艦隊これくしょんー啓開の鏑矢ー   作:オーバードライヴ/ドクタークレフ

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この話は『11111111スターティングポイント・イズ・ヒア』と全く同じ文章になります。ダイジェストでも何でもないですが、流れで読まれるにはこれがいいかなと思うので、もう一度こちらに投稿しておきます。

それでは、抜錨!


Starting Point is Here

「へえ、僕が作ったホロ、役に立ったんだ」

《みたいですよ。うまいこと電ちゃんの艤装隠せたみたいです》

 

 呉の個人執務室で通信を受けながら渡井は口に飴玉を放りこんだ。

 

「それで、青葉、我らが月刀大佐は無事帰ってきたってことでいいんだね?」

《完全無傷という訳にはいかなかったですけど。とりあえずは検査入院という名の謹慎タイムです》

「まぁ公にできるわけはないか。“現在停止したはずの工場に急襲をかけて謹慎”とかどんな理由だよって話になるもんね~……というより、この話題通信で大丈夫?」

《あ、ちゃんとこっちで秘匿回線回してますよ~》

「さすが青葉、高峰仕込みのことあるね」

 

 渡井はそう言うと肩を回す。

 

「まぁ、そうだね。とりあえずはハッピーエンドか」

《月刀大佐本人は複雑そうですけどね》

「そりゃそうだろうな。ただでそんな状況を乗り越えられるはずがない。そういう状況を切り抜ける代償は大きいと思うよ?」

《それもそうですね》

「でもそこは時間に任せるしかないのさ。大切な人と一緒に時間を過ごしていくこと。可能なら電たちと一緒に退役するのが精神的には一番楽だろうけど、電たちは軍の“備品”扱いだからね。そんなこと端からできない。となると月刀も軍に残るしかない……。ま、そっから先は当人たちの問題だな。外野が喚いてどうにかなる問題じゃない」

 

 渡井はそう言ってから笑みを深めた。

 

「まぁ、それをじっくり眺めるのもまた良しかもね、ちょうど辞令も下ったことだし」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「無事帰ってきたね、スクラサス」

「えぇ、なんとかね」

 

 笹原はそう言うと肩を竦めた。新首都・長野のアパートの一室はゆるりとエアコンがかかっていた。

 

「足は付いてないでしょうね?」

「私を誰の孫だと思ってるのよ。……言われた通り“月刀航暉”以外にはブラフ噛ませてある」

「上等、ちゃんと浜地中佐にも?」

「そうしろって言ったんはあんたでしょうが。浜地中佐も皐月も“スクラサス”の顔も声も覚えてないわ」

 

 そう。と返してスキュラは目を細めた。

 

「それにしても、納得いってないって顔だね? どうしたんだい?」

「結局、スキュラは何をしたかったのかなぁってね」

 

 笹原はそう言うとスキュラの隣の椅子に腰かけた。

 

「アンタなら気がついてると思ったんだけどね、梓」

 

 スキュラは彼女を本名で呼んだ。

 

「ねえ、ばあちゃん。何がしたかったのかそろそろ教えてよ」

 

 少女型の義体が椅子から飛び降りる。

 

「月刀航暉の今後の行動予測、できるかい?」

「それってPIXコードからの予測ってこと?」

「やりやすいように。……私はね、対深海棲艦作戦が終結したタイミングで、月刀航暉は“アレ”をリークすると見てる」

「……それが?」

 

 笹原は振り返ったスキュラの笑みを見て……半ば睨むようにしながら聞き返した。

 

「月刀航暉をはじめとした五期の黒烏にCSCの真実を告げる。“ホールデン”は何者かを知らせる必要があった。そうでなければ“ホールデン”が政治分野にまで介入を開始するのは秒読み段階に入ってしまう」

「カズ君がその真実をリークすれば止まるとでも?」

「まぁ、それで止まるぐらい単純なことならもうとっくのとうに止まってるよね」

 

 スキュラは笑みをひたすらに浮かべ、続ける。

 

 

 

 

「なら、世界を救った英雄がそれを口にしたら、どうかな?」

 

 

 

 

 それに、笹原の笑みが凍る。

 

「……カズ君を、切り捨てる気?」

 

 笹原の声に怒気が混じる。

 

