今回は長いというか文字が密集してます。
霞恭華。
それは俺が人生で2番目に好きになった人の名前だ。
モデルのように美人というわけでもアイドルのように可愛いというわけでもないけれど、普通の人とは違う浮世離れした雰囲気を持っていた。
そんな彼女と出会ったのは中学生になって少し経ってから、確かGWが明けてすぐの頃。
俺のクラスに転校してきたのが恭華ちゃんだった。
勉強ができなくて、運動ができなくて、本人には悪いけど俺みたいな人なんだなって思ったのが第一印象。
その日の授業で倒れるまでは。
実は朝っぱらからぶつかってしまうという事態を起こしていた俺は、その時から体調が悪そうに見えた恭華ちゃんが倒れたと聞いて、びっくりして保健室に向かった。
そこには学校のアイドルの、というか俺が一方的に片想いを募らせているクラスメイトである京子ちゃんがいた。
京子ちゃんは恭華ちゃんの隣の席で、今日は一日ずっと話をしていたらしい。
まさかこんなタイミングで手の届かない存在であるはずの京子ちゃんと話が出来る機会ができるとは思わなかった。
その日を境に、俺は恭華ちゃんを通して京子ちゃんと話す機会がぐんと増えて、ほぼ毎日のように好きなこと話せるなんて思ってもみなくて、それどころか友達になってくれるほどの仲になって、とにかく嬉しくて仕方がなかった。
こんなことを言うのはおかしいかもしれないけど、恭華ちゃんが転校してきてくれてよかったって思ってる。
だってそのおかげでこんなにも京子ちゃんと仲良くなることができたんだから。
恭華ちゃんのおかげで京子ちゃんと話す機会ができて、恭華ちゃんのおかげで京子ちゃんと友達になれて、恭華ちゃんのおかげで京子ちゃんの笑顔を今まで以上に近くで見れるようになって、恭華ちゃんのおかげで――。
気づいた時には恭華ちゃんのことを目で追いかけるようになっていた。
毎日のように京子ちゃんのことばかり考えていたはずなのに、気づけば恭華ちゃんのことばかり考えるようになっていた。
そんな恭華ちゃんから家に遊びに、なんて話をされた時には本当にどうしようかと思った。
仲良しになりたいから家に来たいというのは分からなくもないけど、一応俺だって男だし!
迷惑ってわけじゃないけど、俺だって今まで1度も友達が遊びに来たことなんてないのに、ましてや好きな子に言われたらそりゃ戸惑うから!
って言っても恭華ちゃんは並中に転校してくるまでは1度も外に出たことのない生活をしていたらしくて相当な世間知らずなところがあるみたいだし、恭華ちゃんも京子ちゃんもせっかく来てくれるって言ってるんだから断ることもできなかった。
だってもっと2人のいろんなところが見られるんじゃないかって期待しちゃってたから。
あの時の2人の私服とかすごく可愛かったなあ。
京子ちゃんにお兄さんがいることや恭華ちゃんが一人暮らしで頑張ってることなんかも知ることができたし、断らなくてよかったって思ってる。
ただ、その日の行動から見て、恭華ちゃんは何か勘違いをしているような気がした。
ある日、ほんの偶然から恭華ちゃんと2人きりになってしまった。
今までに何回も2人で話をしたことはあっても、完全に2人きりになったのはこの時が初めてだった。
緊張と、誰かに見られてないかという不安から辺りを見回していたら、恭華ちゃんからとんでもないことを言われた。
「京子ちゃんならいないよ」
その言葉に驚いていたら、さらに爆弾発言が飛び出してきた。
「好きなんでしょ、京子ちゃんのこと」
やっぱりこの人勘違いしてるー!?
