艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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啓開の鏑矢外伝『艦隊これくしょん―軽快な鏑矢―』に去年投稿したバレンタイン編ですが、本編の話に大きく絡みそうなのでこちらにも掲載します。内容としては『軽快』の《睦月「バレンタイン……にゃしぃ……」》と同一です。

(なお今年のものは次話に投稿します)

こちらは東方魔術師さんとの共同立案となります。

それでは改めて、どうぞ!


INTERVAL 第50即応打撃軍設置準備室編
INTERVAL01 譲れないものがあります


 二月、それは乙女にとっては見逃せないイベントがある月である。

 

「うふふ、うふふ、うふふふふふふ」

「三三七拍子で笑わなくてもいいんじゃないかなぁ、如月?」

 

 同室の如月が嬉しそうに笑う。その笑い方を聞いて振り返るとベッドにうつ伏せなって何やら本を読んでいる如月がニマニマと笑っていた。足が上下にゆったりとぱたぱた揺れる。

 

「だって、バレンタインよ、バレンタイン。司令官にいろいろあげたいじゃない」

「それはそうだけど……」

「それに横須賀ここなら設備もあるし、ウェーク島の時に貯まりにたまったお小遣いもあるしね」

 

 お小遣い……水上用自律駆動兵装は兵器であるから本当は給与が出ることはない。それでも雀の涙ほどではあるがいくらかもらえることが通例だ。それはほとんどの場合、司令官本人の財布から落ちている。

 

「それは……そうだけど……」

「なぁに睦月、躊躇っちゃって」

 

 動いていた足が止まった。

 

「せっかく大きな基地にいることだし、大好きな司令官に思いを伝えるチャンスじゃない」

「そんなこと……! なくは……ないけど……」

 

 今いるのは横須賀鎮守府、ウェーク島基地を一度放棄した関係で一度横須賀に戻ってきていたのだ。そのまま第50太平洋即応打撃群設置準備室勤務になるとは思ってなかったが。

 

「なーにをためらってるの?」

「……私なんかが、チョコあげて嬉しいのかなぁって……」

「睦月」

 

 弱気な声を如月がぴしゃりと叩き切った。

 

「“なんか”とかはやめなさいな。そういうネガティブな発言は自分の価値をそれこそ落とすものよ。それに……このまま電ちゃんたちに司令官とられて、睦月はそれでいいの?」

「私は、そりゃあ、提督のこと好きだけど……提督は……」

「――――――“人を好きになるのに相手の意志は介在しない”」

「え?」

 

 如月はそう言うと微笑んだ。

 

「好きになるのに相手の意志は関係ないわ。好きになるのも嫌いになるのも睦月の自由よ? だから睦月がしたいようにしなさいな。それにね、睦月」

 

 如月はゆっくりとベッドから離れ、睦月の隣に陣取った。

 

「女の子からチョコもらってその女の子を嫌いになる殿方なんていないし、睦月のことを大切に思ってくれているからこそ、睦月を即応打撃群にスカウトしたんじゃないの?」

「そうかも……しれないけどさ」

「もう、そんなうじうじしないっ! 女は度胸よ!」

 

 如月さんにまかせなさい! と如月が言って微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして来たるべき当日である。考えることはみんな同じらしく艦娘が使えるキッチンにはいろいろな子が詰めかけていた。

 

「これ……こんなところでできるの?」

「大丈夫よ。スペースはもう確保してあるから」

 

 如月が笑う。この状況でスペースを確保ってどういうことだろう?

 

「あ、如月おっそーいっ!」

「ごめんなさいね。少し用意に手間取っちゃって」

 

 ガス台と流しがセットになった作業台で島風が手を振った。

 

「あれ、島風ちゃん?」

「もー。わたしここで14分も待ったんだよー?」

「ごめんなさいね。でもちゃんとあとでチョコあげるから」

 

 どうやら友チョコで島風を釣ったらしい。島風の顔色が晴れ晴れとしたものに変わる。

 

「絶対だよ! 私も作るから!」

「誰にあげるのかしら?」

「もちろん微風と天津風! もちろん如月たちの分も作るよ!」

「楽しみにしとくわ。喜んでくれるといいわね」

「うんっ!」

 

 如月が微笑み返したタイミングでエプロンを抱えた弥生と望月が顔を出した。

 

