艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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まさかの啓開一周年ですよ。思えば遠くに来たもんだ。

一周年企画。一日で仕上げたので雑仕上ですが、勢いで行きます。
過去編参ります、それでは、抜錨!


1周年記念 PREQUEL06 夜は短し 走りやがれ野郎

 

 

 

「はーらへーったー」

 

 ぐでっと机に突っ伏すのは士官候補生の肩章を付けた笹原である。似たような恰好で男が二人同じ机に突っ伏していた。

 

「渡井の野郎本当に反省してるのか?」

「してるけどさー」

 

 何やら不満そうな声を上げる渡井を笹原と高峰が睨む。

 

「どうした1日飯抜いたくらいでへばるなよ」

「そりゃカズ君は低燃費系男子かもしれないからいいけどさー。一応私達若い力で動いてるわけだしさぁ。いろいろ問題多いって」

「そんなことを言っても腹が膨れるわけないだろうが」

 

 そう言って鼻を鳴らすのは部屋の壁に背を預けた杉田だ。全員腹をすかしているからか、どうも皆苛立っている。

 

 事の発端は今日の訓練メニューというか訓練内容の喫食演習という名目の調理実習である。ハードな訓練が続いていたのだが、今回の演習は自分たちのグループでちゃんと喫食できるものを作れば合格という“海大イチ簡単な演習”である。そこで唯一の不合格班―――――それが空きっ腹抱えてグダグダ言っている月刀航暉たち『黒烏』5人である。正確に言えば最後の最後で全部渡井が駄目にした。それをリカバリしようと高峰や杉田が奮闘したが時間切れ、教官の勝ち誇ったような笑みに奥歯を噛み締めたのが大体4時間前である。

 

「はーぁ、どうしてこうなるかねぇ」

「どうもこうもケイ君のせいでしょーが! だれがいきなりケミカルクッキングに入るの!? 小麦粉とベーキングパウダー間違えるとかどんなことをしてたんだってーの!」

「それまだマシな部類だっただろうが。食えるものと食えるもの合わせてあんなもの作れるとかいろいろすごいよなぁ」

「塩素系洗剤と酸性洗剤を混ぜるようなものだよなあれ」

「分かりやすいのか分かりにくいのかわからない直喩ありがとうよ、高峰」

「おかげで全部俺たちの班の食事全部アウトだろうが。渡井、どうする気だ?」

「どうするって言われてもさぁ……」

 

 そう言って机に突っ伏したままうだうだ言うのは渡井である。

 

「……銀蠅するしかないんじゃないの?」

「お前本気か? あの倉庫に潜りこむ気?」

「ならこの空きっ腹抱えて寝るしかないでしょ」

 

 渡井の声に皆が黙る。時計の針は2130.おあつらえ向きな時間ではある。

 

「……ハル君」

「俺にクラッキングしろって言う気か? 笹原」

「この空きっ腹抱えて眠るなんてできるわけないでしょ? 明日死ぬかもしれない私達には満腹までいろんなものを食べる権利があるわ!」

「で、あのセキュリティの塊の倉庫に侵入しろと」

「もちろん高峰春斗クンだけに泥かぶせたりしないわ。協力してくれた人で缶詰の食べ放題でもしましょ? 参加者募集中、ケイ君は強制参加」

「マジかよ」

 

 そう言った渡井を笹原が睨む。

 

「へー、元凶がそんなこと言うんだー」

「悪いか」

「はっちゃんにばらしてやろうか? お前の棚の二番目に入ってる外部ハードのこと」

「すいませんでした」

 

 渡井が即土下座。それを見て笹原がほくそ笑む。航暉が「伊8にばれたらまずいことでもあるのか?」と意地悪く聞くと笹原がにんまりと笑った。

 

