ぶらっくぶれっど『黒いパンとゼっちゃん』   作:藤村先生

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ゼっちゃん……。


【神を目指した者たち】NO:5

東京エリア。そこに所属する民間警備会社にある2つのミッションが言い渡されていた。

政府の仲介人からの依頼内容は以下のものだ。

 

 

・――――【パンデミック鎮圧】

ミッションを説明します。某区でパンデミックが確認されました。原因は現在調査中。東京エリア所属の民警に告ぎます。至急、現場に急行しガストレアを殲滅して下さい。ガストレアの種類はステージⅠ【タイプ:フォックス】の単一因子です。巨体と速度はある程度脅威でしょうが、然して強い個体でもないので殲滅は容易でしょう。しかしながら、現場の自衛官からの連絡によりますと、現在某エリアには―――――民間警備会社所属イニシエーター【千寿・夏世】及び天童警備会社所属イニシエーター【藍原・延珠】以外は突入していない模様。数十体の殺害は確認出来ているようですが、感染速度が思ったよりも速いようです。某区画以外にウィルスが漏れ出さないように、即座に殲滅に向かって下さい。以上。

 

 

・――――【七星の遺産奪還】

ミッションを説明するぜ。いきなりだが…………東京エリアに大絶滅を呼ぶ【七星の遺産】がテロリストにより略奪されたようだ。七星の遺産の効果等詳細は不明。ただ、わかっている範囲だと……モノリスの結界を破壊する効果があるらしい。おいおい、中々困ったことになったようだ。しかも、元々それを手にしていた奴がテロリストやガストレアの妨害に合い現在はガストレア化しているらしい。おったまげたもんだ。そこでだ。お前等民警の出番ってわけだ。依頼主は政府、それも聖天子様直々のご依頼だ。よく聞きな。依頼は簡単。テロリストが狙っている、現在所在不明の遺産を奪還せよ。情報によると、アタッシュケースに入っていたようだ。見つけ易い形なんだと思うが、困ったことに持ち主がガストレア化した際に体内に取り込まれた可能性が高い。ってなわけで、ガストレア化した個体【タイプ:スパイダー】だと思われるソイツの殲滅と、テロリストの手に渡る前に遺産を奪還してくれ。頼んだぞ。以上だ。

 

 

【区画X】で発生したパンデミックの排除。そしてモノリスの結界に穴を開け破壊する為の触媒【七星の遺産】の奪還。

 

どちらも、普段の拠点防衛を主とする内容からはかけ離れた高難易度のミッションだ。また両方とも放置すれば間違いなく東京エリアの滅亡に繋がりかねない危険性を伴っている。可及的速やかに対処せざるを得ない状況。

 

政府は忙しなく、直接的に、あるいは間接的に仲介屋等を通じて民間警備会社へと依頼をかけていた。

天童民間警備会社も同様に上記の強制ミッションを受諾していた。

 

彼は上記のパンデミック制圧のため某区画へと移動中だった。そしてその途中、携帯端末で、木更に何か知っているかと内容の確認を取っていた。

木更は即座に否、と答えた。

 

『そうか。でも延珠……。どうしてあいつが……』

 

『里見くん。焦りが表情に出ているわ。まずは落ち着きなさい』

 

『だけど木更さん!』

 

『いい里見くん?【七星の遺産】に関しては私や他の民警で調査を進めるわ。だから、里見くんは余計なことを考えずに感染エリアに向かって延珠ちゃんと合流しなさい』

 

『すまん木更さん!』

 

これからの行動方針を告げ通信終了と同時に、某区画に突入を果たした里美・蓮太郎。

 

パンデミックが発生したエリア。その中と外では様相が大きく異なっていた。

現在、某区画は複数の黒い壁により区切られている。小型の結界用モノリスだ。それにより、現在【区画X】は内外は遮断されている。また、モノリスの外部には、バラニウム製の装備で武装した自衛隊が固めていた。

 

戦争でもしているのか、という感想が一瞬漏れるが、

 

「戦争してんのと然して違いはねぇか」

 

ウィルスの感染拡大を防ぐための戦争だ。殺すか殺されるか。対象が人であるか、ガストレア生物であるかの違いでしかない。

 

「天童民間警備会社所属、里見・蓮太郎だ。政府の依頼で参上した。通行許可を貰いたい」

 

自衛隊にプロモーターのライセンスと、民警の社員証を提示する。すると自衛隊の男は不思議そうな顔で蓮太郎を見た。

 

「里見・蓮太郎だな。了解した。しかし、見たところ一人のようだが相棒はどうした?」

 

武器も持たずに戦場に行くのか、と暗に言われる。確かにその通りだ。

 

「あいつは先行して現場入りしている」

 

「もしかして連絡にあったあの赤い子か…………なるほど。ああ、納得いった。君が“ふぃあんせ”か」

 

「フィアンセ? 何を言っているんだアンタ」

 

蓮太郎に何とも言えない生暖かい瞳が向けられる。そこに込められる感情は嫉妬であり、憤怒であり、悲哀であり、実に様々な感情が合い混ぜになっていた。気のせいだろうか。周囲、他の自衛官も同様に、形容し難い目で蓮太郎を見つめていた。

 

「“ふぃあんせ”よ。断言しよう。これから先、君達の前に数多くの障害が立ちはだかるだろう。確実に」

 

