艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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最新話執筆中……
俺提督「うーん、これで6割くらい完成でいいかな、さて何字になったかな?」
原稿「1万2千字だよ!」
俺提督「ファッ!?」

……というわけで、パラオ演習編がさらに伸びます。そして分割したら、今回東郷大佐の出番なし!?

レイキャシール先生ごめんなさいシリーズが続きますが、
それでも、抜錨!

(注:ルビの関係でスマートフォンでは一部読みにくいところがございますが、どうかご了承ください)


ANECDOTE024 借しは返してもらうよ

 

 川内が部屋に戻るとそこにはなぜか先客がいた。それは私のベッドだ。

 

「……こんなところで何してんのさ、司令官」

「んー? 暇つぶし暇つぶし」

「司令官と川内を待ってたのー」

 

 文月と目を合わせて「ねー」と言い合う笹原を見て川内は軽く頭を抱えた。文月はルームメイトだからわかるとして、なぜ笹原は川内のベッドに勝手に横になって、タブレットで雑誌を読んでいるのだろう。

 

「いいの? こんなところにいてさぁ」

「“仕事”は一通り終わってるし問題ないよ? バックアップファイルの提出もハル君が枝を付けられないようにきっちりやったはずだしね」

「あー、昼の関係のやつはそれで一通り終了?」

「そうだねー、だからこうしてゆっくりのんびりできるわけだ。ほら、来てよ川内。疲れたからマッサージしてほしいなぁ」

「文月にやってもらいなよ、私も疲れた」

 

 他人の部屋のベッドを占領して追加の要求を出してくる上官を片手間にあしらうと、その上官が口を尖らせた。

 

「文月だと艤装なしだと体重軽すぎて揉んでもらってる感じしないんだもん」

「艤装背負わせたらいろいろ握りつぶされるでしょうに」

「そりゃまぁそうなんだけどさ」

 

 そう言って寝返りをうつ笹原。手元のタブレットで顔の下半分を隠してじっと川内を見る。

 

「……マッサージ」

「だめ」

「……だめ?」

「だめ」

「……だめなの?」

「……あぁもうわかった! 三十路近い女がそんな目をするなっ!」

「わーい!」

 

 なんだかんだいって上官に甘いなというのは川内も自覚していた。溜息をつきながらも、ベッドに向かい、靴を脱いでベッドに上がった、うつ伏せになった笹原の上にまたがり、肩の方に手をやった。――――直後、

 

「それ――――っ!」

「ちょ、司令か……どわっ!?」

 

 上下が急に入れ替わって川内は笹原にベッドに押し倒されたのを知る。

 

「あぁ~、司令官手癖わるいよぉ?」

「人聞きの悪いこと言わないの文月、だってこんなかわいい子がいたら襲わきゃ失礼なのは常識じゃん?」

「ちょ、司令官そんな常識知らないからねっ!?」

「じっとして、気持ちよくしてあげる」

 

 そう言った笹原が首の後ろからコードを引きだした。それを川内に差し込んだ。

 

「あっ……私もー!」

 

 そう言うと文月が笹原のうなじに触れる。笹原を電脳ハブにして、有線通信のチャンネルが開くと同時、意識がそちらへ吸いだされた。川内がその空間に立とうとすると何かを踏んづけてバランスを崩した。そのまま倒れると何やら柔らかいものに包まれるような体制になる。

 

「うわ……今日は“こういう系”か……」

「なにー? 文句あるー?」

「あのさ司令官。わざわざ有線で通信してるってことは裏仕事の類だろうけどさ……そのトップがなんでイルカみたいな寝袋でミノムシ状態になってるわけ? イルカに喰われてるようにしか見えないんだけど」

「えー、いいじゃん可愛いんだし。これ暖かいよ?」

「だからって大の大人がぬいぐるみに埋もれているってのはみっともなくない?」

「そんなことを気にしなくてもいいと思うよー。文月楽しそうだし」

 

 首から上だけをイルカの寝袋の口から出してもふもふしている笹原はとろけたような笑顔でそう言った。笹原の目線を追えばぬいぐるみいっぱいでファンシーなソファーの上でピンク色っぽい大きなテディベアを抱いてご満悦な文月の姿があった。

 

「でもこんなな中で会議するの?」

「川内はそういうところで真面目だよねー。文月、ぬいぐるみ消していい?」

「ヨタロウだけは残しといてー」

 

 そう言ってギュッとテディベアを抱きしめる文月。それを見てどこかニヤリと笑った笹原が指を鳴らすと、部屋自体の風景が切り替わる。

 

