《残り10分ほどで接弦が完了します。乗員は衝撃に備えてください》
かねてより計画していたサイコフレーム搭載機奪取作戦を完了させたエンドラⅡ隊。彼らは成功の報告、および補給等を踏まえてネオ・ジオンの新たな拠点である『パラオ』に到着しようとしていた。
パラオに着こうとしているこの瞬間、カイトは厨房でビーフシチューを作っていた。
「後10分か…。後は寝かせるだけだ。早めに火を消しておこう」
「カイト少尉!ようやく見つけましたよ。何しているんですかここで!」
コンロのスイッチに手をかけた時にカウンターの向こうから声がかかった。セルジ少尉だ。階級は同じ少尉だが、先の作戦ではカイトが指揮をしていた。
「見てわからないのか?料理をしている」
「そうじゃないですよ!なんでここで料理をしているのかって聞いているのです!」
「料理をするならここしかあるまい。自室のものはあまりよくないからな。味見してみるか?」
「…結構です」
小皿に掬ってセルジに差し向けるが、彼は丁寧に断った。「残念だ」と言い、カイトはカウンターにある席に座った。
「わざわざ私を探しに来たには理由があるのだろう?どうしたんだ?」
「ああそうでした。あの『サイコフレーム搭載MS奪取作戦』の報告を改めて聞きたいそうなんです」
「誰が?」
「わからないんですか!?
「ああ。そういえば『シャアの再来』と呼ばれている方か」
カイトは連邦からきた身であるためネオ・ジオンの話は噂話程度でしか知らないのだ。
「で、その大佐殿から呼ばれているの誰だ?まさか私だけか?」
「いえ、作戦に従事したパイロットの私と、奪取したMSを解析しているサキが同行します」
「わかった。離艦許可が出たらすぐに向かおう。トップを待たせるのは失礼だからな」
「カイト少尉!どこへ!?」
「機付長のところへだ。あの『ガンダム』の性能を指揮官であった私も知っておかなくてはと思ってね。セルジ少尉はハッチで待機だ」
「ハッ」
食堂からカイトが出て、セルジ一人になった。その視線の先には先ほどカイトが置いていった小皿がある。
「…うまい」
☆
「サキ!」
「カイト少尉ちょうどいいところに!」
「?どういうことだ」
「少尉殿のMSなんですが…パラオに帰還したことで改修を受けられそうなんですよ。ですので一応その許可を得ようかと思いまして」
「改修の内容によるな。計画書があるのだろう?それを見せろ」
「ハイっす」
渡されたPADの文字を一字たりとも見逃さないといった気迫で見ていくカイト。最後まで見て、大きな変化があるわけでないことを知ると、最後のほうにサインを描いた。
「これでいいだろう」
「どうもッス。ああそういえば少尉はなぜここに?」
「奪取したMSの詳細を聞こうと思ってな」
「ああ…それはその…」
途端に先の歯切れが悪くなる。カイトは自分の階級などからの規制に引っかかっているのではないかという可能性に至った。
「先の作戦の報告だが、機体の解析結果を君
「あると思うんですが……」
「で、データが入っているのはどれだ?」
「こちらッス……」
しぶしぶと差し出されたPADを受け取り各項目を見ていく。スペックはデルタガンダムより低いものの、武器の豊富さという意味での汎用性は量産型νガンダムのほうが上であった。
「よし。スペックは大体わかった。あとはフロンタル大佐に報告するだけだ。行くぞ」
「え?え?」
「君が伝えるといったろう。来い」
戸惑うサキの腕をつかみ格納庫から出る。セルジと合流して艦を出てから思い出す。パラオに来たの初めてだったと。
☆
「ここ『パラオ』は見ての通り資源衛星を改造して造られたネオ・ジオンの新たな拠点です。少数ですが新型機も配備されていますよ」
「2年前の戦いで敗走したんだ。資金面は大丈夫なのか?」
「いえ、ごく少数のスポンサーしかいません。ですからいつも必死ですよ。無駄撃ちはできません」
「ここは資源衛星を改造したって言ったな。元々住んでいた住民はどうしたんだ?」
「そこは大丈夫です。ジオン寄りの住民しかいませんでしたから。それにパラオ出身の兵もいます。…落とされた男の大半は出稼ぎに行っていますが」
パラオ内部、軍所有地でセルジから説明を受けていた。司令部へ移動しているうちに機械的なものから華美で有機的なものへと変化していった。カイトだけでなくセルジやサキも驚いていた。
「……派手だな。資金に余裕はないと聞いたんだがな」
「……私も初めて見ました。場所は知っていても来るのは初めてなんです。ここです」
近衛兵に敬礼を返して中に入る。やはり部屋内部もこれでもかというほどに華美に装飾されていた。
「カイト、セルジ両少尉、及びサキ機付長ただいま出頭いたしました」
「カイト少尉、先の作戦はご苦労であった。奪取したMSの詳細な情報が聞きたい」
「サキ、データパッドをフロンタル大佐へ」
「は、ハイっ!」
