艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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最近リアルがひどく忙しくなりつつあるオーバードライヴです。
それでもなんとか更新です。
今回から設定などをエーデリカ先生の『艦隊これくしょん~鶴の慟哭~』からお借りしています。エーデリカ先生にはこの場を借りまして改めてお礼を申し上げます。

それでは、抜錨!


ANECDOTE003 それがあなたの答えなのです?

 

 

「春雨さん……聞こえますか?」

 

 無線に対する答えはない。それでも問いかけを続ける。いくつもの周波数帯にまたがるが“深海棲艦がウォッチしているであろう周波数帯”はわかっている。ヒメが日本語を覚えた周波数帯だ。波は一定のスパンで電たちを持ち上げては落とす。

 

「春雨さん、このままいけば、私達は戦わなくちゃいけなくなるのです。私はできれば戦いたくないのです。……少しお話できませんか?」

 

 返答を待つ。厚い雲から落ちてくる雨粒が海面を仄かに白く染めていた。

 

「……いけませんか? 春雨さん」

 

 無線を開こうとした夕立を村雨が止めた。

 

「今は……電ちゃんを信じましょ?」

 

 電が無線に話す声だけがしばらく響いた。答えは無い。

 

「―――――――電より水晶宮へ」

《こちら水晶宮》

「状況はネガティブなのです。……直接接触へ移ります」

《了解、パッケージ・ホテル以外には既に金剛たちがサイティングを終えている。支援要請は随時行ってくれ》

「大丈夫なのです。きっと、届くのです」

 

 電は笑った。雨が電の頬に髪を張り付かせる。それでも笑って見せた。

 

「総員単縦陣に移行、パッケージ・ホテルに接触を試みます。天龍さん、切り込みの状況になったら一番槍をお願いします」

「おう、任せろ」

「殿は龍田さん、何があるかわかりません、全体警戒を」

「了解よ~」

 

 波は追い波だった。速度を適切に維持しなければひっくり返る可能性もある。この状況で正確に砲撃するだけでも骨が折れそうだ。その状況で声が届くエリアまで接近する必要がある。

 接近すると言うことはそれだけ必殺の間合いに入ると言うことであり、相手の一撃が致命傷になりかねない間合いに入るということだ。もしパッケージ・ホテルや未確認種が戦艦並みの火力を持っていたら、強力な魚雷を密に放ってきたら、かわす間もなくこちらは沈められるかもしれない。それを防ぐためのシステムをいくつも用意しているが、だからといって沈まない保証はどこにもない。

 

 何と危険な賭けだろう。その賭けに僚艦の安全もまとめて掛け金入れ(ポット)に入れて賭けを続けている。何と重く、何と傲慢な賭けだろう。それでもその危険な賭けを電は押し通す。それで誰かを救える可能性が僅かでも増えるならば、電はそれを押し通すのだ。

 

「―――――司令官さん」

《どうした?》

 

 無線の奥はいつもの声。それが僅かだが電の心を塞いでいたものを軽くする。彼と一緒なら大丈夫だと思うのだ。

 直接ではないが血を分けた兄妹であるという。電の司令官。月刀航暉准将。まだ彼が月詠航暉と呼ばれていたころの記憶が電の中におぼろげに残っている。夢幻のようにヴェールの向うだが、確かにその記憶が残っている。

 その彼となら、飛び越えていけると思う。その確信があった。彼なら信じて前に進める。

 

「……パッケージが敵対してきた場合でも、春雨さんだけは残しておいてくれますか?」

《今大和と武蔵が狙ってる。お前のタイミングで砲撃指示を出せ。パッケージ・ホテルについては電の判断を待つ》

「ありがとう、なのです」

 

 単縦陣の先頭に立って電は前を見る。

 

《――――――パッケージ砲撃態勢(マージ)。砲撃、くるぞ》

 

 航暉の声が無線に乗り、本当の戦闘が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵砲撃着弾まで後2秒、1……今!」

 

 笹原の声が響く。計算が合っていなかったらしく、全弾かなり手前に着弾した。

 

「……で、どうする気?」

「敵対とみるべきだろうと思うぜ?」

「同感」

 

 杉田の答えに渡井が軽いノリで答えた。それを聞いた高峰が笑った。

 

「でも電ちゃんはまだあきらめてない。電の意志を優先すべきか、はたまた部隊の安全を意識すべきか、そんなところろかな。カズの葛藤は」

「比べるまでもないな」

 