「私達が……最後?」

「私たちのチームはね。でも他のところだといろいろまだ大変みたいだけど……」

 

 そう言うと隣のテーブルを見る。吹雪と夕立のチームと……大井がどうやら場所取り合戦しているらしい。

 

「あれは……あははは……」

 

 場所取り合戦のはずが憧れの人の自慢合戦になっているらしく北上さんのほうがとか赤城先輩だってとか聞こえてくる。どんどん論点がずれており、そこにちゃっかりと雪風たちが場所を奪い取った。それに気がつかないまま言い合いを続ける吹雪と大井。

 

「あの、吹雪ちゃんも大井先輩も場所取られちゃったっぽ……」

「「夕立(ちゃん)は黙ってて!」」

「ぽ、ぽいぃ~……」

 

 なんて返せばいいかわからないままその様子を見つめる睦月たち。

 

「と、とりあえず作り出しますか」

「だね……」

 

 そう言って湯煎用の用意をしていると疲れ切った顔の夕立が声をかけてきた。

 

「睦月ちゃ~ん……」

「夕立ちゃん?」

「結局やる場所なくなっちゃったっぽい。できればまぜてほしいっぽい……」

 

 そう申し訳なさそうにいう夕立の後ろではさらに疲れ切った顔の吹雪が立っていた。

 

「大変そうだったもんね。如月、一緒にやっても大丈夫?」

「全く問題ないわよ? 一緒にやりましょう?」

「ぽいっ!」

「ありがとう如月ちゃん!」

 

 吹雪と夕立が笑顔になると如月も笑って賑やかな方が楽しいからね、と言った。少々引っ込み思案な弥生は少し恥ずかしそうだ。

 

「夕立ちゃんと吹雪ちゃんは誰に渡すの?」

「私はさみと村雨姉ぇに持ってくの!」

「私は、エニウェトクの時の司令官さんに……」

「あ……」

 

 エニウェトクはウェーク島と同様に一度撤退した場所だ。

 

「そんな暗い顔しなくても大丈夫だよ、みんなと連絡はしっかり取れるし次の部隊だと夕立ちゃんと一緒だし!」

「ねー。吹雪ちゃんと一緒に戦うのは久しぶりっぽい!」

 

 そう笑った二人に睦月たちは複雑そうな笑みを浮かべた。

 

「なら、より一層美味しいチョコを作りましょう?」

「あーい、頑張ろうかー」

 

 望月も案外乗り気だ。それを見て睦月もクスリと笑った。

 

「じゃぁ、張り切って参りましょー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその日の夜である。

 

「あれ、提督は?」

「司令官さんなら休憩で屋上にいると思うのです」

 

 恐ろしく緊張しながら部屋のドアを開けると電がひとりで部屋にいるだけだった。月刀司令がいるべき席の隣のデスク、そこに座ってのんびりと何かを眺めていた。

 

「そ、そうなんだ……」

「バレンタインなのです?」

「ひゃっ、いや! えと……」

「大丈夫なのです。誰にも渡したってばらしませんし、邪魔したりはしないのです」

「そ、そうなの……? って、あれ?」

 

 そういえば今日チョコレートを作る中に特Ⅲ型のみんなの姿はなかった。一番気合を入れていそうなのに。

 

「あの、電ちゃんたちは……」

「司令官さんにバレンタインを渡したのか、なのです?」

 

 電はそう言うと小さく笑って立ち上がった。何かをスカートのポケットに入れながらゆっくりと歩いてくる。

 

「もちろん、渡したのです……と言ってもチョコじゃないんですけどね。雷お姉ちゃんと協力してちょっといいものを送りました。司令官さんは受け取ってくれたのです」

「そう……なんだ」

「司令官さんは優しいですから、きっと拒まないと思うのです。せっかく作ったなら、渡してくるべきだと思うのです」

 

 電はそう言って笑ったあと、一瞬だけ意地悪そうな似合わない笑みを浮かべ、睦月を指さした。正確に右手の人差し指を睦月の眉間に向けて。

 

「でも、渡した時点で睦月ちゃんといなづまはライバル同士なのです。睦月ちゃんが相手でも、負けるつもりはないのです!」

 

 そう言って目の色をふっと柔らかくした。右腕をそっと下ろす。

 