何言ってんだこいつ、と蓮太郎が口を挟もうとするも、自衛隊の口は止まらない。

 

「2人の前に立つ大きな壁。それは種としての壁。倫理の壁。社会的通念の壁。だけど負けるな! がんばれ!」

 

何を頑張れと言うのだと疑問に思う彼に構わず、周囲から声が聞こえてきた。

それは己を鼓舞する声。意味のわからない言葉を叫ぶ声。そしてガストレアの殲滅を望む声。

 

『負けるな!』『俺は応援してるわけじゃないからな! 勘違いするなよ!』『爆発が相次いでいます。民警の皆さんはくれぐれも注意して下さい』『ゴムはしろよ!』『キサラ蝶はどうした!』『ミオリ虫はどうなんだ!』『お前が、お前がナボコフだ!』『やっぱり小学生は最高だな!』『頼む民警! ガストレアを倒してくれぇえええ!』

 

「何を言っているのかいまいちわかんねぇが、ガストレアは殲滅する」

 

 

感染区に入って暫くしてのことだ。

突如蓮太郎の胸ポケットから、振動音が聞こえてきた。携帯端末の着信だ。慌てて手に取り確認する。

 

『――――天童民間警備会社、里見さんですね?』

 

スピーカー越しに無機質な女性の声が聞こえてきた。

誰だあんたと訝しむ蓮太郎に対し、

 

『こちらは政府ガストレア対策室です。現在、里見さんの至近距離に蜘蛛型ガストレアの反応があります。発見次第殲滅して下さい』

 

そういえば民警のライセンス登録の際に、政府機関へ提出する書類に携帯端末の番号を登録する箇所があったなと思いだす。

 

「蜘蛛型? パンデミックの原因とは別ものなのか……? いや待てよ……蜘蛛型の感染源ガストレアといえば」

 

『はい。パンデミックの原因、タイプ:フォックスとは別物でしょう。おそらく【七星の遺産】関係のガストレアです』

 

『対象は里見さんの正面、そのビルにいるようです。ここで確実に仕留めて下さい。期待していますよ里見・蓮太郎さん――――以上』

 

「確かにあんたの言う通りだ。こちらでも視認した」

 

壁に張り付くガストレアを確認した。タイプ:スパイダー。先日取り逃がした感染源ガストレアだ。

 

 

「うわぁあああああやめてくれぇええええええ!」

 

 

絶叫が聞こえてきた。

方向は丁度蜘蛛型ガストレアがいる所だ。壁に張り付いているガストレアが室内にいる人間を見つけたのだ。

それを捕食しようと窓ガラスに前脚を振り被り、

 

「畜生!」

 

軽々と粉砕した。

瞬間。蓮太郎の脳裏に2つの選択肢が浮かぶ。

 

・――――①:目の前の被害者を優先する。周囲にも民警はいるのだ。後ろ髪を引かれるが、今は目の前のガストレアに集中しよう。延珠ならきっと大丈夫だ。

 

・――――②:延珠を優先する。被害者もガストレアも無視する。延珠さえ無事ならそれでいい。

 

逡巡。

簡単に決められる問題ではない。だが悠長に考えている暇も無い。瞬間的に答えを出さないといけない。

僅かな思考の末、

 

「すまない延珠……っ! こいつを始末したら直ぐに!」

 

①を選択した。

選択を下したのなら後は行動するのみだ。蓮太郎は弾かれたように駆け出す。

 

ビルの扉を蹴破り室内に侵入する。

そして3階にいたであろう被害者の所へ向かう。

 

「エレベーターはまずいな……階段でいくか」

 

即座に駆け上がる。武道の道をいくものだ。階段を全速力で上る程度では、息が上がることはなかった。

だが、3階に到着した際にえも言わぬ息苦しさを感じた。嫌な予感がする、懐から愛用のXD拳銃を抜く。

 

それを構えながら、扉が閉じられた部屋へと、再度扉を蹴破り突入した。

 

「なんだ……これ」

 

室内に入り目にした光景に、思わず声が漏れる。

蓮太郎が見たものは、人間を食らったまま壁へと叩きつけられ圧殺されたガストレアの姿だ。

 

どういうことだ、と警戒する蓮太郎。

その背後から不気味な声が聞こえてきた。

 

「悪いがそれはこちらの獲物でね。お引取り願おうか」

 

思わず振り返る。

そこには奇妙な格好をした男がいた。臙脂色のタキシードにシルクハット。オペラ座の怪人に登場するような仮面を纏った男だ。

 

「お前は――――」

 

・――――マキシマムペイン

 

「がっ」

 

青白いフィールドの様なものが見えたその瞬間。蓮太郎は壁へと叩きつけられていた。

不可視のフィールドが蓮太郎を吹き飛ばしたのだ。

それは持続的に蓮太郎を圧迫し続け、今にも圧殺しようと唸りを上げる。

 

「てめぇ! 一体」

 

一体誰だと声を発しようとした瞬間、

 

「こんにちは少年」

 

怪人が腕を振るう。

すると不可視のフィールドは出力を上げ、背後の壁ごと蓮太郎を粉砕する。

建物の壁が砕け、高所から叩き落とされる。少年の目には全てがスローモーションに見えた。

 

「そして、さようなら」

 

仮面の男は、まるで死神のように死の宣告を下した。

 

 

 

