艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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さて、やっとのことで最新話更新です。
今回は次章、次々章あたりのジャンピングボード的な位置づけになるのでいろいろ出てきます。
書いてる方も混乱しそうですが、抜錨!



ANECDOTE016 あなたたちがいれば

 

 

 

「虎徹さん」

「はい、どうされましたか雷様」

 

 航暉が自分の居室(こんなところに部屋いらないんだけどなと当の本人はぼやいていた)に消えた後、そっと虎徹のところを訪ねた雷を彼はにこやかに出迎えた。いまだに燕尾の執事服のままだ。

 

「少しだけお話聞かせてもらってもいいかしら?……しれーかんと雪音さん琴音さんについて」

「……この老い耄れの昔語りで良ければ、喜んでお話いたしましょう。なにか飲まれますか?」

 

 雷に椅子を進めて虎徹は小さなミニバーの前に立つ。

 

「それじゃ、ホットココアとか、ありますか?」

「勿論ございますとも。数分お待ちいただけますか?」

「わかりました」

 

 虎徹は吊戸棚からココアの缶詰を取り出すときれいに磨かれた小鍋を火にかけ砂糖―――ブラウンシュガーの物がいいものらしい―――と牛乳、ココアパウダーを練り合わせていく。鍋と木べらの擦れる音と火の音が優しく響いた。

 

「虎徹さんはしれーかんの教育係だったの……でしたっけ」

「敬語など必要ございませんよ。―――――航暉様たちご兄妹はとても聡明でいらっしゃいましたから、教えることなどあまりなかったのでございますが、ずっと一緒にいろんなことをしてきました」

 

 ゆっくりと牛乳を鍋に注ぎながらココアを伸ばしていく彼の後ろ姿を眺め、雷はその先を待った。言葉と言葉の間を調理の音が埋めていく。

 

「先代さまは日本国自衛空軍中将でいらっしゃいましたから、ご多忙でございました。そのため琴音様や雪音様、航暉様のことは奥様と私に託して働きづめだったのでございます。それでも皆様聞き分けがよすぎるぐらいしっかりしていらっしゃいました。特に航暉様は琴音様や雪音様をとても気にされていて、兄として一人前であろうとしていらっしゃいました。決して弱音を吐かず、強くあろうとなさっていた。おそらく航暉様は昔から誰かを守る存在でありたいと思っていたのでございましょう」

 

 無地のカップにココアを注いでソーサーと一緒に雷に差し出す虎徹。そしてテーブルを挟んで雷の向かいにあるスツールに腰掛ける。そっとカップに口をつけると上品な甘さと暖かさが広がった。

 

「お口に合いましたか?」

「えぇ、こんなにおいしいココア初めてかもです」

 

 それを聞いた虎徹が笑みを深めた。

 

「琴音様もこのココアがお好みでございました。よく作ったものです」

 

 どこか遠くを見通すような目が細められた。

 

「雷様は月詠家の家紋をご覧になったことはございますか?」

「? ……いいえないです」

 

 それを聞くと虎徹は袖のカフリンクスを外した。それを雷に手渡す。

 

「これは……蝶?」

 

 蝶が翼を畳んだような意匠が見える。だが蝶というわけではなく、後ろ翅には葉のようなものが見えるからなにかの花を蝶に見立てたものらしい。

 

「変わり菊飛び蝶と申します。それを囲む薄い三日月型の月輪(がちりん)と組み合わせたものが月詠家の家紋でございます。この紋は代々月詠家の男子が継いできたものでございまして、航暉様はいつかこれを継ぐことを幼心にわかっていらっしゃいました。それがどれだけ重い事かわかっていらっしゃいました。変わり紋とはいえ菊の紋を持つ“月”の家の長男であること。それは孤独ということでございます。生まれながらにして誰かの上に立つことを課せられていたのでございます」

 

 そう言うと虎徹は視線を斜め下に走らせた。

 

