艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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今回は少し早めに更新です。
それでは、抜錨!


ANECDOTE017 そこまで言うならとことんやりまっし

 

 

 

 モーニングコールで起こされるとすぐに客間には寝起きの冷たい飲み物が運ばれてきた。氷の入ったグラスに注がれたグレープフルーツジュースが涼やかだ。それを飲んでパジャマからいつものセーラーに着替えたタイミングを見計らって洋風の朝食が運ばれてくる。牛乳がついてるあたり、航暉が少々口を出したのかもしれない。豪華なのですと電が思わず呟く程度には量があった。焼きたてらしいパンを食べていると部屋に虎徹が入ってくる。

 

「電様、雷様、お食事の後から月刀家当主利郁様との御面会をお願いいたします」

「……しれーかんからの指示ね?」

「左様でございます」

 

 雷の声に頷いて見せる虎徹。電の顔も引き締まる。

 

「司令官さんは、何をする気なのです……?」

「雷様から私の話はお聞きになられていますね。航暉様は――――――」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にええがん?」

 

 唯香の金沢弁の問いかけに航暉は笑った。

 

「この家には未練もありません。ただ、親父殿に確かめたいことがあるだけで、それさえ終わればこの家に用はない」

「それでも、あんたにとってここは家やないん? 針の筵でも帰る家はここじゃないがん?」

「唯香さん」

 

 航暉は国連海軍の第一種制服の襟を正して笑った。

 

「私は海軍の人間で、今はもう船乗りです。船乗りは船に還る。もう私は海の人間で、海には私が守るべき人がいる。それだけです」

「でも人は陸から足を放しては生きていけんのよ? ずっと海の上で生きていくつもりなん?」

「それでも、ここに居ては私は終われない。ずっと、憎しみだけを背負い生きていくことになる。――――――それだけは、ごめんだ」

 

 デスクに置いた制帽を取り脇に抱えた。

 

「まったく、頑固な子(いちがいもん)なんは、昔からやね」

 

 そう言って唯香はポケットから何かを取り出した。黒いラバーのキーホルダーのついた鍵。

 

「そこまで言うならとことんやりなさい(やりまっし)。外のガレージのミニ、私の私物だけど使いまっし」

 

 そう言うと航暉に鍵を握らせた。

 

「そこまで手を尽くしてくれるとは意外だな」

「月刀の人間はいつまでも月刀の人間やじ。本人が望んでも望まなくても本家(おもや)の縁は切れん。『月』のレールは強固だから、わざとそれを外れるのは難しい。わたしは切る気もないんやけどね」

 

 どこか寂しそうな笑みを浮かべた唯香は彼の目を見て目を細める。彼の手を包む彼女の手は少々冷えていた。

 

「自由に生きとる航暉君が結構(たっだ)羨ましいんよ。だからせめて応援させてほしいげんて。ほら、しゃんとして」

 

 そう言うと航暉の背中をそっと押した。どこか柑橘系のコロンの匂いが僅かに彼の花をくすぐった。

 

「ほんと、いつの間にやら強くなったね、航暉君――――――いってらっしゃい(いってらっし)

 

 航暉は驚いたように目を見開いて半身だけ振り返った。

 

「唯香さん?」

「早く行きなさい(いきまっしま)、電ちゃんたちが待つとるんじゃないがんね」

 

 航暉は部屋を出る。廊下を進めば虎徹に連れられた電たちが見える。航暉は頷いた。

 

「虎爺」

「はい、航暉様」

「虎徹は口を挟まないでくれ。これは俺の戦いだ」

「存じております」

「ん」

 

 航暉が奥へと進む。畳敷きの廊下に切り替わった。そのまま航暉は進んでいく。その背中を電が不安そうに見上げた。

 

「司令官さん……」

「安心しろ、電。大丈夫だ」

 

 そう振り返って笑う航暉はそれでもどこか殺気立っていて、それが電の不安を膨らませる。

 

「さぁ、閻魔殿に入るとしよう」

 

 一つの部屋、ここの襖だけ作りが豪華なのがわかる。欄間の釘隠しに浮かぶのは菊水に三日月の紋、月刀家家紋があしらわれている。―――――おそらくは面会、いや、謁見のための大広間。その前で航暉は正座の姿勢をとる。膝を離しつま先を立てた、柔道の坐礼のような姿勢だ。一歩引いた位置に虎徹が立って控える。そこの横に電と雷も正座をする。襖が開かれる。

