艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、本編と参りましょう。

今回からレイキャシール先生の『名無しの英雄~パラオ艦隊戦記~(http://novel.syosetu.org/18519/)』とのコラボとなります。レイキャシール先生にはこの場で改めて感謝を!

それでは、抜錨!

(6/29は二話投稿しています。最新話リンクでいらした方はお気を付けください)


ANECDOTE019 少しはましな休暇になりそうだ

 

 

 

 南の空・南の海。台風一過の大空は抜けるように蒼い。青ではなく蒼。

 

「熱いですねぇ……まだ五月ですよ……」

《台風一過で熱せられた空気が吹き込んでるからな。ま、それでもカラッとしてるだけましだろうが》

「高峰さんそれ海の上だと意味ないですよぅ……」

 

 デッキの上で煙草を吹かす上官を見ながら青葉が海を進む。高くそびえる艦橋の下には戦闘時用のライフベストにヘルメットという戦闘指揮の恰好のままの高峰が立っている。落下防止の無機質な金属の柵に体重を預けて下を覗き込む彼の顔はどこか一仕事終えた後の疲労感がにじみ出ていた。

 

「相手はビギナーでも数が揃うと脅威百倍というのが証明されたな」

「全くです。というよりあんな長時間リンクで大丈夫だったんですか?」

「大問題だ。まともにお手洗いにも行けねぇ。だが俺はまだマシだぞ。カズなんて高密度リンクを4飛行隊分同時に捌きながら電ちゃんたちの前線部隊に指示出してを最長4時間ぶっ続けだ。なんで倒れないんだよあいつ」

「水雷戦隊も航空隊も交代しながらでしたけど、司令部は交代要員が圧倒的に不足してますもんね……」

「今回は杉田とカズに負担がデカすぎた。アウトレンジ万々歳な物量戦だったからな。前半は雨もおかげで航空戦がそこまでじゃなかったからいいが、後半は航空戦と砲戦のラッシュだったから、演算がつらすぎる」

「それでもまぁ無事切り抜けたから良しとするしかないんじゃないですか?」

 

 まぁな、と返して高峰が紫煙を吐いた。

 

「さて、とりあえずはパラオに入港するしかないわけだ。とりあえず全員休息が必要だ。……っと」

 

 高峰が舳の方へと目線を走らせる。正面から一本の細い軌跡が海面を走っていた。それに気が付いた青葉が砲を振ろうとする。

 

「待て! 味方だ。……こちら第50太平洋即応打撃群所属艦艇、駆逐艦あすか乗艦中の高峰春斗副司令長官だ。あすか接近中の艦娘は所属と登録名を述べよ」

《あ、あの、国連海軍極東方面隊、南方第二作戦群589戦隊所属……CL-NG03、“名取”です。あすかの皆さんをアンカリングポイントまでお連れします》

「出迎え感謝する。アンカリングポイントまでは先導してもらえるんだな?」

「はい、ご案内します」

 

 そのタイミングで陸方から低い発砲音がする。とっさに身構えてから、号砲だと気がつく。

 

「礼砲か、歓迎ムード全開だな」

「なんだか気になることでも?」

 

 青葉がそう聞くと高峰は肩をすくめた。

 

「東郷先輩に合う時はいろいろあるんだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゆっうばっりさ――――――――――ん!」

 

 浅瀬のサンゴ礁を迂回しながら慎重にマラカル島の海軍通常艦用パースに接岸し、一同が下艦するといきなり青い長髪の少女が夕張に飛びついた。

 

「さみちゃん!?」

「はい! ご無沙汰してますっ!」

「ど、どうしてパラオにいるの? 五月雨ちゃん硫黄島所属よね?」

「咸臨丸の護衛でちょうどパラオに入港中に囲まれちゃって、そのままここで戦ってたんです!」

「え……てことは、いま硫黄島は……」

「大丈夫ですよ。村雨ちゃんと吹雪さんが守ってくれてます。一隻の護衛なら私と夕立ちゃんがいればばっちり護衛できます!」

 

 そう言いながら夕張に抱き着いたままギューっと彼女の胸に顔を埋める五月雨。みるみる顔を赤くしていく夕張を見て、生暖かい笑みを笹原が送っていた。

 

「お熱いのはいいんだけどさぁ、タラップの上で抱き合ってると後ろつかえるからもう少し先でやってくれない?」

 

 双方顔を赤くして俯く夕張と五月雨。五月雨はどうやら夕張しか見えてなかったらしい。

 

「……相変わらずか、五月雨」

 