 

 

 

某区。崩壊した市街地。

高層ビルに設置されたパネル放送の下、剣撃と蹴撃を交し合っていた。

 

『次の天誅ガールズも必ず観てね? そぉ~れ天誅♪ 天誅♪』

 

その片割れの黒い少女。

ウェーブのかかった髪。血に濡れ哄笑を浮かべる表情。黒いフリル付きワンピースの少女――――蛭子・小比奈は現状の遊びが楽しくて仕方がなかった。

特別な遊戯ではない。遥か昔から行われてきた遊戯だ。それは原始的で非倫理的遊戯。それは互いの命をかけて行う闘争。それは究極の他者否定。即ち殺し合いである。

 

「楽しい! 楽しいよ! ねぇ赤いの!」

 

「妾は! 何も! 楽しくないぞ!」

 

今まで小比奈が殺してきたものは全てが弱者だった。虫も動物も人も全てがゴミ屑だ。同類のイニシエーターですら大した障害には成りえない。人類の脅威であるガストレアも、ステージⅢ以下はデカいだけの標的に過ぎない。

 

近接戦では無敵と自負する小比奈の前では皆が紙切れ同然だった。

 

彼女の力を測る上で指標になる数字がある。IP序列だ。

蛭子・小比奈は元々は民間警備会社所属のイニシエーターだった。そして、プロモーターである彼女の父と組んで叩き出した数字が、IP序列百三十四位。全世界で70万人近く存在する中での上位百三十四位。

現在、蛭子親子のライセンスは停止処分済だが、仮に処分が執行されていなければ、東京エリアにおける民警、その最強の一角を担う存在なのだ。

 

故に、絶対強者である小比奈の前にも横にも並び立つ者はいない。居るのは後ろで惨めに分解された死体だけだ。

その筈だった。

その筈だったのだが、ここに来て漸く歯応えのある獲物が、斬り甲斐のある標的が、自らに届き得る牙が、表舞台に飛び出してきた。

 

――――楽しい! なにこれェ! 頭が沸騰しそう!

 

楽しくて仕方がない。小比奈の顔が悦に歪む。

一太刀振るう毎に胸が満たされる。刃が衝突する瞬間毎に虚無感に苛まれていた胸が満たされる。刀身が標的の肌を掠る毎に生きている実感に胸が満たされる。

 

「ねぇ。赤いの名前、教えて」

 

「誰が赤いのだ。お主だって黒いのだろうっ。まぁいい。妾は延珠。タイプ:ラビットのイニシエーター、藍原・延珠だ!」

 

「……延珠、延珠、延珠――――覚えた。私は小比奈。蛭子・小比奈。タイプ:マンティスのイニシエーター。そして、」

 

告げて駆け、

 

「延珠の首を斬り落とす者の名前。覚えておいて」

 

絡み合うように斬撃を叩きこんだ。

 

「意味がわからない! お主は一体!」

 

小比奈は不思議そうな表情で問い返す。どうして、と。

 

「だから、どうして妾に刃を向けるのだっ?」

 

「どうして? 人を斬るのに、いちいち、理由がいるの? 理由がないと人を斬れないの?」

 

「そういうことを言っているのではない! どうして敵対するのかと聞いておる! 妾とお主、戦う理由なぞ無いだろうにっ」

 

「斬りたいから斬る。殺したいから殺す。踏み潰したいから踏み潰す。ねぇそうでしょ延珠? 例えばあなたの前に殺したいと思う敵がいるの。いつ殺すの? 今でしょ?」

 

「お主は何を言っているのだ……?」

 

何度か攻撃を交わした後、小比奈は鍔競り合う延珠を吹き飛ばす。そして柳眉を逆立てた顔で告げた。

 

「つまらない」

 

「何だと?」

 

「さっきのガストレアを相手にしていた時の様に本気、出してよ」

 

延珠は間髪入れずに告げた。断る、と。

 

「どうして同じイニシエーター同士が争わないといけないのだっ」

 

「イニシエーターだから。ねぇ延珠。あなたはこの力を十全に振るいたくないの? それを向ける対象がいるんだよ。私は振るいたい。理由なんてその程度のことでいいでしょ?」

 

「それはお主の理由だ。妾にはお主と相対するに足る理由がない」

 

小比奈はその言葉に考えるように瞳を瞑った。やがて何かいい考えが浮かんだのか、笑みを以て延珠に対して口を開いた。

 

「わかった。延珠が本気を出さないのなら……あなたのプロモーター。斬ってあげる。首斬ってあげる! さっき斬ったどこかの民警の社長みたいに! 首だけにして、プレゼントしてあげる延珠っ」

 

告げるその言葉に延珠は目を見開いた。その言葉を自身の中で反芻するように転がした後、相対する小比奈を強く睨み付けた。

赤い髪の奥。イニシエーターの赤い瞳よりも、更に赤い灼熱の瞳。それは殺意に濡れる瞳だった。

 

「……――――そっ首叩き落とすぞ! 蟷螂が!」

 

薄暗くなってきた闇夜に舞う赤い閃光。感情の高ぶりに呼応しているのだろうか。眼球が発する赤が世界を焼く。お互いの赤が絡み合い弾け合う。

 

『延珠さんっ。落ち着いて下さいっ』

 

延珠のブレスレットから夏世の声がした。だが、切り結ぶ両者にはそれを気に掛ける余裕は無かった。

 

