艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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では新しい章に入ります。
……新キャラ登場です!

改めて想像を字にするのは難しい……。

それではどうぞ!


ANECDOTE014 救われた気がするのでございます

 

 

「電、雷。数日分の着替えとかの荷物をまとめてきてくれないか?」

 

 唐突に呼び出された雷はきょとんとした顔でその言葉を聞いていた。

 横須賀鎮守府国連海軍第七庁舎の一室――――第50太平洋即応打撃群司令長官室という名前のだだっ広い部屋で航暉は制服の上着を椅子の背にかけて至極真面目な顔でそう言った。雷を呼んでくるように言われて電も今その要件を聞いたらしくきょとんとしていた。

 

「えっと……どこか出かけるのかしら?」

「まぁな、ふたりには悪いが一緒について来てもらいたいと思っている」

「たしかここ数日は外出する用事なんてなかったと思ったのですが……」

「緊急というかなんというか、少しばかり“実家”に顔をださないといけなくなってね」

「実家というと……月刀本家なのです?」

 

 そう聞き返すと航暉は肩を竦めた。

 

「今の頭首、月刀利郁(としふみ)が危篤だから帰ってこいってさ。こんなことに公式回線使うんじゃないと思うがね。二人には連絡役兼護衛として同行してもらいたい。まぁそう言うのが必要になるシーンはないとは思うが」

 

 まったく、世話がやける。と航暉は心底嫌そうだ。

 

「1325時横手発小松エアベース行きの連絡機に便乗させてもらえるらしい。それに間に合う様にとなると2時間程で出発となる。3日分ぐらいの着替えなどの私物をまとめて着てほしい」

「了解よ! しれーかんの分の荷物もまとめたほうがいいかしら?」

「いや、俺のは自分でやるからいいよ。……まぁ、なんだ。喧々諤々家族会議とかで俺は動けないかもしれんが、少しは羽を伸ばそうか」

 

 それを聞いて電はくすりと笑った。

 

「では用意してきますね」

「しれーかん! また後でね!」

 

 それを見送って航暉は笑みを仕舞った。ドアがかちゃりと開く。

 

「……で? 本当に連れて帰るの?」

「いい機会だろう、いつまでも逃げてるわけにもいかない訳だしな。一人で帰ったところで、俺が何をしでかすかわかったもんじゃない。そうだろう? スクラサス」

 

 ドアを後ろ手に締めた女性がサイドポニーを揺らして笑った。

 

「まぁ月刀家にお礼参りをする気なら止める気ないけどね、でも気をつけなよ。月刀家は“古巣”に縁があるんだろう。なにがあるかわかったもんじゃない気がするけどね」

「ここに置いてても同じだろう。スキュラだって、手を出そうと思えばいつでも出せるだろう?」

「否定はしないわよ」

 

 彼女は外部記憶装置を放り投げ、航暉に投げ渡した。

 

「まぁでも、カナリア鎮守府沖の暗殺未遂はスキュラじゃないみたいだけどね」

「だろうな、旨みがない」

 

 襟足を避けて首の後ろに外部記憶装置を差し込むと航暉はそのまま目を閉じた。彼女は気にせず続ける。

 

「あの時瞬間的に入り込んだ介入、過剰同調事故に見せかけてあんたを殺そうとしたのが誰なのか、予想がつかない訳じゃないだろう?」

「――――――“ホールデン”か?」

「おそらくはね。いまスキュラはホールデンシステムの解体にかかってる。まぁ当然か。ホールデンシステムはコンピュータによる感情を極力排除した合理的判断による人間の統制な訳だ。マックスウェーバーがいれば理想的な官僚主義だって言うだろうね。……それとトレードオフで人間の官僚が全員無職になる訳だけどさ」

 

 スクラサスはクスリと笑う。

 

「スキュラはある意味“愛国者”だ。日本がコンピュータの傀儡になることを是としない立場だ。そして――――――」

「ホールデンの正体を知り、敵対している俺を利用せずに殺すメリットはない。そうだな?」

「ご名答。そしてあんたはその面だけはスキュラと利害が一致する。それを脅威と判断したんでしょうね」

 

 スクラサスに外部記憶装置を投げ返す。それをノールックでぱしっと受け取ってスクラサスは笑う。

 

「スクラサス、お前は誰の味方だ?」

「その質問に意味がある?」

 

 質問に質問で返ってきて、航暉は笑う。

 