 その高峰の言葉を航暉はすぐに遮った。

 

「俺たちは軍人だ。軍人として成すべきを成さねばならぬ。ただそれだけだ」

 

 その答えに笹原が肩を竦めた。

 

「やっぱり不器用だね、カズ君は」

「言ってろ……電、敵対の意志アリと判断する。こちらの目的はあくまでパッケージ・ホテルだ。他を潰しにかかるぞ」

《……了解なのです。パッケージ・ホテルとはできる限り交渉を続けたいのです》

「わかってるよ。他を潰しにかかる」

 

 航暉が無線のキーを叩いた。スイッチングし無線は501への通信に切り替わる。

 

「501金剛、聞こえてるか?」

《ハイッ!》

「潰しにかかるぞ。砲撃用意」

 

 航暉の視界が金剛たちとリンクする。視界には電探の情報がオーバーレイされるが、それの精度が一気に上がった。

 

「忘れてもらっちゃ困るぜ、カズ」

 

 その声に笑みが浮かぶ。

 

 艦載機も飛ばせない、悪天候で視界も悪い。それでも距離表示が±10センチの精度で修正されていく。そんな高精度な索敵をできる人物はひとりしかいない。

 

「こちら高峰。砲撃観測支援に入る。各種電探、リンクリクエスト」

 

 視界が一気にクリアに切り替わる……ノイズが極限まで減らされていく。

 

「月刀の照準なんて見てられねえな」

 

 杉田の不満そうな声、同時に金剛たちの砲の管制が乗っ取られる。

 

「おい杉田!?」

「グダグダ喚くな、月刀司令長官。てめぇの仕事は電嬢たちについていることだろうが。雑魚の相手は俺たちに任せろ。少しは同期を信頼しろや」

 

 まるで狙撃銃のサイトを見ているような感覚に襲われる。広域視界を左目で確保、右目の情報だけが高倍率に拡大される。

 

「渡井、リソースを杉田に回せ。2隻ずつの一斉砲撃が来るぞ」

「りょうかーい」

 

 渡井の高速タイピングが情報の流れを整理する。“鷹の眼”も使った一斉砲撃。2隻が4基8門を斉射すれば16門の砲撃が敵艦隊に降りかかる。隙を作らないために2隻ずつ交互に打てるように配慮されている。その管制を支えるための大量の情報をあすか搭載の演算器が悲鳴を響かせながらも処理していく。

 

「高峰!」

「システムリンク! 限界値まであと3秒、2……」

「――――――ッテッ!」

 

 スクリーンに16の線が現れた。その線の終点に向って二つのマーカーが動いていく。一つは敵艦を示すマーク、もう一つは放たれた徹甲弾――――――その飛翔体(プロジェクタイル)。それら彼我の距離が一気に詰まり、接触の時が近づいていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 電たちの眼前で一斉に爆炎の火柱がたった。数はおそらく10前後。おそらくは金剛たちの支援砲撃だろう。それがパッケージ・ホテル以外の戦闘艦を文字通りの一瞬で叩き潰した。

 

「――――――っ!」

 

 そうせざるを終えなかったというのもわからない訳ではない。それでもこれしかないのかと考えてしまうのは自分の性なのだろう。それが歯がゆく思える。

 

《――――――ヨ》

 

 無線のノイズに耳を澄ます。同時に電は感度を最大に上げた。

 

《――――――ヤラセハシナイヨ!》

 

 このイントネーションは間違いない。深海棲艦のイントネーションだ。同時に夕立が前に跳び出した。

 

 

「――――春雨のバカ!」

「っおい!」

 

 夕立が最前線に飛び出した。ほぼ限界に近い速度だ。天龍の制止も間に合わない。

 

「っ! 作戦変更! 夕立ちゃんをサポートします! 龍田さんと雷お姉ちゃんが左翼、響お姉ちゃんと微風ちゃんが右翼へ展開!」

「了解っ!」

「残りのメンバーは距離を詰めます! 乱戦になります。輸送船も小口径ですが砲を持ってるので背後のカバーを徹底して下さい!」

 

 指示を出し終わる頃には電が夕立の後を追った。波の合間に相手がみえる。視覚情報にフィルターがかかるように視界に電探の情報が乗った。リンク先で統合された情報だろう。

 夕闇が近いのだろう。海の鈍色がさらに濃くなっていく。その中で電は波のリズムを読んで進む。速度が上がれば上がるほど危険度は加速度的に跳ね上がる。波の谷間に突っ込むバウダイビングや波の山から下りるときにコントロールが効かなくなるブローチングなど、危険な状況に追い込まれる可能性が高くなるのだ。これ以上速度を上げるのは危険だとわかっていても気持ちだけが急いてゆく。