「誰かの上に立つための心意気、知識、振る舞い。世では帝王学と呼ばれる類の教えを受け、それを航暉様は余すことなく吸収され、立派に振る舞われた。先代様の背中を追うように強くなられた。強い中にやさしさを持った強いお方になられた」

 

 ですが、と目を細める虎徹。悔恨のような色が見える。

 

「月刀家にすべてを奪われてから、変わってしまわれたのでございます。航暉様は月刀家を怨んだ。琴音様や雪音様が死んでないと確信を持って自ら死地へと飛び込んだのでございます」

「……確信を持ってってどういうこと?」

「つけていたはずの髪飾りが見つかったのでございます。“骨まで溶かす強酸の海”ならば溶けているはずの雪音様のバレッタが車の中から見つかったのです。あれは、わざと置いたものです。雪音様が生きている可能性がある、私めはそう航暉様にお伝いたしました」

 

 それを言って、虎徹は僅かに躊躇うような間を持った。

 

「……それからの航暉様の行動理由は単純でございました」

「……妹さんを助けること、ですか?」

「それもございます。ですがそれよりも大きかったのが――――――復讐でございます」

 

 息を飲む。

 

「しれーかんが……復讐?」

「何もかもを失ったのです。月詠航暉という存在さえも死んだことにされ、大切にしていた家族の全てを失ったのでございます。それを航暉様は許せなかった。復讐が何も生まないことを航暉様はわかっておられます。それをしても琴音様や雪音様が報われないことも、その場にいれば航暉様の行いを咎めるであろうこともわかっておられます。それでも航暉様はその怒りを飲み込むことはできなかったのでございます。……だから、航暉様は月刀家の掌の上で踊って見せたのです。そして捨て駒を承知で前線部隊に飛び込んだのでございます」

 

 涼やかな虎徹の目元は乾いている。それでもその言葉には強い感情が乗っていた。

 

「本当ならば私めが止めなければならないことでございました。それでも航暉様を止めることはできなかった。航暉様のお気持ちが痛いほどわかるのでございますよ。私もその時は、……いえその時『も』でございます、復讐をしたくて堪らなかったのでございます。そして私は今もその感情を超えられずにいるのでございます」

 

 そう言うと寂しげな笑みを浮かべる虎徹。どこか悲しそうな顔をする雷を見てその寂しさを深めたようだ。

 

「今でも、月刀家が憎くて堪らないのでございます。先代様を亡き者とし、琴音様と雪音様を連れ去り、航暉様を戦場に追いやった月刀家が憎くて堪らない。航暉様が頷きさえすれば、私は躊躇いもなく、人を手にかけるでしょう。それほどに憎くて堪らないのでございます。航暉様はそんなことを許さないのですが」

「当然よっ!」

 

 椅子が後ろにバタンと倒れた。カップの中でココアが波立った。声を荒げてしまい、雷は少し後悔する。それでも、言わねばならない。

 

「しれーかんは、許すはずないわ。しれーかんは、しれーかんは……家族に人を殺せって言える人間じゃないっ!」

 

 雷の頬をあとからあとから流れる涙が濡らしていく。なにが悲しいのかわからないままに泣いていた。

 

「しれーかんは私たちにしれーかんが感じた痛みを背負うことすら、許してくれない。そんな人が、あの人がそんなことを許すはずがないわ!」

「……その通りでございます」

 

 虎徹もいつの間にか目尻を濡らしていた。

 

「雷様、どうか一つだけ覚えておいていただきたいことがございます」

 

 雷は続きを静かに待った。

 

「……どうか、航暉様を一人にしないでいただきたいのでございます。航暉様はおそらく月刀とのつながりに踏ん切りをつけるつもりで帰ってこられた。それはすなわち、航暉様にとっての復讐にケリを付けるということに他なりません。それが終わった時、航暉様を一人にしないでいただきたいのでございます」

 

 目を細める虎徹。雷を見て笑った。

 

