボカズラだとは知らなかったよ、笹原ゆう大佐」

 

 川内の言いぐさに笹原はどこかにんまりと笑った。

 

「薔薇って言ってほしかったんだけどなぁ」

 

 そう言いながらも笹原はタブレットを川内に投げる。危なげなくキャッチしてそのデータを流し読みする。

 

「へー、戦艦はネヴァダとペンシルベニアにアイダホ、重巡インディアナポリス、護衛空母ナッソー……アリューシャン方面の戦いの再現でもする気なのかなって感じの面子だね」

「そのまま復讐戦(リベンジマッチ)に入るようなお気楽な展開になるとは思えないけどね。復讐よりは生産的な攻撃は仕掛けてくるだろうけど、さ」

 

 笹原はそういって体を起こした。あれ、ブラどこに落としたっけと言いながらベッドのシーツをめくる上官に、川内はため息をついてお目当ての物を投げつけた。

 

「サンキュ、持つべきものはやさしい部下だね」

「自分の身の周りくらいちゃんとしてよ、まったく。で? その復讐よりは生産的な攻撃って?」

「んー、ヒメの身柄の確保。南北アメリカ方面隊はずっとジリ貧の戦いを強いられているからね。ヒメを手に入れて洗脳して良い様に従えて敵を殲滅させたいとか思ってるんじゃない?」

「極東方面隊を敵に回してもやりたいことかなそれ?」

「戦後に世界を統べるような大国を狙うお偉いさんには特に重要な問題だ。極東方面隊(わたしたち)がヒメを守るのにはそういう目的(・・・・・・)もあるんだよ? ヒメを手元に置いて戦況を逆転させたい。軍のイメージアップもしておきたい。そのためにも南北アメリカ方面隊はそろそろ白星をつけとかないといけない。その布石が今回ってところでしょ」

 

 すごく大雑把だけどね、と笹原は笑って備え付けのユニットバスに足を運んだ。下着をユニットバスの入り口に置いた籠に放り込み、扉を潜る。今日の夕方からまた船上生活だ。今のうちに真水をふんだんに使っておこう。

 

「でもそれだけじゃ、ない」

「うん?」

「物理的に潰してくるつもりかな、景鶴を」

 

 シャワーの音で聞こえにくいが、川内がそんなことを言っているのが聞こえた。

 

「んー、潰してくることはないと思うよ。まぁ鹵獲してくるぐらいはするだろうけどさ」

「それはそれでヤバイよね」

「海の藻屑になるのと、実験室でモルモットとして生き続けるのとどっちがマシか意見は分かれそうよね」

「どっちもやだよ」

「笹原さんも嫌ですよっと」

 

 熱い湯が眠気をどこかに流していく。気怠い感覚もシャワーひとつで吹っ飛ぶんだから安いもんだと笹原は思いつつさらに蛇口をひねった。

 

「ところでさ川内」

「んー?」

「宿題の答え、わかった?」

「あんたの過去を漁ってこいってやつ?」

「そうそうそれそれ」

 

 スポンジを泡立てながらそう聞くとユニットバスのドアがコンとなった。どうやらドアに寄り掛かったらしい。

 

「笹原ゆう、本名は高坏梓。年齢は28。日本の現役スパイマスター高坏澪の孫娘だが、父親は不明。国内だと内閣総辞職まで問題が広がった朝比奈元経済産業大臣収賄事件、難民受け入れ推進派明川隆三戦後復興大臣爆殺事件、エトセトラ、エトセトラ……。沢山悪いことしてきたみたいだね」

「まぁねぇ。でもそのほとんどが」

「あんた自身がやった訳じゃない。スキュラの指示、でしょ?」

「おーう、そこまで調べているのか。優秀優秀」

 

 笹原は上機嫌にそういって体中に付いた泡を流していく。

 

「でも、おかしいよね、これ。朝比奈経産大臣が現役の時って大佐はまだ」

「そのころ『朝比奈瑞稀』は若干9歳だね」

「……どういうカラクリよ」

「お金をもってて、人様に暴露できない趣味があったってことだよ」

「……!」

 

 硬質になる声を聞いて笑みを浮かべながら笹原はシャワーを止めた。

 

