艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
今回もまたコラボ作戦となります。
それでは、抜錨!
退出した伝令役の少尉を敬礼で見送って、航暉は小さくため息をついた。
「司令官さん……いよいよ、ですか?」
「あぁ、いよいよだ」
電がどこか不安そうな顔で問いかければ、航暉は頷く。既に夏服への切り替えが行われ白い詰襟を来た航暉が席を立つ。
「電、悪いがお使いを頼む」
「なのです!」
その返事はどうなんだ? と軽く笑う航暉。
「13:00に第一本庁舎の第三会議室に司令部員を集めてほしい。補給系の調整などは高峰がやっているとは思うが間に合わないようなら調整を」
「了解なのです。……司令官さんはどちらへ?」
「先に状況の確認を開始する。忙しくなりそうだ」
「あ! 制帽忘れてるのです!」
「戦闘指揮所に籠るだけだから必要ないよ」
そういって航暉が先に部屋を出た。手にした制帽を抱えてそれを見送った。
「司令官さんは相変わらず……振り向いてくれないのですね……」
それを寂しいと思うのは間違っているだろうか。私は司令官さんにとってなんなんだろう。そんなことを考えてしまう。
ほかの人よりも大切にしてもらっているのはわかる。そうでなければずっと旗艦に指定するはずがないのだ。これ以上を求めるのはきっと強欲なのだろう。
(でも、少しだけ寂しいのです……)
そう思って制帽に顔を寄せた。金糸でオリーブをかたどる模様が入った帽子の庇を指でなぞる。夏用の純白のカバーがかけられたそれは眩しく見えた。それを抱く。
(あ、司令官さんの匂い……)
シャンプーのような石鹸のような匂いと、汗の匂い。それを吸いこむ。……
「……って、何を考えているのですっ!?」
はっと我に返る電。慌ててあたりを見回した。司令長官室には電一人だ。安堵する。そろそろ伝令に走らなきゃいけないだろう。でも、途中を駆け足にすれば十分に挽回できるはずだ。だからもう一度だけ。
再度周囲を見回す。
「すー……はー……」
やはり落ち着く。
「すー……はー……すー……っ!?」
胸いっぱいに吸い込んだ彼の香りを吐きだそうとして、動きを止めた。窓の外で逆さにぶら下がる青みを帯びたポニーテール。ちなみに司令長官室は五階にある。
「……」
『……』
カメラを仕舞って、ウィンク。窓枠にぶら下がっているらしいその影が口パクで何かを伝えようとしていた。
『ア・オ・バ・ミ・チ・ャ・イ・マ・シ・タ』
「は、は、はにゃぁあああああああああああっ!?」
ゆっくりと息を吐きだすつもりが悲鳴に変わる。直後に破壊音。
「電嬢!?」
腰のホルスタからM500のショートバレルモデルを引き出し、構えながら突入してきたのは杉田大佐である。周囲に紙の書類が散乱していることから、書類か何かをもって来たところで悲鳴を聞いてドアを蹴り破って突入したらしい。蝶番ごと吹っ飛んで歪んだドアがけたたましい音を立てて板張りの床で跳ねた。電はそれに驚いてさらに飛び上がる。
「無事か!?」
「はわっ、はわ、はわわ……っ」
とっさに言葉にならない。とりあえず大丈夫という意味を込めて何度も頷いておく。それを見て拳銃を低い位置に構えたままの杉田がため息をついた、周囲のクリアリングを行い。電の前でしゃがみ込んだ。
「安心しろ電嬢、大丈夫だ」
そう言われて優しく微笑む杉田。電が制帽を胸元に引き寄せているのを見て一種眉をひそめる。
「月刀に何かあったのか?」
首をふるふると横に振る。その時に、見てしまった。
杉田がドアを破って入ってきたせいで入り口は全開。
そこから心配そうに顔を出すどこか青い顔をする響。
杉田と一緒に来ていたらしい武蔵が入り口前を封鎖。
その向こうには何事だろうと集まった野次馬御一行。
それを掻き分け、血相を変えて飛び込んでくる高峰。
高峰の肩越しに惨状を見て真っ青になっている青葉。
……とんでもない騒ぎになっている。
「おい、何があった?」
「さぁな、とりあえず無事だ。状況はエコー1-1ってところだろう。月刀は?」
《後15秒で現着》
「電も気が動転しているようだ。
《わかっている》
至極真面目な通信が電含めて届く。どうやら杉田が緊急通信を飛ばして呼び戻したらしい。
まずい、これはまずい。
ここまで騒ぎが大きくなっては理由を話さない訳にいかない。だが“司令官さんの制帽の匂いを嗅いでいて青葉さんに見られて驚いて悲鳴を上げました”なんて絶対言えない。しかもドアの修理のための修繕依頼書類の修繕箇所破損理由の欄にそれが書かれる。恥ずかしくて死ぬ。生きていけない。
だが、ここの司令官は皆、安全保障のプロフェッショナルだ。防諜機関出身の高峰は当然のこととして、諜報もこなした軍系特殊部隊で鍛えられた航暉、陸軍で前衛狙撃手として観測手こなした杉田も、正確な状況報告の大切さを骨の髄まで知っている。状況を明らかにしようとしないはずがない。
(ど、どうすればいいのです……っ!?)
