艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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文章の区切りが悪くて2話分を一回で投降です。

それでは、抜錨!

(2015/11/29 誤字・言い回しを修正しました)


第10話_演習・混戦

 時間は少し遡る。

 

「響、生きてるな?」

「死んでるように見えるかい?司令官」

「如月、睦月、手伝ってくれ」

 

 三人がかりで埠頭の上にボロボロの響を引き上げる。

 

「司令官、すまない。すこしぬかった……」

「今はしゃべるな。後でしっかり聞いてやる」

 

 荒い息の合間にそう答えた響は水から上がると同時に地面にへたり込んだ。頭を打たないように航暉が彼女を抱きとめるとそのまま中継器から延びるQRSプラグを彼女のうなじに差し込んだ。

 

「うぅ……」

「少し耐えてくれよ……指揮官権限でDD-AK02に緊急アクセス。システム制御を響から月刀中佐へ移行。コード“エコー37”。艤装を切り離せ」

「あぐ……っ!」

 

 声に出しながら彼女のシステムに潜り込み、艤装を強制的に停止させる。響のうめき声とともに壊れかけの艤装が外れ、コンクリートの上にがらんと転がった。

 

 水上用自立駆動兵装――――艦娘は艤装を装備して初めてその力を発揮できる。艤装を文字通り体の一部として動かし、彼女たちは感覚的に敵に攻撃し、攻撃をいなすこともできる。だがその代償として、艤装の破損が身体感覚としてフィードバックされる。艤装の破損が体の痛みとして現れるのである。

 

「……少し痛いぞ」

 

 QRSプラグをつないだままで航暉は制服の上着を脱いだ。QRSプラグからは響の状態が航暉の脳に直接送り込まれる。圧が低くなってきているが、まだ致命的なほどじゃない。そんなことを考えながら制服の裏地の布を無理矢理剥がして細い布きれを作る。

 黒いソックスに太ももまで包まれた足が血でどす黒い赤に染まっていた。魚雷の破片で切ったのか右のふくらはぎに大きな傷がついているのだ。支給品の白いハンカチを傷口に当ててその上から布きれできつく縛り上げる。響は小さく呻く。無意識のうちに握ったのだろう、航暉のシャツの胸のところのシャツがしわになり、わずかに爪が食い込んだ。

 

「よし、よく耐えた。今から医務室に向かうからそれまでもう少しの辛抱だ」

 

 QRSプラグを引き抜いてから如月の方を見やる。

 

「如月は電たちに合流してくれるか?」

 

 そういいながらプラグを如月に渡す。それを受け取った如月はそのプラグを自分のうなじに差し、データを受け取るとすぐに返した。

 

「……できるか?」

「やらなきゃいけないんでしょう?」

「……こりゃ終わったらホテルの予約とらなければならないかな?」

「ふふっ。期待してますね?」

 

 そういって如月はスカートをつまんで一礼すると、くるりと背中を向けて海へと飛び出していった。航暉はそれを見送りつつ目を閉じて痛みに耐えている少女を抱き上げた。脂汗が浮かび、熱い。

 

「中佐! 乗ってください!」

 

 埠頭の付け根に白いバンが止まる。でかでかとUNと大書された国連軍公用車だ。聞いたことのある声に運転席を見ると、航空基地から軍港までの案内してくれたあの伍長だった。

 睦月がスライドドアを開けて最後尾の座席に響を寝かせる。その隣に睦月も座らせて航暉は助手席に飛び乗った。

 

「状況は無線で聞いてます。司令部に直行ですか?」

「頼みます」

 

 車が急発進する。舗装された道にタイヤマークを残すような勢いで突っ込むと速度計が三桁を示す。

 

「警邏隊用の自動拳銃でよければダッシュボードに入ってます」

 

 ダッシュボードからベレッタ90-Twoを取り出すと、マガジンを引き抜き、弾を確認、再度マガジンを戻してスライドを引く。小気味よい金属音とともに弾が薬室に送り込まれる。腰の後ろに手を回し、もう一丁拳銃を取り出した。

 

「M93R……ですね?」

 

 頷いてから初弾を送り込んでセーフティをかける。薄い板のようなフォアグリップが展開することを確認し、もう一度ホルスターに戻した。

 

「古い銃だが、なかなか使い勝手がいいので手放せなくてな……始まったか」

 