「娘に手を出す勇気はないが、性欲を抑えきれなかった異常性愛者が、非合法とわかって顔のいい年齢一桁の女の子を買ってましたなんてスキャンダル、そう転がっている訳じゃない。そんなのが表に出るよりは収賄がばれた方がまだダメージが少ない。そう言うことよ」

「そのために……」

「そ、そのために私は差し出された訳だ。実の祖母に背中を押されてね」

 

 そういって風呂場のドアに背中を預けるとドアの向こうが震える気配がした。

 

「なに、同情してほしいわけじゃない。それはそれで割り切ってるんだよ。とっくのとうに私は狂ってた。名前も過去も、全てを捨てても平気なくらいには狂ってたし、今も狂ってる。そして、軽く二ケタ後半の数は抱いてきたし、直接的にも間接的にも三桁近く殺してきたよ。その結果、私は私に向けられる愛憎をコントロールできるようになった。―――――君が情を向ける私は、そう言う化け物だよ」

「――――――化け物なんて言わないでよ!」

 

 ドアの低い位置が揺れた。背中を預けたまま拳でドアを叩けば、その位置が揺れるだろうという場所だ。

 

「あんたはいつもそうだ。淡々と語って、無茶してるのも見え透いてるし、気が付いてもらいたくて必死なのに、全部大丈夫みたいな顔でチラつかせた物を取り上げる!」

 

 扉越しでも十分に響く怒声に笹原はユニットバスの安い天井を仰いだ。あぁ、泣かせる気はなかったんだけどな。

 

「そこまで信頼できないかなぁ。私は、何があってもあんたの味方になるって、なんでわからないかなこの司令官は」

「私はいつかそれを裏切る。笹原ゆうが必要となくなった段階でね」

「そんな日が……」

「くるよ」

 

 くるんだよ、必ず。そう言うと扉の向こうでもう一度扉を叩く音がした。今度は弱い。

 

「やだよ……司令官」

 

 絞り出すような声に笹原は笑って扉を一気に引いた。内開きのドアは川内の重みもあって勢いよく開いた。仰向けに倒れてくる彼女を後ろから抱きとめる。

 

「大丈夫。まだしばらく先だ。それに、とりあえず今の段階では私がまだウィルスにやられていないことがわかった。それで十分だ」

 

 川内の目の端を撫ぜて涙の跡を消しながら、笹原は笑う。そうだ、まだ笑える。まだいける。

 

「本当は寝直したいところだけど、仕事始めも近い、用意をしないと……」

 

 そのタイミングで、かなり急いだノックが響く。

 

「どうしたの?」

「しれいかぁん! 開けて!」

「文月……?」

 

 バスタオルを手早く巻いた笹原がドアを開ける。

 

「どうしたの?」

 

 慌てた様子の文月が部屋に飛び込んでくる。笹原は素早くドアを閉めると後ろ手で鍵を閉めた。

 

「これ……!」

 

 文月が数枚のレポートを差し出した。わざわざデータではなく紙で直接持ってきたということはよほどの事態だ。心して印刷されたそれを確認する。笹原は洗ったばかりの髪を掻きむしった。

 

「……全くなんでこう、こんなタイミングで仕掛けてくるかな」

「なにがあったの?」

 

 川内の声に笹原は冷や汗が垂れる顔を向けた。

 

「15分前、グラウコスの名で第二実行班とやらに実行命令、その直後に――――――」

 

 笹原はこめかみを押さえるようにしながら虚空を睨んだ。

 

 

 

 

「国連の人事管理サーバーがフロアごと吹き飛んだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 業務開始と同時に井矢崎の元を訪れたのは高峰だった。敬礼を交わしてから資料をデスクの上に置く。今日の秘書艦を務めていた景鶴がどこか居心地悪そうに座っていた。

 

「今朝の国連の人事管理サーバー爆破事件、既にお聞きになられていると思いますが」

「うん、今長野は対応でてんてこ舞いだろうね。それで、どうしたの?」

「そこにグラウコスと呼ばれる人物が関わっていることが確定的になりました」

「グラウコス……神話だと何人もいるけどどのグラウコスだい? シーシュポスの子、ヒッポロコスの子とかけっこうたくさんいたと思うけど」

 

