艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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長いこと続いたパラオ演習編最終話です。
それでは、抜錨!


ANECDOTE026 ついてこい

 

 

 部屋には重い空気が流れていた。部屋には東郷大佐のみならず、扶桑、足柄、名取、霞、長月、雲龍が詰めていた。

 

「……それでむざむざと五月雨を引き渡したわけ?」

 

 足柄が怒りを抑える様にしながらそう言った。

 

「足柄、提督に怒っても仕方ないでしょう」

「わかってるわよ扶桑。わかってる、でも悔しいじゃない! 五月雨が航空機の映像をクラッキングして有利に持ち込もうなんて言いだして、少し違和感を感じてたのよ! みんなで五月雨ちょっと変わったねって言ってたのよ! なのに、どうして、どうして……止められなかったの!?」

「そうね、でもそれをぶつけてどうにかなるの?」

「そう……だけど、さぁ……!」

 

 扶桑は淡々と言いくるめ、東郷大佐を見た。

 

「提督……これから、どうなさいますか?」

 

 どこか疲れたような表情を浮かべ、指を組んだ。

 

「……どうするべきだろうな。どうもしない、というのがおそらく最善だ。捜査は特調が行う。我々には捜査権はない、そして、私自身も犯人候補の一人と言われている以上、積極的に動けば動くほど特調の動きを妨げることになるだろう」

「でも、司令官はそうする気はない」

 

 霞が目を閉じたまま腕を組んでそう言った。

 

「そうでしょう?」

「……高峰君はお人好しだな。私にある程度の情報を残していった」

 

 そう言うと、ホログラムスクリーンを立ち上げた。そこにSOUNDONLYの文字が浮かぶ。流れるのは男の声だ

 

 

――――容疑者リストといったな。犯人の目星は、ついているのかね?

――――犯人たちの絞り込みは完了していますが、お教えするわけにはいきません。

 

 

 音声の再生が止まる。艦娘たちは東郷の言葉を待っていた。

 

「犯人“たち”……実行犯は複数。おそらく組織立った集団、もしくは一人が実行し、それを支援している集団がいる」

 

 東郷はそう言った。改めて再生。その続きからだ、

 

 

――――ほぅ。

――――貴方が勝手に手を下されると困りますから。彼らにはしかるべき機関でしかるべき裁きを受けてもらわねばならないのですから。

 

 

 また再生が止まる。

 

「“彼ら”と言った以上、男性の犯人を想定している。この時点で艦娘の誰かが犯行を企てた線が除外される。おそらく人間。そして勝手に手を下されると困るということは、私が手を下そうと思えば下せる人物――――、すなわちそいつと私は面識がある」

 

 そう言って東郷大佐は目を細める。組んだ手を顔の前に持ってくる。

 

「そして、だ……」

 

 

――――おそらく五月雨は艤装研での検査の後、一時的に特調六課預かりになります。ずっと我々のところにも、硫黄島にも置くわけにいきませんので。

 

 

「我々のところに置くわけにも行かないの“我々”は第50太平洋即応打撃群のことだろう。それを高峰君が強調し、同じように硫黄島にも戻すわけにはいかないと言った」

「……それが何か問題?」

 

 雲龍の声に東郷大佐は目を閉じた。そのまま天井を仰ぐように顔をむける。

 

「言っただろう。私と犯人は面識がある可能性が高いと。そして俺は硫黄島の指揮官と面識はない。おそらく第50太平洋即応打撃群の面々で硫黄島に関連ある人物を指しているはずだ」

「……まて、東郷大佐」

 

 長月が話の腰を折った。

 

「東郷大佐は第50太平洋即応打撃群の指揮官の誰かが犯人だと思ってるのか?」

「少なくとも高峰君はそれを疑ってるんだろう。そうじゃなければわざわざ私に伝えてきたりはしないだろうね」

 

 そう言って目線を戻す東郷大佐、疲れたような表情は既に消え去っていた。

 

「そう、高峰君はそれらをわざと私に伝えてきたんだ。勝手に動くなと釘を刺しながら、私にそれを調べるチャンスを残していった」

 

 そういうと部屋に揃っているメンバーを見回した。

 

「五月雨は所属こそ違えど、この基地の大切な仲間だ。互いに信じ、背中を預ける仲間だ。犯人は……犯人はそれを踏みにじった。五月雨も、私も、この部隊の全員の心を踏みにじったんだ」

 

 組んだ手に力が入っているのがわかる。そんな東郷の様子を扶桑が心配そうに見ていた。

 

