艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー 作:オーバードライヴ/ドクタークレフ
武蔵のボイスがかわいい感じだったから書いたことは否めない。
前話の裏ではこんなことも起こってました的な感じで見ていただけると幸いです。
それでは、どうぞ。
「大和、少し相談がある」
そう切り出したのは彼女の妹分、大和型二番艦、武蔵である。
「あら、珍しいですね、武蔵から相談なんて。ほら、なんでも言ってみなさい」
至極真面目な顔で向き合う武蔵に大和は微笑んで見せた。可愛い妹はどんな相談をしてくれるのかしら―――――
「待てど暮らせど勝也が襲ってこないのだが、どうすればいいと思う?」
飛んできた爆弾発言に大和は瞬間的に相談を受けているという状況を忘れた。
「待て待て待て待て。なぜいきなり首を絞めにかかる」
「育て方を間違えました。最初からやり直します」
「大和よ、お前は私の母親か何か――――わかった、姉だったな。とりあえず落ち着け。それ以上はいけない」
無理矢理腕を押さえつけ、首から手を離させる。
「……で、何をいきなりハレンチなことを?」
「うむ」
うむではないでしょう、とツッコミたいがとりあえず先を聞くことにした。
「私は常々思っているのだが、勝也は奥手だとは思わないか?」
大和は武蔵が勝也と呼ぶ人物、杉田勝也中佐――四月期から大佐に昇進することが確定しているが――を思い出す。普段から武蔵とは一緒にいることが多い男で、大和にとっても直属の上官にあたる。
「……まぁ、普段の言動では気になる部分はありますが、場を弁えた言動はされるかと思いますが」
「そう、それだ。場を弁えるのは結構だが、弁えすぎるのもどうかと思う。オフの時でも、もっと男なら、こう……男としての本性をだな、出してほしい。私もいろいろ手を尽くして攻略しようとしているのだが」
「攻略って言いますか普通」
じとっとした目を送ればどこか焦ったように目をそらす武蔵。
「こ、攻略というよりは、攻略されたいというかだな。せ、戦闘指揮の時はあんなに凛々しいのだから、もっとこう、夜もだな……」
「そうですか、遺言はそれでいいですね?」
「だからすぐ首に手を回すのはやめないか、大和」
なぜ私の妹がこんなハレンチな
「……で? 私になにをどう相談するつもりなんですか?」
「勝也は……私のことを、どう思ってるのだろうか?」
「ずっとあなたをそばに置いているのに、それを貴女が疑いますか?」
大和が即答すると、武蔵は一瞬言葉を詰まらせた。
「……そういう意味ではないんだ。勝也は……私を一つの個として、どう見ているのだろうか」
そう聞いてから武蔵は視線を落とす。その様子を見て溜息をつく。
「……まさか貴女からそんな言葉が出てくるとは思いませんでしたよ。ひと昔前のあなたなら、兵器でいいとか言いそうなものでしたが、一つの個として、ですか」
そう言って武蔵の頭にポンと手を乗せた。
「杉田中佐がどういうことを考えているか、私にはわかりませんし、誰に聞いてもわからないでしょう。そこは直接聞くしかありません」
「し、しかしだな……どう、どうやって切り出せばいい?」
「普段の大胆不敵な貴女はどこに行ったんですか」
「……。」
「そうですね……どうしてもきっかけが欲しいなら、あれなんてどうですか?」
「あれ……?」
大和はクスリと笑う。
「2月14日、バレンタインです」
こんなに廊下は短かったか、と思うほど、あっという間に杉田の部屋の前まで来てしまった。夕方をとっくに過ぎ、昼間の活気が過ぎた廊下はどこか寒々しい。
「ふ、普段はここまで緊張することなんてないんだがな……」
伊良湖に微笑まし気に笑みを浮かべられながら買ってきた菓子用チョコを大和に手ほどきを受けながらチョコトリュフに仕上げた。その間大和はどこか楽しそうだったのが少し癪に障るが、チョコトリュフなるものを作る知識はなかったので背に腹は代えられない。なんとかラッピングだけは一人でなんとかしたが、なんとなく私の手作りという気がしなくてどうも落ち着かない。
ウィスキーも添えるのもアリじゃないかと思ったが、そのあたりのこだわりが強い杉田に渡すのも気が引け、結局チョコだけを持って部屋を訪れている。
「……」
深呼吸をしてドアをノック。思ったより大きく響いた。力加減がわからない。ええい、ままよ。
「か、勝也、いるか……?」
『武蔵か、入れ』