 電からの暗号スクリプトが中継器に叩き込まれた。[551st TSq/ ENGAGE]――交戦開始のスクリプトだ。それに合わせて車載無線機のチャンネルを開く。

 

「下村准将、投降する気になりました? 高い火力でものを言わせれば撤退させるとでも思いましたか?」

《強がっていられるのも今のうちだぞ、月刀君》

「その言葉そっくりそのまま返します」

 

 無線の向こうに下村准将とは違う声が混じっている。若い声、男の若い声だ。

 

《……准将!これ以上の戦闘は艦娘にも負担が……!》

「……返事をしてあげなくてもいいので?」

 

 苦笑いしつつそういった。

 

《返事、ねぇ……》

 

 退屈そうに無線の奥が笑う。

 

 

 

《返事は、こんなもので十分だよ》

 

 

 

 その直後、無線の奥でクラッカーが弾けるような音が3回、大きく鳴り響いた。

 

「えっ? いやっ……」

 

 睦月の声が遠くに聞こえる。それほどの絶叫が無線の向こうから彼女の声をかき消したのだ。

 

「……同僚を撃ちやがった!」

 

 隣で運転している伍長が呻いた。煽られるようにアクセルがべた踏みまで踏み込まれ、速度が上がる。叫び声がまだ続いているということは急所には当ててないのだろう。聞くに耐えられれず無線のボリュームを落とす。

 

「司令官……何があった?」

 

 額に脂汗を浮かべる響が上体を起こしていた。それを慌てて支える睦月。

 

「なに、オデッサの階段のコサック兵を討ち取りにいくところさ」

「……劇場に……砲弾でも撃ち込む気かい?」

 

 弱々しく笑った響はルームミラー越しに航暉の目を見つめた。暗く沈み込んだ目が響に向いた。

 

「そりゃあいい、同志デカブリストよ、ともに銃を取ろう」

「……笑えないよ、司令官」

「笑って済む問題でもないよ、響。こっから先は大人の世界だ、お前は傷を悪化させないことに専念してくれ。睦月」

「は、はい!」

「響を医務室へ連れて行ってやれ。そのあとは響と一緒に待機だ。ヤバくなったら緊急スクリプトで指示を出すから睦月はリンク切るなよ」

 

 車が司令部棟の前に飛び込んだ。

 

「伍長は一緒に来てくれるか?」

「中佐の命令なら、喜んで」

 

 司令部の正面玄関前でドリフトをするように車体を振り回し、玄関の前にピタリと止まる。門兵が驚いた顔でこちらを見ていた。

 

「国連海軍極東方面隊中部太平洋第二作戦群、第551水雷戦隊の月刀中佐だ。下村准将に緊急の用事がある。通るぞ。あとそこの君、手伝ってくれ」

 

 門兵が慌てて敬礼をするのを遮って一人の門兵を呼んで響を担がせた。

 

「この子を医務室に連れて行ってあげてくれ。月刀中佐から命令されたといえば伝わるはずだ。詳しいことはこの睦月特務官が知っている。頼んだよ」

 

 特務官と役職つきで呼ばれた睦月を見て門兵は合点が行ったのだろう。まだ幼いという表現が似合う少女に特務官という厳めしい肩書が付くとしたら、それは水上用自立駆動兵装の少女に他ならないのだから。そして、なにか間違いが起こったら文字通り首が飛びかねない問題を押し付けられたことも門兵にはわかった。

 

「伍長、行くぞ」

「了解、中佐殿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あの子たち何発ロサ弾持ってるのよ! 航空支援も何もできないじゃない!」

 

 蒼龍の泣き言のような叫びが風に乗る。今25機目の九九艦爆がロサ弾で蹴散らされたところだ。墜落は何とか免れたが爆弾の照準が狂い、明後日の方向に落下する。海面に突っ込んだ衝撃で起爆した爆弾が盛大に水柱を立てた。その勢いすら利用するかのように駆逐艦娘が一人、空母の方に突っ込んでくる。今度はウィンドウ弾が飛び出して、空中できらきらと太陽光を乱反射させた。

 

「飛龍! 取り舵!」

 

 蒼龍が声を張り上げる。正面から突っ込んでくる仮想敵役艦隊の旗艦が飛龍の方に向かって舵を切ったからだ。蒼龍もそこから距離をとるように面舵を切る。

 

「私を忘れてもらっちゃ困るわよっ!」

 