 タラップの下から夏季用の第三種制服を着た男が声をかけた。笹原よりも少し年上なのだろう。どこか落ち着いた雰囲気だが、ここ数日の連戦のせいか、伸びた無精ひげが疲れた雰囲気を感じさせる。

 

「あ、ご、ごめんなさい……」

「親しい間柄とはいえ、時間と場所を弁えたほうがいい。五月雨は時々周りが見えなくなる癖があると前々から言っていただろう」

「はい……」

「反省しているようですし、みんなの前でそこまで怒らなくてもいいのでは? 東郷大佐」

 

 笹原がどこか笑って声をかけると深く澄んだ鳶のような瞳が上を向いた。

 

「笹原君か」

「お久しぶりです、東郷先輩」

 

 笹原が前を塞ぐ五月雨たちを避けるように、タラップの手すりの上を軽やかに駆けていく。第一種軍装の細身のスラックスが揺れ、軽やかに手すりの支柱を蹴って、真っ先にパラオの地を踏みしめた。それを見た夕張がぽかんとする。

 

「え? へ?」

「フットワークの軽さは相変わらずのようだな」

「それはもう。それが強みですからね。東郷先輩もあいもかわらず生真面目さが増してるようで」

「その皮肉屋も健在だな。これでも年長だぞ」

「それでも今やまさかの同階級ですよ?」

「ふん」

 

 そう言うと互いにどこか睨み合っていいると、どちらともなく噴き出した。

 

「まっさか、こんなに早く先輩の笑顔が見られるなんて思ってませんでしたよ」

「好きで仏頂面してるわけでもないしな」

 

 そう言うと視線を上に回す。いろいろな処理を終えてきたのだろう、タラップの方から黒い制服の面々がおりてきた。それを見て笹原が手をいっぱいに振る。

 

「あの問題児集団が今や精鋭部隊か」

「“有事の人材は平時は歪”……あなたの言葉では?」

「そんなことも言ったかね。――――――ようこそ。パラオ泊地へ。貴官らの到着を歓迎する。月刀大佐、いやもう准将だったな」

「えぇ、東郷先輩もお変わりないようでなにより」

「とりあえずはその暑そうな第一種軍装を脱いで来い。あっという間に熱射病になるぞ。あと艦娘たちにも休息をしっかり与えてやれ」

 

 そう言うと背を向けて歩き出す男の背中を見てクスリと笑う笹原。

 

「ほんと、変わってないわあの人、で、付いていかないと私たちがパラオで迷子になるわね」

「だな、とりあえず杉田が船で当直だ。当直組を残して下艦してさっさと仕事を終わらせたら羽を伸ばすとしよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「羽を伸ばすとは言ったが、ここまでになるとは……」

「艦娘分の水着を用意してた渡井大佐には驚いたのです……」

 

 浜辺のビーチから突きだした木の桟橋の先に用意された東屋の下、デッキチェアに寝そべって航暉はそんなことを言った。

 

 とりあえずの周囲の状況と周囲警戒の割り当てを決め、残存勢力がいないかどうかの確認を進めた後に早々に任務から解放されたのである。東郷大佐曰く「一番の功労者たちに褒美を与えるのもトップの仕事だろう」とのことであり、連れてこられたのは島を二つほど渡ったところにある入江だった。天然の砂浜に透明な海、まさにリゾートと言った場所だ。

 

「電も泳いできてもいいんだぞ?」

「さっき泳いできたので大丈夫なのです。それにここ想像以上にクラゲが多くて」

「ここのはタコクラゲらしいから毒性は低いしそうそう刺してこないよ」

 

 そう言って視線を回した先では睦月たちが水しぶきを上げながら海岸線を走っている。薄い緑色のワンピース型の水着が揺れている。普段からはかけ離れた微笑ましい光景だ。後ろから趣味丸出しで彼女たちを追いかけている渡井大佐がかなり邪魔ではあるが。

 

「全く、渡井の野郎どこでこんな大量の水着を手に入れてやがった」

「一人ひとりに別のデザインで、サイズもピッタリなのです……」

「野郎の分がなくて本当によかったよ」

「それよりも艦娘みんなのその……サイズ……とか、把握されているかと思うと……」

「……よし、あとで“きつく言っておく”よ」

 

 ちなみにそれだけの水着を用意した張本人は鬼ごっこの鬼役らしく、駆逐隊の面々をほぼ全力で追いかけている。大の大人と少女という構図とはいえ普段から体力重視の訓練をしている艦娘とは良い勝負である。ターゲットを切り替えたのかいきなり追いかけられた敷波が半泣きになりながら全力疾走している。

 

