艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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本編開始前に少しだけまた挟みますよー

それではインターミッション、開始!


INTERMISSION02

 

 

 

 北陸州、州都金沢

 

 瑞葉はベンチに座って溜息をついた。夏の気配をすでに漂わせ始めている木陰のベンチに座って足を休めているのだが、どことなく湿度が高く嫌気がさす。

 

「全く……ここまで黒いとは思ってなかったわよ、つっきー」

 

 手にしたメモ帳を見ていると本当に頭が痛くなってくる。開いたところにあるのは警察などの資料を駆けずり回って集めた成果だ。週刊誌の売上がかなり伸びるのは間違いない大スキャンダル。だが、それを出してよいものか今更迷う。

 

 壮絶だった。ただ、壮絶なのだ。週刊誌という良くも悪くも手軽な媒体で出すにはあまりに壮絶なのだ。

 

(諏訪ジャンクションで月詠家の面々が乗った車に突っ込んだのは風月ケミカルの化学薬品運送用のタンクローリー。風月ケミカルは月刀鉱業株式会社の完全子会社で風月三友会……いわゆる月刀財閥に所属する企業。タンクローリーで運んでいたのは……ウラン濃縮時に使用する液化フルオロアンチモン酸。超酸で強力なフッ化作用を持つ劇物で空気中の水分吸って一気に反応して大爆発……証拠も100%硫酸の二千京倍を誇るとかわけわかんない酸性で跡形もなく消え去って……というか道路ごと消え去って皆無……ここまでして月詠家を消したかったのかなぁ)

 

 手元のメモ帳の内容を一つ一つ見ていく。整理するだけで悪寒がこみ上がってくる。足で調べて回って見えてきた影がこれだった。一六年前といえばテロ支援国家をぶっ潰すという名目で始まった第三次世界大戦真っ只中であり、陸海空どれも兵器の増産を迫られていた時期だ。ただ、ここで出てくるフルオロアンチモン酸というのはウラン濃縮に使用される以外ほぼ使い道がない。それに必要なのはフッ化水素であってそれを生み出すだけならばフルオロアンチモン酸に頼る必要もない。それでもなぜかフルオロアンチモン酸が出荷された。

 

(出荷先はポセイドンエンジニアリングの原子力機関開発部門……このころ確かに原子力潜水艦の開発競争はあったけど、どう考えても……これは月詠家の人材を消滅させることが目的だったとしか思えないんだよなぁ……)

 

 ため息をついて次のページを開く。

 

(月詠雪音ちゃんの髪飾りの一部が近くの草むらから発見されたことと、最初の爆轟で吹っ飛んでその後の酸化を免れたらしいフロントバンパーの欠片の塗料が月詠家の車と一致して月詠家の皆さんが巻き込まれたことが発覚。月詠航暉も含めて一家5人がまとめて行方不明になっていることが判明。一年経って月刀利郁が失踪宣言を申告、公告期間の後に宣言が成立して月詠家の人間が全員死亡扱いへ……月詠家が持ってた土地や利権はすべて月刀家に移譲され、今の財閥の形に移る。欲しかったのは、月詠家の利権? それとも別の何か?)

 

 答えを得るには情報不足だ。それを得るために、元月詠家の庭師だった方に話を聞きに行ったが、結局はわからず仕舞いだった。

 

「収穫がなかったわけじゃないけど……その先の情報が見つからないんだよなぁ……」

 

 今日の午前中の音声データを呼び出した。

 

 

――――その琴音さんと雪音さんは巻き込まれてなかったと?

――――雪音様の髪留めが落ちておりました。酸の影響も、焼けたような跡もなく、髪留めだけが吹き飛ぶことなどありえるのでしょうか。私はそんな都合のいいことはないと思いますよ。だから恐らくですが、月刀家は月詠家自体ではなく、恐らく琴音様と雪音様を手に入れたかったんだと思います。先代様がそれを知られたらさぞお怒りになるでしょう、それこそ家と家との潰し合いに発展するのは目に見えております。ですから、月刀家は全員消してしまえばいいと考えたのだと思います。

――――月刀家にとって雪音さん、琴音さんにそこまでの価値があったとということでしょうか?