「……どっちにしても極端だよね、司令官」

「川内ちゃんの要望に応えたつもりだけど?」

 

 コンクリート打ちっぱなしの壁に皮張りのソファー、武骨なローテーブルには何も乗っておらず、シンプルを体現したような部屋に切り替わる。

 

「まー、一応“部外者”を呼ぶとき用のレイアウトメモリーなんだけどね」

 

 電子空間だと模様替え楽だわ、と言って笹原が笑う。

 

「それじゃ、始めようか。川内もちゃんと情報集めてきたみたいだしさ、マッサージに3回で応じたし、ちゃんと符号を覚えてくれたようで助かったよ」

 

 そういって腕を組む笹原、川内は半ば苦笑いだ。

 

「まぁ、みんなの報告を聞く前に改めて状況確認と行くけど、まだこれ将官クラスにしか情報流れてないから、間違えても口を滑らさないようにね。ハル君あたりに目をつけられるとコトだ」

 

 笹原が床をつま先で叩くとローテーブルの上にホログラムが立ちあがった。

 

「パラオで私たちが演習中の0902時、日本時間だと0802から35分間、横須賀のデータベースに登録されている水上用自律駆動兵装の個体登録情報(パーソナルデータ)へのクラッキングが発生、全面的にダウンする事態に陥った。カウンタークラッキングは特調の面々がやってたらしいし、青葉も駆り出されたみたいだけど結局どこの誰だかまでは特定できず、バックアップファイルを各部隊のサーバーから取り寄せてバックドア埋めて対策は一通り終了……というのが表向きの流れね」

 

 そう言うと笹原はにぃっと笑みを深める。

 

「じゃあ、川内、監視していた者として報告を」

「……結論からいうと、パラオから用途不明の通信は確かに存在していて、通信時間がクラッキングの時間とほぼ一致した」

「うん、それは速報で聞いた。そっから先は?」

「パラオ国連海軍基地のどこであるかは特定できていないけれど、クラッキング自体に使われた電波は7.6GHz」

「Xバンド帯のど真ん中……というよりは戦術リンクの周波数帯ね。まぁ軍用通信に割り込んで受け取らせるなら当然か。それで?」

 

 笹原はどこか興味なさそうに続ける。

 

「逆探するには時間も設備も足りなかったからね、まともにわかってるのはこれくらいかな。杉田大佐や渡井大佐のところも見にいったけどさ、二人とも反応は平常そのもの、怪しいとっかかりは見当たらなかったよ」

「RaidrsBETAについては?」

 

 笹原が言わんとしているものが改善型急速攻撃識別探知報告システム(Rapid Attack Identification Detection Reporting System BETA)であるとわからずに、川内は少し首を傾げた。

 

 それを見た文月が指を振ってぬいぐるみの手足を動かしながらにかりと笑う。どうやら電子情報をいじって、ぬいぐるみを歩行させるという技術を習得したらしい。電脳世界さまさまである。

 

「それはあたしが調べといたよー」

「おー、偉い文月―。で、どうだった?」

 

 ぬいぐるみをくるくるとターンさせながら文月は続ける。

 

「ハッキング前後12時間のデータを見てみたけど、民間衛星からパラオへの通信はハッキングのマイナス8時間23分に一回だけで、えっと……ぴーあいえす……ぴーゆーえるしー……でいいのかなぁ? その保有衛星からたったの8バイト、あまりに少ない量だから改ざんされてないか見てみたけど、ないみたいだよぉ」

PISPuLC(ピスパルク)か。プレアデス(Pleiades)インターコンチネンタル(Intercontinental Systems Public)システムズ( Limited Company)といえば帝政アメリカお抱えのプレアデスシステムズ造船(PSSS)の親会社だ。こりゃどーもアタリかな」

 

 笹原の言葉に川内が俯く。

 

「……グラウコス、か」

「ほぼ間違いないだろうね。そしてそれが判れば相手の目指したものも見えてくる」

「どういうことぉ?」

 

 どこか間の抜けた声で文月が聞き返した。

 

「PISPuLC側の目的は実質的に子会社と化していた六連星造船、そことつながりの深かったファーニヴル化学の“遺産”、CV-TH01X景鶴(けいづる)の入手だろう。君たちを含めた水上用自律駆動兵装は歩く軍事機密だ。PSSSは水上用自律駆動兵装の製造技術を持たない企業であり、そこに軍の兵装が渡ればそこから一気に解析されるってことよ」

 

 そう言うと笹原は靴を鳴らす。同時にホログラムが追加で現れた。

 