「自分で言うのもなんだが、私はほかの人より好戦的ではないと思っている。だがね、売られた喧嘩は買うし、ここまでやられて黙って許せるほどにはお人好しでも大人でもない。……特調の人には悪いが、調べさせてもらう。落としまえはつけさせてもらうぞ」

 

 そう言って指を解いた。いつも通りの表情が戻ってきた。

 

「演習の後から今まで、即応打撃群の艦娘や指揮官に私や五月雨のことを聞かれたものはいるか?」

「一応、聞かれた」

 

 長月が手を上げる。

 

「文月に部隊はどんな感じか、聞かれた。どんな指揮をするのかとか、質問を受けた」

「了解した。……文月が特調と関係あるという話は聞かないが……一応その可能性を考慮するべきだろう。今後とも素直に答えていい。皆も何か聞かれたら素直に知ってることを答えてもらっていいぞ。ただし誰に何を聞かれたかは私にすぐに報告してほしい。足柄」

「なにかしら?」

「589旗艦を扶桑から受け取れ」

「へっ!?」

 

 足柄が素っ頓狂なな声をあげた。旗艦から外されるらしい扶桑はなぜか澄ました顔だ。

 

「ちょ、ちょっといきなりどうしたの?」

「先ほど、扶桑に転属命令が下った。翌日付けて扶桑は極東方面隊後方支援部隷下、艤装研究開発実験団に転属になる」

 

 そう言うと一枚の書類を差し出した。印刷されたそれを見る。それをまじまじと覗きこんだのは雲龍だ。

 

「本当。極東方面隊総司令長官山本五六……署名入りの公式な転属命令書ね」

「もっとも署名は印刷だがね。さっきの今で高峰君が用意してくれたよ。全く、特調六課とやらはどこまでパイプを持っているやら。こんなものがさらっと飛び出てくるあたり、敵に回すと本当に厄介だ」

 

 東郷大佐がどこか呆れたようにそう言った。そんな戦艦クラスの異動なんてお手軽にできるものではない。それを2時間程度で押さえ、公式に処理させ、書類を揃えて送りつけるなんて通常のルートではありえないのだ。

 

「……高峰君は元外務省の外交官だったか、様々な伝手を持ってるんだろう。それをフルに使ってこんなものを用意してくれたわけだ。扶桑、行ってくれるな?」

「五月雨ちゃんのことはお任せください」

「頼む」

 

 東郷大佐はそう言って改めて全員の顔を見回した。

 

「こんなくだらないことで仲間を奪われるのは癪に障るのでね。すまないが、皆には私のわがままに付き合ってもらう。文句は言わせん、ついてこい」

『了解』

 

 全員の声が揃った。直後同時に皆の姿が掻き消える。東郷大佐の視界の先に、皆がログオフしたことが表示される。溜息をついて振り返る。直後、ログオン通知が響く。

 

「これでいいかね、高峰君」

「十分です」

 

 高峰がそう言ってゆっくり歩いてくる。

 

「……まったく、君は私を食い潰す気かね」

「そうだと知ってても貴方はそれに乗る気なんでしょう?」

「私を……囮にする気か」

「使い捨てる気はありませんよ。だからこそ、さっきの通信も、特調の回線を回した訳ですし。セキュリティや通信のバックアップはこちらからもサポートしますよ。貴方も、五月雨ちゃんも、死なれては困りますから」

 

 そう言うが、囮にすることについては否定しなかった。高峰は笑っているが、営業用のそれだろう。東郷大佐は笑う気にはなれなかった。

 

「私と貴方で利害が一致した。それ以上でもそれ以下でもない。どちらにとっても敵のあぶり出しがメリットになる」

「それが本当に双方の利益となることを願うよ」

「私もです、先輩」

「今後のコンタクトはこのチャンネルでいかね?」

「えぇ、私が出るとは限りませんが、特調六課の誰かが監視しています。サポートはくるでしょう」

 

 高峰が踵を返す。

 

「貴方もまだ容疑者リストに乗っていることをお忘れなく」

「君たちが監視にかこつけて護衛してくれてると思えばそんなものは脅しにもならない。その力が私の部下を守ってくれることを切に願う」

 

 そう言うと高峰が軽く笑った。

 

「あぁそうだ、高峰君。まだ敵の名前を聞いていなかったな。その敵の名前は?」

「グラウコス――――ディストリビューターの製作者と言われるハッカーと睨んでいます」

「そして君は、そのグラウコスが身内に潜んでいるという確証を得ている」

「えぇ」

「なぜだ?」

 

 高峰は答えない。

 

「――――君がグラウコスだからか?」

 

 笑う気配。

 