「切り捨てなんてしないよ。ただ、この事実を白日の元に知らしめてもらうだけだ」

「それを切り捨てるって言うのよ。国連海軍がその事実を容認するはずがない。だからこそこれまで秘匿され続けてきた。それを公に口にしたらどうなるか……」

「だがそこで生じる民衆の熱、そこに賭けるしかないんだよ。それに、英雄の最期はさらに油を注ぎその熱はさらに増す。その死が唐突で疑惑に塗れるほどにね」

「……スキュラ。あんた」

「元々月刀航暉には扇動者アジテーターの素質がある。人の心を奮い立たせ、それを一つの方向に導き、個々の小さな力をまとめて大きな力とする能力。それが彼の能力の本質だ。その力は月詠航暉の時代からすでに発揮していたものであり、彼が最初に影響を与えた人物、月詠雪音の個の情報アイデンティティ・インフォメーションを継ぐDD-AK04電が発揮しうるものでもある」

 

 そう告げたスキュラは何でもないことのように笑って見せる。

 

「だから、彼にはその効力を最大にするためにも、英雄になってもらわなきゃいけない」

「ふざけないでよ。いくらなんでもそれはあんまりじゃないの?」

「おやおや、梓。自分の感情に飲まれない方がいいわよ?」

 

 スキュラは肩を竦める。怒気が混じったその声に心底呆れたような表情をつくる。

 

「“笹原ゆう”の感情に飲まれるな。あんたは好きになる人を自在にコントロールし、自分を好きでいてくれる人をコントロールできる。“月刀航暉”への好意も、“持つべくして持ったもの”だということを忘れたかい?」

 

 それを聞いて笹原は押し黙った。

 

「私達非合法諜報員(ノンオフィシャルカバー)はオオカミ少年の手下なのさ。政治家(ひつじかい)外敵(オオカミ)が来たと叫ぶたび、国民(むらびと)財産(ひつじ)を守るために一致団結する。私達は羊飼いの手下として動き回り、本当に敵が来たときのために備えつつ、羊飼いのご機嫌取りをする。そう言う立場さ。それ以上でもそれ以下でもない。“スクラサス”、君はそれをわかってこの世界に踏み込んだはずだろう?」

「……そうして人を使い潰していくの?」

「あぁ、そうだよ。それで最大多数の最大幸福が得られるなら」

 

 スキュラは続ける。

 

「……だからその使い潰す人を最小限にするのさ。だから彼を使う。それしか残ってないんだよ」

「……認めない。私はそれを認めない」

 

 スキュラはそれを聞いて小さく笑った。

 

「なら精々あがいてみろ。それを卒業課題にしようかね。私を出し抜けたら卒業だな、“スクラサス”」

 

 それを言うとスキュラは近くの棚から一部の封筒を差し出した。

 

「辞令だ。“笹原ゆう中佐”、受け取りたまえ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局スクラサスの正体も掴めずじまい。CSCは通常通り稼働中。お前は抗鬱剤を飲みながら記憶中毒脱却のための集中セラピー……まったく、こっちはくたびれもうけもいいところだぜ? カズ、どうしてくれる」

 

 高峰はそうぼやくと隣で煙草を吸う航暉に声をかけた。手にはダヴィドフのクラシックがあった。紫煙を吐いてわずかに笑う航暉。

 

「迷惑かけたな。たぶんもうないよ」

「当然。二度あったら今度こそ捨て置くぞ」

 

 そう言うと冬の空に小さく浮かんだ雲を見上げる。一月の屋上は喫煙にはいいかもしれないが長居する場所ではなさそうだ。

 

「で、本当に覚えてないのか? “スクラサス”のこと」

「何なら無理矢理取り出してみたらどうだ? ゴーストダビングでさ。月詠の子たちが耐えたんだ。俺も耐えるかもしれんぞ?」

「洒落のつもりかもしれんが、まったく笑えねぇぜ」

 

 高峰は二本目のJPSにフリントライターで火をつけながらそう言った。

 

「そういえば、お前、卓上テレスコープ買ったって?」

「……青葉からか?」

「あぁ、対艦娘諜報網ならアイツのほうが上だからな。人間の意地汚いところはまだ俺の方が上だがね。……星探しをする気か?」

「……まぁね、星を眺めるのも悪くないと思ってさ」

 