「延珠ー! ふーふー! あはははは! 延珠!」

 

「ええい! 気色の悪いやつだな!」

 

延珠が踏み込む。タイプ:ラビットの特性を活かした超加速。最早人間には視認不可能の速度だ。

 

「残念だけど言ったはず! 私はタイプ:マンティス! 接近戦では無敵の近接剣術士【ストライクフォーサー】!」

 

だが、小比奈はそれに対応して魅せた。五感が異常に研ぎ澄まされているのだろう。延珠の蹴撃を受け流してみせたのだ。あまつさえそのまま刃を返す。

 

「斬!」

 

「このぉ!」

 

「斬!」「斬!」

 

「いい加減に堕ちろ!」

 

「斬!」「斬!」「斬!」

 

小比奈のブラックバラニウムの小太刀、延珠のブラックバラニウムのブーツ、互いのブラックバラニウムが衝突する毎に夕暮れの世界に火花が散る。最早人間の戦いではない。人外の域。

そこに介入出来るものなぞ存在し得ない。それは同じイニシエーターであっても、敵対するガストレアでも例外ではない。

 

丁度、2人が相対するその境界線上。

彼女等の進行方向に出現するものがいた。狐のガストレア。それも尾が7本もある巨体だ。先ほどまで延珠達が殺害してきた個体よりも、1.5倍程の大きさを誇る。

並みのイニシエーターなら多少は梃子摺るだろう。

だがここで相対する2人の少女。彼女等は、その程度のガストレアなぞ眼中に無い。アウト・オブ・ガンチューだった。

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!」

 

小比奈は延珠を。延珠は小比奈を。お互い、信愛と殺意を交し合う相手のことしか見えていない。

この場においてガストレアステージⅠなぞゴミ屑以下の存在価値。

 

「邪魔をぉおおおおおおおおおおお!」

 

 

・――――斬殺

 

 

「するなぁあああああああああああ!」

 

 

・――――天童流戦闘術二の型十一番【陰禅・哭汀】

 

 

剣撃の奥義が、蹴撃の奥義が左右から直撃し、ガストレアを粉砕した。ミンチとなって弾けた血液と贓物のシャワーが空から舞い落ちる。

お互いが血に汚れ肌を穢した。醜悪で悍ましい姿ではあったが、少女達はそれでも気高く美しかった。

 

常人が見たら発狂するであろう状況に目の色すら変えることなく、今まで通りに小比奈は告げる。

 

「さぁ、延珠……もっと! もっと斬り合おう! 殺し合おう! 死ぬまで! ずっと! ふぉーえばー!」

 

叫ぶ声にやかましい、と応対し延珠は再度超加速。そしてそのまま全速力を乗せた蹴りを放つ。

 

「ふき飛べぇええええええええええ!」

 

防ぐ両の小太刀ごと、小比奈を蹴り抜いた。遅れて建物を粉砕する轟音が届いた。小比奈という弾丸を、かつてデパートだった廃墟秒読み前の建造物に叩きこんだのだ。

だが、それでも延珠の怒りは収まらない。胸を焼く感情に従い、小比奈を追撃する。

 

『こちら延珠。現在敵対中。対象は異常行動を取るイニシエーター。放置したら何をするかわからん。ここで妾が排除する!』

 

『延珠さんまっ――――くっ。無駄に数の多い!』

 

『ごめん夏世。妾は……あいつを、あいつを止めないと! 蓮太郎を斬るって言ったんだ! だから妾が! 妾が何とかしないといけないんだっ』

 

夏世に天誅ブレスレットで連絡を残すと、延珠は小比奈を叩きこんだ建物へ一目散に駆け出した。ガストレアと戦闘中らしい夏世の援護は期待出来ない。だがそんな些細なことは延珠には関係無かった。

 

 

 

 

 

パンデミックが発生している某区画。

そこに大型ショッピングモールがあった。事件前は賑わいを見せていた建物も今では、ホラー映画に出てくる血みどろの特撮スタジオのようだった。

 

『どうした何があった!?』『パンデミックだ! ガストレアが侵入した!』『くそ民警は何をしてる! こんな時の為の組織じゃないのか!』『政府は! 政府は何をしている!』『嫌だ! 死にたくない! 死にたくない!』『マミー! 助けておくれ』『嫌だ!』『くそが!』

 

それに雰囲気もそれに近いものがった。建物内は怒号で溢れている。

女も男も子供も男も関係無い。ガストレアという恐怖を前にして、皆が同列に怯えている。

 

「もう……いやだ。こんな所いたくないよぉ……」

 

誰かが漏らした言葉。その言葉に同意したくなる光景が広がっている。

周囲には散乱した人間の贓物。内臓がぶちまけられ、糞尿やら血肉の臭気に溢れていた。またその他には頭部を破壊されたガストレアの死体。そして、幼い、外周区に住まう呪われた子供達の一人の死体が、先のガストレアと相打ちになるように転がっていた。

 

まさに地獄絵図。

 

「お母さん……っ。大丈夫? 傷は……痛くない?」

 

「はぁ……はぁ……ええ。平気よ。舞。このくらいどうってこと……ないんだから」

 

「…………きっと誰か、だれか助けにきてくれる。それまで、頑張ろうお母さん」

 