 面舵を切った鼻先を駆逐艦娘が横ぎった。飛龍に向かっていった影とよく似た姿。

 

「いなづ……」

「雷よっ! 電じゃないわ! 似てるからって間違わないでよ」

 

 そういいながら雷はくるりと振り向くようにしてにやりと笑った。据え付けられた10センチ高角砲が閃いた。

 

「……っ!」

 

 駆逐艦の小径砲の模擬弾でも至近距離から狙い撃ちされれば相当に痛い。とっさに飛行甲板を楯のように構えて、体への被弾を避ける。

 

「あぁっ! なんでまた飛行甲板に被弾なのよ!」

「蒼龍さんが楯にしたからでしょ……」

 

 あきれた表情でそういいながらも対空機銃も駆使して攻撃を仕掛ける雷。蒼龍が慌てて呼び戻した艦爆隊を認めるとさらに距離を詰めてくる。

 

「風読んでる? この距離で爆撃は自殺行為よねっ!」

「……っ!」

 

 急降下に入っていた爆撃隊を慌てて散らし、それから気が付く。……雷は自分よりも風下側にいる。風で流されても私には当たらなかったのでは?

 

「あ! だましたわね!」

「へっへーん。強いだけじゃだめだと思うの、ちゃんと頭をつかわなきゃ、ね!」

 

 蒼龍は全速で前に出る。駆逐艦相手に逃げ切れるとは思えないが、それでも距離を取らなければ攻撃ができないのだ。そもそも敵艦に肉薄された時点で空母にとっては致命的なのだ。すこしでも距離をとらなければ……

 

「……あぐっ!?」

 

 いきなり足元をすくわれたようによろける。機関が動かない。前に進めない……?

 

「つーかまーえた!」

 

 雷が鎖を手に腰を落としていた。さながら綱引きをしているようにも見えるがその鎖は蒼龍の足元まで伸びている。

 

「えっ……!?」

「距離を取ろうとしてもスクリューが回らないんじゃ話にならないわよね?」

「まさか、最初に横ぎった時にはもう」

「うん。投錨してたわ。見事に突っ込んでくれてありがとう。無理に動けば機関が内側からやられる。そしてこの距離は私たち駆逐艦の距離よ」

 

 鎖を手繰り寄せるようにして距離を詰める雷。

 

「え、や、ちょ!」

「大丈夫。模擬弾だし!」

「そういう問題じゃ……!」

「いっきまっすよー!」

「話を聞いて! お願い!」

 

 鎖が絡んで回避なんでできないが、それでも何とか身をよじってかわそうとするが、あまり効果がないレベルまで接近されている。駆逐艦の主砲とはいえ、何発も同じ場所にくらえば沈みかねないし、模擬弾を使っていても至近距離では撃ちだした運動エネルギー自体が暴力的だ。

 

 やばい、かなりやばい。

 

 蒼龍が顔面蒼白になるのを楽しむように鎖を手繰り寄せて迫ってくる雷。そしてほぼゼロ距離で主砲を向け――――――

 

 

 

 もにゅ。

 

 

 

「はぁ……何食べたらこんなに大きくなるのかしら」

 

 ゼロ距離で蒼龍の胸を揉みしだいた。

 

「へ? や、やめて! 九九艦爆がはみ出ちゃうからっ!」

「ここか、ここがええんか~」

「そんなオヤジくさい反応されてもっ!」

 

 ほぼ自分の顔の高さにある二つの膨らみをまさぐる。次第に緑の上着がはだけていくが、そんなのお構いなしに柔らかさを堪能していく。

 

「ちょ! 蒼龍!?」

 

 それを見て顔を赤くしたのは飛龍である。彼女は電相手に追いかけっこの最中だ。飛龍にとってはこの敵味方入り乱れての乱戦で雷撃を使うのは自殺行為だし、艦爆隊はロサ弾で近づくことすら許されなかったのである。結果として逃げる飛龍と追う電という構図ができていた。

 いたって真剣に追いかけっこを行っていたのだが、僚艦が予想外の攻撃を受けているのをみて、ウブな反応をしてしまったことがあだとなった。

 

「ごめんなさいなのです!」

「へ?」

 

 飛龍が後ろを振り返ると、何かを大きく振りかぶってジャンプしている電。逆光で何を振りかざしているのかはわからないが、ヤバいのは肌で理解できた。

 