「しばらくここを空けるぞ、笹原大佐。艦隊業務は高峰に任せるが協力していってくれ」

「ゆうちゃん書類整理苦手なんだけどなぁ」

「無理すんなよ、お嬢さんで済む時期等とうに終わってるだろうが」

「カズ君ヒドーイ!」

「今更ぶりっ子ぶるなよ。―――――頼むぞ」

「あいあい」

 

 敬礼を送ってくる彼女に肩をすくめて、上着を手に航暉は執務室を出る。

 

「武運を祈るわよ、カズ君」

「笹原、お前もな」

 

 執務室の扉が、閉まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 航暉たちに割り当て(アサイン)されたのは小型のターボプロップ式のプロペラ機だった。緩やかな揺れと音を感じながら絨毯のように敷き詰められた雲がすぐ下をかなりの速度で流れていた。もうすぐ降着用意のアナウンスがあるのだろうという時間になってきた。意外にそわそわしている雷電姉妹に航暉は苦笑いだ。

 

「飛行機には乗り慣れてるだろうに」

「でも普段は輸送機だもん。こんなふかふか椅子じゃなかったし……」

「それに月刀家にお邪魔するみたいに、軍施設以外にまともにお邪魔するのは初めてなのです……」

「言われてみればそうか。それに日本海中部にくることもあまりないわけだしな」

 

 航暉はそういうと軽く笑った。

 

「日本海内部での深海棲艦の発現は確認されていない。ただ東シナ海やオホーツク海からの侵入は見られるがな。だから艦娘は佐世保部隊の対馬封鎖線と択捉の千島・サハリン封鎖線に集中配備されているわけだ。商船警備のために駆逐隊を中心にした護衛艦隊が舞鶴に配備されている程度だ。日本海側に来ることはあまりないのが実情だろう」

 

 背もたれ――軍高官用ということで人工合皮のシートだ――に体重を預けて彼は目を閉じた。気圧が変化してるのを耳で感じる、降下がはじまった。

 

「とはいえ日本に残されたほぼ唯一の物資運搬ルートだ。この国のアキレス腱には変わりない。商船警備を中心任務に据えた572水雷戦隊が舞鶴に配置されてるのもそのためだな。ウェークにいたころから舞鶴の572に睦月を寄越せという話が来てた」

「へー、矢矧部隊の572に、ねぇ……」

 

 そういって雷は窓の外を眺めていた。雲の下限を突き破ったところだった。曇天の鈍色を照り返す海がよく見える。高翼配置のターボプロップ機のために視界を遮るものがないのだ。

 

 海岸線をなぞるように降下してく機体。能登半島の上空でくるりと旋回し左手に日本海側の風景が見える。それを見て雷がポツリつぶやいた。

 

「そうか、こっちは深海棲艦の襲撃が少ないから疎開が厳しくなかったんだ……」

「あぁ、民間人立ち入り禁止も海岸線から5キロ程度だろうな」

 

 その呟きに答え、一緒に窓を覗き込む雷電姉妹を見ながら航暉は優しく笑った。

 

「それに北陸は旧家が多くてね。先祖代々の土地を守るって気風が強い。深海棲艦の襲撃のリスクが相対的に低い以上、無理に疎開しろとも言えなかったわけだ」

「へー、ってあれ何? あの高圧電線の束。ずっと海岸線に沿って走ってるけど」

 

 それを聞いて航暉はあぁ、といった。

 

「迎撃用のレールガンへの送電線だ。ほら、海沿いにある対爆掩体」

 

 そう言われ目を凝らす雷電姉妹。

 

「あ! あれね! なんだか海岸線盛り上がってるの!」

「あの中に馬鹿デカいレールガンが仕込まれてる。陸上用兵装の日本海側……まぁ実質大陸輸送の窓口になってる北陸州と新潟独立区の沿岸だけだな。そこに設置して近寄る深海棲艦を全自動でスナイプする近距離用防衛兵器だな。あれの莫大な電力を賄ってるということになってる」

「でも、空中に張ったところで爆撃されたら終わりじゃない?」

 

 雷に指摘されて航暉は笑った。

 

「さぁな。――――まぁ飯田インダストリーグループの製造だ。そこらへんも考えてあるとは思うがな」

 

 航暉の声にどこか首を傾げる電。どこか物憂げな表情を浮かべた航暉にどこか違和を感じたのだ。

 

「なんだか雲厚いわねぇ……」

 

 雷の言う通り、曇天の下の風景はどこも沈んでいて、いつ泣きだすかわからない雰囲気だ。その下を軍用機はかなりの急角度で降りていく。

 