「こっちは私が押さえた。パーソナルデータベースへの大規模クラッキングの裏、バックアップファイルへの不正アクセスが検出された。どこにどんなウィルスを仕込んだのか、はたまたデータを覗いただけなのかわからないが、バックアップファイルへのアクセスは巧妙に秘匿されていた。……まるでてんやわんやのメインサーバー側の騒動に乗じるように、ね」

 

 川内と文月がそのファイルを覗き込んだ。

 

「……第523航空戦隊のバックアップファイル?」

「これって……まさか!?」

「そう、これが本命だ」

 

 笹原の声が低くなる。

 

「トンネル作戦ってやつだ。メインサーバーのデータがクラッシュした場合、バックアップのリロードが行われる。そしてバックアップは概してメインサーバーより保護が緩い。そこに侵入してクラッキング、最終的には壊滅的な電子戦に発展する。まぁこれは普通、ハードのサーバーを物理的に爆破したりするんだけどね。今回はその亜種ってところかな。で、次の掘削先が……」

「523に所属する、景鶴?」

「そういうことだね。そして、そのバックアップのリロードは滞りなく終了した。景鶴のデータが改竄されているかどうかが不明なままね。即ち既に景鶴は棺桶に片足突っ込んでるってわけだ」

 

 かなり時間がないね、と笹原は言う。その言いぐさに川内の目線が険しくなる。

 

「どういうことよ」

「そう簡単にメインのサーバーが落ちると思う? いくつもの監視プログラムが常時走ってるメインサーバーの防壁を破って中身を食い荒らしてる段階で、事前にいくつも侵入と工作を繰り返しているはずだ。もう出口が近いのさ、トンネルの出口が」

 

 笹原はすべてのホログラムを消すと、息を吐いた。

 

「でも、文月のおかげで犯人の絞り込みができたよ」

「う?」

「PISPuLCがグラウコスを抱え込んでる可能性が高いのはわかっているが、たった8バイトでハッキングのキーが完了するはずがないよね。即ちRaidrsBETAが掴んだ情報はグラウコスへの指示だと考えるのが妥当だろう」

 

 RaidrsBETAは民間衛星などの電波を監視する軍用の防諜システムの一つだ。音声・テキスト・画像などあらゆる媒体のデータの送受信を監視するもので、情報戦・電子戦において重要な役割を担う。それは深海棲艦が現れ、敵が人から化け物になっても変わらなかった。

 

「その時間帯に行方不明の電波がないわけだから、PISPuLC保有の衛星から発せられた8バイトの通信はパラオで打ち止めだ。それはすなわち、そのメッセージを受けとる相手がパラオにいるってことだろう?」

「言われれば……そうだねぇ」

 

 文月がのほほんとそう言う。川内はゆっくりと唾を飲みこんだ。唾液が苦い。

 

「ねぇ……その通信を受けられる人って……どれだけいるの?」

「受けるだけならだれでもできるよ。でもその先をできる人間は限られる。軍用通信の発信できる場所は限られるし、ましては水上用自律駆動兵装のデータなんで触れるなら、なおさらだよね。それは川内も知ってるでしょ? だから、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 笹原はどこか面白そうに笑う。

 

「それってさ……グラウコスの正体は今パラオにいる指揮官の誰か……ってこと?」

「もしくはグラウコスの手先かだけどね。まぁその可能性が高いだろう」

 

 笹原は笑った。

 

「ここに居る指揮官は、ハル君に杉田氏に渡井君にカズ君、東郷大佐、そして私。あぁ、あすか艦長の山本准将って可能性もあるか。でもまぁ、山本准将がアクセスできた可能性は低いかもね。調べるけどさ」

 

 川内は自分の上司がそう軽く言うことにどこか薄ら寒さを感じていた。……何も感じていないのか、彼女は。

 

「……どうするの?」

「もちろん調べるさ。犯人が身内なら内々に処理しやすいし、いくらでも調べられる。愛しの景鶴ちゃんの首から上がきれいさっぱり吹っ飛ぶよりマシでしょ?」

 

 処理、仲間の行く末を処理と言ったか、この女は。

 

「そんな怖い顔しないの、川内ちゃん。感情が顔に出るのは悪い傾向だ。とくにこの業界ではね。――――素直なのは個人的には嬉しいけどさ」

 

 川内にどこか儚く笑いかけて笹原が続ける。

 

「川内、文月もだ。感情を捨てろとは言わない。でも、それを完全にコントロールしろ。どんな情報も信じるな、疑え。私の言葉も疑え。笹原ゆうなんて偽名で軍にいるような人間だ、信じるな。自らの理性と感覚に従え。その結果は誰にも気取られることのないよう腹の奥底に隠せ。それが私からの最大の忠告だ」