 何を持っているかはわかった。魚雷だ。水色の模擬(ダミー)弾頭を搭載した魚雷だ。それに電の体重と艤装の重さを乗せてフルスイングしてくる。ご丁寧にジャンプで稼いだ落下エネルギーも追加して。

 

「――――――!」

 

 過たず飛行甲板を捉えて、それをへしゃげさせながら殴り飛ばす。飛行甲板がエネルギーを幾分か吸収してくれたとはいえほとんどのエネルギーは甲板を通過してその下にある飛龍自身に伝達される。

 ものの見事に吹っ飛ばされた飛龍は目を回して海面に倒れこんでいた。浮力発生用の力場が最大になっているようなので沈みはしないだろう。

 

「はうぅ……腕がしびれるのです」

 

 青い模擬弾頭が見事にへしゃげていた。これは発射管に戻すこともできなさそうなのでさっさと海中投棄する。

 

「飛龍さーん。大丈夫ですか?」

「うぅ……多聞丸に怒られるじゃないの~」

「……寝ぼけてます?」

 

 ゆさゆさと体をゆするとそんなことを言う飛龍。命には別条なさそうなので放っておくようにした。電があたりを見回すと鎖をさらに絡めながら空母の豊満な胸を揉みしだく姉がいた。

 

「わかった! わかったからっ! 降参するから! まさぐるのやめてぇ!」

「そう。ならいいわ」

「……雷お姉ちゃん、さすがにほかの部隊の人の胸をこう……するのはどうかと思うのです」

「あら電、砲弾を撃たなくても無力化できるからアリだと思わない?」

「もう勘弁してよー。華の二航戦がこんなふざけた轟沈理由刻むわけにはいかないのよ……」

「とりあえず、艦載機も全部落ちたみたいなので、問題なしなのです?」

「そうね、なら如月たちの方を片づけてさっさとしれーかんにほめてもらいましょう?」

 

 雷はにっこり笑って鎖を捨てるとそのまま離れていく。電もそれについていく。……もしかして、全戦闘が終わるまで、ずっとこのまんま?

 

「え? この鎖は……?」

「あとで外してあげるわよ?」

 

 雷が手を振って離れていく。

 

「あ、あはははは……」

 

 乾いた笑みを浮かべる以外やることがなくなり、蒼龍は盛大に溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 二航戦が妙なことになっているのに気が付いたのは日向だ。

 

「飛龍、蒼龍……!」

「よう日向、目の前の敵から目を離せるなんて余裕じゃねぇか」

 

 その視線を遮るように日向よりも小柄な影が割り込んだ。

 

「天龍……!」

「抜けよ、日向。お前の腰に下げてるその刀は飾りか?」

 

 ゆっくりと鞘から紅の刃を引き抜いた天龍はその切っ先をぴたりと日向に合わせて笑う。

 

「……この距離は得意じゃないのだが」

 

 その直後、日向の姿が掻き消える。強烈な踏み込み、居合の要領で切り上げるように抜かれた刃が天龍の首筋を狙う。

 

「うおっ!?」

 

 右手を峰に滑らせ何とかその斬撃を受け止める。刀を傾け、日向の刃をそらすと鎬が削られ火花が散る。天龍はその反動を殺さずに左側に回り込むように海面を蹴り、距離を稼いだ。あのまま競り合いに持ち込むのはまずい。まともな力比べをすると天龍に勝ち目はないのだ。

 

「……戦艦とは思えない足の速さだこと」

「そうなんども使えないのだがな、これは」

 

 直後に日向の主砲が閃いた。天龍の周りに水柱を立てるが、それをかわすようにして天龍は改めて距離を詰めていく。

 

(遠距離なら砲撃の嵐、近づいても斬撃が来る……ちびどもをこっちに回さずに正解だったぜ)

 

 天龍が刀を振りかぶる、その動きの合間に間合いを一歩分盗み、刀が届く距離に日向を捉えた。ためらいを消して、振り下ろす。狙うは胴打――――担ぎ胴だ。

 

「……ハッ!」

 

 相手がかわすのは織り込み済み。さらにもう一歩深く踏み込む。振り下ろす動きで縮められた全身のバネを解放するように海面を蹴り、前へ。日向の目が見開かれるのを眺めつつ、その切っ先はのど元めがけて迷いなく突き出された。

 

「なかなか無茶な太刀筋だ、だが……!?」

 

 後ろに飛び退くようにして何とか距離をとった日向がもう一度驚愕で目を見開いた。天龍とよく似た色の影がすぐ脇に立っている……?