「あれ、贔屓目に見ても犯罪者だよな」

「……否定できないのです」

 

 そう言う電も白いふわりとしたレースがあしらわれたセパレートの水着である。航暉は普通に半そでシャツにスラックスという制服そのままな恰好である分、その状況がどれだけ特異なのかを感じる。

 

「それにしても、さすがパラオ、虹の足(レインボーズ・エンド)の名の通り、よくこれだけの自然が残ってるものだ」

「普段から海も浜辺も飽きるほど見ているはずなのに、こういうところに来るときれいだと思うのです」

「海は生命誕生のフィールドだしな、海には魔力があるのかもしれんな」

「司令官さんも泳いでみるのもどうです?」

「泳げないの知ってただろ?」

「これを機に泳げた方がいいのです」

「といっても俺右腕義手だから浮かないぞ?」

「艦娘でも浮くから大丈夫なのです」

「お前らの義体は発砲金属とか使ってる特別性なんだって!」

「いいから行くのです! 電が手を引いてあげますから! ほらこっちなのですっ!」

 

 電に強引に手を引かれるようにして砂浜に引いていかれる航暉。その先では龍田にブン投げられて砂浜に上半身を突っ込んだ渡井の姿があった。

 

「犬上家じゃないんだからさ」

「……わが一生に一遍の悔いなし」

「あっそう」

 

 砂浜から顔を出した渡井の満足げな顔にげんなりしてるとその後ろのビーチパラソルの下からケラケラ笑い声が聞こえる。ハイレグビキニが目に毒な笹原である。横には川内とジュースを飲む文月の姿もある。

 

「で? カズ君は今から電ちゃんたちから水泳演習?」

「あの先の会話よく読めたな」

「双眼鏡があれば読唇術なんて楽勝だよー?」

「その技術はどこから来てんだが。全く気がめいるよ」

「お、やっと赤帽脱出か?」

 

 茶々を入れる渡井をもう一度犬上家状態にするとせいせいしたような表情をする航暉。ちなみに赤帽は海軍で遠泳記録が指定距離未満に集中特訓させる時に使う識別帽だったりする。

 

「前にグアムのホテルの時真面目に溺れてたものねー」

「なにそれ龍田さん!? そんな面白そうなイベント笹原さん聞いてない!」

「話さんでいい!」

 

 航暉の一喝が飛ぶが時すでに遅し。ことを聞いた笹原が腹を抱えて笑い転げていた。

 

「水深120センチで溺れる!? 慌てすぎでしょうカズ君っ!」

「一番厄介なのに話しやがって……」

 

 頭を掻きむしる航暉を見て小さく苦笑いを浮かべる電。笑いをかみ殺しなら川内も口を開いた。

 

「救命胴衣が使える状況がほとんどとはいえ何も使えないのはきつくない? 最低限の水泳能力は身につけとかないとね」

「だよねー、ここには一応プロが多いんだしこの際だから教わったら?」

「なのです!」

「俺に仲間はいないのかっ……!」

 

 航暉が慌てて周りを見回すが味方しそうな人はあまり見えない。いつの間にか騒ぎが大きくなったのか赤城達も聞きつけ、泳いでいたはずの暁たちも寄ってきていた。

 

「こんな海辺で水着にならないカズ君が少し気に入らなかったし、この際だからひん剥いてやるのもおもしろいかもね~」

「ちょいまて、その発想はおかしいだろう」

「問答無用! 文月! かっかれー!」

 

 笹原がそう言うと文月を航暉に投げつけた。その文月が航暉のシャツに手を掛ける。

 

「これでもくらえー!」

「待て待て待て待て!」

「ふ、文月ちゃん、さすがに公衆の面前でそれはあんまりなのですっ!?」

 

 そんな騒ぎを遠目に見るのはパラオ所属の一人、霞だ。

 

「ほっんと、うるさい艦隊ね」

「そうかもしれませんね」

 

 そう隣で笑うのは大和だ。なかなかきわどい恰好ではあるがしっかりと水着である。

 

「みんな明るくて、バカみたいに騒げる部隊であることは確かです」

「ふん。それで規律が緩んだらどうする気かしら」

 

 その言いぐさにどこかクスリと笑う大和。

 

「でもちゃんと締めるところは締めてますから大丈夫だと思いますよ」

「大和さんがべた褒めなんて珍しいじゃない」

 

 そう言う霞は制服のままきれいな海に視線を向けた。

 

「そこまで信じて、誰かに沈められるとか考えないのかしら?」

「考えないですね」

 

 大和が即答したことに少し面食らう霞。

 