「今の航暉様にとって雷様と電様は生きる理由そのものでございます。生きる理由に去られては、人はただ下り坂を転がる小石に過ぎないのでございます。ただ転がり落ちるところまで落ちてそれっきりになってしまう。だから雷様、どうか航暉様がことを終えた後、一人にしないでほしいのでいただきたいのです。あなたたちがいれば、航暉様は帰ってこられるのでございます」

 

 それを最後に虎徹は黙り込んだ。

 

「……しれーかんに、敵討ちなんてやらせないわよ。私が止めるもの」

 

 雷はそう言ってココアを飲みほした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか艦娘を連れてくるとは思わなかったよ、笹原大佐」

「私も思ってなかったわよ。まぁ、これはそこまで優先度の高い事案じゃない。違う?――――――井矢崎(いやざき)莞爾(かんじ)少将殿?」

 

 井矢崎と呼ばれた男が肩をすくめ、銀色の飾緒が揺れた。

 

「まぁ、君たち日本政府にとってはそうかもしれないがね、こちらとしては結構一大事なんだよ」

 

 ちいさな部屋だが声が響くことはなかった。防音用の特殊な壁材が張られた部屋。横須賀基地の地下にこんな部屋があるのを川内は全く知らなかった。どこか潮の匂いが廊下に漂っていたからきっと海まで通じているのだろう。

 そんなことを川内が考えていると、井矢崎の目線がさっと走った。

 

「……その部下は信頼できるんだろうね?」

「そこは互いを信頼しましょうよ。信頼関係あっての仕事でしょ?」

 

 井矢崎莞爾―――――西部太平洋第一作戦群副司令長官。階級は少将。五航戦を率いるトップだったと川内は記憶していた。対深海棲艦戦の緒戦、水上用自律駆動兵装が登場する前に日本の補給線を文字通り死守した日本国自衛海軍の“智将”、井矢崎海将補の息子にして、その血を強く引いた優秀な軍人。

 その少将相手に大佐である笹原がタメ口で対応するなど普通ならありえないはずだ。だがこの特殊な状況下においては成立しうる。

 

 内務省直属の防諜部隊(カウンターインテリジェンスユニット)内閣情報準備室(CIRO)。そこに所属する非公式諜報員(アンオフィシャルカバー)―――――――――スクラサスとの対話なら。

 

「それで? どんな案件がお望み?」

「……CV-TH01X、わかるな?」

「景鶴のこと?」

 

 真っ先に反応したのが川内だ。

 

「そういえば川内は懇意だったね、改大鳳型、いやもはや景鶴型というべきかな。その一番艦の景鶴だ。“委員長”が持ってるんだっけ?」

「今は別部隊に回してあるよ。こちらの瑞鶴がお姉さまと呼んで慕っているその子だ」

 

 複雑な経緯があって艤装丸々換装したんだっけと思いながら川内はその先を聞いていた。

 

六連星(むつらぼし)のことも一応はケリついてたはずよね。今更それを蒸し返して何?」

「片付いたのはほんの一部といったところだというのを私から説明する必要はないはずだ。こういうのはキミの方が専門だろう。スクラサス」

「まぁね、どれも細かい問題が山積してる状況なだけだけれども。時間をかければいいだけの話でしょう?」

「その時間が無くなってきた、そういう話だ」

「―――――――ろくでもないことを考えていることは把握した。で? それを実施することの“日本国政府(われわれ)”へのメリットは?」

「水上用自律駆動兵装という一大市場を守れる。それは大きなメリットだろう?」

 

 井矢崎が両腕を広げる。どこかわざとらしい軽薄さが鼻につく。

 

「水上用自律駆動兵装は現状で数が必要だから市場が急成長した分野だ。それでもいつか市場は縮小に向かう。だがそれが消え去ることはおそらくない。深海棲艦が存在する可能性がある以上、ある程度は必要になる。その市場を日本が守る。そのメリットは計り知れないと思うが?」