確かにちょっと前までは京子ちゃんのことがすごく好きだったし、今でも学校のアイドルとか友達とかそういう意味では大好きだけど、そうじゃない。
好きな人にこんな勘違いをされていることがこんなにも心に堪えることだとは思わなかったけど、それでも俺は恭華ちゃんに告白しようとか思ったことは無かった。
今のやり取りでだいぶ確信したけど、めちゃくちゃ恋愛に鈍い恭華ちゃんに告白なんかして、それで嫌われでもしたら不登校になる自信がある。
「あ、あのさ、恭華ちゃん。今日さ、よかったら家に来ない?」
だったら友達のままで仲良くしていきたいと思って、勉強を口実に思いきって家に誘ってみた。
恭華ちゃんは2つ返事でオーケーをしてくれて、未だに勘違いに積極的な会話を振り払うように矢継ぎ早に放課後の約束を取り付けた。
向こうが俺のことをなんとも思っていないとしても、家に来るのが2度目だからだとしても、来てくれると言ってくれたのは凄く嬉しい。
ただ、それを誰かに見られたりしたら嫌だし恥ずかしいしでまだ人の少ない早めのタイミングで帰ることにした。
もちろん教室から一緒に行こうというのもかなり恥ずかしいから校門で合流ということにして。
転校当初は俺よりも成績のやばかった恭華ちゃんは、たった1ヶ月で平均付近に追いつけるようになるまで点数を伸ばした。
口実とは言ってもそんな恭華ちゃんと勉強することにも意味があるように思えた。
まあ、だいぶ俺のダメっぷりが露呈しただけなんだけどね。
そんな時、あいつが来た。
黒いスーツにおしゃぶりをつけた赤ん坊。
家庭教師だなんて言い出すなら笑い転げていたら、そこから記憶が途切れた。
次に目を覚ました時にはそばで恭華ちゃんが心配そうに俺の看病をしてくれていた。
「ツナくん大丈夫? 痛いところとかない?」
「えっ? あ、大丈夫だよ」
ちらりと時計を見ればとっくに外は暗くなってる時間だ。
だというのに恭華ちゃんはここにいてくれた。
「ごめんね、もうこんな時間なのにいてくれたんだ」
「気にしなくていいよ。それより……」
いつもの感情が読み取りづらい表情のまま淡々と告げる。
恭華ちゃんが俺じゃない方を見たからその視線の先を追いかけると、そこにはさっきの赤ん坊が何食わぬ顔で座っていた。
「何でまだいるんだよ!?」
「俺はお前の家庭教師だからな」
赤ん坊のくせに何言ってんだよ!
掴みかかろうとしたところで恭華ちゃんに袖を引かれた。
「あんまり刺激しちゃダメだよ。ツナくん、さっきこの子に気絶させられちゃったから」
珍しく淡々としていないその表情は不安と恐怖でいっぱいになっていた。
同時に俺はさっきこの赤ん坊を馬鹿にした直後に投げ飛ばされたということを思い出して、ヤバイと思って手を引っ込めた。
「とりあえずツナくんは大丈夫みたいだし、僕は帰るね」
話によれば、恭華ちゃんは母さんに頼まれて、俺が目を覚ますまでずっとそばにいてくれたらしい。
ものすごく申し訳なくなった。
どこか顔色の悪い恭華ちゃんを見送って、部屋に残ったのは俺と、リボーンと名乗る赤ん坊だけになってしまった。
死ぬほど気まずい。
「お前、あいつに惚れてるな」
「はあっ!?」
不意打ちに等しい爆弾発言に思わず声が裏返った。
「図星か」
「だったらなんだよ」
「告白はしたのか?」
「するわけないだろ。恭華ちゃんは大切な友達なんだぞ」
「理由になってねーな」
「赤ん坊のお前にはわかんないよ」
なんで好きなことがバレたのかはさておいて、赤ん坊であるこいつに言われたくない。
俺だって悩んだ末に今の結論に至ってるんだから。
「情けねー奴だな」
「ほっとけ」
俺は何も間違ってない。
と、ぐるるるる、なんて音が聞こえて何かと思えば、リボーンの腹が鳴った音だった。
そしてメシの時間だとかって言って部屋から出ていった。
やっといなくなってくれた安心と、変な奴に目をつけられたという不安からお腹が痛くなってご飯も食べずに布団に潜り込んだ。
ろくに眠れないまま翌日を迎え、寝不足もいいところだけど逆に遅刻しないで済みそうな時間に家を出ることが出来た。
「で、今日は告白するのか?」
「うわっ!? ってまたお前か! しないって言ってるだろ。恭華ちゃんに告白したところで無駄だってわかってるんだからさ、告白してお互いに嫌な思いするくらいなら死んだ方がマシっていうか」
「そうか。じゃあ死ね」
「え?」
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
頭を撃ち抜かれたのだと気づいた時、俺は心の底から後悔した。
ああ、これでもうこの世ともお別れなんだ。
もう恭華ちゃんと会うこともできないんだ。
こんなことになるなら死ぬ気で告白しておけばよかった。
死ぬ気で――。
「
その時、不思議と力が湧いてきた。
今ならなんだってできると思った。
だから俺は全速力で朝の並盛を駆け出した。
大好きな人に想いを伝えるために。
途中で人にぶつかったりトラックに撥ねられたりしたけどそんなこともお構いなしに走り続けていると、ちょうど校門をくぐろうとしている目当ての人物を発見してその目の前で急停止した。