 あくまで笑みを張り付けたまま井矢崎は聞き返す。

 

「海神グラウコスをお忘れですか? 少将」

「うん、知ってる。そしてその名を持つクラッカーがアメリカ寄りの活動をしていることも知ってる」

 

 高峰は苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「……さすが、耳が早い。元在帝政アメリカ防衛駐在官を歴任しただけある、といったところでしょうか」

「そう言えばそんなこともしていたね。私がまだ一等陸佐の頃だから、もうかれこれ12年近く昔の話だ。よく調べている」

 

 どこか満足げに鼻を鳴らして井矢崎は微笑んだ。

 

「それで、そのグラウコスが国連の人事管理サーバーを爆破した。サーバーの立地は公にされていないにも関わらず。正確に爆破せしめた。……非合法諜報員(ノンオフィシャルカバー)の証拠を消すためにしてはいささか大袈裟だが、理解ができないものじゃない。それで、それを私になんで報告しに来たのかな?」

 

 張り付けた笑みを見て、高峰は笑みを返す。心のこもってない笑みにも使い道がある。

 

「……《オペレーション・ウェヌス・リベルティナ》、南北アメリカ方面隊からの支援の申し出を正式に拒否していただきたい」

「即ち、今回の人事管理サーバーの攻撃が《オペレーション・ウェヌス・リベルティナ》への妨害を意図したものだと?」

「はい」

 

 それを聞いて井矢崎は溜息をついた。

 

「それはできないよ」

「なぜです?」

「なぜとは、それは一番君がわかっていることじゃないの? 外務省のエリートキャリアだった高峰春斗参事官なら……いや、エリートキャリアの高峰春斗審議官と呼んだ方がいいかな」

「どちらでも結構ですよ、参事官は階級、審議官は役職ですから。井矢崎少将もよく調べられているようで」

「ふふん、こんななりでも少将だよ。上級管理職を舐めてもらったら困る」

 

 井矢崎はそういってどこか挑発的な目線を高峰に向けた。

 

「どちらにしても君は外交の最前線に立っていた。その経験がある君なら考えるまでもないはずだ。今ここでアメリカ方面隊を無下に断ってしまっては戦力の独占と誹られることになる。それは極東方面隊にとっても、その管轄地である日本においても、プラスにはならない」

「それは在帝政アメリカ防衛駐在官としての経験からですか?」

「日本国内で国際犯罪組織狩りに勤しんでいた君よりは外交に明るいつもりだよ、若造」

「歳はそう離れているつもりはありませんけどね」

 

 井矢崎は指を顔の前で組んでそれ越しに高峰を見た。

 

「つまり高峰君はこういうことを言いたいのかな。私が米帝に肩入れしていて、アメリカ方面隊の手引きをしている」

「まさか。ナショナリズム溢れる井矢崎少将がそんなことをするはずはないと思っていますとも、先輩」

 

 盛大な皮肉に井矢崎は苦笑いを浮かべ、その後しばらく双方言葉が途切れる。

 

「あの……私、席外した方がいい?」

 

 景鶴が恐る恐る手を上げる。この場からいち早く退散したいと心からそう思っていた。聞くからに危ない話題だ。少なくともこういうことにまだ耐性がありそうな翔鶴に交代したい。

 そんな様子に気がついたのか、井矢崎がふっと表情を緩めた。

 

「いや、ここにいてほしいかな。私の部隊が関わることだから」

 

 少将の鬼っ! と心の中で叫びつつ景鶴がゆっくりと手を下ろした。高峰は景鶴に目で詫びてから、井矢崎に視線を戻した。

 

「正確には部隊の安全に関わること、でしょう? 少将。今は人間同士で争っている余裕がない。アリューシャン方面攻略は極東方面隊の最優先事項であって、確実に手中に収めなければならない場所です。そんな重要な作戦で、南北アメリカ方面隊の動きという不確定要素を増やしたくない」

「うん、気持ちはわかるし、重要性もわかる。でもまぁ、難しいものは難しいだろうね。それにオペレーション・ウェヌス・リベルティナは予定通り、今日の一六〇〇(ヒトロクマルマル)時をもって開始される。間に合うまい」