部屋の中からいつも通りの声。こちらはこんなになっているのにどういうつもりだと、八つ当たり的な感想を持つ。
「入るぞ……」
ゆっくりとノブを回す。隊舎でも一番端にあるこの宿直室は杉田がほぼ毎日入り浸っている関係で、実質的な杉田の私室と化していた。中には杉田の私物の情報端末などが持ち込まれており、どこか甘い煙草の煙に燻された部屋になっていた。
「どうした?」
左手に挟んだ煙草から目を上げた杉田がドアを開けた武蔵を見る。
「か、勝也……チョコレートを用意した……その、疲れたら、食べてくれ」
「武蔵が菓子を持ってくるとは珍しいな。こりゃありがたくとっておくかな」
「え、遠慮はいらん! た、食べてくれ」
普段より声のトーンが高い。自分で話していてもわかるくらいだから杉田も変に思っているだろう。その証左にどこか笑っている。
「なら今食ってくか。どれ」
そう言って棚を漁る杉田。
「飲み差しで悪いが、チョコといえばウィスキーだろ。本当はもっといいのを飲みたいところだが、今日はこれぐらいで勘弁な」
そう言って武蔵に投げられたのは銀色のスキットルだった。開けるときついアルコールの匂いが鼻をつく。
「勝也は飲まないのか?」
「まだ書類が終わってなくてな」
そう言って肩を竦めると武蔵の渡した箱を開けた。
「ほーう、こりゃぁ手が込んでる。武蔵も料理できるんだな」
「や、大和に少し手伝ってもらったのだが……あんまりうまくいかなくてだな……って!」
「ん? 十分に旨いぞ。これでうまくいってないっていうなら武蔵も舌が肥えてる」
すでに一つ口に放り込んで杉田が笑う。
「リキュールはラムか。オーソドックスでいいじゃねぇか」
「……勝也よ、お前も十分舌が肥えてるじゃないか」
「酒に係る部分だけさ。ツマミだったりでこだわるようになっただけだ」
チョコレートの余韻を楽しんでいるのか煙草には手を付けず笑って天井を仰ぐ杉田。
そろそろ、聞かねば。と武蔵は思う。このままだと『ありがとうな、ごちそうさん』とか言われて場を畳まれてしまう。
唾を飲み下し、口を開く。
「……なぁ、勝也」
「一線を超えるようなお願いはお断りだぞ、武蔵」
「……え?」
いきなり出鼻をくじかれ、動きを止めた。
「今から2時間ぐらい前にな、大和が俺のところにやってきた」
あンのバカ姉、と武蔵は心の中で罵るが、言葉にはならない。それ以上に杉田が真剣な顔をしていたからだ。
「大和はただ、武蔵の願いを聞いてやれと言ってきただけだ。それ以外は何も言ってない。だが、それで察せないほど俺はそこまで純朴ではなくてな、なんとなくだが察しはついた」
視線が落ちる。
「……私では、不釣り合いなのか。勝也にとっては」
「いんや、そんなことはないさ」
「ならなぜ――――――!」
声を荒げそうになって、飲み込んだ。マッチを擦る音。いつもとは違う銘柄らしい煙草に火をつけていた。丁子の弾けるようないつもの音はせず、静かに燃える煙草を吹かす。
「……軍隊、特に陸軍での娯楽というのは酒に煙草に賭博に女と相場が決まっている。俺は陸軍にいたころはそのどれも嗜んだもんだ。最初はどれも苦手だったが、上官の誘いとあらば断れねぇ。人付き合いのツールとしてどれも覚えた。だが、女だけはもう抱かないと決めた。……とくに褐色の肌の女だけはな」
「……なぜだ?」
「痛むのさ、左腕が」
そう言って杉田は左腕の付け根を擦った。そこの服の下に義手の接続部があることを武蔵は知っていた。
「……幻の痛みか」
「そんなものじゃないさ。これは、そうだな……クソ野郎がヒーローとやらになろうとした神罰、だな」
「……なにがあったんだ? 勝也の陸軍時代に何があったんだ」
杉田はしばらく黙っていた。煙草を一本吸いきるぐらいの間が空いた。
「……東北地区での難民の暴動が、ゲリラ活動に切り替わった後のことだ。市街地戦が沈静化して自衛陸軍の緊急対策チームが解散になった後も、俺たちの隊は東北に留め置かれた。目的は残党狩りだ。山の中の隠れ里のように偽装された難民の村を探し出しては一つ一つ確認し、ゲリラが隠れていないか探し出す、それが任務だった。だが、確認とは名ばかりで、村は見つけ次第いちゃもんを付けて焼き払うのが日常茶飯事だった。特に、小隊長が不機嫌な時はそんな感じだ。俺は狙撃手として、大抵木の上からそれを、ライフルスコープ越しに見ていた」
口から紫煙の残滓を吐きだして目を細める杉田。その目はどこか遠くにピントが合っていた。