「司令官さんのことが好きならそう伝えてきてください。それでいなづまと睦月ちゃんはやっとイーブンです。その先で司令官さんが誰を選んでも恨みっこなしなのですよ?」

「誰をってことは……?」

「響お姉ちゃんはお昼にボルシチを持ってきましたし、金剛さんからは高級そうなチョコレートと紅茶の茶葉のセットを持って午後の三時を見計らって押しかけてきました。他にも利根さんから司令官さんのコーヒーに合わせたビターチョコ。大鳳さんと龍鳳さんからもそれぞれチョコレート、初霜ちゃんと若葉ちゃんの連名でチョコクッキー。笹原中佐からコーヒーミル……どれも手の込んだ本気のプレゼントなのです。特に金剛さんが淹れてくれた紅茶は……悔しいですけど、すごくおいしかったのです」

 

 電がここまで嫉妬を見せるのも珍しい。そこで電は小さく笑う。

 

「まぁその後雪風ちゃんが来たのを皮切りに他の部隊からも義理やら憧れやらでいろいろ来てまして……。特に17:00の終業の後は集中するのが目に見えたので逃げてましたけど」

「そう……なんだ」

「あんな真っ青になってる司令官さん初めて見たのです」

 

 電がくすくすと笑う。あの月刀大佐が逃げるぐらいだ。本当にかなりの量が来たのだろう。そんな中で私の贈っても大丈夫だろうかと思ってしまう。それを見透かしたように笑う電。

 

「まぁ、艦娘の分は受け取ってくれているのです。でも基地の女性隊員からかなりの量が来てて……殊勲十字章の授与が公表されてから司令官さん本当に大変そうなのです」

「あー……。えっと、玉の輿狙いの人たちが寄り付くようになったってこと、なのかな?」

「前からすごかったそうなのです。軍閥出身で家は裕福、将官出世間違いなしで名誉的なステータスも手に入る……そんな打算込々のチョコを受け取って何が嬉しい? って司令官さんが珍しく毒づいていました」

 

 だからっていなづまにその人達の対応押し付けて逃げられると困るのです。と頬を膨らませるが、それを押し付けられるほどの間柄になっているということでもある。それが少しうらやましく思ったことに睦月はちょっと悲しくなった。

 

「……ちょっと意地悪でしたね、ごめんなさいなのです」

 

 バツが悪そうな彼女に睦月は慌てて手を振る。

 

「大丈夫だよ!? 別に……」

 

 別に、何と言おうとしたのだろう。睦月自身もわからなくなってしまう。

 

「ありがとうなのです。睦月ちゃんは優しいですから、きっと司令官さんは受け取ってくれると思うのです。自分の部隊に指名したひとりの訳ですし」

「え?」

「あれ? 聞いてないのです? 第50太平洋即応打撃群に睦月ちゃんをスカウトしたのは司令官さんなのですよ?」

 

 睦月はそれを聞いて驚いた。確かに航暉が部隊長になるにあたって人事に噛んでいるという話はきいたことがあるが、自分が推薦を受けていたとは思ってなかったのだ。

 

「そう……だったんだ」

「きっと、司令官さんにとっても睦月ちゃんは大切な人だと思うのです。それでも、私は負けるつもりもないのですよ? 誰よりも司令官さんのそばにいたい。だから私はここでこうしているのです。司令官さんが帰ってきた時に、迎えられるように」

 

 電はそう言うと笑った。

 

「睦月ちゃん、ライバルは本当に多いですよ。笹原中佐に一度言われたことがあるのです。“彼、結構お目にかかれない上物で周りも結構狙ってるはずだ。後悔だけはしないようにね”。そんなことを言われたのです」

 

 電の笑みはどこか寂しそうだ、それでも、その目はどこか力が入っていた。

 

「本当にたくさんの人が司令官さんを虎視眈々と狙っているのです。だから、司令官さんを振り向かせたいなら急いだ方がいいのです」

「……電ちゃんは、それでいいの? 睦月が提督に告白しても」

 

 とっさに口に出た言葉に電は笑った。

 

 

 

「もちろんなのです。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 電の絶対的な自信に満ちた答え、それを聞いて睦月も笑った。

 

 

 

「負けないよ、電ちゃん」

「いなづまだって、負けないのです」

 

 

 

 互いに笑みを向けて、それぞれが背を向ける。それが互いに向けたエールであり、互いへの宣戦布告だった。

 