「それでわざわざ私にコンタクトを取ってきた理由は? 私は軍産複合体関係だと専門外なんだけど? スキュラとはコンタクトがあるはずよね?」

 

 その質問を予期していたのだろう。井矢崎はよどみなく答えた。

 

「キミにはある人物を追ってほしい」

「人物?」

「我々は“グラウコス”と呼んでいる。国籍、年齢、性別全て不明。その姿をまともにとらえたものは存在しないが、ただ一つ明らかなのは、記憶の抽出から疑似記憶の作成、同化までを同時に行うスタックスネット型のウィルスを作成したということだけだ」

「……まさか月刀大佐の記憶修正に使ってたあれ?」

「それのマスターピースの作成者といわれている」

「それが景鶴にどうかかわってくるわけ?」

「……彼女が“それ”に感染している可能性が高い」

 

 そういうことか、と笹原は笑った。

 

「つまりその作成者が景鶴の情報を抜いて国外に売り渡す可能性が高まった訳だ。私は景鶴の電脳の情報が改竄される前に犯人を捕まえればいいという所かしら」

「そういうことになるな。もちろん保険はかけておくが、最終手段だから可能な限り使用は避けたい」

「保険の請負先は?」

「キミの知ってる人だよ」

「―――――――――あー、なるほどね。井矢崎さんが嫌がるわけだ。受けてもいいけど、こちらからもお願いがあるわ」

「聞こうじゃないか」

 

 そういう井矢崎に小さな外部記憶装置を渡す笹原。

 

「悪いけどここにあるものを確保してほしい。貴方ほどの権力があれば片手間の仕事だと思うけれど?」

 

 その外部記憶装置を首の後ろにあてがうと、小さく笑う井矢崎。

 

「キミも物好きだね。月刀准将はそんなに魅力的かい?」

「勘違いしないで。彼は今後に必要な人材だからよ。この戦争の鍵でもあるけれど、戦後復興期にも必要な能力を持っている」

「艦娘の地位向上のために、かい?」

「ご想像にお任せするわ。できるわよね?」

「期限にもよる」

「二か月。それ以内に押さえてくれるなら景鶴の関係は受けもつわ。もっともあなたの依頼の期限がわからないのが玉に瑕だけど」

諜報員(キミ)にとってはいつも通りだろう?」

「それを言っちゃぁお終いよ、井矢崎さん」

 

 やれるだけやってみるわ。と言って背中を向ける笹原を川内が慌てて追う。

 

「何が何だかわからなかったんだけど?」

「でしょうね。でもあんたがわからなきゃいけないのは一つだけだよ、川内」

 

 笹原が笑う。潮の香りが鼻を突く廊下に律動的な足音が響く。

 

「早くしないと艦娘が一人味方に殺されるってことだけだ。悪いけどこき使わせてもらうよ。事前研修も一切なしだ」

 

 笹原が、否、スクラサスが動く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、航暉君は帰ってきたわけだ。受ける気はないんでしょう? お父様の提案」

「まぁな」

 

 殺風景な部屋で航暉はデスクに体重を預けるように立っていた。手にしていたウィスキーのロックをデスクに置く。そうして視線を上げると目の前には航暉の義姉、唯香が立っていた。明度の低い照明に照らされた部屋でも彼女の白衣は大きく目を引く。

 

「いいの? 殺されるわよ?」

「滅ぼしたはずの家の男に跡継ぎの補佐を頼む時点でもう月刀家も死んでるよ」

 

 黒のベストに差した万年筆をいじりながら航暉は小さく笑った。

 

「平菱、飯田、六連星……いくつもある軍閥系企業の中ではトップクラスの強さを持っていたはずの月グループが、もはや横並び。月刀の地盤だったはずの北陸、信越地域ですら、防衛用レールガンの製造入札で飯田インダストリーグループに押し負けた。――――――終焉が近いんだよ、月の終焉が。10年も前なら藤原道長ばりに名歌を詠めたかもしれんがね」