若干裏返った声を出し、恥ずかしさのあまり赤くなった顔でデータパッドを差し出す。フロンタルはデータパッドを一瞥し「ふむ……」というと、サキに向かって問いだした。
「サキ機付長、君は『RX―94』が実際に量産されると思うか?」
「い、いえコスト面からすると少数部隊での運用はともかく軍全体への配備はありえないと思われます。ガンダリウムやサイコフレームは元々高価で、地球圏規模であった『グリプス戦役』時ならともかく、現在の連邦のMSは量が多くこれ以上の増産の可能性は低いかと」
「ではカイト少尉、報告だと貴官は奪取の際に『RX―94』に搭乗したと書かれている。パイロットである少尉はどう思った」
「は。小官がまず思ったのは扱いやすさです。サイコミュによって自身の行動が反映され思った通りの軌道で動かせるのは大きな利点です。それに元々のスペックがジェガンとは全く違います。しかし、最近の連邦のMSの意向は『オプションで状況に対応させる』といったもののためサキ機付長が述べたように大規模な量産の可能性は低いかと」
「そうか、君たちが生身で体験した情報だ、信じるとしよう。エンドラⅡ隊の動向は後に伝える。下がれ」
『は!』
カイト一行は再び敬礼をして部屋から出る。そしてカイトは小さくため息をついた。
「ふぅ…。横にいた男の視線がきつかったな。何者なんだ?」
「あそこにいた大尉は『アンジェロ・ザウパー』といってフル・フロンタル親衛隊の隊長なんスすよ」
「あの若さで大尉で隊長…?ジオンは実力制とはよく言われるがここまでとはな。前例はきりがないが今では状況が違う。連邦もMSを使う時代だ。簡単にその地位に行けるはずないと思うがな」
「少尉…?」
「なに、どうこうしようってわけではないさ。ただ純粋に気になっただけだ。低年齢層でできている親衛隊の隊長がどんな人間かがね」
☆
しばらく歩いていると軍用地から抜け、高台で民家が見える場所に出た。砂埃があり、空気も環境も悪い。
「ここはなんだ?」
「居住区画です。将兵やその家族、元々ここに住んでいた労働者たちの家があります。階層によってはバーなどもありますね」
「ほう。しかしここは暗いな。それに空気が悪い」
「それは…ここでは軍にものが優先的に使われて市民に還元する余裕がないんですよ」
「そうか?電力ぐらいは旧式のMSの融合炉を使えば何とかなると思うけどな」
セルジはその発想はなかったという顔をしていた。
「豚とかの肉類は無理でも野菜とかは出稼ぎの連中に頼んで肥料や種を頼めばいけそうな感じはするな。この状況に適している食い物といえばイモ類だな」
カイトの口からはパラオの復興プランがいくつも出てきた。その内容は、炭鉱をあきらめて鉱物加工に転化したほうがいいとか、宇宙世紀当初にできたものならその歴史的価値を生かしてみたらいいなど産業に関してだった。
聞いているうちに急がないと遅れることを思い出したセルジはカイトの言葉を遮った。
「カイト少尉!そろそろ行きましょう。カイト少尉の部屋はすでに用意されてますから場所を確認してもらわなくては」
「む、そうか。ならば急がねば」
セルジに先導されて進むうちにネオンの光が多い場所に降りてきた。ネオンの光に眉をひそめながら進みセルジはあるアパートの前に止まった。
「カイト少尉ここです」
「ほう。ネオンがまぶしいことを除けばいい物件じゃないか」
「ここの2階です」
セルジが管理人と話をして鍵を受け取り、2階に上がる。部屋は階段のすぐそばにあった。鍵を開け、何かに入ると部屋の中には冷蔵庫やちょっとした台所、あとは少しの段ボールと机、ベッドのみだった。
「意外と殺風景だな。ホコリもたまってる」
「……掃除でもするんスか?」
「当り前だろう。ここに来ることが少なくても部屋の清潔感はできるだけ保っていてほしいからな。幸いにも雑巾は3枚ある。着替えたら始めるぞ」
『カイト』の私服に着替え雑巾を濡らす。少しもったいないと思いながらも床に膝をつけて拭く。相当たまっていたのか、ちょっと拭いただけで床が別の色になる。
「ハァ…。これならヤスハちゃんも呼べばよかったかも……」
「いや、ようやく骨折が治ったんだ。ヤスハには『アームレイカー式』の操作を覚えてもらわなくては困る」
「レバーとアームレイカーはそんなにも違うのですか?」
「ああ。アームレイカー式は操作性はレバー式と比べて格段にいいものだが形状的に衝撃で手が離れやすい。ネオ・ジオンだとカバーを付けているがあれでも完璧にとは言い難い。慣れたらアームレイカー式のほうがいいと思うがな」
3人でやったおかげか、会話が終わった時には床はホコリのなくきれいになっていた。
「助かった。職務外だというのにすまなかった。お礼として料理をふるまわせてくれ」
「ですが食材はありませんよ?」
「エンドラⅡでビーフシチューを作ってある。寝かしてたから味もかなり良くなっているはずだ」
「だったらヤスハちゃんも呼びましょう!大勢で食べたらもっとうまくなりますよ!」
「そうだといいな」
つづく