「それが傑作なのよ~。ケイ君ったらさー」

「何でもないから月刀はどうするんだ? この話乗るの?」

「露骨な話題逸らしどーも。警備の状況次第。行けそうなら乗るし、リスクがでかすぎれば降りる」

「杉田は」

「しゃーねーから乗ってやるよ」

「んじゃ、全員参加でいいね」

 

 こういう悪だくみの時だけ妙にテキパキやる紅一点の笹原が取りまとめ、緊急作戦が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、そろそろ就寝時間だぞ笹原」

 

 教官が声をかけると笹原は小さく頭を下げた。笹原の内心「げ、このハゲ教官」である。

 

「すいません、少し飲み物を買いに出ていて。せめて水で空腹を満たして置かないと寝れそうになかったので」

「あー、そういや渡井がやらかしてたな。普段の悪事に罰が当たったな」

 

 手に持ったペットボトルを振ると納得したように笑う教官。罰が当たったといわれるのは少々不本意である。

 

「やだなー、普段の座学だって対テロ演習だって、ちゃんと法を順守してきっちりやってますよ?」

「法は順守してるがそれ以外のこともきっちり弁えてやってくれ。……そうだ、対テロ演習の時の陸軍から恨みつらみ書かれた文書が届いているが読むか?」

「遠慮しておきます」

「そんなこと言うなよ、笹原候補生。“お前らのせいでこちとら減給だ、どうしてくれる”だろ? “そんな海軍士官がいるか!”だろ? “もう一度叩きのめしてやるからかかってこいや”だろ? 人気者だな黒烏」

「海軍に負けるような陸軍が悪いんです。私達はベストを尽くしただけですよ?」

「ベストを尽くした結果スプリンクラーの修理や館内通信設備の再設定や壁に空いた穴の修繕にウン十万かかったのはどうするんだ? ん?」

「ははは……そこらへんを丸く収めてくださった教官殿には感謝しておりますですはい」

「よろしい」

 

 その演習部隊の陸軍を率いていたのがこの教官なので嫌味にしか聞こえないし、嫌味として言っているのだろう。笹原は少しばかり冷や汗をかいていた。

 

「そういえば教官。教官の専門って対空砲撃でしたよね」

「それがどうかしたか?」

「巡洋艦以下の小口径砲での対空運用のコツってありますかね?」

「やれやれ、黒烏から相談されるとは明日は槍が振るか?」

「なんですか、相談あるならさっさと来いっておっしゃるのは教官じゃないですか!」

 

 笹原がわざとらしく頬を膨らませると教官がにやっと笑った。

 

「就寝まで時間もないし、ここでざっと軽く教える。わからないところは明日にでも聞きに来い。有線できるか?」

「もちろんです」

 

 笹原がそう言って首の後ろのQRSプラグからコードを引きだした。その視界の端を高速で何かが駆けていく。

 

「……言うねぇ夜鷹」

「まったくだ」

 

 くつくつと笑いながら走るのは杉田と航暉の“実働班”である。視界の端にはリアルタイムで送られてくる監視網の状況である。

 

《23歩先左。上に全方向監視カメラ、顔を上げるな》

《了解》

 

 無線の向こうから響く高峰の指示に合わせて航暉たちは全力疾走を続けていた。背景に馴染むホログラムがあまりの速度にブレる。

 

《渡井、テメェ精度下がってるぞ》

《湿度75%ちょいあるんだ。高速機動で即時対応できるわけないだろ》

《ちゃんとやれボケ》

 

 杉田の容赦ない声に航暉は小さく笑った。

 

《はーい、ハゲのIDコピー完了だよー》

 

 笹原の声に合わせて数字の羅列が送られてきた。

 

《もー、教官のご機嫌とりなんてもうごめんよ?》

《いつも奔走してくれる委員長に感謝だな》

 

 高峰の無線に笑う。なんだかんだでいろいろお世話になっている彼だが今回は彼のお世話になることはできれば避けたいところだ。

 

「……っと!」

 