「はぁ……はぁ……はぁはぁ。うん。そうだね。そうだよね」

 

その地獄の中にとある親子がいた。

隣のエリアに在住する小学生の佐藤・舞。彼女の母親である佐藤・A子だ。

Aの腹からは大量の血やら贓物が漏れ出している。つい先ほどガストレア【タイプ:フォックス】に負わされた傷だった。

 

娘の前では気丈に振る舞ってはいるが、その表情はよくない。顔面は蒼白でいまにも死にそうな、死んだ人間がゾンビとなって徘徊しているような、非常によくない顔色だ。

呼吸も荒く出血も収まらない。客観的に見ても長くはないだろう。

 

しかし、デパートの中から逃げようにも救助を呼ぼうにもどうすることも出来なかった。周囲には大量のガストレアが徘徊していたからだ。

だから逃げるようにデパートの中へ入り込んだのだが、状況は改善されることは何もなかった。A子自身の体力は時間と共に失われている。

 

また、同じようにデパート内へ逃げ込んだ人々がパニックを起こしており非常に危険な状態になっている。

 

だが、現状の膠着状態も長くは続かなかった。

入口を閉ざし籠城していたのだが、現状に耐えられなくなったある男が機械を操作し閉鎖された扉を開いたのだ。

 

「お、俺は逃げるぜ! こんな所にいてられるか! その女を見ろ! さっきガストレアに齧られた奴だ! もう直、そいつも化け物のお仲間さ! 逃げなきゃ死ぬんだ!」

 

確かにA子はガストレアに噛まれていたが、ガストレアウィルスに感染しているかと問われたら、感染しているとは100%言い切れない。

だが、追い詰められている人間からずればそのような事は関係無い。感染しているかもしれない人間、次の瞬間にでもガストレア化するかもしれないガストレア予備軍となぞ一秒でも同じ空間にいたくなかった。

 

「くっ……私は感染なんてしてない!」

 

「お母さん……」

 

「うっせー! 黙れ! 俺はガストレア予備軍となんて一緒にいたくねーぞ!」

 

男が扉に向け駆け出した。

直後、

 

「ひ」

 

扉から伸びた毛むくじゃらの腕に掴まれる。それはUFOキャッチャーの何千倍の握力だろう。

握った瞬間、手足を粉砕する乾いた音が聞こえてきた。

 

遅れて響くのは男のくぐもった絶叫。

 

「ああああああ…………あ……あ……………やめ、」

 

獣の腕が引っ込まれる。

静まり返った室内に音が生まれた。肉を咀嚼する音。人間が生きながら貪られる悲鳴。それを聞いて嘔吐する音。すぐさま爆発する悲鳴。

 

 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!」

 

 

1つ付け加えると扉から侵入してきたガストレアの咆哮もあるだろう。実に様々だ。

やがて、そのガストレアはある行動を取り始めた。端的に言おう。殺人だ。

踏み潰されて死んだ者。胴体をかき混ぜられ死んだ者。脳を握り潰された者。蹴飛ばされ死んだ者。獣の爪に引き裂かれて死んだ者。脳天から丸々咀嚼され死んだ者。実に種類が豊富な死にざまが溢れていた。

 

「あ……いや。いやだ」

 

「舞っ」

 

残る人間は逃げることもせず端っこで震えていた佐藤・舞と佐藤・A子の親子のみ。

だがそれももう終わりだ。ガストレアの赤い瞳が彼女等へと向けられた。そうなると結果は言うでもない。直ぐに死ぬ。

 

誰にも邪魔されずに死ぬ。誰にも助けられず死んでいく。

そのはずであった。だがそれに介入するものがいた。

 

「ぇぇええんんんじゅううううう!」

 

デパートの外壁をぶち破って現れた黒い少女だ。

ガストレア以上に赤い瞳を爛々と輝かせ、ぶち破ってきた穴に向かって絶叫している。

 

「こひぃなぁぁああああああああ!」

 

そして磁石に引き寄せらせるように現れるもう一人の赤い少女。

舞は後者の少女に見覚えがあった。先日、小学校のクラスに転校してきた転校生だ。その美しい外見は脳裏に刻みこまれていた。

 

なんで?どうして? 現状に対する疑問が胸の内から生じるが、彼女達の行動は舞の思考よりもずっと早かった。

 

 

・――――天童流戦闘術【陰禅・黒天風】

 

 

・――――斬

 

 

稲妻のような回し蹴りと、閃光のような剣撃。散々デパートにいた人類を惨殺し尽くしたガストレアは、一瞬で死に絶えた。

 

疑問や不安はあるが、今は純粋にそれを喜びたかった。

彼女はその感情を共有しようと、

 

「助かった……助かったんだよ……お母さ―――――ひっ!」

 

華々しい戦果を上げる少女達から視線を逸らし、振り返る。

 

少女の眼前。母親の顔があった。苦痛に歪んだであろう、顔が内側からせり上がってくるものに圧迫された風船のような顔だ。

目が白く濁り焦点はどこにも向けられていない。口は開いているが意味の無い呻き声を上げるだけで、獣のように舌はだらんと放り出されている。また弛緩したのだろうか。下半身からは糞尿の臭気が漂ってきた。

 

反射的に悲鳴を上げた。

その直後、舞の母親だった肉風船は弾け飛んだ。

 

 

「――――――――――――うわぁあああああああああああああああああああ!!」

 