「まだ申し上げるわけにはいかない。それだけですよ。貴方に勝手に手を下されると困るって言ったでしょう。……でも、まぁ。グラウコスの行く末はアポローンなら聞いているかもしれませんね」

 

 そう言って高峰がログオフ。電脳空間に東郷大佐だけが取り残される。

 

「アポローン、か」

 

 そう呟くと東郷大佐は顎に手を当てた。

 

(アポローンといえば詩吟、文学、芸術の神……あとは神託、遠矢、治療の神)

 

 思いつく限りの情報をリストアップしていく。

 

(アポローンなら“聞いている”ということはアポローン自身ではない。アポローンに関係する神話の登場人物。となれば、アルテミス、ヘリオス、アカンサス……)

 

 顎を撫でていた手が止まる。

 

「カラス……?」

 

 口に出した可能性が急速に現実味を帯びてきた。

 

(高峰君は身内の犯行だと確信している。カラス……)

 

 東郷大佐の明晰な頭脳がフル回転を始める。

 

(グラウコスが使うのはウィルス、電脳を蝕む病を誘発させるとなれば治療神としてのアポローンの性質。カラス、アポローン、治療……)

 

 時刻は既に夜中の1時を回っていたが、東郷大佐の夜はまだ始まったばかりだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ふぅ」

「お疲れさまです」

「青葉もな」

「こんな急に転属書類の用意なんてしたの初めてで疲れましたぁ」

「お疲れさん」

 

 高峰が首の後ろからQRSプラグを引き抜きながら青葉をねぎらった。

 

「それで? 私が書類を集めてる間、高峰さんは何をしてたんです?」

「ん? 五月雨がどこからウィルスに罹患してたかの割り出し」

 

 そう言うとテーブルにタブレットを置いた。

 

「ディストリビューターは疑似記憶ウィルスだ。疑似記憶を噛ませて経験とは異なる情報を入力し、それに則った行動を強要するプログラム。要は個の情報(アイデンティティ・インフォメーション)自体を書き換え、まるで自分の意志のように行動させることができる」

「それがどうしたんです?」

「要は自らの経験と異なる情報が入力される状況だ。逆を言えば、五月雨ちゃんが経験から取るべき行動をなさないようにアイデンティティ・インフォメーションを改竄していたことになる。そこから、アイデンティティ・インフォメーションがどのように改変されたか予測を付けた」

「……この短時間で良くそこまでできましたね」

「あくまで予測だ。五月雨ちゃんがその経験をどのようにとらえているかの誤差補正を駈けられない以上参考値程度の精度だ」

 

 そう言いながらタブレットを操作して高峰は青葉に向けた。折れ線グラフが二本描画されている。

 

「横軸が時間、縦軸がPIX構成の偏差だ。一点からゆっくりとだが乖離を始めたのがわかるか?」

「その前までほぼぴったり一致っていうのが恐ろしいですけどね」

 

 そう言いながらもそのあたりを拡大して表示する。

 

「去年の……11月?」

「その直前、五月雨が哨戒に出て、大破して戻ってきた。西ノ島周辺に未確認の敵泊地を確認。火山の影響が大きい中、大規模作戦が実施された」

「……ねぇ高峰さん。すごーく嫌な予感してるんですけど。その頃、私達アリューシャンとかに飛ばされませんでした?」

 

 それを聞いて高峰が肩を竦めた。

 

「正確にはその後だな。――――銀弓作戦(オペレーション・アリュギュロトクソス)、その後から五月雨の行動が変わっていった」

「……その時に、グラウコスからウィルスを受けとった?」

「だろうな。おそらく大破してからの入渠段階だ。マイクロマシンによる補修に並行して、戦闘経過などの情報を抽出する。特に五月雨はその時非常用位置通報装置(ELT)以外の通信機をロストしていて、敵のデータなどは直接有線でとりだした可能性が高い。そのタイミングなら物理的にアクセスできれば難易度は低いだろう。そしてその時に物理的にアクセスできた人間は……中路中将、杉田、渡井、カズ。そして合田少佐くらいか。少なくともこのうちの誰かが、グラウコスにつながっている」

 

 高峰はそう言ってため息をついた。

 

「まったく、また銀弓作戦を捜査することになるとは、なんの因果かな」

「ただでさえ不正アクセス警報とか通信断絶とかで不確定要素多すぎた作戦なのにまた追加ですかぁ。どれだけ利権絡んでたんですかこの作戦……」

「それよりも、その時からハッキングを用意してきたことの方が問題だろう。……相当に計画を練って、かなりの資金源を持ってる人材がバックにいる。組織立った犯行とみるべきだ」

 