 備品保管庫Dと書かれた扉の前に滑り込む。背中を壁に預けるように座り込んだ。航暉のすぐ脇にあるハッチに手を伸ばす、身代わり防壁を展開しつつそれにある管理用プラグに触れる。

 

《高峰、警報切ってるな?》

《当然。疑似信号レディ。ロジティクス系セキュリティ、テストモード移行まで3、2、1――――》

 

 ゼロカウントと同時にQRSプラグを叩き込んだ。教官のIDをつかってルート権限に侵入する、警報は鳴らない。

 

《監視カメラハック完了! カメラを固定画像にすり替えたよ。いつでもドアを開けても大丈夫だ》

 

 渡井の声。杉田に合図を送ってドアを開ける。杉田が真っ先に突入。その後ろから航暉が時間差をつけて飛び込み、ドアを閉めた。

 

「とりあえずは固定の警報システムはこれで大丈夫か」

「だな、警備用ドローンに見つからないことを祈るだけだ。義手義足の排熱大丈夫か?」

「舐めんな。とっくに対策済だ」

 

 杉田の声に航暉は笑う。ホログラムのために全身ピッチピチの映像スーツを身に纏っているせいでポケットなどにいろいろ仕舞って銀蠅という定番手段は使えない。

 

「まぁそこまで大規模に奪うわけじゃないからあんまり問題ないけどな。さて、オーダーは……非常食用のα化済み白米とたくあん缶と」

「サバ缶に豚のしょうが焼き?……こんな夜中に生姜焼きの匂いなんて漂わせたら一発でばれるからアウトだアウト」

 

 航暉はそう言いながら持ってきたコンパクトミラーで棚のの角を覗き込む。

 

「クリア。行くぞ」

 

 棚と棚の隙間を縫うように航暉が走る。その背中を守るように後方警戒を行いながら杉田がついていく。

 

「たくあん缶があるなら飯食えるだろ。リスクは減らすに限る。米飯とたくあんサバ、あと適当に甘味奪って逃げようぜ」

 

 杉田の声に笑って航暉は一つの棚に取り付いた。ダンボールには『携行喫食品 煮物(サバ)』と書かれている。

 

「ほら、パス」

「おっと。5人分でいいからな」

「わかってるよ」

 

 常夜灯だけに照らされた棚は暗いが簡単な作業をするには十分だ。航暉は箱からサバ缶を取り上げ杉田に投げ渡す。

 

「これ侮れないんだよな、サバ缶」

「これだけで飯行けるからな」

 

 航暉の答えに鼻を鳴らす杉田。

 

「これにひと手間加えるだけで普通に美味しくなるからずるいよな。日本酒に合せてよし、調理の仕方によってはワインに合わせてもよしだ」

「とりあえず食えればいいんだよ」

「人生損してるぜ月刀」

「そーかい。これで個数はいいだろう。それじゃ、次、いこ――――――」

「? どうした」

 

 杉田の問いかけも止まる。杉田が後ろ振り返るとそこには、ドラム缶にカメラを付けたような何か―――――警備用ドローン。

 

「警告警告警告、侵入者あり、侵入者あり」

「警戒はお前の担当じゃねぇか杉田!」

「知るかよ畜生! 逃げるぞ!」

 

 二人そろって走り出す。電脳通信オープン。

 

《高峰! 警備用ドローン凍らせろ! 今すぐ!》

《なんで二人そろって追われてんだよ!?》

《杉田の任務不履行!》

《そういう月刀も警告ぐらいしろ!》

《あーもう、20秒耐えろ》

《15秒だ! 急げ! スタン弾が飛び出してきてる、うおぅ!》

 

 杉田の焦った声を聞きながら高峰はキーボードを叩く。警備用ドローンの運用プログラムに潜り、過去の警備記録を隔離、一度電源を落とそうとして。

 

 

 

「あ。」

 

 

 