 電の背後で扉が閉まる。電は小さく笑った。

 

「そっか、睦月ちゃんもやっぱり司令官さんが大好きなのですね……」

 

 電はスカートのポケットに右手をすべりこませた。小さな巾着袋を取り出すとその上からそっと指でなぞった。小さな歪な四角のものが一つだけ入っている。中身は彼女と同じものを持っている雷だけが知っている。金属の小さな――――――男物の時計バンドのコマ。

 

「ふふっ、負けませんよ、睦月ちゃん」

 

 今彼女はきっと屋上に続く階段を駆け上っているのだろうか。そんなことを考えながら電はデスクに戻った。掌で巾着袋を転がして微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 睦月はそっと階段室から外を覗いた。蛍のように小さく光る煙草の火が見えた。それに仄かに照らされるのは冬の常装である第一種軍服……航暉だ。

 

(提督が煙草吸ってるところ……実は初めて見たかも……)

 

 そう思いながら意を決して階段室のドアを開けた。

 

「て、提督……」

「ん? あぁ、睦月か。どうした?」

 

 航暉は睦月を認めると笑って煙草を携帯灰皿に押し付けた。

 

「いま、少しだけ、いいですか?」

「休憩中だしな。おいで」

 

 そう言われ外に足を踏み出した。冷気が僅かに肌をさす。マフラーを持ってきてよかった。案外寒い。首筋に息を吹き入れながら持ってきたものを背中に隠してゆっくりと進む。わずかな香草の匂い。航暉の吸っていたものだろうか。

 

「あの、提督。これ……! 睦月からのチョコ、差し上げます!」

 

 真っ赤になっているだろうことは百も承知だ半ば頭を下げるようにしながら両手で持ってチョコレートを渡す。

 

「―――――ありがとう、いただくよ」

 

 そっとそのチョコが手から離れた。そのことにほっとするような少し名残惜しいような感覚に睦月は小さく溜息をついた。

 

「そんなに緊張することないんじゃないか? ほら、おいで」

 

 航暉は微笑みながら彼女をより近くに呼び寄せた。ドキドキしながらも前に進むと彼の手が彼女の髪を撫ぜた。女の子にしては少々固めの髪をゆっくりと梳くように撫でた。

 

「いっつも睦月にはお世話になってるしな、こんなチョコレートまでもらって、自分にはもったいないくらいだ。渡す相手が俺でよかったのか?」

「そんなことないのですっ! 提督は……私が知ってる司令官の中で、一番ステキな提督なんですよ?」

「面と向かって言われると恥ずかしいな」

 

 すこし照れたような表情を見せる航暉。前よりも……ウェーク島にいた時よりも少しだけ表情が明るい気がする。

 

「提督は……睦月たちのことを見捨てないでいてくれましたから」

「見捨てるって?」

 

 航暉が一瞬眉を顰めた。

 

「どうやっても睦月型だと火力が足りなかったり積める装備に限界があったりするので……風見大佐には、提督より前の551司令官には敵を沈めて帰ってくるか、帰ってくるなって言われたこともあったのです」

 

 それに航暉は答えなかった。黙り込んでいるだけだ。

 

「睦月型は特型のみんなが出てきてから旧式だって言われるようになってしまって……それからは、運用コストだけが取り柄みたいに言われることもあって。私のせいで妹たちもそう言われてる気がして、ずっとずっと、怖かった」

「……そんなことないだろ」

「そういってくれるのは、睦月が知っている限り、提督が初めてなのです。提督はちゃんと、私達を見てくれる。カタログスペックじゃなくて、私達を見てくれる。そういう司令官と働けるっていうのは、とってもとってもうれしいんですよ?」

 

 睦月は笑って自分から一歩前へ。

 

 

 

「提督、ありがとうございます、です。睦月は今、きっと一番幸せです」

 

 

 

 小さな幸せかもしれない。それでも、この幸せに身を委ねてみたい。

 

 

 

 潮風が睦月のマフラーを揺らした。目の前にいる彼はそれを聞いて、小さく口の端を持ち上げた。……その表情の意味を、睦月は読み取れなかった。

 

「……睦月、睦月が俺の部隊に初めて入った時のこと、覚えてるか?」

「? えっと……天龍さんと一緒にウェークに戻った時、です?」

「そうだ、会って初日に泣き付かれたときのことだ」

「にゃっ!?」

 