ちなみに、現場保存中の武蔵がその不気味さに慌てて飛び退くような形相で、電が襲撃にあったらしいと聞いた航暉が姿を見せるまで、あと3秒である。
結局、作戦会議は開始時間を1時間送らせて14時から行われた。
「こちらの都合で遅らせてしまい申し訳ありません。井矢崎少将」
「いや、盛大に大笑いできたからいいんだけどさ、大丈夫なの? 電ちゃんについてあげなくて」
「あんな理由で私が欠席するわけにいかないでしょう」
明らか楽しんでるようなニヤニヤ顔でそう言う上級将校に航暉はいたって平静を保って告げた。その言いぐさを聞いて噴出したのは渡井である。
「まっさか、人肌恋しさに司令長官の帽子を抱いているとは……好かれたもんだねぇ准将殿?」
「そろそろ黙れよ“明鏡”」
「おっと」
航暉がぴしゃりとそう言うと井矢崎が曖昧な笑みを浮かべた。西部太平洋第一作戦群の副司令長官たる井矢崎の肩では銀色の副官飾緒が揺れていた。
「まぁそこまで信頼関係を結べてるってのはいいことだと思うけどね。もっと大切にしてやってもいいとは思うけど? なぁ、翔鶴」
「な、なぜ私に話題を振るのでしょう……?」
「秘書艦として良くやってくれているからね」
「わ、私は言われたことをこなしているだけですし……」
そう言いながらも頬を染める翔鶴。赤い色の袴が揺れる。
「そっちはそっちで勝手にお幸せに」
「その言葉そっくりそのまま返すよ航暉君」
「勝手に言っててください。どうせ今は謝りたくても『来ないでほしいのです』の一点張りでクールダウン期間真っ最中ですから」
航暉と井矢崎の言葉の応酬に、第五〇太平洋即応打撃群旗艦代理の赤城が必死に笑いをこらえている。本当ならば赤城の席に座るはずだった人物は「し、司令官さんたちなんて大嫌いなのです――っ!」と叫んで逃げたっきり司令長官付秘書艦控え室に立てこもっている。航暉は残りの特Ⅲ型の面々に交渉を任せて赤城を連れて会議に出ているというのが現在の状況だ。珍しく俯いてプルプルしていた加賀がドアの修繕の手配などを済ませてくれているはずなのだが、大丈夫だろうか。
航暉が頭を抱えていると会議室の端の方から鈴の音を鳴らすような笑い声が聞こえた。
「全く、黒烏の面々はホント飽きないね、そんな痴話でドア吹っ飛ぶー?」
そこでケラケラと笑っていたのは篠華・リーナ・ローレンベルク中佐だ。ロシア系の血も混じっているせいか鮮やかな銀髪が映える。
「吹っ飛ばしたのは俺だがなにか文句でもあるかな篠華嬢」
「
「あんただけには言われたくない、問題児筆頭」
そう言われてケラケラと笑い続ける銀髪の女性に杉田はどこか不満そうだ。そんな彼と対照的にうれしそうなのは笹原である。
「まぁ、この面々とつるんでると飽きることはないよねー」
「だよねー」
「それの尻拭いに走る俺の気持ちにもなってくれ……」
「「“委員長”には感謝してるよー?」」
声が揃った楽観的な女性二人の前でわざとらしくため息をつくのは“委員長”こと東郷駈中佐。その肩を高峰がポンポンと叩く。
そんな雑多な雰囲気を見て井矢崎がどこか柔らかい色の目を航暉に向けた。
「ホント、にぎやかだな、
「ローレンベルク中佐と東郷中佐は528駆逐隊ですから
「でもまぁ、駈君はともかくとして、私はもっぱら機動部隊が専門なんだ。水雷カチコミ専門の520番台後半の水雷系はあまり接点がないんだよ」
「……そうですか」
「まぁ、みんな勝手によくやってくれるから楽でいいよ」
それで良く第一作戦群副官が務まりますね、と航暉は口に出そうとしてやめた。井矢崎の努めて怠惰に見せようとする癖はいくらか見てきたからだ。
「時間も押していますから、そろそろ本題に入りませんか?」
「ん、月刀君たちがいいなら始めようか」
井矢崎がそう言うと航暉が部屋の明るさを落とした。壁の一面がスクリーンに切り替わり、作戦図が表示される。太平洋の西半分、すなわち極東方面隊の管区にあたるエリアの海図が表示されている。