「北陸の天気なんてこんなもんだ。北陸の子は“弁当忘れても傘忘れるな”ってずっと口酸っぱく言われて育つものさ」

「へー……」

 

 彼の笑った横顔にはどこか皮肉の色が見えていた。その違和の正体に行きつく前に滑走路に行きつき制動がかかった。エンジンが甲高く鳴きシートベルトが僅かに体に食い込んだ。

 

「……懐かしい空気だな」

 

 ぽつりとそう呟いた彼に電は笑いかけた。

 

「司令官さんの生まれた場所なのです。懐かしいのはそうかもしれませんね」

「―――――年年歳歳花相似 歳歳年年人不同、か」

 

 軍用駐機場(エプロン)に止まり、プロペラが緩やかに止まる。それを見ながら航暉は立ち上がった。その時にはもう違和はなくなっていた。

 

「さて、行こうか」

「はーい!」

「なのです!」

 

 三人が外に出る。泣き出しそうな春の終わりの匂いが僅かに潜んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そろそろ月刀が向こうについたころかね」

 

 そんなことを杉田が言えば、だろうな。と端的に答えた高峰がタッチペンを置いた。

 

「それにしても雷電連れてくとは思いきったことするもんだねぇ」

「まぁカズだしな。なんだかんだで反骨精神強いやつだ」

 

 伸びをして首を鳴らしながら高峰はそういう。

 

「で、カズは素直に向こうで過ごして帰ってくると思うかい?」

「ないね、そうじゃなきゃ電嬢たちを連れていくはずがない」

 

 杉田はそう言うと小さく笑った。

 

「月刀家は月詠家解体の元凶だ。そこに雷電姉妹を連れ込むというのはかなりヤバめの事態だと思うぞ。下手したら手が付けられなくなる」

「誰が?」

「当然アレが。電嬢や雷嬢がいるところで鉄火場にはならんだろうが、その一歩手前までなら平気で行くだろうな。そしてそうなることをアレは知ってて連れていったんだろう」

 

 杉田の考察に高峰が笑う。

 

「まぁ、リミッターとしてはどうなるかわからんが、とりあえず無事に帰ってくることを祈りつつ、俺たちの出動がないことを願うしかないな」

「最後のはなんだ高峰?」

「カズなしで出動だとめんどくさい」

「出動要請がかかってから半日もあれば航空機乗り継いで帰ってくるだろうから問題ないだろう。まぁ攻勢部隊たる俺たちが予告なしで出動要請かかるようなことはまずないと思うがな」

 

 杉田はニッと笑った。

 

「まあ、犬猿の仲とはいえ会いたい人の一人や二人故郷にはいるだろう。電嬢たちにも会わせたい人でもいるのかもな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 基地の建物を出ると建物の脇に見るからに高級そうな黒塗りのリムジンが止まっていた。航暉は迷わずにその前に立つ老人の前へと進んでいった。

 

「――――虎爺、久しぶりだね」

「航暉様……ご無沙汰しておりました」

 

 そういって深々と頭を下げた翁は航暉よりも幾分小柄だった。三つ揃いの燕尾服のような服装は見るからに執事の風格を漂わせていた。ブルーアッシュとでもいうのだろうか、どこか涼やかな色の髪が緩やかにウェーブがかかった髪を丁寧に整えた彼は何処か懐かしそうに笑う。

 

「そうだ、紹介しよう。今の部下を務めてくれている電と雷だ。こちらは月詠家の執事長を務めてくれていた宮川虎徹、俺は虎爺と呼んでいる」

「初めてお目にかかります、虎徹と申します。短い間でございますが何なりとお申し付けください」

「あ、ありがとうございます。電です。よろしくお願いします」

「雷です。よろしくお願いします」

「二人とも緊張しなくても大丈夫だぞ。虎爺は優しいからな」

 

 そういって航暉が笑えばどこか照れたように笑う虎徹。

 

「そういっていただけるとは、航暉様もお世辞を覚えるお年になられたんですね」

「お世辞なんかじゃないし、もう三十路が見えてきてるんだぞ?」

「……そうでしたな。爺になると時が流れるのが早すぎて困りますな。立ち話もなんです。ささ、どうぞお乗りください。運転手は高坂でございます」

「高坂……庭師の高坂さんか?」

「おぉ、覚えていらっしゃいましたか。その高坂の息子でございます」

 