 

「ふふふ……死にたい艦はどこかしら~♪」

 

 一度ついた勢いを殺しにくい戦艦艤装の特徴、飛び退いた直後で踏ん張ることなどできないタイミング、右手で持った刀では有効打が打てない左側という立ち位置。そして手元の刀よりも間合いの広い薙刀という武装。

 

 

(まさか……最初からこのつもりで!)

 

 

 赤い刃が煌めいて、日向の艤装目がけて振り落される。体と艤装の接続部に叩きつけられた刃があっさりと武装を切り落とした。痛みに息が詰まる。切り落とされた武装が足元で水しぶきを立てた。

 

「ごめんなさいね~。でも味方とはいえ天龍ちゃんに実弾を撃った相手を野放しにすることなんてできないのよー」

 

 日向が痛みに腰を折るようにして耐えていると、頭上から声がかかる。天使の輪のようなものを浮かべたシルエット。逆光で表情は読めないが、おそらく笑っているだろう。

 

「……あなたが左手につけている主砲を撃つ前に私はあなたの首をおとせるわ。投降してくれないかしらー?」

 

「……まったく。水雷戦隊相手だと油断したな」

 

 日向がそういうと龍田も笑う。

 

「天龍ちゃんたちは“あの”ウェークの生き残りですよー? 忘れましたか?」

「……そうやわじゃないか」

「わかってくれて何よりです。そろそろ暁ちゃんたちのサポートまわらないといけないかなぁ。あなたは戦線を離脱してくださいねー」

 

「そうするよ。こんな戦場もうこりごりだ」

 

 日向がそういって投降する旨のスクリプトを送ると……司令部からの返信がなかった。眉をしかめる。

 

「まさか……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 銃声が三つ。配電盤のカバーが蝶番を吹き飛ばされたことで歪んで地面に落ちた。

 

「――――――ふっ」

 

 息をついて火薬のにおいを放つベレッタを右手に保持したまま航暉は配電盤のカバーを蹴り飛ばして配電盤をのぞき込む。そこにあるジャックに首筋から伸びるQRSプラグを差し込んだ。

 

「中佐殿、ほんとにうまくいくんですか?」

「……司令部のドアの解除コード自体が書き換えられてるんだ。うまくいく保証はないが、これしかまともに突入する手段がない」

 

 正規の手段で下村准将がいる戦術指揮所のドアを開けようとしたところ、そのコマンドが弾き返されたのは約10分前。戦術指揮所の電源や管理システムは外部とは別系統のスタンドアロン型、ドアの管理も戦術指揮所の内部システムに組み込まれている。

 

「だからって、CTCとのラインに割り込んでグアムの戦術コンピュータにアクセスして無理やりドアの解放なんて……」

「そのための中佐権限だろう? ……CTCから作戦許可も取り付けたんだ。やるしかない」

 

 中佐かつ、水上用自立駆動兵装運用士官である航暉ならばある程度の戦術情報にはアクセスできる。そこから戦術コンピュータにアクセスするのはあまり難易度も高くない。そもそも、今回は状況が状況だ。撃たれた士官の救出という大義名分も得て、CTCから強行突破を許可するという趣旨の許可文章も取り付けた。

 

「潜るぞ。あまり声をかけないでほしい」

 

 意識がネットの中に吸い込まれていく。CTCの情報ラインに乗る。CTCの支援として送られた大量のスパムデータの濁流に乗りグアム戦術コンピュータのファイアウォールを中佐としての個人IDでかわすとあっさりと内部に侵入できた。

 

(……ノイズが多い?)

 

 ドアの解除などの管理コードは比較的重要度の低いエリアに区分けされている。あっさりとそこに取り付くとパスコードの解除にかかる。

 

「伍長」

「はい」

「間もなくドアが開くが一瞬内外ともに電源が落ちる。驚くなよ」

 

 パスコードの解読が進む中、航暉はベレッタの弾倉を抜いてスライドを解放した。まだ弾が残っている弾倉を腰にしまい、真新しい弾倉に置き換える。フラッシュライトを左手に持ち

 

「パスコードは“下村艦隊チョーサイコー”……まったくもってセンスがないな」

 