 その大広間の反対側の端に一人の老人が据わっているのが見え、それの目が航暉たちを視る。黒緑とでもいうのだろうか、濃い色の和服に白鞘の短刀を腰に差し、銀煙管を手にする姿はまるで大正時代から抜け出てきたようにも見える。骨と皮ばかりと言うようにも見えるがその目だけが爛々と光って見えた。

 その視線のほかにもいくつかの視線が集まった。利郁の視線を通すように横向きに座った男たちの視線だ。その中でも利郁の右側すぐ近くに座った男の舐めるような視線が刺さる、暗緑色のスプレッドダブルの制服。―――――日本国自衛陸軍第一種軍装、襟の階級章を見る限り、大佐だろう。

 

「それで、月詠の」

 

 低いしゃがれた声。それが地を這うように響く。その声に一瞬で気圧されるのを感じて電は唾を飲んだ。これが月刀家第七十二代当主――――――――月刀利郁。

 

「昨日の答えを聞かせてもらおうか、――――陸に戻る気はないか、月詠の」

「それは昨日答えただろう、親父殿」

 

 航暉の声がいつも以上にギンと張ったものになる。

 

「消した家筋に頼らなければ未来も掴めないようなのを継ぐ気はない」

「ふん、強情な小童よのぅ」

 

 銀煙管の吸い口を口に含む利郁。鬼の顔が掘られた銀細工が陰影強く光る。外の庭園の池の水面に反射して、天井に不規則に揺れる水文が彼を照らしていた。

 

「その生意気な目ン玉、祐治にそっくりよ。情に流さるる愚か者の目よのぅ」

「ほう、愚か者かね」

「先見の明がないとでもいうかね。守るべきものを間違えとる目よ。大いに惑わされ、大いに馬鹿を見て、阿呆を踊る目よのぅ」

 

 雷は虎徹の握った手が震えるのを横目で見る。虎徹が動くよりも先に航暉が口を開いた。

 

「違いないだろうな。その結果が独善的な独裁者に殺された訳だしな」

「口を慎め、月詠が」

 

 軍装の男がそう高圧的に言った。

 

「これは失礼、月岡家ご出身の延近お兄さま」

 

 皮肉な笑みに軍装の男が目に見えて怒る。延近と呼ばれたということは、この男が月刀家次代当主、月刀延近か。と雷は理解する。

 

「貴様……」

「やめんか延近」

 

 立ち上がりかけた延近を利郁が止めた。

 

「兄弟喧嘩をする年頃でもあるまい。……のぅ航暉よ。我々が守るべきものを履き違えてはおらぬか? 儂にはそれが心配でならん」

「ほー、何を守るべきだ、月刀は」

 

 航暉の挑発的な声が広間を渡る。それを見た利郁が白いひげの向こうで笑ったようだった。

 

「我々が守るべきは、国か、民か?」

「民であるべきだろう」

 

 航暉は即答。それを聞いた延近が薄ら笑みを浮かべる。

 

「マキャヴェッリを読めよ、航暉サン――――“人間は、恐れている人より、愛情をかけてくれる人を容赦なく傷つけるものである”そうだよ?」

「だから“民衆というものは頭を撫でるか、消してしまうか、そのどちらかにしなければならない”か? くだらん」

 

 一蹴して航暉は視線を利郁に戻した。

 

「ロスピエール政権化のフランスしかり、旧ソビエトしかり、恐怖政治を進めた大国が須く滅亡しているのを見てもまだ学ばないのか。そうして誰かを支配し、反対者を潰して得る安寧になんの意味がある」

「月詠の者たちはそこを履き違えておるのだよ。我々が守るべきは国に他ならん。民は強い、守らねばならないほど弱くはない。我々が守らずとも生き残る。ただ、国家は弱いぞ」

 

 利郁はそう言うと白い煙を吐きだした。

 

「だが、国家というものは現代に於いては必須だ。国無くせば無辜の民が窮地に立つ。民なくして王はありえんが、国無くして国民はありえん。国を無くした難民がいかに惨めか、お前も知っているだろう」

 

 利郁は足を崩し、立膝の姿勢を取る。

 

「民を守ればその中での争いに国は倒れる。国が倒れれば困るのは守るべきとする国民だぞ。それでも民を守るといえるかね?」

「言えるとも」

 