 

「夕立ちゃん! 突出しすぎなのですっ!」

《春雨! そろそろ目を覚ましてもいい時間っぽいっ!》

 

 電の視界の先で夕立が先に砲を撃った。威嚇射撃なのだろう。それは相手のはるか手前に着弾して水柱を立てた。

 

《お願いだから、目を覚ましてよ春雨ぇ……!》

 

 悲痛な言葉が無線に乗る。それを無視するように……断ち切るように砲が向く。

 

「キックバック!」

 

 天龍が叫ぶが夕立は聞く耳を持たない。夕立の頭を狙うように相手のガラス玉のような瞳が彼女を見据えた。

 

「春雨……」

「夕立避けろ!」

 

 砲を向けるという明確な敵対の意思表示、それを前に夕立は動くことができなかった。

 

 なぜだろうと思わなくもない。春雨の姿をした彼女になら殺されてもいいと思ってしまったのかもしれなかったし、春雨なら撃たないと思ったのかもしれない。そこは夕立自身にも判別がつかなかった。

 

 

 ただ、悲しかったのだ。

 

 

 彼女はもうあの優しい春雨じゃないのだと、どこか思ってしまった。

 その事実が、それを認めてしまった自分が。彼女を救えないとあきらめかけたことが。

 

 

 ただそれが悲しかった。

 

 

「はるさ―――――――」

「夕立ちゃん!」

 

 その砲が閃光を迸らせると同時。

 

 錨のマークの入ったバレッタが視界を遮るように飛び込んだ。その動きはただスローモーションのように見える。まるで通せんぼをするように両手を広げたその影を夕立はただ何もできないまま呆けたように見つめることしかできなかった。そしてその彼女が何をしようとしているのかを理解すると同時、夕立を庇う形で、彼女に砲弾が突き刺さる。同時に爆裂。

 

「――――――電ちゃん!?」

 

 その衝撃で数歩よろめくように引き下がりながら夕立は自分が何をしたのかを悟った。

 敵の砲の前で呆けるという、やってはならないミスをしたのだ。それを庇って電が被弾した。ただ、それだけのこと。

 

「いやっ……!」

 

 爆炎とその黒い煙に覆いつくされた視界で夕立はせめてもの抵抗を試みる。前へと手を伸ばす。せめて彼女の支えにならなければと前へ。

 

 

 

「……それがあなたの答えなのです? 春雨さん」

 

 

 

 黒煙の中から両手を広げたままの彼女の姿が現れる。爆炎で引き裂かれたセーラー襟の切れ端が風に舞った。破片で切ったのか頬から赤い液体をにじませながら前を見つめる。

 

「夕立ちゃん、一度下がってほしいのです」

「電、ちゃん……?」

「吹雪ちゃんたちが後ろで雷撃の態勢を整えてるはずなのです。そこに合流してください」

「……電ちゃんは、大丈夫……ぽい?」

「はい、大丈夫なのです」

 

 上着はところどころ引き裂かれ白い素肌が覗く。そんな痛々しい状況でも電は毅然と相手と向き合っていた。夕立がゆっくりと反転していくのを感じながら、相手が飛ばしてきた無線のチャンネルに合わせ、口を開いた。

 

「一緒に戦った仲間に銃口を向けることがあなたの答えだというのなら。私はそれに否と言わなければならないのです」

 

 電の防弾板が回転してロックが外れる。飛び出してきたそれを両手に持つ。それを――――――小柄な駆逐艦娘でも振り回せるように調整された特別製のスタン警棒を振って展張する。

 

「―――――司令官さん」

《ばかやろ。突っ込むなら突っ込むと言え。シールドビットを展開するぐらいの猶予はあっただろう》

「ごめんなさいなのです。それでもこうするしかなかったのです……」

《……まあいい。次はないぞ》

 

 無線の奥から苦笑いのような気配。

 

《スターダスト展開、臨界まであと448秒。電―――――飛べ》

 

 一気に電が前に跳ぶ。同時にドンッ!と鋭い音が響いた。電の脚に括り付けられた……追加のスラスターが半ば強制的に電自身を加速させる。その加速度が電自身に負荷をかける、だが電は一度無視をした。それでも前に跳ばねばならないのだ。今は夕立たちが態勢を整えるまではここで立ち回らねばならない。