――――私にはわかりません。わかるのは、月刀の一方的な理由により先代様も琴音様も雪音様も、航暉様も幸せを奪われてしまわれたということだけです。我々使用人に残されていたのは、全てを失って呆然とする航暉様だけでした。そして我々は航暉様のお心を癒すことができず、戦地へと自ら向かわれる航暉様を見送るしか、できなかったのです。

 

 

 記録の再生を一旦止める。奪おうとしたのは琴音雪音姉妹、その二人に何があったのだろう。そんなことを考えていると、携帯端末に通信が入った。デスクからだ。無線で電脳に繋ぐ。

 

『宮下です』

『月詠家の双子の姉妹のことについてこちらでも調べた。今大丈夫か?』

『はい……というよりデスク自ら調べたんですか?』

『人手不足だしな。こんな美味しいネタ放り込んでおいてミズっちゃんが驚くなよ』

 

 無線の奥ではデスクがそう言って笑った。

 

『それで……どうでした?』

『記録としてはほとんど残ってない。こっちでわかるのは警察とか病院の公開資料だけだが、一つ予想外のところからヒットした』

 

 その言い方からして、なにかとんでもないものが引っかかったらしい。

 

『ヒットって、どこにです?』

『聞いて驚け、防衛省外局、装備施設本部(EPCO)から内務省直属の防衛情報司令部(DIH)に渡ったファイルからだ』

 

 喉が干上がる。

 

『……デスク、それどこの筋から手に入れました?』

『安心しろ、合法的なものだ。だが、ファイル名の“ライ麦計画第二段階における月詠姉妹の経過レポート”という題名しかわからない。ファイルのログはあるがそのファイル自体が抹消されている』

『ライ麦計画……? 何なんでしょう?』

『知らんが、少なくともパンを焼いて終わりというわけではなさそうだ。このファイル、砺波ジャンクションでの事故のほぼ四年後に作成されている。……少なくとも事故の後、四年間は双子が生きているのが確認できた。とり……ずミ……ゃんは……のに…こ……』

『デスク? デスク……?』

 

 電波が悪いのか音声が途切れ始めた。端末を確かめるとデータ通信の速度が極端に落ちている。こういうときに無線は不便だ。電波が入るところを探さなければ。

 

 ベンチから立って歩き始める。周囲には家族連れや、カップルらしい人影も見え、穏やかな雰囲気だ。電気を無駄に喰うような噴水などは止まっているがそれでも公園の和やかさはあまり戦前と変わらない。この辺りは日本海側で比較的安全だったことに感謝だ。

 

「……っ!?」

 そんなことを思っていた瑞葉だが後ろから何かがぶつかって思いっきりよろめいた。数歩よろめいて後ろを向くと、さっきまで瑞葉が立っていた場所で女の子が転んでいた。後ろから何かに躓くような形でタックルを駈けられたらしい。小学校入学前だろうか、身長は100センチを超えたばかりぐらいの背丈の可愛らしい女の子だ。

 

「お姉ちゃん大丈夫?」

「……だいじょうぶー」

 

 声は案外しっかりしている。泣くかなと思ったけど、そこは耐えたらしい。

 

「お姉さんも驚いてごめんね? 立てる?」

「うん」

 

 女の子に手を貸して立たせる。想像以上に子どもは体重があるのか、数歩よろめいた。そこで動きを止める。

 

(この子……おかしい)

 

 支えた時の重さに一番近い人物を思い出す。……あれは、飲み会の時?

 見た目は小学校入学前で、体型も平均的だ。その女の子が、酒に酔いつぶれた中年小太りのデスクと同じぐらいの体重ということがありえるか?