 航暉は再び即答。

 

「国は人間社会を動かし循環させるために作られたシステムだ。システムは最適化(オプティマイズ)され続け、常にアップデートされる。そうして移り変わっていくだろう。人の価値観が移り変わり、社会が変わっていくように、国家のあり方自体も変わっていく。求められないものを保つことは権力者のエゴに過ぎない。違うか?」

「だというならば、お前が着ているその軍服でお前は何を守っている? 国家の集合体という権力システムではないのか?」

「それを支える民をさ」

 

 平行線の言葉が行きかう。互いの間合いを測るような、敵意の籠る言葉だ。

 

「月詠の、お前は捨てることも捨てられることも恐れているだけだ。違うか?」

 

 航暉はそれを聞いてにぃと口角を持ち上げる。答えはない。それを見て利郁も笑みを深めた。

 

「だから間違うのだよ。捨てることを覚えねば、誰も救えん。誰も捨てれぬ強欲が、一人前なことをほざくなよ、月詠の亡霊に憑りつかれただけの人形が」

「――――――――間違えてるのはどっちよ!」

 

 響くのはこの場には場違いなほどに素直な怒声。航暉が横に目を走らせれば立って利郁を睨む雷の姿があった。

 

「そうやって人を使い潰して! それで国家を守るだなんて聞いて呆れるわ!」

「雷、黙りなさい」

「でもしれーか―――――」

「黙れと言っている」

 

 航暉の気迫が増し、雷の喉が干上がった。ゆっくりと立ち上がれば、司令長官を示す金飾緒が揺れる。

 

「司令官、さん……?」

「電、雷、二人は動くな」

 

 航暉の周りの空気がギンと張る。

 

「そうやって売りさばいたんだな、雪音と琴音を」

「ふん、そうやってこだわるからお前は未だ月詠の亡霊に憑りつかれただけの人形に過ぎんのだ」

 

 利郁は笑って何かの合図を出した。

 

「最後にもう一度聞こう、月詠の。陸に戻る気はないか?」

「ないね」

「そうか、残念だ」

 

 

 直後、いきなり状況が動いた。

 

 

 真っ先に動いたのは虎徹だった。立ちっぱなしの雷の足を払う。直後窓ガラスにヒビが入ると同時に何かが床に突き刺さった。

 

――――弾丸!?

 

 電は反射的に床を蹴り目の前の大広間――――正確には広間と一続きになった次の間なのだが――――に飛び込む。その刹那に航暉が前に飛び出した。制服の右袖から飛び出したナイフが航暉の手に握られている。航暉に飛びかかろうとした使用人のこめかみにナイフの柄を叩き込んだ。直後全身が痙攣するように背を逸らした使用人がどうと倒れる。

 

「全部アンドロイドで省力化か。質が落ちたな。――――――言うこと聞かなきゃ女子から狙撃とは趣味悪いぜ親父殿」

「女子か、ふん。人間に付き従う人形に情をかけているだけ――――――」

 

 どこか引きつった笑みを浮かべる延近。直後にその言葉が止まる。耳を押さえてうずくまる延近を見下ろして航暉が静かに言った。後ろの柱に数瞬前まで航暉の手元にあったはずのナイフが刺さっていた。

 

「――――――――俺の部下を侮辱するな、安全圏でふんぞり返るしか能のない奴が」

 

 航暉はそう言うと興味を失ったように延近から目を逸らし、利郁を見据え、笑みを浮かべて見せる。

 

「電・雷両特務官、無事だな?」

 

 外部向けの呼び方に電と雷は顔を上げる。

 

「なのです」

「しれーかん……何する気?」

「先の狙撃を明確な敵対行為と認め、国連軍規約第52条3項に基づく自己防衛行動を許可する。各自の判断で反撃してよし」

 

 航暉は左脇に吊っていたホルスタから拳銃を引き抜いた。FN FiveseveN――――国連海軍制式拳銃。

 

 

「月詠の血を舐めるなよ、月刀」

 

 

 航暉はそう言って利郁に銃口を向けた。

 

「しれーかん!」

 

 雷がそう言って叫けび、引き金が躊躇なく引かれ―――――弾は飛び出さず、スライドが後退して止まる。

 

 