 未練がましい奴だな。と高峰は笑った。航暉もつられたように笑う。

 

「そうだ、俺のところに辞令が来るそうだ」

「もう喋っていいのか?」

「カズは口が堅そうだからいいんだよ」

 

 こう切り出した時点でもう先の展開は読めている。

 

「頼むぜ、相棒」

「おう」

 

 そういいあったタイミングで屋上のドアが開いた。

 

「あー! またしれーかん煙草吸って!」

「おいおい、これまだ今日一本目だぞ?」

「かっこつけなくていいから、ほら吸うのやめる!」

 

 ここで渋々ながらまだ吸える煙草をポケット灰皿に押し付けるあたりに力関係が見て取れる。高峰がくつくつと笑った。

 

「“おかん”を持つと大変だな。カズ」

「全くだ」

「誰がおかんよ! 高峰さん!」

「それだけ頼りがいがあるってことだよ、雷ちゃん」

 

 高峰が茶化せば雷は高峰の方にもずばっと指をさす。

 

「ほら、煙草は紳士のたしなみと言っても体に毒です! ほらもうやめる!」

「へいへいっと」

 

 そう言うと三人で笑いあった。

 

「電ちゃんも待ってるんだろう? ならそろそろ休憩時間は終わりか」

「悪いな、高峰」

「なんの。これぐらいは付き合うよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これで満足か、“ホールデン”」

 

 暗い執務室で杉田はつっけんどんにそう言った。

 

「月詠琴音・雪音姉妹を失ったのは痛手だがね。最善といえる結果だと思うよ。月刀航暉がちゃんと司令官として機能してくれるようになったしね。本当によくやってくれた、杉田中佐、いや、大佐と呼ぶべきかな?」

「ありがとうよ。こんなクソみたいなミッションで階級上げてくれるなら願い叶ったりだ」

 

 杉田はそう言って肩を竦めた。

 

「任務はこれで完了だな?」

「うん、ご苦労だったね」

 

 目の前の元帥の張りぼてにそう聞いて杉田は背を向ける。

 

「あぁ、そうだ。君に辞令を出さなきゃいけなかったんだ」

「ほう? こんどは左遷か?」

「そう僻まなくてもいいのに、杉田君」

 

 デスクを開けて書類封筒を差し出す山本元帥。それを受けとって中身を改める杉田。

 

「“彼”には君たちが有効らしいからね。この世界を守る盾とならんことを祈るよ」

 

 中身を見て再び封筒を閉じる。

 

「……いつまで軍を牛耳るつもりか知らんが、この人事が身を亡ぼすことを覚悟することをお勧めしますよ、“元帥”」

 

 そう言って杉田は改めて背を向ける。

 

「……マキャヴェッリの本を読んだことはあるかな“ホールデン”?」

「結果さえ良ければ、手段は常に正当化される……だったかな?」

「アンタにぴったりだよその言葉。それを単純な解釈しかできなかったマキャヴェリストそっくりだよ、お前は。そんなお前に1つの言葉を送ろう。同じくマキャヴェッリの言葉からだ」

 

 それを言って半身だけ返す。

 

「次の二つは絶対に軽視してはならない。第一は、寛容と忍耐をもってしては、人間の敵意は決して溶解しない。第二は、報酬と経済援助などの援助を与えても敵対関係は好転しない」

「なにが言いたいのかな?」

 

 杉田は執務室のドアを開ける。

 

 

 

 

 

 

「――――宣戦布告だ、受け取りやがれ馬鹿野郎」

 

 

 

 

 

 




さて、第3部いかがだったでしょうか?

このほかにも笹原の過去話や高峰の過去話もあります。PREQUELと書かれている話です。そちらも合わせてぜひぜひ。

感想・意見・要望はお気軽にどうぞ。
次回から第4部に入ります。……と言いたいところですが、少し昔話を挟むかもしれません。その時はよろしくお願いいたします。

第4部では他の先生とのコラボなどの企画も進行中です。どうぞお楽しみに。

ここまでありがとうございました。この作品がお気に召したなら、またこれからもお付き合いいただければ幸いです。

それでは次回お会いしましょう。

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