 

 

(まさかこの子……全身義体!)

 

 

「もしかして、気が付いた?」

 

 女の子の声がスッと冷える。冷や汗が流れる。顔を見ると子供の屈託ない笑顔があった。

 

「そうだ、みずはおねえちゃん(・・・・・・・・・)、ぶつかってごめんなさいしたいから、一緒にソフトクリーム屋さん行かない?」

 

 唾を飲みこむ。酷く苦い。本能に近い何かが警鐘を鳴らしている。逃げろ、危ない。

 だが同時に理性とジャーナリストの性分がそれを退ける。月刀家や月詠家について調べていたタイミングでの接触だ。この“招待”は真実に近いところからのものだ。データは既に送ってある。万が一のことがあっても、デスクが引き継ぐだろう。

 

「おねえちゃん?」

 

 こてんと首を傾げる女の子。子供っぽい仕草には全くもって違和感がない。違和感がないことに違和感を覚える。

 

 えぇい、ままよ。

 

「そうね……、じゃぁ、ご一緒しようかしら」

「そんな怖い声しなくても大丈夫だよ?」

 

 女の子が手を取って瑞葉をどこかに連れていく。その先には白いバンが止まっていた。ひと昔以上前までは市場にあふれていた自動車、ハイエースと呼ばれる部類の車だった。後部座席にあたる部分の窓はふさがれている。女の子がスライドドアを開けて、瑞葉を招き入れた。

 

「よぅ、あんたが宮下瑞葉?」

 

 後部座席には先客がいた。テンガロンハットも被りアメコミに出てくる女性ガンマンってこんな感じよねと場違いなことを考えながら瑞葉はその人の問いにうなずく。女の子が瑞葉を自然にエスコートして席に座らせると、ドアを締めた。車が動きだす。どこに連れていく気だ。

 

「あなた方は何者ですか?」

「答える義理はないよ、黒ペン社の宮下瑞葉記者」

 

 高いソプラノ、女の子の声だが声質が変わった、大人としての冷徹な声。

 

「……月刀家の回し者ですか?」

「答える義理はないと言ってるんだけどねぇ、どうも私は記者という人種が嫌いらしい。でもまぁ、この状況でも動じない度胸に免じて少しだけ教えておこうかな。まぁ、日本の諜報関係者だと思ってくれればいいよ」

「あーあ、ボスは甘いんだから」

 

 ガンマンがそう言って笑う。

 

「私達の要求は簡単だ。貴女の取材はここでおしまいよ。すぐに金沢を出ること。それだけ。自力で出るでもいいし、このバンで長野まで送ることもできるわ。とりあえず取材をやめてもらえればそれでいいわ」

 

 やはりこの手の類かと思いながら瑞葉は乾いた唇を舐めて潤した。

 

「……それの決定権は私と黒ペン社にありますので、政府機関が口を出されることではないと思いますが」

「なら今黒ペン社から電話してもらう? 10分もあれば社長さんから直々に帰ってきてっていう電話が来るよ」

 

 ガンマンがケラケラ笑ってそう言った。

 

「ねぇ記者さん、あんたまだ死にたくないでしょ? そしてまだ記者続けたいでしょ? なら長いものには巻かれとくのが無難だよ?」

「プロパガンダを書く機械になるのは性が合いませんので、車を止めていただけますか」

「まったく、強情な記者さんだ。ガトー坊やが情報流すのもわかるかもねぇ」

 

 そう言う女の子はどこか貫禄を滲ませる声でそう言う。ガトーというのがこの人達の中での航暉の呼び名か。

 

「どうだい、この国の暗部の上辺を覗いた気持ちは?」

「……とりあえず子供を食い物にするような最低なシステムが動いているというのがわかりました」

「そうかいそうかい。でもまぁ、君たち一般人は今それに守られて生きてるんだよ。それは理解してくれないと私達も困るんだけどねえ」

「主語が大きいですね、えっと……」

「とりあえずはスキュラって呼んでよ」

 