 警報システムを別系統に流したことに気が付いた。鳴り響く警報。

 

《高峰テメェ! 俺たちを助けに来たのか殺しに来たのかどっちだ!?》

《うるせぇ! 誰だよ警備用ドローンと電力配分制御同じプログラムで動かすようにした奴!》

《御託はいいから早く何とかしろ、警備システムが再起動してドアがロックされてるぞ!》

「あぁもう!」

 

 高峰は叫ぶ声を聞いてキーを押さえた。Ctrl+Alt+Delete。

 

 

 

 

 館内すべての電源が落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「東郷はいるかっ!」

「どわっ!」

 

 東郷駆はいきなり部屋に飛び込んできた怒声に飛び起きる。二段ベットの上段に頭をぶつけて頭を抱えた。それでも怒声が教官のものだとわかっているので転がるようにベッドを出て直立し敬礼を決める。

 

「なんでしょうか、教官!」

「東郷、バカ烏たちがやらかした。追いかけるから手伝え」

「はっ!?」

 

 就寝用のジャージのまま教官に連れ出される東郷。軽くまどろんでいた頭は情報を整理しきれなかった。

 

「な、何があったんですか?」

「笹原が吐いた。月刀と杉田がD倉庫に侵入! こともあろうに電源を丸々落としやがった。警備システムがエラー起こして侵入者大量という表示を叩きだしやがった!」

 

 何があったのかわからないまま、あれよあれよと宿舎の外まで連れて行かれる。サーチライトが煌々と灯り、あたりを照らすそこに響くのは怒号だ。

 

「あいつらどこに消えた!?」

「Dブロックの集団と連絡が途切れた!」

「追えっ!」

 

 それを見て教官の言ってることを理解した。

 

「もしかして警邏の機動集団まで出張ってるこの騒動って……」

「もしかしなくても月刀たち優等生組のおかげだが?」

 

 皮肉下な声がすると同時、騒ぎが一気に近づいてきた。走ってくるのは……後ろに数人の機動部隊員を引き連れた―――――航暉と杉田。

 このタイミングでこいつらが騒ぎを起こすとしたら……おそらく今日の調理実習で一口も飯を食えなかったせいだとは予想がつくが、どうやったらこんな騒ぎになるのか正直正気を疑う。そんな感情が怒りに変化しあっという間に正しい方向に出力された。

 

「……こんのバカ集団!」

「げ、委員長」

 

 その怒声の先、明らか苦笑いの表情をする杉田。彼らを遠くに認めると、教官が東郷の肩をぽんと叩いた。

 

「いつもあいつらに手を焼いてるそうじゃないか。―――――教官権限でアイツをボコることを許す。日頃の鬱憤晴らしも兼ねて盛大にやってこい」

 

 そう言われるや否や東郷は前へと駆けだす。

 

「うおっ! 東郷、俺とお前の仲じゃないか。ここは見逃しておくれ!」

「どんな仲だ馬鹿野郎! 今回ばかりは神妙にお縄に付けェ! 主に俺の安寧のために!」

「どんな理由だ!」

 

 杉田がそう笑いながら東郷をいなす。そう言う間にも航暉の方に教官が躍りかかった。

 

「うわっと!」

 

 航暉はさらっとそのストレートを躱すと横に送り足、教官の足を軽く払ってバランスを崩すとその体を追ってきた機動隊員の方に押し出した。たたらを踏む教官に詫びつつ距離を一気に取る。そのまま雨どいの固定具と窓枠を足場に建物をよじ登る。それを見た杉田が東郷東郷を突き放したタイミングで一気に跳躍、軽業師もびっくりな跳躍力で二階の屋根に飛び乗った。

 

「マジかよ!?」

「あの野郎、義足の調整勝手に出力上限いじってやがる!」

 

 教官が歯噛みする。杉田の手を借りるような形で屋根に到達した航暉が笑った。その横に女性の影が三階の屋根から飛び降りる。

 