「……仕方ないですね。では、南北アメリカ方面隊に厳重抗議できるように国連海軍上層部に掛け合っていただきたい」

「何としても蹴落とすつもりかな?」

「我々が動くために必要でしょう」

「特設調査部が、かな?」

「貴方が、ですよ。少将」

 

 そう言うと目線を下げて肩を揺らす井矢崎。目を上げた時にはその目が冷えていた。

 

「いいだろう。そこまで言うなら何とかしようか。大義名分は用意できるようにしよう」

「感謝します、少将。では、これで」

 

 敬礼を送り高峰が踵を返す。

 

「あぁ、そう言えば高峰君」

 

 井矢崎の声にもう一度振り返る高峰。窓の外からの光が井矢崎の表情を塗りつぶしていた。

 

 

 

「君もアメリカと繋がりがあったな」

 

 

 

 それを聞いて高峰は笑った。景鶴はそれを見て背筋が凍る気がした。

 

「――――では、失礼します。少将」

 

 ドアを開けて外に出る。そうして、ため息をついた。

 

「……ずっとそこで待ってる必要はないだろう、委員長、篠華」

「だって取り込み中みたいだったからね? こわーいお話には首を突っ込まないに限るよ」

 

 篠華が銀髪を揺らしてそう言った。高峰は肩を竦めてそれに答える。

 

「いつもいらんことに首を突っ込むのにか?」

「いやいや、あれは面白いこと、ねー駈クン」

「同意を求められても困る。……高峰、なにかあったのか」

 

 東郷の声に高峰は一瞬口をつぐんだ。

 

「白鴉、景鶴から目を離すな」

「……どういうことだ?」

「最悪の場合、“白夜の鐘”の再現になりかねない状況になる」

 

 息を飲んだ東郷と篠華を置いて、高峰が歩き出す。廊下の角を曲がれば笑顔の青葉が合流した。

 

「状況はどうです?」

「井矢崎少将から言質をとった。手綱はこっちが取ったよ。九課の方は?」

「永野大佐が付いてくれるそうです。六課との共同戦線ですね。五月雨ちゃんと扶桑さんにも協力とりつけました、動けます」

「上々。防諜パッチ」

「D4がつつがなく進行中ですよぅ。早速網にかかり始めました。マーカーは六課の面々が付けてくれてます」

「監視続行、まだ手を出すなよ」

「わかってますって。そしてもう一つ」

 

 速足で階段を下りつつ、青葉が口を開いた。

 

「サーバー爆破教唆の疑いと先日のクラッキングの犯人ですが、非公式に断定来ましたよ、案の定です。お決まりすぎて少し拍子抜けですが」

「そうか」

 

 その反応を聞いて青葉がクスリと笑う。

 

「あれぇ、以外に淡泊ですね。高峰さんにとっては嬉しくない知らせですか?」

「それが例え福音であっても、それが最善であるとは限らない。正義を成せば世界の半分を怒らせるものだ。……何はともあれ、ウォルシンガム作戦がこれで幕開けか」

「ですね……さて、どんな大物が釣れるやら」

「まぁ、対応は実働班に任せるとしよう。俺たちには俺たちの仕事が待っている」

 

 一階のロビーを抜けて外へ、夏を感じさせ始めた風を受けながら目の前の船を見やる。グレーの鋼鉄の艦が二隻並んでいた。一隻は水上用自立駆動兵装運用型駆逐艦“あすか”、もう一隻は国連陸軍との供用艦、念動式輸送艦“あきつ丸”。

 

「さて、戦争の幕開けだ」

「地獄への道行き、お供しますよ、高峰さん」

 

 高峰があきつ丸へと足を向ける、青葉もそれに従った。

 

 

 

 その日、2083年7月5日。ミッドウェー攻略隊を乗せたあすかが出港、それに続けてあきつ丸が北を目指して出港した。

 

 

 

 オペレーション・ウェヌス・リベルティナ―――――ミッドウェー・アリューシャン二方面攻略作戦が始動した瞬間である。

 

 

 





はい、諜報担当勢の回でした、これでやっと本編に入れる……!


感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回からやっと深海棲艦との戦いが始まります。もうお久しぶり過ぎてヤバイですが、何とかなるかなぁ……


それでは次回、お会いしましょう。

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