 

内側から湯だった血と肉がぶちまけられる。

身体が破裂し、まるで寄生虫のように、その体内からガストレア生物が這い出てきた。

 

「うげぇええええええ!」

 

気持ちの悪い悍ましい光景。舞は胃の中の物を全てぶちまけた。

全てを失い吐き出した舞だったが、それを見下ろす存在がいる。かつて母だったガストレア生物だ。

 

「ははは……はは。何で、どうして、だろうね。どうしてこんなことになっちゃったんだろう」

 

所詮、この世界に神はいない。人間死ぬ時は死ぬ。都合の良い機械仕掛けの神様なぞ存在しないのだ。それを象徴するかのような光景だった。

 

 

 

 

 

 

せめてもの救いは、ガストレア化したA子が、舞の存在に気が付いた延珠によって即座に討滅されたことだろう。

それにより、かつて母親だったものに殺されるなどという最悪のシナリオは避けられた。

 

延珠は、母親だったモノの前で茫然自失になっている舞に慌てて駆けよる。

自分の正体が知られてしまったことに関する打算的な考えや、口封じ的な思考は一切介在しない100%の善意。

 

死んだ魚のような、虚ろな目をしている舞の肩を掴み揺らす。しっかりしろ、と意識を込めて。

 

「大丈夫か舞ちゃん!」

 

絶望した瞳はやがて、延珠に焦点を結ぶ。すると、その瞳に感情が浮かんだ。七つの大罪にも数えられるものの一つ。即ち憤怒。

 

「っ……やめてよね!」

 

舞は、肩に置かれた手を振り払う。乱暴な手つきだ。まるで、天井から飛び掛かってきたゴキブリを、丸めた新聞紙で地面に叩き付けるような乱雑さ。

その行動や、それに込められた怒りや嫌悪の感情、延珠はそれらが理解できなかったのか目を白黒した。

 

延珠は信じられない表情を浮かべ、

 

「舞ちゃん……?」

 

「近寄らないでよ!」

 

「え? ま、舞ちゃん……?」

 

何を言われたのか理解出来ない。縋るようにか細い声で、再度問うも、返ってくる感情は拒絶だった。

まるでガストレアに対するような反応。

 

延珠はその反応を知っていた。かつて、自分を引き取ってくれた義両親。【IISO】から至急される呪われた子供達の養育費目的で自分を引き取った里親。藍原の姓を貰うことになったあの出来事。延珠の中で彼等の顔がフラッシュバックする。

 

『化け物が』『死ねよガストレア』『何が人権よ。こいつらに人権なんているわけないじゃない!』『死ね』『死ねばいい』『死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね!』

 

吐き気が込み上げてくる。

延珠は膝を折りそうになるのを堪えようとするが、

 

「どうして……? どうして助けてくれなかったの?」

 

「延珠ちゃん。延珠ちゃんがガストレアだから……!? だから助けてくれなかったの!? お母さんが言ってた! 皆が言ってた! 呪われた子供達はガストレアだって!」

 

舞の言葉が容赦無く突き刺さる。

 

「ち、違う! 妾は人間だ!」

 

「じゃあ何で! どうして!?」

 

「違う……舞ちゃん…………違うんだ」

 

「違うくない! じゃあどうしてホントのコト言ってくれなかったの! ジジツだからでしょ!」

 

「あ、うぅ……妾は……妾は……!」

 

舞の言っている事はお門違いもいいところだった。

実際に延珠に非はない。医療に従事する人間でもない、ただの戦うものだ。故に戦種に則った最善をとっただけだ。

 

だが残念ながら、今の舞にはそんなことは関係無かった。

 

舞は現状何かに対して縋って、心の内にあるものを吐き出さないと、心が死んでしまいそうだった。まだ小学生。心も体も何かもが完成されていない器だ。

眼前でスプラッタシーンを何度も何度も何度も何度も見せられ、挙句の果てには愛する母親が肉風船のように弾け飛んだのだ。

 

頭がおかしくなってもなんら不思議ではない。

 

最早、舞自身は自分が何を言っているのかさえ自覚していない。心が壊れないように、爆発しそうなものを吐き出しているのだ。

無意識下での自己防衛本能の発露といってしまえばそれだけだが、それは一切の遠慮容赦無く延珠を傷つける。

今となっては舞の吐く言葉は鋭利な刃物と変わらない。傷つけるのが精神か肉体かの違いに過ぎない。

 

「今までウソついてたクセに……っ! 私達のことだましてたクセに!」

 

「っ!」

 

可愛らしい兎の腹にナイフを突き刺す。

 

「トモダチにウソ! ついてたくせに!」

 

「あ……そ、れは」

 

兎のぴんと突き立った耳を引き千切る。

 

「ガストレアだからお母さんを助けてくれなかったんだ!」

 

「ちがうんだ……ちがう」

 

兎の可愛らしい眼球を抉り取る。

 

「許さない……延珠ちゃんなんて……キラいだ! もうトモダチでも何でもな――――」

 

「つまらない」

 

可愛らしい兎の胸を、ブラックバラニウムの小太刀が突き刺した。貫通する。

 

「がはっ!」

 

刺された少女、延珠の口から真っ赤な血反吐が吐き出された。

 

「え?」

 