「はぁい」

 

 文月が満面の笑みで答える。川内は、どういうべきか、躊躇った。

 

「……司令官は、それでいいの?」

「当然」

「……なら、わかった」

 

 笹原が満面の笑みで頷いた。

 

「よろしいでは二人には、私の経歴を洗うことを宿題に課そう。私に帝政アメリカやPISPuLC、PSSSとのつながりがないか、もしくはそう言うのに使われそうな弱みや兆候がないか調べてきなさい」

「司令官の昔のこと勝手に調べていいのぉ?」

「……要は自分も犯人の可能性があると思ってるわけ?」

 

 笹原はその質問を予測していたのか、さらさらと言葉を繋いだ。

 

「今回の事例というか景鶴関連の事例で疑似記憶ウィルスが絡んでるっていうの忘れた? 私の記憶が短絡させられてたり書き換えられてたら自分ではわからないもの。そこを調べてもらうの。君たちはこれでも信頼してるんだよ?」

「自分は信頼するなって言ってるくせに」

「そうだね、でも、諜報っていうのは案外対人の信頼で成り立つ物よ。もっともそこには嘘も謎も仕込まれるから心酔するまで信頼すると馬鹿を見るけどね」

 

 そう言った直後、ドアをノックするような音が聞こえる。ハッとして目を開けば笹原が川内の目の前でにかりと笑っていた。――――そう言えば、現実世界では司令官に押し倒されたままだっけ。

 

「どうぞー」

「ここお前の部屋って訳じゃないだろうになんでここに呼び出すかね」

「あらー? 美女3人そろっててうれしくないの? カズ君」

「ノーコメント」

 

 ドアを開けると同時に響いた男の声に川内は一瞬顔を赤くし笹原を押しのけようとするがびくともしない。入ってきた航暉は部屋の現状を見て軽く眉をひそめた。

 

「また襲ってんのか、アマゾネス」

「カズ君後で後部甲板。ちょっとお・は・な・ししようや」

「野郎呼び出しといてマッサージ鑑賞しろとか言いだすなら帰るぞ」

「まっさかー。そんなことでこのスクラサスがあんたを呼び出すとでも?」

 

 そう言った直後、航暉の目がどういうわけか見開かれた。

 

「あぁ、話してなかったっけ? この二人はもう私の事情もあんたの事情も知ってるよ」

「……そうやって、他人を巻き込むのか、スクラサス」

「アンタが潔癖症なだけでしょ? 必要な処置ぐらいしようよ。それでさ、呼び出した理由なんだけどさ」

「昼の件か?」

「そうそう、月刀准将殿には情報回ってるね、重畳重畳。まぁその件なんだけどさ」

 

 そこまでずっと微笑んでいた笹原の笑みが消えた。

 

「あんたさ、私の知らないところでスキュラと連絡とってたりしない?」

 

 いきなり声が絶対零度まで冷え込み、空気が一気に張った。

 

「どうも怪しいんだよね、あんた。調べさせてもらったよ。最近サーバーを譲ってもらったでしょ。それも、軍用仕様(ミルスペック)準拠のやつ。どこから斡旋してもらった?」

 

 航暉は表情を変えずにその視線を受け止める。息苦しいような間が落ちる。

 

「……だんまり、か。ならしょうがない。――――ひとりの友人として、また同僚としての警告だ、ガトー。さっさと手を引け」

 

 航暉はしばらく無表情でそれを聞いて、ため息をついた。

 

「……秘密なきは誠なし、聞いたことは?」

「信義に二種あり、秘密を守ると正直を守るなり。両立すべきことにあらず。あんたが守るべきはどちらだ、ガトー」

 

 どこか非難するような言いようだが航暉は肩を竦めるだけだった。

 

「いいのかい、殺されるかもしれないよ?」

「それは、俺じゃないさ」

「ふぅん、そう。……呼び出して悪かったわね。明日も早いんでしょ? カズ君はもう寝なきゃ」

「呼び出しておいてそれはひどくないか?」

「いいじゃんいいじゃん。そんなこと言っても来てくれるカズ君優しいねー」

 

 ねー、と言い合う文月と笹原。川内だけがその場で黙っていた。

 

「ほら、話終わったんだから行った行った。女の花園にずっといると嫌われるわよ」

「だから呼び出した側のセリフじゃないだろ、それ」

 

 そう言いながらも航暉が出ていこうとする。それを見て笹原がにやりと笑った。

 