 高峰はそう言って、もう一度溜息。

 

「お疲れですか」

「まぁ、な」

 

 高峰はそう言うと立ち上がった。

 

「とりあえずは今日のところはここまでだ。本当にアポローンに神託を頼みたい気分だが、神頼みというわけにはいかない。成すべき人が成すべきを成す。我々はそのためにいる。グラウコスを止め、この凶行を止めさせる」

「ですね。五月雨ちゃんも大丈夫だといいんですが」

「そのあたりは確認しといてくれるか?」

「青葉、了解です」

 

 青葉がクスリとわらう。書類をまとめて、青葉が敬礼。

 

「それではお先に失礼します。どうぞご自愛ください、高峰さん」

「青葉もな」

 

 高峰がラフに答礼。青葉は部屋を後にして、ため息をついた。

 

「さて、と……」

 

 足を艦娘に割り振られた居住区に向ける。目指すは島風の部屋だ。

 青葉が島風の部屋に顔を出すと夕張が五月雨に膝を貸すようにしていた。五月雨の頬には乾いた涙の跡、夕張の目もどこか赤かった。

 

「さっき、やっと寝たわよ。泣き疲れて気絶っていう方が正しいかもね」

 

 夕張が五月雨の髪を梳きながらそういった。

 

「結構大泣きしてて、暁ちゃんとか天龍さんとかも様子見に来たよ。あと電ちゃんは結構長いこといて、10分前くらいに帰っていったよ」

 

 島風の補足を聞いても青葉はいつもの笑みを浮かべていた。

 

「そうですか。少し悪いことをしましたねぇ」

「少し?」

 

 夕張が少し棘を含んだ声で聞き返した。

 

「青葉、その薄い笑みなんとかならないの? 本心でどう思ってるかわからないけど、こっちとしては腹立つわ」

「仲良しの五月雨ちゃんをノシて泣かせたからですか?」

 

 青葉はそう言った。

 

「でも五月雨ちゃんが真実を知ったとき、既に東郷大佐が犯人に仕立て上げてたら、それこそ残酷だと思いますよぅ」

「それは確かにそう。そしてさみちゃんもきっとそれに納得して許すと思うわ。それでも、その上に胡坐をかくのは卑怯なんじゃない?」

「そうですねぇ、青葉は元々、そう言う性分ですし、“笑顔以外の表情はとっくに捨ててきたんです”。だから笑うなと言われても無理な相談ですねぇ」

 

 そう言って肩を竦める。

 

「まぁそれでも、五月雨ちゃんが置かれた状況は控えめに言ってどん底でしょうし、五月雨ちゃんが受けた傷は相当深いものでしょう。大切な人を傷つけてしまって、もう戻れないって思ってるんでしょう」

「そこまでわかっててなんで……」

「そこまでわかってるからこそですよ、夕張さん」

 

 青葉がそう言った。

 

「五月雨ちゃんにとって東郷大佐は手放しで信頼し、尊敬する上官です。ドジッ子と言われてた五月雨ちゃんを一級の艦娘まで育てたのが東郷大佐ですから。それを自分が意図しないうちに壊していた。それは大きなストレスで、今五月雨ちゃんはそれに拘束されている状態です」

 

 青葉はそう言って右手を上げる。指を二本立てた。人差し指に触れ、演じるようなうさん臭さで言葉を紡ぐ。

 

「それから抜ける鍵は二つある。一つ目は優しさの鍵です。“大変だったろう五月雨、もう大丈夫だ”、“もう疲れただろう、ゆっくりお休み”、“きっとまた東郷大佐と一緒に行けるよ”……優しい心からの言葉は彼女の傷を癒すでしょう。ただ、それだけでは彼女が求める“これまでの行為を償い、もう一度東郷大佐と一緒に過ごす未来”は、残念ながら、永遠に、来ない」

 

 青葉は続いて中指に触れた。

 

「だから私はもう一つの鍵を提示します。真実の鍵です。誰が、どういう目的で、なぜ五月雨ちゃんをハッキングしたのか。その事実に五月雨ちゃん自身が立ち向かい、それを理解したうえで乗り越える。それは自らの過ちに立ち向かい、自らの首を絞めていくような茨の道です。その過程で何度も絶望するでしょう。自らとは何かを見失うでしょう。それでも、そこで立ち向かわない限り、東郷大佐と一緒に過ごす未来は訪れないんですよ」

 

 青葉はそう言って笑みを深める。

 

「まぁ、それを夕張さんに話したところでどうにもならないんですけどね。……そうでしょう、五月雨ちゃん」

 

 五月雨の肩が揺れた。

 