 そう言うと虎徹はリムジンのドアを開けた。航暉は迷うことなくそれに乗り込む。雷電はどこか恐縮しながら後に続いた。……軍閥の出身と聞いていたがこのご時世でこんなVIP待遇だなんて思ってなかったのだ。白い高級な内装のリムジンのシートは体が沈み込みそうなほどふかふかでゆったりと体を包み込んだ。

 

「うわぁ……こんなやわらかい座席初めてかも……」

「こんな高級な車初めて乗ったのです」

「まぁ地元の大地主でもあるからこれぐらいやらないと体裁が保てないのさ。持ち家主義が根強いしな」

 

 そういう航暉に一礼してドアを閉めようとした虎徹に航暉は手で止めた。

 

「虎爺、少しばかり話がある。助手席に回らずこっちに乗ってくれるか?」

「かしこまりました。それでは失礼いたします」

 

 向かい合わせの後部座席に虎徹が乗り込み、ゆっくりとドアを閉めた。それを確認してか、滑らかに車が動き出した。

 

「本家までは1時間ほどかかるかな」

「左様でございます。……何かお飲みになりますか?」

「アルコール入れるわけにもいかないしなぁ、……電たちはどうしたい?」

「いなづまは大丈夫なのです」

「あ、後でもらおうかしら……」

「緊張しなくても――――といっても難しいか。事情を知ってるわけだしな」

 

 そう言うと航暉は笑い、すぐに笑みを消した。

 

「虎爺、ジジイの容態は?」

「利郁様はただいまご自宅にてご養生なさっております。元の心臓の御病気もありましたから安静が必要とお医者様から仰せつかっております」

「要は直近の命の危険はない?」

「左様で」

 

 航暉が不満げに鼻を鳴らした。

 

「それで本家は親戚全員集めるとは、世界は大分平和になったらしい」

 

 そう言うと虎徹の方を向いた。

 

「虎爺、今回の呼び出し、ジジイの危篤だけが原因じゃないな?」

「……航暉様、申し上げにくいことではありますが……」

「原因は俺だな?」

 

 航暉の声に苦い顔をする虎徹。航暉はそっと先を待った。

 

「……利郁様は月刀本家の存続を危惧されているようなのです」

延近(のぶちか)がいるじゃねぇか」

 

 虎徹はゆっくりと言葉を選んでいるようだった。

 

「延近様では……本家を継ぐにはふさわしくないとお考えのようです」

「……俺に“戻れ”と? 月詠一族をまるっと殺しておいてか?」

 

 航暉の声が尖った。

 

「正確には補佐として、でございますが……」

 

 航暉は頭をガリガリと掻いた。窓の偏光シートで僅かに黒ずんだ木々の緑が窓を流れていく。

 

「……借り物の長男が木偶だったから戻ってこいか。……虎爺」

「はい」

「悪いが突っぱねさせてもらう。迷惑かけるかもしれないが、大丈夫か?」

「航暉様なら、そうおっしゃられると思っておりました」

 

 虎徹は優しく笑う。

 

「航暉様は正義のお人だと、先代様も仰られておりました。己の正義に順じ、意思を徹すことのできる方だと。それを我々月詠家使用人一同全員が知っていることであり、信じていることでございます。それを疑うことなど、ひと時もなかったのでございます。自ら死地に飛び込まれた時も、戻っていらして、海軍へと進まれた時も、誰一人、刹那の間にも疑ったことなどないのでございます」

 

 そういう声がどこかさらりとしていて、リムジンの中にやさしく響く。

 

「私は月詠家の皆様に仕える執事でございます。月輪に変わり飛び菊の紋を守り、民を守る力であろうとした、月詠家の居場所を守る。それが私めの仕事でございます。私は未だ月詠家の当主より解雇通知を受け取っておりません。二人の主に同時に仕えられるほど、私めは器用ではありませぬ故、月刀家に身を置いていてもそれだけがこの虎徹の仕事であり、誇りなのでございます」

「……そうか」

「月詠家第三十二代当主、月詠航暉様、航暉様の征く道に必要ならばこの虎徹、いかなる試練にも耐えてお見せいたします。どうぞ前にお進みください。その背を見れること、それで私めは僥倖でございます」

 

 航暉の笑みはどこか寂しそうな表情に見えた。

 

「……そこまで義理立てする必要もないと思うけどな。それでも、俺を信じてくれるなら付いて来て欲しい」

「はい、微力ながらお伴いたしましょう」

 

 そう言って笑う虎徹に航暉は自分のうなじからQRSプラグを引き出した。

 

「電、雷、虎爺に二人の事情、伝えるぞ」

「なのです」

「わかったわ」

 