「それじゃ、航暉君よろしくー」
「最初から丸投げですか……」
そう言いながらも航暉は前に立ち、全員の顔を見回した。先ほどまでの空気は一変し、キンと澄んだものに変わる。
「……今回は第五〇太平洋即応打撃群が参加した作戦中でも最大規模の作戦となる。攻略目標は、ここだ」
そういって航暉は作戦図を拡大。さらに北半分をズームアップする。
「アリューシャン列島全域。現状、このエリアはヒメが国連海軍に合流した後も、特定の島々を除いて深海棲艦の勢力圏にある。今回の作戦ではこのエリアの深海棲艦の友軍化、もしくは無力化によって、ユーラシア大陸とアメリカ大陸を結ぶ北極圏の海上交易路及び航空路の安全を確保することを目指す」
それを聞いた渡井がクスリと笑う。
「なるほど、ヒメちゃんを最前線に投入する気かい?」
「最終的にはそうなる。深海棲艦とコミュニケーションを取るなら
そう言うと手をあげたのは篠華だ。
「北方のアリューシャン方面全域をそれでカバーできるの?」
「ヒメがそちらで現役だった時の深海棲艦の勢力関係が残っているなら、という条件付きだ。それに関しての保証はできない」
「何とも不安要素満載な情報だこと」
篠華はどこか不満げ。それとは対照的な笑みを浮かべるのは井矢崎だ。その笑みを軽く振り返って篠華に向ける。
「要は今でもヒメが深海棲艦のトップとして君臨できるかどうかの実験の要素も強い。ヒメが深海棲艦を統治できるなら、ヒメをトップに据えた人類側の深海棲艦の陣営を組織しなおし、海域の平定を狙う、出来なければ力ずくでぶん取る……そんなプランだ」
井矢崎がそういってから視線を前に戻した。
「それじゃ航暉君、続けてくれる?」
「はい。これに先立ち、武力交渉を円滑に行う為、アリューシャン方面の敵をある程度南側に引き寄せておく必要がある。そのため、囮部隊として空母機動部隊をミッドウェー方面に展開。敵の誘導を行う」
「二方面同時作戦、ですか?」
赤城の声に航暉が頷く。
「事前にグアムの飛龍と蒼龍、横須賀から応援に向かった利根と筑摩が何度も偵察と遠距離からの爆撃を行っている。既におびき出しに入っている状況だ。通信が傍受されていることを前提として攻略状況の送受信も行っている」
「それを受けていろんなところから深海棲艦をわんさかミッドウェーに集めておきたいという状況か?」
今度は高峰の問い。それには井矢崎が口を開く。
「少なくともヒメが交渉しやすい状況を作っておきたいからね。その分、航暉君たちはかなり厳しい状況になるわけだけど」
「……月刀准将がアリューシャン方面を指揮するわけではないのですか?」
東郷中佐がそう言うと航暉が頷いた。こういうところでかっちりと公私を分けるところは“委員長”らしい。
「今回は赤城・加賀・大和型・金剛と榛名・504水雷戦隊・505潜水隊がミッドウェー方面に展開、先行作戦を実施中の飛龍たちと合流し、深海棲艦の撃滅を行う。こちらの指揮は私と杉田大佐・笹原大佐・渡井大佐で行う。本命のアリューシャン方面には
本当に大攻勢だな、と誰ともなく呟いた。
「北極圏航路の啓開は物流を加速させ、対深海棲艦戦闘を好転させるきっかけとなりうる。それだけ重要な作戦ということだ。それにしたがって中央戦略コンピュータからの作戦優先度は最高クラスのカテゴリⅤ、ランクはS+という最重要作戦にあたる。……失敗しましたでは到底許されない作戦だ。そのため、複数の水上用自律駆動兵装に強化が加えることになった」
スクリーンの画像が切り替わった。
「睦月と如月に対空戦を重視した大規模改装を実施、睦月には最新鋭の四式ソナーが先行搭載される。金剛型全艦にそれぞれ大規模改装、翔鶴・瑞鶴には装甲の強化及び特殊発艦機構を搭載するための根本的な改造を行うことになる。川内と暁にも改装が施され、夜間戦闘における戦闘能力の強化を図る」
「うわー、改造費だけでミニイージス艦1隻くらいなら作れるんじゃないのこれ?」
資料を流し読みしたらしい笹原がそう言った。