 スキュラ。コードネームか何かだろうか。

 

「スキュラさんはそのシステムを守ることに何も思わないのですか?」

「守るも何も、そのシステムを作った張本人だからねぇ。自分の息子を守るのは親の義務だろう?」

「息子が間違って育っているならそれを正すのが親の義務だと思いますが?」

 

 スキュラと名乗った女の子はどこか楽しそう。こっちはちっとも楽しくない。

 

「だがその間違ったシステムを基幹として既に世界は回っている、それを止めるのにはもう少し時間がかかる。それだけだ」

「……対深海棲艦用のシステムということですか?」

「ノーコメント。まぁ答え合わせは1年から2年以内にはできるんじゃない? もっとも、その時まであなたが生きてればの話だけど」

 

 止めろ、とスキュラが運転席に声をかけた。車が止まる。

 

「私は間抜けが大嫌いだが、度胸の据わった馬鹿は大好きだ。その度胸を称えて君に一つの情報を教えよう」

 

 そういって一枚の紙きれを渡してくる。印刷された拡張現実(AR)タグ。読み取ると一人の人物のプロファイルが出てくる。

 

「……中路章人元中将?」

「ライ麦計画を運営していた面々の中で数少ない生き残りだよ。スキュラに紹介されたといえばきっと会ってくれる。ただ会って話を聞いた後の君の命は保障できない。連絡を取った段階で私たちや日本政府は君を敵とみなすだろう。会う時は遺書を書いてから会うことだ」

 

 スキュラがドアを開ける。金沢駅だった。

 

「命は大切にしたほうがいい、賢い選択でよい人生を、宮下瑞葉さん?」

 

 下ろされて、バンが急発進した。あっという間にいなくなる。

 

「……命は大切に、か」

 

 奥歯を噛みしめた。

 

(でも……幸せな生活を人知れず奪われた人がいる。それを暴くのは、私の責務だ)

 

 その責務をを航暉が残していった。今日の朝に聞いた、庭師の方の言葉も同時に甦る。

 

――――宮下さん。宮下さんが命をかけることはないでしょう。ですが、もし、私たち月詠の者に力を貸してくれるなら、どうかお願いしたい。どうか、どうか琴音様や雪音様が生きていた証を、月詠家があった証を世に出してほしい。月詠に仕えていたにも関わらず、凶行を許し、生き残った航暉様すら守れなかった。むざむざと月刀に全てを奪われてしまった。今から我々月詠家使用人ができるのは、その記憶を絶やさず、後世に残すことのみです。それだけが、我々使用人ができる贖罪なのです。

 

 

 

 

「……果たしますよ、絶対」

 

 

 

 

 瑞葉は便数の減った列車を確認し、横須賀までの算段をしながら改札を通り抜けた。確かめなければならないことが沢山増えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「甘いんじゃねぇか、姉さんよ」

「そうかい……少し、歳かな」

 

 そういってスキュラは笑う。

 

「歳って言うほど婆さんか?」

「これでももう70近いんだよ? ロロ」

 

 へっと鼻で笑ってガンマン風のファッションで固めたロロが流し目を送る。

 

「何を焦ってるんだい、スキュラともあろう人が珍しいじゃないか」

「もう時間がないんだよ」

「時間?」

 

 笑みを浮かべるスキュラ。その顔に影が過った。

 会話が終わってしばらくたって、スキュラが呟いた。

 

 

 

「そう……もう、時間がないんだ」

 

 

 




はい、こちらはこちらで動きだします。
瑞葉さん、死ぬなよ!

話は変わってイベントが近づいて参りました。さて、どうなるやら。
ゆっくりのんびり頑張ります。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回から(?)主人公たちサイドに話が戻ります。

それでは次回お会いしましょう。

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