「――――――――え?」

「……撃ち殺して終わるとでも思ったかい?」

 

 航暉は雷の方を見て笑った。

 

「貴様、父上になに――――」

「やめんか見苦しい」

 

 利郁が延近の声を叩き切る。

 

「全く、お前の言う通りだ。皆、質が落ちた。誰もかれも必要な時に動かん」

「それがあんたの選択の結果だろう」

 

 拳銃のマガジンを実弾入りのものに取り換えながら航暉はどこか可笑しそうに笑った。

 

「すでに軍閥は斜陽だ。自らの代で没落していくのを当事者として眺めていくがいい」

 

 だから、それ以上は何もせずに去る。

 

「電、雷。用事は済んだ。撤退するぞ」

 

 航暉が踵を返す。

 

「その強情がいつまで続くか、楽しみにしているぞ? 月詠の」

「そっくりそのまま返すぜ、月刀の」

 

 僅か5分。航暉が背を向けて月刀本家を去る。おそらく二度と足を運ぶことはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にあれでよろしかったのですか?」

 

 4人乗りの車を走らせながら、航暉は笑った。

 

「いいんだあれで。あれ以上やっても後味が悪くなるだけだ。俺や虎爺が手を出さなくとも早晩月刀家は瓦解する」

「そうではありますが……」

「ついでだから一発でも殴ってやればよかったかい?」

 

 どこかスッキリとした顔でそう言う航暉。その助手席で虎徹は目を伏せる。

 

「……これでよかったのか、正直わからないのでございます」

「結果としてはこれまでと同じと言ったら同じだ。俺は海軍で好きに動く。月刀家が潰れようが残ろうが、もう正直どうでもいい。それに、あの時の亡霊は、もう祓ってもらったからな」

 

 ルームミラー越しに後部座席を見やり、航暉はそう言った。視線をサイドミラーに移せば南の山から雲が降りてきて来るのが見えるので、近々また雨が降るのだろう。それにすこし憂鬱になりながらも航暉は続ける。

 

「本当は乱闘騒ぎ事態を起こすつもりもなかった。向こうが変な用心棒を雇ってなければだけどな。雇うならもっとましなスナイパーでも雇えよっていうお粗末展開だったが」

「私ですら追いつけましたから」

「“すら”とか言うねぇ。師匠殿」

「師匠?」

 

 後ろの席から疑問の声が飛ぶ。ルームミラーに首を傾げている雷の姿が映る。

 

「話してなかったか。接近格闘術で俺は虎爺に一度も勝ったことないんだよ」

「航暉様の強みは接近戦ではございませんから……」

 

 苦笑いと照れ笑いの中間のような笑みを浮かべて虎徹はそう言った。

 

「待って、しれーかんそこまで格闘戦弱くなかった、というより普通よりかなり強い部類だったと思うけど……」

「天龍さんと杉田大佐を同時に相手して互角じゃなかったのです?」

「あの時は天龍も杉田も俺を殺さんように手加減してたし、杉田はそもそもライフルマンで接近戦得意じゃないだろうが」

 

 航暉はこともなげに言うが正直信用できないと思う雷電姉妹。杉田のあれが接近戦得意じゃないならなんなのだろうか。

 

「虎爺には次会った時でも手合せしてもらうといい」

「何ならこの後でもお手合せいたしましょうか?」

「次までに受け身を徹底的に叩き込んどくよ」

 

 航暉の声を聞きながら雷と電はまじまじと虎徹を眺めた。

 

「……そんな風には見えないのです」

「それが私にとっての褒め言葉でございます」

 

 虎徹はそう言って自らの手を眺めた。

 

「いくら腕を磨いても、それを使った時には誰かが傷付いているのでございます。技術を持つものに求められるのはその技術を振るわなければならない事態を回避する能力でございます。喧嘩は売られなければそれでいいのでございます。武道をわきまえるものが喧嘩を売られた時点で一つ負けがつくようなものでございます」

 

 虎徹の言葉を聞いて目を細める航暉。

 

「なので今回は我々の負けでございますね」

 

 そう言われて彼は肩をすくめた。

 

 

 

「喧嘩両成敗だろ」

 

 

 




自分で書いててなんですが執事という単語の意味を疑い始めました。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
これで帰省編は大筋終了ですが、もう少しだけ続きます。

次回も早めに更新したいところ。
それでは次回お会いしましょう。

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