 スライドロックが解除されベレッタが硬質な音を立てると同時、ドアが空気の漏れる音とともにスライドして開いた。QRSプラグを引き抜くと建物の電源が落ち周囲が闇に包まれる。フラッシュライトを点滅させながら司令部に踏み込んだ。

 

 フラッシュライトに反射する頭皮。でっぷりと体格のいい男が驚いたように突入してきた航暉を見る。間違いなく下村准将だ。相手に一言も言わせないまま体当たりを決めた航暉はそのまま下村准将を目の前の管制卓に押さえつけた。

 

「ぐえっ」

 

 文字通り蛙の潰れるような声がして管制卓に叩きつけられる下村准将。バーチョークの変則版というべきか、左腕で後ろから首筋を抑え、身動きを封じた航暉は准将の首筋から伸びるコードを無造作に引き抜いた。これで下村艦隊は准将の指揮下から外れる。その衝撃に気を失ったのか白目をむいて崩れ落ちる下村准将。脈を測るとしっかり脈は刻んでいるので死んだわけではなさそうだ。

 

 赤い非常用電源に切り替わり、周囲が照らされる。

 

「伍長! 彼は?」

「息はしてますが意識なし、出血性ショックの可能性大」

「すぐに医療隊に引き渡してください。ここは抑えます」

「了解しました、中佐」

 

 管制卓の端にある音声入力用のマイクの電源を入れる。

 

「月刀中佐よりCTC、下村准将を拘束。状況を終了する」

[CTCより月刀中佐、了解した]

「月刀中佐よりグアム戦術コンピュータ(GTC)、電脳汚染の可能性あり、全システムのスキャンを実施せよ」

[GTCより月刀中佐、全システムスキャンを開始する]

 

 矢継ぎ早に指示を出した航暉はマイクのセレクタを操作し、演習艦隊用の通信につなぐ。

 

「グアム第一演習レンジで交戦中の全艦に次ぐ、ただちに全戦闘を停止せよ。これ以上の戦闘はいかなる事情があっても許可しない。繰り返す、ただちに全戦闘を停止せよ」

 

 とりあえずそれだけすぐに叩き込んで改めて無線を開く。

 

「こちら月刀中佐、各艦隊旗艦は応答せよ」

『こちら551TSq旗艦、電です。感度良好なのです』

『中部太平洋艦隊第一作戦群旗艦、伊勢! 月刀中佐、感度良好です!』

「各艦隊状況報告」

『551TSq、響が大破、電、暁、如月が小破、以上です』

『こっちは日向が大破、残りは武装解除されちゃってます』

「……日向が大破? 大破判定じゃなくてか?」

『ちょっとやりすぎたかしら~?』

 

 あくびれもせずにそういう龍田に頭を抱える航暉。

 

「やりすぎだ、龍田。……下村准将が電脳汚染されている可能性が出てきた。下村准将とリンクした艦はただちに帰投せよ。各艦に電脳汚染がないことが確認されるまで出撃を禁ずる。第551水雷戦隊は下村艦隊をそのまま護衛しながらアプラ港に帰港せよ……睦月、聞いてるな? そっちはどうなった」

『はい! こちら睦月、響ちゃんは今治療中ですけど、命に別状はないそうです!』

「そうか、ならよかった。……全艦、気を付けて帰ってこい」

『了解!』

 

 そういって無線を切る。非常用電源の下で伸びている下村准将を見下ろして溜息をついた。

 

「……仲間同士で殺し合う戦場なんかもうこりごりなんだよ、なんてもの見せやがる、准将」

 

 

 そう吐き捨てた航暉は天井を仰いだ、演習開始からようやく1時間が経とうとしていたころだった。

 

 

 




ちなみに響と司令官の会話、コサック兵云々の元ネタはゲームの家具のポスターの元ネタでもある戦艦の出てくるソ連のサイレント映画です。

暁「そんなことより司令官! なんであたしの戦闘シーンがないのよ!筑摩さん相手に結構頑張ったじゃない!」
いや……書いてたんだけどさ、書いてたんだけどさ……
暁「なら載せなさいよ!」
……クマさんパ○ツが履いてるのがばれて恥ずかしさのあまり主砲とウィンドウ弾乱射して如月巻き込んでっていうのがクライマックスだとあまりに緊張感に欠けるかな、と……
暁「」

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回はこの後始末と息抜きと。
初めての日常回(?)です。お楽しみに!

文章のストックが底をつきそうとか言えない……。

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