「それだけ投資をしてもおつりがくるレベルの作戦ってことでしょ? 技術屋としての腕もなるねぇ」
渡井がそういってわざとらしく肩を回した。杉田がくつくつと笑う。
「平菱電工出身の身としては嬉しい話か?」
「基本のデータは揃ってる。ハードは工廠部に任せるがソフトの最適化ぐらいはこちらでできるよ」
フリップナイトシステムの延長のシステムになるだろうしね、と続けて渡井が笑う。そのまま手をあげた。
「とりあえず技術者として気になる点があるんだけど、発言しても?」
「頼む」
「ヒメを交渉の矢面に出すのはいいとして、ヒメが寝返った場合の
航暉はそれを聞いて頷いた。
「一応は用意している」
「具体的には?」
そう聞かれて航暉は一瞬言いよどんだ。
「4月の駆逐棲姫緊急迎撃戦の時に春雨から回収したプログラムコードから、艦娘のダメコンとコンフリクトする部分の抽出が完了している。それが深海棲艦の行動を一部阻害することも“実験”の結果判明している」
「つまり、最悪の場合はそれを流すって訳だ。……その決断、月刀クンはできるかい?」
渡井はそういって笑みを消した。
「電ちゃんの目の前で、ヒメを沈める可能性がある。講和の鍵であるヒメをそしてその時ミッドウェーに月刀がいて、電のそばにいてあげられない。それに“君が”耐えられるかい、月刀?」
「……電にできて、俺ができないなんて言うものか」
「電ちゃんは寂しくて帽子をスーハーしてたみたいだけど?」
笹原が割り込んでそう言うと誰かがクスリと笑う気配がした。
「そこは言って聞かせるさ。それが上官ってもんだろう」
「やれやれカズ君は不器用だ」
笹原がわざとらしく肩を竦めた。それを聞いて井矢崎が手を打った。
「まぁ、最初の顔合わせとしてはこれでいいだろう。参加部隊の艤装の改装が終わるまで今しばらく時間がある。細かいところは後々詰めていけばいい。一時間遅れたことで会議室も後がつかえていることだしこの辺りで一度お開きにしようか。続きは明日でもやればいい。電ちゃんの意見も聞きたいしね」
井矢崎はそう言いながら立ちあがった。
「史実として、第二次世界大戦期のミッドウェー海戦において日本海軍はアリューシャン方面を囮とし、対岸のアメリカを切り崩すためにミッドウェーの攻略を狙った。我々はその逆を征く。ミッドウェーはあくまで囮に過ぎない。アリューシャン方面を奪還し、補給路を確保、厳しい戦いを続けている南北アメリカ方面隊を支援する。そのための戦いになるわけだ」
そうして、航暉の方を見た。
「まず手始めに航暉君は電ちゃんを秘書艦控え室から引っ張り出さないとね」
苦々しい顔をする航暉。それを笑って井矢崎は視線をスクリーンに向ける。その上には作戦名が記されていた。
オペレーション・ウェヌス・リベルティナ。
「1世紀を超えたリベンジマッチだ。派手に情熱的に行っても許されるだろう」
井矢崎のその一言がこの戦争の大きな転機となる第二次AL/MI作戦の幕開けだった。
「覆して見せようじゃないか、運命の五分間とやらを」
というわけでAL/MI作戦編開始です。
第一部の最後でもやりましたが攻守交代でリベンジマッチと参ります。
今回からはりょうかみ型護衛艦先生の作品から井矢崎莞爾少将が本格的に参戦です。今回の作戦のキーマンとなりそうです。
同時にエーデリカ先生の作品から東郷駈中佐、篠華・リーナ・ローレンベルク中佐も登場です。
コラボを快諾頂いた先生方に改めて感謝します。
そういえば艦これイベント始まりましたね。現在オーバードライヴ鎮守府はE4までクリア。E5に向けて江風を急速レベリング中です。プリンたんとツェッペリンたんを掘りにE4に戻りたいし少し急ぎ足で頑張ります。
感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回はまだ話は横須賀で進みます。戦いはもうしばらく先になりそうです。
それでは次回お会いしましょう。