 

 それを聞くとクスリと笑う唯香。

 

「この世をばわが世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば―――――――満月の時期はとうに過ぎたってかい?」

「言うまでもないだろう。すでに財閥、軍閥自体が斜陽なんだよ」

 

 言うねぇと笑う唯香。彼女は壁際の本棚に寄りかかるようにしてへらっと笑った。

 

「そう言う航暉君も軍閥の身でしょう? 月詠にしても月刀にしても」

「それがどうした」

「それがどうした、ねぇ……軍閥の影響は少なからず受けてるでしょうに。そんな若さで准将にまで上り詰めたのが自力だとでも言うつもり?」

「まさか、だが、軍閥というシステム自体が終焉に向かっているのは間違いあるまい。後始末に追われる前に高跳びするだけさ」

「私にとってはそこまで終焉に向かってるとは思わないけどねぇ」

 

 軽薄に笑った唯香に航暉は笑い返した。

 

「そうだろうな。――――――――――そろそろ茶番はやめにしようぜ、スキュラ(、、、、)

 

 驚いたように目を見開く唯香。それがどこか滑稽で笑みを深めた。

 

「唯香お姉さまは生粋の金沢弁をしゃべるんだよ。……ゴーストハックして動くにしても、自分に意識を寄せ過ぎたな?」

「……ふ、案外早くバレたね」

敵性基本必須情報(EEEI)収集の重要性はあんたが説いてたんだぜ?」

 

 航暉の言葉に唯香――――中身はスキュラだが――――が笑う。

 

「それで、ずっと滑稽だと思いつつもずっと話してたわけ? 物好きね。でもなんで気が付いていることをばらしたの?」

「あんたに欺瞞情報(ディスインフォメーション)流したところで意味があるか?」

「かってくれてると素直に受け取っておくわ」

「で、何の用だ? 冷やかしというわけでもあるまい」

 

 唯香の頬がにぃと吊り上がる。

 

「“白夜の鐘”事件、覚えているね?」

「アリューシャンでの戦術核の“誤投入”事件か。またあんたが蒸し返してるらしいな」

「あら耳が早い。誰から聞いたの?」

「ステラが珍しく饒舌になってね、教えてくれたよ」

 

 珍しいこともあるのね、と唯香が肩をすくめた。

 

「まぁいいわ。その時の結果覚えているかしら?」

「“核兵器を投入したところで深海棲艦には一定以上の効果は認められず、戦後処理の困難さを考えれば使用する意味は薄い”か?」

「そうだね。あの投入が早計だったってことで国連議会のお飾りを切って終了になった訳だけど、実態はファーヴニル生化や米帝側のプレアデスシステムズ造船(PSSS)、そのあたりの現用の水上用自律駆動兵装を除く対深海棲艦用生体兵器の一斉処分だ。そこらへんのヤバイ人材をカットすることも含めてね。そうじゃないとわざわざ対人最強の無用の長物を投入したりしないわ」

「で、それが今更どこに絡んでくるんだ?」

「気の短い男は嫌われるよ? ――――――ファーヴニル生化の“遺産”が未だ軍にいることは知ってる?」

「いや――――――と言いたいところだが、心当たりはある」

「それを排除しようとする動きが進んでいる、というより進めている」

 

 航暉はそれを聞いて小さくため息をついた。

 

「またヤバい橋ってわけだ。それで、それをわざわざ俺に話したってことは、それを俺に遣れってことか?」

「いや? まだそこまで話は進んでない。というより私が動くのは最終手段だそうだよ。今は別ルートで潰しにかかってる。だから、“君は手を出すな”、ガトー」

「あんたは俺に対して命令権をすでに持たないはずだぜ?」

「いいの? 殺されるわよ? デンちゃんが」

「あんたにな」

 

 航暉は肩をすくめる。

 