「あの日も、そんな日だった」
そう言って、新しく煙草に火を付けた。
もう2月の後半でな、小雪が降っていた。あの日の村は“あたり”だと小隊長が言ったのをよく覚えている。雪の寒さと足場の悪さで皆ストレスが溜まっていた。そのストレスの発散ができるから“あたり”だった。とりあえず見かけたら引き金を引いて、あとで武器を見つければいい。武器は肥後守でも鍬でも鉈でもなんでもよかった。それで打ち掛かってきたといえばよかった。できれば若い女が沢山いるといいなと小隊長は下品に笑っていたものさ。本心はどうであれ、それにはそうですねと答えるのが小隊内部でのルールだった。俺もそう言った。
その日見つけた村はものの30分もかからず“鎮圧”できた。自衛陸軍の正式装備をもつ軍人と、持っていても狩猟用の空気銃しかない難民だったら、比べるまでもない。文字通りの瞬殺だった。その時、俺は村の北に立っていた一番大きな杉の木に登って、木の幹に寄り掛かってサプレッサー付きのスナイパーライフルを構えていた。隊長たちがその村を“検分”をしている間も、俺はずっと木の上からスコープ越しに見ていた。威嚇で引金を引いたぐらいだったかな、その時は。
その村は任務的に見たら“はずれ”だったが、小隊長にとってみたら“あたり”だった。ちゃんと難民の村で、抵抗をまともに受けず、軽快に引金をひけた。それでよかった。年を取った爺さん婆さんしかいない村でも、まともに武器を見つけられなくてもそれでよかった。ゲリラが持っていましたと提出するための武器は調達してあった。それをさも村で鹵獲したように提出すればいいと、小隊長は悪ぶることもなく言いきったよ。
……少し話題が逸れたな。その村の検分が終わって俺は小隊長が俺を呼んだ。木から降りてこいって言ってな。ところどころに赤く溶けた雪に降ってきた雪が消えていく。そんなものを見ながら村の中心まで入っていった。そこには俺以外の小隊員全員が揃っていた。小隊長は難民の女の子を連れてきた。薄いボロを纏っただけの少女の髪を掴んで半ば引きずるようにして連れてきた。歳は多分14か15ってところだろう、下手したらまだ12か3かもしれない。まだ華奢な女の子だ。褐色の肌に赤い目……口からとっさに出たらしい悲鳴は、タガログ語だった。
小隊長はその子を俺の前に引き出して、その子に後ろから銃を突き付けてその場に立たせた。そしてへらへら笑いながら言ったんだ。『杉田、お前はいつも木の上から俺たちを守ってくれる。殺したゲリラの数は少ないが、俺たちの恩人であることには変わりない。だから、これは俺たちからの感謝の品だ』
絶句した。そこまで腐り切っているとは思わなかったからな。言葉を継げなかったら小隊長は女の子を後ろから小突いて前に突きだした。『どんなにまずいレーションだって一口目はうまい。なんだって最初が一番いい。だからお前に最初を譲ってやるんだ。ありがたく味わえ』と言いだした。
そこに来てやっと気がついたんだよ。女の子と俺が同じ肌の色をしていることにさ。小隊長は俺を試していた。小隊長は俺のことを味方かどうか試したんだ。この女の子を嬲れれば小隊長は俺のことを仲間と認めただろう。そうせず少女を守ろうとすればゲリラに加担する反乱分子として俺を撃ち殺すつもりだろう。ご丁寧に小隊長が持っている銃は鹵獲したことにするゲリラ御用達の銃だった。
日本国自衛陸軍が守るのは日本国民だ。難民は、国民じゃない、守る必要はない。そもそも山にこそこそすまなきゃいけない難民はゲリラだ。だから殺すのも嬲るのも自由だ。そういう理屈だ。母国にも見捨てられた難民なら煮ても焼いても自由らしい。小隊長はそう考えているみたいだった。それが俺の肌にどれだけ馴染まなくても、部隊の規律は絶対だ。軍でまともに生きようと思ったら従うしかない。
女の子は恐怖の眼で俺を見ていた。後ろには銃を突き付けている男がいて、日本語がわかるのかわからないのかは知らないが、俺がその女の子の命を握っていることはわかったんだろう。恐怖のせいなのか2月の東北で過ごすにはあまりに薄い服のせいなのか、酷く震えていた。その子に小隊長が服を脱ぐように英語で言った。
小隊長に逆らっては部隊の居場所はなくなる。ここで言うことに従っておけば、俺は安泰だと思った。だが、俺にはそれができなかった。タガログ語でこっちに来るよう叫んで女の子を引き寄せた。引き寄せた体が異様なほどに冷えているのをよく覚えててな、今でも思い出す。