茫然。状況がわからない舞の顔面、それがぶちまけられる。

舞と正面から相対する延珠、その背後。小太刀を構える黒い少女、小比奈が刺したのだ。

 

小比奈は心底つまならそうな表情をしながら、

 

「延珠。つまらない。そんな奴の事気にしてるから、こんなにあっさり斬られる! つまらないつまらないつまらないつまらない! 全然つまらないよ延珠!」

 

「がっあああああああああああああああああ!」

 

刺した刃を何度も差引し内臓を傷つけた。

口からはドス黒い血を吐きだしつつ、貫通した刀傷からは止まることなく血を流して続けている。まさに死に至りかねない傷。

 

事実、小比奈が刃を引く抜くと、糸が切れた人形のように地面へと崩れ落ちた。

荒い息を上げ、意識が朦朧としている。小比奈を見上げる瞳が力なく揺れていた。

 

「馬鹿な延珠。お馬鹿な延珠。そんな奴のこと放っておけばよかったのに」

 

イライラしたように語尾を振るわせながら、小比奈は告げる。

 

「面白くない。面白くないよこんな幕引き…………全部お前のせいだ」

 

「ひっ」

 

黒の少女は、ぎろりと捕食者の瞳で睨み付ける。視線が向かう先は怯える少女。

 

「戦う力も無いくせに。自分は何もしなかったくせに、文句だけは一人前。自身の無能を周囲に喚き散らして満たされて癒されて―――――なんて、醜悪。もうここで斬るしかない」

 

「な、なにする気!」

 

「なに? 何って斬るしかないでしょ? こんな醜悪なもの放置できない」

 

「いや……いやだっ。死にたくない……っ」

 

小比奈は戯言を無視し、刃を振り上げる。

 

・――――斬首

 

そっ首叩き斬ると振り落された刃であったが、

 

「わからないよ延珠」

 

「あ…………。延珠、ちゃん」

 

小比奈は剣撃を止めた。そして問う。眼前相対する少女に。

 

「どうして、あんなこと言われて庇うの? 死にそうになってまで庇うの? なに? なんなの? そっちの小っちゃいの、あなたにとって何?」

 

「ふん……万年、ぼっちの、お主には、わかるまい」

 

今にも切り殺されそうになったいた舞の前に立つ少女。満身創痍の延珠。

今にも風が吹けば倒れそうな程の傷を負っているのだが、彼女はそんなこと関係無いとばかりに告げる。

 

「舞ちゃんは、舞ちゃんはな、妾の――――――トモダチだ」

 

「…………あっそ。やっぱり意味がわからない。じゃあね延珠」

 

止められていた斬撃が動き出す。

斬撃。それは延珠を肩口から切り裂いた。少女の体はゴム毬のように弾き飛ばされ地面に崩れ去る。後に残るのはつまらなそうな顔をした小比奈と、自分自身意味がわからず絶叫をあげる舞だ。

 

延珠の意識は闇へと沈んでいく。

 

 

 

 

 

 

延珠が倒れ、舞が絶叫の末気絶した。その後、小比奈の前に現れるものがあった。

 

「…………」

 

「なに今度はあなたが相手してくれるの?」

 

奇妙な格好をしたものだ。

それを表現するのに最も妥当な言葉がある。近年、各都道府県が町興しの為に起用するデフォルメされたキャラクター。即ち【ゆるきゃら】というものだ。おか○ん、ふな○しー等が代表例として挙げられる。

 

小比奈と相対するそれは上記の同種的存在。

デフォルメされた秋田犬といった容貌。可愛らしいモコモコしたボディに、緩い笑みを浮かべた顔。

 

しかしながらそれは、返り血を浴びてドス黒くなった身体。何の感情も映さない無機質な瞳。そして、手にした肉斬包丁が無ければの話だ。

まさに出来の悪いピエロ。その気味悪さがそっくりだった。ある特定の知識ある人間なら、それをこう呼称するだろう。即ち、お前それ“いざ○もん”じゃねぇか、と。

 

「…………」

 

ここでは暫定名称として彼を“いざ○もん”と呼称しよう。いざ○もんは小比奈の問いに肯定とも否定とも答えない。

ただ、挑発するように片手を付きだし、くいくいと指を動かす。

 

「上等っ」

 

口元が歪む。眉を弓にして小比奈が駆ける。加速をつけたままクロスするように、“いざ○もん”へ両の刃を叩きつける。

 

「へぇ……!」

 

一撃で粉砕するつもりだった。だが予想外の事態が生じた。

ご当地キャラ如きにその刃は阻まれたのだ。鋭利な肉斬包丁に阻まれ、挙句の果てにその怪力を以て弾き飛ばされる。

 

ガストレア因子を受け継ぐ自分の斬撃に対応する正体不明のゆるキャラ。再度出現した強敵に、小比奈ははち切れんばかりの笑みを浮かべた。

 

「いいね!」

 

「…………」

 

今度は“いざ○もん”が動いた。

外見とは反して素早い動き。彼は肉斬包丁を大きく振り抜く。

鋭い一撃。

 

「くっ」

 

・――――パッシブアビリティ:二刀流  解除

 

どれ程の力が込められていたのだろうか。小比奈の握力をものともせず、左の小太刀を手元から弾き飛ばす。残り1本。

 

小比奈は両手が刀を握りしめると、

 

 

・――――パッシブアビリティ:両手持ち  発動

 