「やっほー」

「笹原てめぇ! さっさと捕まってんじゃねぇ!」

「うるさいわね。仕方ないじゃない。あの筋肉ダルマ相手に格闘戦仕掛けろって? ナレッジワーカーに酷い要求ね」

「陸軍相手に戦えるアマゾネスが何だって!?」

「杉田氏あとで工廠裏」

 

 言い争いが屋根の上から聞こえる。それを聞いて青筋を浮き上がらせる教官。地味に血圧大丈夫だろうかと気になる東郷であったが、それを見降ろして笹原が立ったせいでそっちに意識を向ける。笹原が手でメガホンを作った。

 

「青筋浮かべてご機嫌麗しゅう! 血圧大丈夫ですかー?」

 

 切っちゃいけない線を数本まとめてぶった切るあたりさすがである。

 

「降りてきやがれガキども! 特に笹原! 安全圏からおちょくるだけがお前の望みなのか!? 来いよ笹原! 武器なんか捨ててかかってこい!」

「テメェなんて怖くねぇ! 野郎ぶっ殺してやる―――――! とでもいえばいいかな? でもごめんなさい。死亡フラグは立てない主義なの」

 

 そう言うとひょいと屋根の影に逃げる笹原。それを見た教官が引きつった笑みを浮かべる。

 

「――――――警邏隊長、遠慮はいらない。催涙弾でもスタングレネードでも何でも使って結構」

「ちょ――――――」

 

 東郷が驚く横では特殊部隊ばりの装備―――――銃に訓練弾の青いマガジンがついているあたりに温情が感じられるが――――――を身につけた警邏隊が整列していた、包囲を完了したらしい、

 

「―――――――突入!」

 

 ――――――友人のよしみで骨だけは拾ってやる。

 

 東郷が本気で祈りをささげる中で一世一代の大捕り物がはじまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まぁこうなるわな」

 

 通称“反省室”と呼ばれる鍵付きの部屋入った五人はげんなりとした表情で乾いた笑みを浮かべた。頭を冷やせ馬鹿どもということで部屋に閉じ込められているので、自主反省会と相成った。

 

「で、あそこで電源落とすよりもこっちの回線にスイッチしたほうがよかったと思うんだけどなぁ」

「でもそこで動かすとこっちの電圧ヒューズが作動すんだよ」

「でも元からぶった切るよりましだったんじゃないの? ホロの偽造のせいで過剰反応した警報器で機動隊呼び寄せることになった訳だしさ」

 

(今後の活動に生かすための)反省会は粛々と進んでいく。

 

「まぁ元を言うなら杉田氏が警戒しっかりしてれば済んだ話じゃない?」

「それを言うなら渡井が全部晩御飯を反物質に変えたのが悪いだろうが」

「それでも高峰氏のリカバリに貢献したし?」

「誰のおかげで監視室から脱出できたと思ってるのかな、渡井」

「背後の敵クリアリングしてくれたことは感謝するけどさー、こんなドタバタしたのは高峰のせいでしょ。僕は無実だ」

「「「「何が無実だ」」」」

 

 総突っ込みを受けて渡井はむすっと黙り込む。

 

「あーもう。結局銀蠅は失敗するし、機動部隊の警棒タコ殴りはアレ規制するべきな威力だしさ」

「盾強打よりましだろ」

 

 杉田が左手を振る。しっかりアザができていた。

 

「――――――腹、減ったな」

 

 渡井がそう言うと航暉がニッと笑った。

 

「全く。これを死守するためにどれだけ苦労したと思ってる?」

 

 服のポケットから出てきたのは――――サバ缶が三つ。

 

「おおおお!」

「でかしたカズ!」

「もう、カズ君最高!」

「どこに隠してた?」

 

 ズボンの股座というと一瞬うっという顔になる面々だが缶詰だから問題ないと気を取り直す。とりあえず腹に入れられるものが来た。

 