「唯香お姉さまの電脳キーを握っているから特Ⅲロットの管理ラインにアクセスし放題ってわけだ。どうりでこっちの事情に詳しいと思ってたよ。」

「まあねー。……君が手を出さないでくれるならこちらも一つ用意がある」

「用意というと?」

 

 航暉の問いを受けて唯香は体を振るようにして本棚を離れる。

 

「――――宮川虎徹、彼を月刀家から離そうじゃないか。偽造パスポートと国外のセーフハウスの用意がある。彼の安全さえ確保できれば君は動ける。違う?」

「……」

「悪い条件じゃないと思うけど? 君は動けなければいい。それだけだろう? それに私達はある意味運命共同体だ。どの道二人ともこのまま行けば中央戦略コンピューター(CSC)に殺される運命だ。君も私も、デンちゃんたちも」

 

 航暉は黙りこくってしまう。無音が満ちて誰も動かない。その間隙にウィスキーの氷が崩れる澄んだ音が響いた。それを合図にするかのように航暉が口を開いた。

 

「……いいだろう。今回は乗ってやる。ただし、ひとつ条件を追加だ」

「言ってみな」

「マルチサーバーを一台よこせ。軍用ラインでの使用に耐えうるものを、防諜用のマルチパックB2装備も合わせて一週間以内に回せ」

「何に使うのかはわからないけど、いいでしょう。明後日にはアドレス送るわ。プライベート用にしておけばいいわね?」

「交渉成立だな」

「まさか本当に承諾するとは思ってなかったわよ」

「俺なんかが手を出さなくとも彼が何とかするさ。――――守りに関しては誰よりも強いやつだ」

 

 それを言うと唯香は目を細めた。

 

「あんたが他人を信頼するなんて珍しいじゃない。ステラといい、ガトーといい変わったわね、明日は槍でも降るかしら?」

「弾丸なら日常的に降ってるがな」

 

 航暉の言葉に苦笑いを浮かべる唯香。

 

「そうね。……まあいいわ。君の離反が上手くいくことを祈っているわ」

 

 唯香が部屋を去る。彼女はこの会話の記憶は覚えていまい。スキュラが疑似記憶を噛ませるはずだ。

 

「……これで、決着をつけられる、か」

 

 汗をかいたロックグラスを手に取り、口に含む航暉。

 

「……水割りになってやがる」

 

 勝負は明日。航暉はそう決めてウィスキーを飲みほした。

 

 

 

 




さて、いろいろ登場しましたね。

飯田インダストリーなどの設定は帝都造営先生の『模倣の決号作戦(http://novel.syosetu.org/41671/)』から引き続き登場です。

井矢崎莞爾少将はりょうかみ型護衛艦先生の『艦隊これくしょん -防人たちの異世界漂流日誌-(http://novel.syosetu.org/28882/ ※現在更新停止中)』から、第三部で名前だけちらっと出てましたね。今回から本格的に登場となりそうです。
なお、りょうかみ先生が現在執筆されている『地球防衛軍:GF THE DESTINY OF NEW FIGHTERS(http://novel.syosetu.org/49264/)』に井矢崎さんが搭乗していますが、こちらとは関係なかったりします。合わせてお読みになられている方はお気をつけください(こちらにも月刀たちが出張してたりします)。

六連星造船やプレアデスシステムズ造船、ファーヴニル生化、白夜の鐘、艦娘『景鶴』などなどはエーデリカ先生の『艦隊これくしょん~鶴の慟哭~(http://novel.syosetu.org/43550/)』からです。エーデリカ先生とはプロットとかをかなーり綿密にやりとりしてるので相関性高くなってます。合わせてぜひぜひ。


再登場したスキュラ、そしてまた動きだす謀略の影。
後2回で帰省編は終わらせます。
そのあとは新たな先生とコラボ回をすべくただいま用意中、ご期待ください。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
それでは次回、お会いしましょう。

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