 

両手持ち。両の手で獲物を握ると攻撃力が格段に増す技能を披露する。

 

「前に読んだ漫画で言ってた。剣は片手で振るより両手で振った方が強いらしいよ。いくねェ!」

 

「…………」

 

「どぉ!? 重くなった!? 斬れた!?」

 

片手時に比べ攻撃回数自体は大幅に落ちた。

だが、単発攻撃力が強化された。一撃一撃はより重く鋭く切り替わる。

その威力は先ほど怪力を発揮した“いざ○もん”と対等に、力で斬り合える程だ。

 

丁度、72合程斬り合った時だろうか。小比奈が勝負に出た。

 

 

・――――斬

 

 

大上段。脳天から叩き潰すぶちまけろ脳漿、をと意思を込めて刀を振り上げる。

 

「なっ!?」

 

だが意思に反して腕が振り下ろせない。

 

予想外の事態に混乱するも原因は直ぐに判明した。“いざ○もん”が、両手で振りかぶる小比奈の片肘に手を添えているのだ。

振り下ろせるはずもない。

慌てて回避を試みるも腕が掴まれている。逃げられない。

 

――――あ。

 

目が合う。

無機質な瞳。昆虫のような機械のような何かを考えているのか判断できない目だ。だが命を奪うことに何ら躊躇いがないだろう。

その思考を肯定するように、相手が持つ刃が振るわれた。

 

「いぎぃいい!」

 

可愛い外観から相反する横殴りの一撃。

小比奈の小さな体から血が舞う。胴を肉斬包丁で一閃されたのだ。いかに頑丈なイニシエーターといえども無事では済まない。

 

周囲のコンクリートに、ペンキをぶちまけたかのような赤が彩られた。

 

「あ……はぁはぁ」

 

「…………」

 

「え?」

 

荒い呼吸を繰り返す小比奈の前に、“いざ○もん”がとある携帯端末を掲げる。

小比奈が目を見開いた。なんと彼が手にしているそれは、彼女の懐にあったものだったからだ。

 

数瞬後、それが甲高い音を立てる。着信の音。

彼は端末を操作し、

 

『――――私だ。小比奈、聞こえるかい? 先ほど、此方で標的の確保に成功したよ。そろそろ政府も本格的に動き出しそうだ。まだまだ開幕前だとい……? 小比奈? どうし』

 

内容を確認すると通話状態の途中だというのに、

 

「…………」

 

ばきり、と携帯端末を握り潰す。相も変わらず無表情。

肝が冷える。何を考えているのかわからない表情。一切の躊躇いの無い斬撃。イニシエーターと一体一でタイマンを張る戦闘力。普通ではない。

 

「パパァ……私ここで死ぬかも。はぁ……はぁ……ふーふー。あは。あはは」

 

「…………」

 

現状での小比奈の勝率は低いだろう。先ほどの延珠同様に満身創痍。得意の二刀流は封じられ、イニシエーターの怪力と速度が通じない相手だ。

言葉にしたように死ぬかもしれない。少女はそのことに笑みを浮かべながら、

 

「それはそれでいっか。でも」

 

「………………」

 

超加速。“いざ○もん”の背後に回り込む。そのまま加速の乗った刀を横殴りに斬りつける。

 

「私、無事に帰れたら――――パパと」

 

「パンを焼くんだ」

 

一閃。

甲高い金属のぶつかる音。肉斬包丁に再度阻まれた。挙句の張てにカウンターにより一撃を見舞われる。

ぎりぎりで刀で防ぐも、勢いを殺すことが出来ずに背後の壁へと叩き付けられた。

肺から空気が抜ける。頭に衝撃。朦朧とする意識。大きな隙を晒した。

 

「……………………」

 

“いざ○もん”に接近を許してしまう。彼は小比奈の刀を踏みつけると、その首に大きな掌を巻き付ける。

 

「がぁっ」

 

それはまるで蛇のように、小比奈を絞殺していく。逃れられない。視界が明滅する。

虚ろな目で何とか抗おうとする小比奈の脳裏に浮かぶものがあった。彼女の父と、出来損ないの黒いパンだ。

 

―――――ああ…………また、パパと一緒に焼きたかったなぁ……パン。

 

しかし抵抗も虚しく力尽きる。彼の手を掻き毟っていた腕が落ちる。全身が脱力した。

 

 

 

 

 

 

→ 蛭子・小比奈(タイプ:マンティスのイニシエーター)

 

基本的におかしい小悪魔系惨殺少女。マンティスだけあって刃物の扱いは異常。

たぶん、戦国BASARAでもやっていける子。大変優秀なお子さんです。パパ氏の洗脳……もといKYOUIKUの賜物だ。

とりあえず斬りたい、っていうのは原作読んでてわかった。夏世ちゃん曰くゼっちゃんの類友。

 

 

→ いざ○もん(ゆるきゃら)

 

某ハーレム天国かと思ったらヤンデレ地獄に登場する彼だ。

包丁を持たせたらトンベリさんの次ぐらいに映えると思ったから……。

 

 




今回の話を要約すると。

「いつからゼっちゃんが無双すると、錯覚していた?」

「なん……だと?」

でした。延珠が好きなんだ。延珠無双が書きたかったんだ。もうBB10話がフレシェットでボムでアレだったからアレなんだフジヤマボルケーノ。

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