 そう言われ記憶を手繰ると……確かにいきなり泣き付いた覚えがある。一気に血行が良くなったのか顔が火照る。

 

「その時、俺が言ったこと、覚えてるか?」

「……“司令官として君達を全力で守る。この部隊を君達が絶対に安全だって思える部隊にしてみせる。この基地なら大丈夫だって思えるようにしてみせる”……でしたっけ?」

「本当に一字一句覚えてるんだな。……だから、この司令官なら信じてもいいと思えるようになったらでいいから力を貸してほしい。そんなことを言ったと思う」

 

 航暉はどこか辛そうな顔をした。

 

「なぁ、睦月。俺の部隊はそうなったかい? 睦月が帰るべき部隊だって言えるようになったかい?」

「……そんなこと、聞かないとわかりませんか?」

 

 睦月は一瞬むっとした表情を作った。そして、その表情を保つことが難しくなって、やはりいつも通りの笑みを浮かべてしまう。

 

「とっくのとうに、提督の部隊が睦月の居場所になりました。だから嬉しかったんです。第50太平洋即応打撃群への転属命令が来た時に、まだ提督の部下でいられるって、本当にうれしかったのです」

 

 ゆっくりと航暉の方に手を伸ばし、そのまま彼に抱き着いた。

 

「電ちゃんから聞きました。睦月のスカウト、提督の希望なんですよね?」

「……電も口が軽いな」

「でも、嬉しいです。提督の部隊に呼んでもらえて」

「元々睦月には第一作戦群への転属要請が出てたんだ。どうも、伝えにくくてさ」

 

 どこか困ったような彼の表情を見上げる。

 

「君たちの幸せは誰が決めることでもない。君たち自身が決めるべきことだ。それでも、自分のエゴが邪魔をする。今の部隊で如月や弥生たちと一緒にいた方がいいだろうなんて俺が判断することじゃない。睦月たちが大きく飛躍する可能性を俺は潰したかもしれない。それがすごく怖かった」

「提督……」

 

 航暉はそっと睦月の手を外し、ゆっくりとしゃがみ込んだ。視線を合わせる。

 

「なぁ、俺は聖人君子じゃないし、きっと間違う。そして自分は軍人だ。時に非情な命令を下すこともあるだろう。睦月の守りたいものを壊すかもしれない。……それでも睦月はついてくるか?」

「……その質問もいまさらです。提督」

 

 睦月は彼の頬を両手でそっと包んだ。夜風で冷えた頬だった。

 

「睦月は提督を信じます。だからついていかせてください。まだまだ頼りないかもしれないけど、頑張りますから」

 

 睦月の声に航暉は小さく笑う。

 

「まったく、ここの所はちっちゃい子に励まされてばっかりだな」

「むー、小さくなんてないですよ? これでも対潜のプロですから!」

「頼りにしてるぜ、睦月」

「はいっ!」

 

 航暉が立ち上がった。

 

「おそらくウェーク島奪還作戦にも第50太平洋即応打撃群(J-PaReS Group50)は投入されるはずだ。――――――あの基地を取り返しに行くことになるだろう」

「望むところです。負けませんよ」

「だれに向けての宣言だ、それは?」

「もちろん――――――」

 

 いろんな人にです、と言って満面の笑みを浮かべる睦月。それを階段室から見て如月はくすりと笑った。その横には弥生と望月の姿も見える。

 

「作戦成功……かな?」

「まー、そうなんじゃない?」

「久々に、睦月があんなに笑ってるの、見た気がします」

 

 無表情ながら小さく威圧感を増しているのは弥生である。

 

「うらやましくなんかないです。うらやましくなんか……!」

「―――――そろそろお邪魔してもいいかしらね。それじゃ、行きましょうか。旗艦睦月の元へ、突撃よー」

「「おー」」

 

 一斉に駆けだすと睦月がにゃっ!?とすっとんきょうな叫び声を上げた。それを聞いて航暉も笑う。彼の左手には睦月からもらったチョコとアルミの無垢の輝きが光る腕時計があった。

 

 

 




はい、いかがでしたでしょうか。

これが去年だと思うと時間の流れの速さを感じます。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次話は今年のバレンタイン編書下ろしです。かなりビターな感じで参ります。

それでは次回お会いしましょう。

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