「で、缶は三つ、俺たち五人。ここでバトルロワイヤルが発生するわけだが、真っ先に渡井が脱落でいいと思うんだが?」

「「「異議なし!」」」

「ひどっ!」

 

 渡井の講義の声に他の四人は目線で黙殺する。

 

「で、あと食えないのは誰だ? ドローンに気が付けなかった杉田か? 真っ先に捕まった笹原か? 電源落としたせいで警邏呼び寄せて大騒動にした憎き高峰か?」

「そこまで言うなら俺名指ししろよカズ」

「まぁ決めるのはお前らだ」

「そう言うカズ君は食べる気満々?」

「サバ缶死守した手間賃だ」

 

 そう言うとさっさとサバ缶を隠し持っていた十徳ナイフで開けていく。

 

「勝負だ高峰。武器なんて捨ててかかってこい。それとも、怖いのか高峰」

「―――――テメェなんざ怖くねぇ! 野郎ぶっ殺してやる――――――ごふっ!」

「こんなところまでお約束する必要ないのにねぇ」

 

 一発KOされた高峰に活を入れながら笹原がそう言った。生ぬるいサバ缶だったが、これまでの喫食で一番旨かったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――――で、この子の処分はどうします??」

 

 青葉のその声に高峰はハッとして顔を上げた。司令長官席に代理で腰掛けた彼は目の前で震えている兵士に優しく微笑みかけた。まだ若く、18そこそこだろう。

 

「銀蠅のために食糧庫に侵入、ドローンに追い回されて転倒しお縄……か」

「すいませんでした……!」

「普段の行いは優秀、品行方正そのもの。初犯だし今回は御咎めなしでいいんじゃないか?」

「本当ですかっ?」

「高峰さんにしては判断甘くないですかぁ?」

 

 青葉の声にその青年はしゅんとする。それを見て小さく微笑む高峰。

 

「昔、私も銀蠅をしたことがあってね。若気の至りとはいえ、大騒動になった。あの時に比べればこれくらいトラブルに入らないな」

「あー、噂に聞く黒烏の伝説ですか」

「そ。退学もやむなしという騒ぎになったが結局は教官と同輩が必死に周りを収めてくれた。そのおかげで今こんな地位にいる。――――――兵長」

「は、はいっ!」

「次はないかもしれないが、今回は処罰なし、ただもし部下が銀蠅をした時は多目に見てあげてくれ。皆が通る道だ」

「黒烏みたいに派手だと困りますけどねー」

「いうなよ青葉」

 

 高峰は肩をすくめる。

 

「以上、これからも国連海軍の一員として誠意を持って励むことを祈る。退出してよろしい」

「はっ!」

 

 出ていく兵長を見て高峰は笑った。

 

「自分も見逃してもらったのに見逃さない訳にはいかないよなぁ」

「本当にらしくないですよ?」

「笑い事で済むならいいんだよ。それに小さいことだが、あの子に貸し1だ。こういう貸しが非常時に聞いたりするんだよ。補給リストの調整頼むよ、不足資材は俺が私費購入したことにしておけ」

「了解です。司令長官代理殿」

 

 青葉がクルリと回って敬礼。

 

「そうだ、青葉、補給リストにサバ缶一個追加しておけ」

「あれぇ? 司令長官が銀蠅ですかぁ?」

「士官候補生時代のやつだよ」

 

 そう笑って高峰は肩をすくめ、席を立った。

 

 

 

 

 





東郷さんはエーデリカ先生の作品からですね。実はこの後日談がエーデリカ先生の作品で明かされてます。気になる方はぜひぜひ。

改めましてこの作品も1周年、本当にありがとうございます。読者の方に支えられ何とかここまでやってきました。これからもこんな感じで続きますがお付き合いいただけるならこれほどうれしいことはありません。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回は本編に戻ります。

それでは次回お会いしましょう。

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