タガログ語で声をかけ、女の子を庇った時点で、小隊長や部隊にとって俺はもう抹殺対象だった。全員俺に向かって銃を向けてきた時は変な笑いが出たのを覚えてる。
小隊長は俺を嘲るように『正義の味方のつもりか』って言ったんだ。そればかりは言えて妙だと思ったよ。俺は正義の味方にはなれっこない。それでもあの時俺は俺であるために、正義の味方であらねばならなかった。正義の味方になるしかなかった。
だから、俺は小隊長を撃った。そこから先はあまり覚えてない。必死だった。撃って撃って撃ちまくった。部隊の全員を撃ち殺した。気が付いた時に残っていたのは恐怖で泣きじゃくる女の子と俺の使い物にならなくなった左手だけだった。
「……ヘリを呼んで、俺は仙台の病院に緊急搬送された。左手は使い物ならないから義手にするしかないと言われた。俺は実家に仕送りをしなければならなかったから軍に居続けるしかない。迷わず義体化を選んだ。御咎めは報告義務違反で減給という軽い措置で済んだが、同属殺しと味方からも言われることが多くなった。そこから先は針の筵だったよ。深海棲艦登場後に海軍に移るときはそれこそ逃げるようにやってきた」
煙草はとっくのとうに燃え尽きていた。口にしないまま燃えていく灰を灰皿に落とした。
「女の子は政府の公営孤児院に一時的に収容になったらしいがあの村以降は会ってない。女の子が俺に会いたいと言っていると聞いてその孤児院を訪ねたことがあったが、俺が行く前にマニラに送還されたらしい。身寄りもないが、日本に置いておくことも難しかったんだろう。その女の子の行方は知れず、それっきりだ」
杉田はそういって小さく笑った。
「その後、女を抱こうとしたこともある。だが、そうするたびに、あの日のことを思い出す。苦味と痛みとしてな。俺は正しいことをしたはずだ。だが、それはあまりに遅かった。あの小隊長は小隊長としてふさわしくなかった。だが、それを俺はずっと黙認してきた。小隊長とどこが違う。自分の血にフィリピンの血が混じっているから助けたのかもしれん。あの時あそこにいたのがフィリピン人ではなかったら小隊長に従っていたかもしれん。――――そんなクソ野郎がお前に触れることを、俺は許せん」
そういうことだよ、武蔵。と杉田は呟いて煙草を灰皿に投げ捨てた。
「……くだらないな」
武蔵の言葉に杉田が眉をひそめた。
「……今なんつった?」
杉田の声が尖る。それでも、その先を飲みこむことは思いつかなかった。
「聞こえなかったか? くだらないと言ったんだ」
そういって武蔵は杉田の右手を押さえ彼の懐に体を滑り込ませた。
「私に触れていい人間は私が決める。男のくだらない意地やら罪悪感に左右されることではあるまい」
そういって杉田の顎に手を添え、唇を重ねた。煙草の味とチョコの甘さが混じった複雑な味だった。
ゆっくりと唇を放すとどこか驚いた顔の杉田が見えた。
「――――私は、お前が好きだぞ、勝也。お前の葛藤も痛みも忘れさせてみせる」
笑って見せる。彼はまるで時間を止められたようにピクリともしていなかったが、噴き出すようにして笑った。
「全く、強引にもほどがないか武蔵。キスはそんないきなり奪うもんじゃねぇ、もっとロマンチックにやるもんだ」
「なら勝也がレクチャーしてくれ。いかんせんこちらはそんな経験がないからな」
「俺に付いたことを後で後悔するなよ」
「そんな脅しでこの武蔵が怯むとでも?」
それには答えず杉田は左手で武蔵を引き寄せた。
「一月ほど早いが、お返しだ」
もう一度二つの影が重なった。
大和は溜息をついてドアの前から離れた。
「まったく、どうしてあんな豪快な妹に育ったんでしょうか」
そう憂う彼女だがどこか笑みが浮かんでいた。
「ま、淑女へのレクチャーは杉田中佐にお任せしますかね」
そう呟いて、一応用意しておいたチョコレートを仕舞った。地味に独占欲の強い妹はそれで嫉妬してしまうだろうから。
ハッピーバレンタインです。武蔵、提督。
大和は笑って自分の部屋へと戻るのだった。
いかがでしたでしょうか?
今年のバレンタインは昼ごはんを食べに行ったところでもらったバレンタインフェアで全員に配っているチョコレートで打ち止めらしいです。お返しなんて考えなくていいですもんね! 楽!
……ぐすん。
何はともあれ皆様ハッピーバレンタイン!
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それでは次回お会いしましょう。