「そうだ、カズく――――」

「気を付けろ笹原」

「ん?」

「犬の子が緋色の髪に手を掛けた。時間はあまりないだろう」

「……何の事だかさっぱりだけど、覚えておくわ」

 

 今度こそ航暉が出ていって、笹原がこめかみを押すようにして顔を覆った。

 

「司令官?」

「まったく、食えないなぁカズ君は。わざわざこのタイミングで言ってくるとは」

「どういうことよ」

 

 川内が聞き返す。

 

「スキュラの由来は怪物スキュラだけど、実は神話の世界でもう一人、スキュラと呼ばれた有名な女がいた。メガラの王女スキュラって言ってね、メガラ攻め込んできたクレタの将校ミーノースに惚れ込んで、父でもある国王の緋色の髪を差し出した。予言では、その緋色の髪がある限り自国は負けないと言われていたそれを敵国に差し出したんだ」

「つまり……今の月刀准将の忠告って……」

「スキュラが暴走を始めたか、寝返ったか……どちらにしても悪い兆候だよ。あぁもう、全く状況を面白くしてくれるねお師匠さん」

 

 こめかみを揉みながら笹原は続ける。

 

「しかも、カズ君は殺されないが、誰かが傷つくことは承知、それでも引けないってことは……雷電姉妹を人質に取られたかな。そうなると、カズ君に寝返ってもらうにはきついところがあるだろうし……あぁもう!」

 

 そう言うと頬をパンと叩いて笹原は笑って見せた。

 

「せっかくの忠告だ。無下にするのも忍びない。少し急ごうか」

 

 その顔はすでにいつも通りになっていて、川内にはどこまでが彼女の本心かわからなくなっていて、それを聞く前に彼女は出ていってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

オレンジとレモン(Oranges and lemons)聖クレメントの鐘が鳴る(Say the bells of St. Clement's)

 

 ゆっくりと進みながら口ずさむ。南の島の湿度もこんな夜には気にならない。

 

君に5ファーシングの貸しがある(You owe me five farthings)聖マーティンの鐘が鳴る(Say the bells of St. Martin's)

 

 砂浜をしゃらしゃらとなるような音は聞こえない。海から少し離れるだけで静かになる。

 

いつになったら返してくれる?(When will you pay me?) オールドベイリーの鐘が鳴る(Say the bells of Old Bailey)

 

 歩くと下草がガサリと鳴る。巡邏が来たらまずいかもしれないが、この時間にいないことはとっくに確認済だ。作業用の服で来てよかった。第一種軍装のズボンを汚さずに済む。

 

金持ちになったなら(When I grow rich)ショアディッチの鐘が鳴る(Say the bells of Shoreditch)

 

 目の前に金属の背の高い柵。星空の下だと頭上に広がるはずの有刺鉄線も見えづらい。それを見ながら右手へ。

 

それは一体いつになる?(When will that be?) ステップニィの鐘が鳴る( Say the bells of Stepney)

 

 正面に回り込んでゲートの脇の電子キーにカードを通す。セキュリティシステムはエラーすら返さず沈黙。数秒後に緑色のランプが灯った。

 

さぁ知らないね(I'm sure I don't know)ボゥの大きな鐘が鳴る(Says the great bell at Bow)

 

 悠々とゲートをくぐり視線を上げる。先ほどの有刺鉄線と違い、暗闇でも存在をはっきり見ることができる――――とても高い電波塔。

 

ほら、君をベッドへ送る燭台がやってくるよ(Here comes a candle to light you to bed)

 

 電波塔の先を見上げ、口の端を釣り上げる。そこにあるのは、水上用自律駆動兵装の運用に不可欠な戦術リンク送受信に使用するXバンド高規格無線アンテナ。

 

 

 

「―――――Here comes a chopper to chop off your head」

 

 

 

 脳裏に浮かぶ姿を認め、鼻で笑った。そこまで意識するつもりはなかったのだが、まあ仕方ない。

 

「借りは返してもらうよ」

 

 電波塔の中の漆黒に消える影をだれも見たものはいなかった。

 

 

 

 

 




はい、いつものオーバードライヴ節になってきました。
最後の歌詞はマザーグースから『オレンジとレモン』ですね。ロンドン橋落ちたと同じようにして遊んだりするみたいです。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は東郷大佐のターンです。

あと、活動報告で啓開シリーズについての質問コーナーを設けています。パラオ演習編が終わったら本編でまとめて回答しようと思っています。ここが知りたいなぁとありましたら、ぜひご参加ください。URL: http://syosetu.org/?mode=kappo_view&kid=89676&uid=18487&flag=1

それでは次回お会いしましょう。

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