 二人の承諾を取って、航暉は立ち上がった。

 

「話すと長いから有線しても大丈夫か?」

「かしこまりました」

 

 虎徹は航暉からケーブルを受けとり、自分の首筋に差し込んだ。二人とも目を閉じる。車の振動を感じながら、幾許かの時間が過ぎる。そして、虎徹の目が驚愕に開かれる。

 

「まさか……航暉様、これは……」

「本当だ。ここの電と雷は雪音と琴音のアイデンティティ・インフォメーションを引き継いでいる」

 

 航暉の言葉に言葉を継げない虎徹。航暉の笑みが柔和になる。

 

「虎爺ほど、雪音たちの行方不明に怒ってくれた人はいなかったから、どうしても会わせたかった」

 

 虎徹はゆっくりと席を離れ電たちの前で膝をついた。

 

「琴音様・雪音様……」

「……どっちがどっちか、わかるか」

「当たり前でございます。航暉様、琴音様、雪音様の教育係を仰せつかっていたのはこの私でございました。姿かたちが違えども、見間違うほど耄碌したつもりはございません」

 

 そう言って虎徹は雷の方を見た。

 

「雷様のしっかりと強くしなやかな芯を持った目は琴音様そっくりでございますし、電様の優しい目は雪音様を思い出すのでございます」

「……そうか」

 

 そう言って虎徹は視線を落とした。

 

「雷様、電様、この弱い虎徹をどうかお許しください。お客様の前で泣くことなど到底許されることではございません。ですが、今だけはどうかご容赦を」

 

 そう言ってそっと背中を丸める虎徹。航暉は僅かに目線を落とす。

 

「琴音様・雪音様のお時間が止まってから16年が経ちました。虎徹にはそれが悔しくて悔しくてたまらなかった。航暉様は傷だらけになりながらも諦めずに飛び込んでいかれた。それを見送るしかできなかった。それがとても悔しく、今でも後悔しております。業火に呑まれることもできぬまま、ぬるま湯の世界から出られない私が許せずにいるのでございます。そのまま宙に浮いた16年でございました」

 

 虎徹の顔はくしゃくしゃだった。

 

「それが、やっと……救われた気がするのでございます。お二人の中に琴音様・雪音様がいらっしゃる。お二人と共に琴音様・雪音様は過ごしていける。これで航暉様を孤独に追い込まなくて済む、そう思えるのでございます。同じ時を生き、同じ悲しみに泣いて、同じ楽しみに破顔する。航暉様がその相手を得たことが、無性に嬉しいのでございます」

 

 そう言う虎徹の手にそっと小さな手が触れた。虎徹が顔を上げると笑った電の顔があった。

 

「大丈夫なのです。司令官さんを――――航暉さんを一人になんてさせたりしないのです」

 

 虎徹の手にもう一つ手が重なった。

 

「大丈夫よ。しれーかんは私達が守るから」

 

 そう言った雷の笑顔に虎徹はじんわりと涙した。その彼に電と雷がそっと抱きついた。虎徹は遠慮がちに彼女たちの頭をそっと抱く。

 言葉はない、それでも優しい時間が間を埋めていた。降りだしたらしい雨とアスファルトが混ざった匂いが香る。

 

 どれだけの時間が過ぎたのだろうか。ゆっくりと虎徹が彼女たちから離れた。

 

「大変失礼いたしました、雷様、電様」

「そんなことないのです」

「そうそう、というよりしれーかん! こんな大切な人ほったらかしにしてたの?」

「ほったらかしにしてたわけじゃないが……」

「ダウト」

「うっ……」

 

 そんな会話に僅かに虎徹が笑った。僅かに赤くなった目を細める。

 

「さて、今しばらくで到着でございます」

「“閻魔殿”にな」

 

 航暉の言葉に僅かに笑みを深める虎徹。

 

「では閻魔殿へと参りましょうか」

 

 車は東へ向かう道路を一路速度を上げて走っていた。

 

 

 




途中で出てきた飯田製造、レールガンなどの設定は帝都造営先生の『模倣の決号作戦』よりお借りしました。PREQUELでも紹介しましたが、帝都造営先生の作品のリアリティのある世界の作りこみはぜひ一読です。
UPLはこちら→http://novel.syosetu.org/41671/

そして虎徹さん、虎爺の名前は出てきていたのですが……覚えていらした方がいれば大きな拍手を!

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
しばらく海から離れそうですが、これからもどうぞよろしくお願いします。
それでは次回お会いしましょう。

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