「501の指揮官の杉田大佐も、その上の月刀准将も、理不尽な命令をしてくることはありませんし、私たちの全力を引き出してくれる。……坊の岬のような理不尽は感じたことがないですよ」

「誰かを信じるということは半ば博打、それでもこちらに全額かけてもいいと思える程度には魅力的ですよ」

「……ふん」

 

 どこか居心地の悪そうに顔をそむける霞を大和はそっと抱きしめた。大和の素肌に……正確には胸元に霞の顔が埋まる。

 

「そんなに肩肘張らなくても大丈夫ですよ」

「……!」

 

 照れ隠しかバタバタと慌てる霞をぎゅうと抱きしめ、大和は言葉を続けた。

 

「いつか誰か素敵な人に出会えますよ。きっと」

「……うぐ、くるし……」

「あら?」

 

 力を抜くとその両腕にくてんと力なく寄りかかる霞を見て冷や汗を流す大和。

 

「……僚艦を圧殺する気か、大和殿?」

「す、杉田大佐!? いつから見てたんですか?」

「ずっとだな」

 

 ニマニマわらったその顔を見て顔を赤くする大和に追い打ちをかけるように武蔵が木の影から現れる。

 

「お熱いところを邪魔するのはまずいかと思ってな、声はかけなかったんだが、早くかけたほうがよかったかな?」

「む、武蔵ぃ……!」

「とりあえず霞ちゃんに活入れて起こしてあげろ、あとしっかり謝っておけよ」

「杉田大佐はどちらへ?」

「少し東郷大佐に挨拶してくるさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東郷大佐も少しおやすみなさればいいじゃないですか」

「人ごみに塗れたビーチに行っても安らげる気がしないのでね」

 

 パラオ軍港近くの隊舎の一室。部下の私的に少し苦い顔をするのは東郷徹心大佐だ。

 

『私が見てますからどうぞおやすみになってくださいよ。緊急時は問答無用で非常呼び出しかけますんで』

 

 周囲の警備情報を確認している高峰が無線越しにそう言う。それを聞いた巫女服のような装束を纏った女性が頷いた。

 

「提督はお一人だと一緒に行く人がいないからと言って断るじゃないですか。働きすぎだと体を壊しますよ」

『“一番の功労者たちに褒美を与えるのもトップの仕事だろう”ってさっき仰ってたじゃないですか』

「ここのトップは東郷提督なんですから、ささ」

「扶桑も高峰君もそんなに俺を追い出したいか?」

『「追い出したいなんて言ってません」』

 

 目の前の麗しい女性と無線の奥の声が被ったことに東郷大佐が苦虫を噛み潰したような顔をした。

 

「高峰君、お前まで笹原化してないか?」

『心外です。あそこまでぶっ飛んでません』

「教官から黒烏の手綱をどう握ればいいか相談された身にとってはどっちも似たようなもんだ。“黒烏参謀”高峰春斗大佐」

 

 おかげでうるさくてかなわん、というとドアの影から一人の影が出てきた。

 

「すいませんね、黒烏もう一人追加ですよっと」

「杉田君、浜辺に行ってたと思ったんだが」

「この義体だと泳げないですし海は見飽きていますし、そろそろ誰かとチェンジしておかないと悪乗りした渡井や笹原の相手をするは目になるので」

『俺に行けってことか?』

「もしくは東郷大佐どうぞ」

「そう言われると行きたくなくなるな」

「それでも休まれた方がいいのでは? この一週間でどれだけ休まれました?」

「台風の時は戦闘がなかったから休んでただろう」

「あれは仕事をしてなかっただけです」

 

 取り付く島もないといった扶桑の言い分に東郷は溜息をついた。

 

「わかったよ休めばいいんだろう?」

「ご一緒しますね。基地の業務は……そうですね。雲龍がいますので彼女に引継ぎます。高峰大佐、基地の指揮をお願いできますか?」

『勝手は雲龍に聞けばいいんだな。了解した』

 

 東郷大佐を敬礼で見送って杉田が笑った。

 

「ホント変わってねぇなあ。先輩は」

『本当に真面目なところがね。でも懐かしい雰囲気だ』

「あぁ、少しはましな休暇になりそうだ」

 

 すでに昼下がりと言っていい時間、ゆっくりと南国の時間が過ぎていく。




今回は場面変更が少々多かったですね。もっといろいろ頑張らねば。
そしてレイキャシール先生、東郷大佐の少なくてごめんなさいぃぃぃいいいいいいいっ!

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
久々の水着回、もう少しやってもいいよね……?

それでは次回お会いしましょう。

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