「……五月雨ちゃん寝てなかったの?」

「私の会話のタイミングと呼吸が一致しましたからね。人間は話を聞くときや話すときは自然と呼吸が一致するものです。起きてるのはバレバレですよ」

 

 夕張が五月雨の頭を撫でる手を止めた。五月雨が頭を上げる。

 

「……青葉さん」

「なんでしょう? 五月雨ちゃん」

「真実の鍵、頂けますか?」

 

 その答えを聞いて、青葉はわらった。

 

「青葉は持っていませんよ? でも、それを掴む手助けはできます。鍵の在処を教えましょう。ただし青葉は慈善家ではないので、私達の調査にも協力してもらうことになりますよ」

「それでも構いません」

「いいんですか? ここから先は、地獄です。そこまでしなくても誰も五月雨ちゃんを責めませんよ?」

「……そうだとしても、私が責めるんです。それに……私は……」

 

 目の端に涙を浮かべる五月雨、それでも、どこか挑発的な青葉の笑みを見返した。

 

 

 

「私は、提督と一緒にいたい! だから、お願いします! 私を鍵の在処に連れていってください!」

 

 

 

 それを聞いた青葉がこめかみを覆うようにして俯いた、その肩が揺れている。

 

「いいでしょう。その前にまず、ウィルスの対策パッチのアップデートを行うことになりますねぇ。話はそれからです。この船は明日出港して横須賀に戻ります。その後はいろいろ忙しくなるでしょう。泣いてる余裕もなくなります。今のうちに心の整理をしておきなさい」

 

 そう言って部屋に背を向ける青葉。

 

「我々特調六課は貴女が調査に加わることを正式に認めます。活躍を期待します、五月雨特務官。貴女のその意志が求める結果を引き寄せることを願います」

 

 青葉は笑ってドアを開ける。

 

「島風はそのまま任務を続けてくださいね」

「はーい」

 

 青葉が部屋を出ていった。五月雨はそれを頭を下げて見送る。

 

「……五月雨ちゃん」

「大丈夫です、夕張さん」

 

 頭を上げて笑って見せる。

 

「いくら謝っても、いくら泣いても、状況は変わらない。……提督から教わったことの一つです。泣いててもどうしようもないんです。だから私は、できることをします。大丈夫です」

 

 夕張はそう言って目を細める五月雨を強く抱きしめた。

 

「……さみちゃんなら、きっとできる。信じてる。でも、本当につらくなったら、抱え込まないで、逃げておいで。私が絶対に守ってあげるから。何があっても、私はさみちゃんの味方になるから。だから、無理しないで」

「大丈夫です、私は一人じゃないことを知ってますから、ダメになりそうだったら、夕張さんに相談しますね」

「必ずよ。必ずだからね」

「はい、必ずです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 出港する船を見送る。離岸した巨大な鋼鉄の塊は急速に沖へと離れていった。

 

「提督……」

「わかってるさ、足柄」

 

 船が出る前、五月雨が声をかけてきた。

 

 

――――提督! 私、一生懸命頑張りますから!

 

 

「五月雨も戦っているんだ。私だけが日和見するわけにもいかんだろう」

 

 そう言って海の先を見る。今、この海の上を灰色の男(グラウコス)が進んでいるはずだ。その行方を知るのが銀弓神(アポローン)だというのなら。

 

「家族を弄し味方殺しをさせたカラスが存在する。黒いカラスに混じって、口の達者なカラスがいるはずだ」

 

 そいつが、五月雨を弄し、傷つけた。

 

「……待ってろ。貴様には落とし前をつけてもらうぞ」

 

 東郷徹心が海に背を向けた。自らの戦場へ、司令部執務室へ戻るために。

 

 

 





さて、これにてレイキャシール先生とのコラボ作戦は一区切りとします。いかがでしたか? この展開にはかなり作者も驚いています。最初はもっとワイワイ気楽な作戦のはずが、こんなことになりました。

形式的にはコラボ回はここで終了となりますが、東郷徹心大佐他五月雨たちは引き続き参加していただくことになります。というより東郷大佐の活躍のメインがコラボ外になるっていうのはコラボというのか……。

無理なシナリオを了承くださっただけではなく、長期にわたる更新停滞を根気強く待っていただいたレイキャシール先生にはこの場を借りまして深くお礼申し上げます。そしてこれからもよろしくお願いいたします。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
設定の整理などを挟んでから、次なる作戦へと動きだします。深海棲艦、ご無沙汰ですね。次作戦は深海棲艦も人間側もかなりの大規模作戦になりそうです。

覆せ、運命の五分。

それでは次回、お会いしましょう。

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