 

 その加速度を持って右手に持った警棒を振り下ろした。相手はそれを、両腕をクロスするようにして受け止める。直後相手の瞳が収縮した。瞬間的に流れた高圧電流が彼女の内側にダメージを与えていく。

 

「痛イジャナイ、カッ!」

「痛くしているのですから、当然なのですっ!」

 

 互いに弾き合い、後ろへ下がる。波の上という不安定な足場を削るようにしてバランスを取り直す。横波に近い形になったが、波のテンポを読んで飛び上がった。波の頂点に立つと同時に、右砲が閃いた。彼女の足元に大きな水柱を立てる。遅延信管が埋め込まれた炸裂弾が彼女の足元で破裂する。彼女の体が水圧で揺れた。

 

「お願いなのです。私達はあなたを沈めたくない! だから、話を聞いてほしいのです!」

 

 電の声が雨音に混じるようにして消えてゆく。それに対する答えは砲火で返ってきた。機銃弾による掃射。バックステップで波を下り、水の壁を使って後退した。バランスを崩しかけてスラスターを一瞬噴射、無理矢理リカバリーをかけた。サイドを取った天龍が刀片手に飛び込んだのが見えたのでその隙に上がった息を整える。体が無理な加速度に悲鳴を上げていた。視界の端に映るカウンターが正確にカウントダウンを続ける。この無理な動きを続けられるシステムの臨界を示すカウントダウンタイマーだ。

 

 STrategic sea ARea Domination Unit SysTem――――STARDUST、星屑の名を冠したそれは艦娘に強力な足と盾を授けるためのシステムだった。

 

 艦娘――――水上用自律駆動兵装にはいくつかのリミッターが存在する。それらのリミッターの一つの目安となっているのが損傷限界基準だ。これを超えたら損傷が出てもおかしくないと言われる数値、それが損傷限界基準。これは本当の意味での限界……損傷上等で行う行動も含めた限界値ではない。破損承知でも安全限界基準を超えれば自らの負荷で自らを根底から壊しかねないのだが。

 STARDUSTは損傷限界基準を超え、海域を迅速にかつ確実に掌握するために必要な行動をするために必要な動力リソースの確保、それによる自衛用のナノマテリアル被膜による対貫通防御の補強や空間防御システムの運用能力の付与、追加のスラスターなどで強化した駆動系をフルに活用した機動力の確保などを行うシステム群の総称だ。

 

 本当ならば損傷限界基準を超えた活動を前提にしてシステムが組まれること自体が禁じ手である。だが第50太平洋即応打撃群(J-PaReS Group50)が担う敵上位種との武力交渉という任務を考えればこれらのシステムは必要だったのだ。

 

 航暉とのリンクのおかげで敵がどこでどういう動きをしているかはわかる。タイミングを見計らって波を駆け上がった。スラスターが体を持ち上げ、波をジャンプ台のように駆け上がり空中に飛び出す。

 

「司令官さんっ!」

《I have SHIELD PIT.――――――行け!》

 

 背負った防弾板が駆動する。盾の裏側から飛び出したのは6基の―――――飛翔体。それが航暉の命を受けて宙を舞う。

 

 相手は砲を振り、電は警棒を振る。

 

 

 夜闇が迫る中、金属が啼く甲高い音が響いた。

 

 

 




はい、もう皆様お気づきかと思いますが、相手は駆逐棲姫です。ほっぽちゃんに続いて姫クラス二人目。このまま強さのインフレが起こらないか正直心配です。

STARDUSTの設定はまえがきでお知らせさせていただいたエーデリカ先生の発案です。『艦隊これくしょん~鶴の慟哭~』には高峰が出張していましたが、月刀他5期の黒烏の全面参戦が始まっています! これまでの投稿だとバレンタイン編で大笑いさせていただきました。

エーデリカ先生『艦隊これくしょん~鶴の慟哭~』(URL:http://novel.syosetu.org/43550/)もぜひ合わせてご覧ください。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
駆逐棲姫迎撃戦もおそらく終盤。夕立たちの行く末は……。

そういえばお気に入り700件突破しました。皆様ありがとうございます。この作品も110話、75万字突破です。びっくり……。
これを記念して司令官たちの過去話とか投稿しようかとか考えてます。3月1日の午前0時までオーバードライヴ活動報告にて募集中です。よろしければぜひぜひ。

それでは次回お会いしましょう。

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