そして俺は大声で叫んだのだ。
「霞恭華、俺と付き合ってください!!」
一瞬の間。
そして
「いやぁっ!」
俺は拒絶された。
きっと渾身の力だったんだろう、めいっぱいに押し返された俺は後ろに倒れ、途中で正気に戻った。
目に映るのは恐怖だけを感じている恭華ちゃんの顔。
正気に戻ったおかげで気づいたけど、俺は何故かパンツだけの姿をしていてまさしく変態さながら。
泣きながら校舎内に駆け込んでいった恭華ちゃんを見て、何をしてしまったのかをはっきりと理解した。
「なんてことしてくれたんだよ!」
タイミングを見計らったかのように目の前に現れたリボーンに向かって全力で怒鳴る。
「告白するつもりなんてなかったって言ったろ!」
「したくてもできなかっただけだろ」
「うるさい! 最悪だ……泣かせちゃったし、絶対に嫌われた。せっかくできた友達だったのに! お前のせいだぞ!」
ありえない、中学に入ってやっとできた友達をこんな形で失うことになるなんて本当にありえない。
隣には京子ちゃんもいたし、きっと京子ちゃんにも嫌われただろうな。
これで俺の人生終わりだ、本当に死にたい。
「……ん? そう言えば俺、撃たれたんじゃ……」
頭に手を当ててみればどこからも血は出てないしそれどころか怪我すらしてない。
「お前に撃ったのは死ぬ気弾だ。一度死んでから後悔した内容で生き返る。今回の場合は告白だな」
「はぁ!?」
あまりにも意味がわからない発言に色々と突っ込みたいところがあったけど、ちょうどなったチャイムのせいで遅刻の可能性が頭をよぎって全部うやむやになった。
とにかく、本当は気まずくて仕方が無いけど、恭華ちゃんに謝らなくちゃ。
……まさかとは思ったけど、教室につく頃にはさっきのことで話題になっていて俺の姿を見た途端に誰もが騒ぎ出した。
冗談抜きに恥ずかしさで死にそうだ。
恭華ちゃんを探せば席に着いていて、ただ、放心しているようだった。
ちらりとこっちを見た黒川がすごく怖い。
京子ちゃんも同じく心ここに在らずといった感じで、俺は完全に何も言えなくなってしまった。
謝らなくちゃいけないって頭ではわかってるのに、声が出なかった。
全部諦めて席に着くことにした。
このまま過ごせば昔の日常に、友達が一人もいないダメツナ時代に戻るだろう。
なんだ、結局俺はこっちがお似合いなんだ。
「ツナくん……」
不意に聞こえたのは、とても聞き覚えのある声だった。
か弱く絞り出されたせいで消えてしまいそうな、けれど透き通っていてはっきりと耳に届くあの声。
恭華ちゃんが、俺を呼んでいた。
どんな気持ちになればいいのかわからなかった。
また名前を呼んでくれたことに喜べばいいのか、諦めようとした矢先に呼ばれたことに悲しめばいいのか。
とにかく頭の中がぐちゃぐちゃだった。
けれど、恭華ちゃんはそれ以上何かを言うわけでもなく、教室を飛び出してしまった。
俺はただそれを茫然と見ていた。
「沢田!」
突然叫ばれて肩が跳ねる。
「恭華のこと追っかけなさい。今あの子と話ができるのはアンタだけなのよ」
怒りながら言われたその言葉は、黒川が与えてくれた最後のチャンスのような気がした。
教室を飛び出す。
ただ運動音痴な俺と違って根本的に運動のできない恭華ちゃんを見つけること自体はそんなに難しい事じゃなかった。
思ったより足の速い恭華ちゃんを追いかけて向かったのは、屋上。
だけど、扉を開けたその先に立っていたのは、恭華ちゃんではなかった。
「騒がしいよ君」
並盛中学校風紀委員長の雲雀恭弥。
「僕は今イラついてるんだ、これ以上騒ぐなら咬み殺すよ?」
恐怖でゾクッとした。
機嫌を損ねようものなら問答無用で咬み殺される、命がいくつあっても足りないめちゃくちゃヤバイ人。
まさかそんな人とばったり出くわすなんて思ってもいなかった。
「失礼しました!」
こんな所に恭華ちゃんがいるわけない。
慌てて屋上から走り去った。
その後いくら探しても恭華ちゃんを見つける事は出来なかった。
授業にも出席してなくて、騒ぎを知らないらしい先生はみんな首を傾げていたけど、クラスの人たちはみんな俺のせいだと言わんばかりの視線を向けてきていた。
嫌なことというのは気分が最悪な時こそ次々と舞い込んでくるもので、昼休みになると剣道部を名乗る人たちが突然現れて、無理矢理に連行された。
ついた場所は武道場で、そこでは京子ちゃんと委員会が同じだという持田先輩が待っていた。
嫌な予感がしたのも束の間、持田先輩から1体1の勝負を申し込まれた。
理由はとても簡単で、京子ちゃんを泣かせたから。
持田先輩と京子ちゃんが付き合ってるって噂は常々聞いていたし、京子ちゃんのことも傷つけてしまったのは事実だから現状に納得はいっていたけど、だからといって勝負を受ける気はなかった。
だって、勝てるわけがない。
相手は全国大会への出場経験のある剣道部主将なんだ、どこに勝ち目がある。
逃げ出そうとして振り返ると、いつの間にかクラスの人たちや先輩たちが様子を見ようと野次目的にゾロゾロと集まってきていた。
ヤバイ、無理だ、絶対に逃げなきゃ。
集まった人たちの中に京子ちゃんがいるのが見えたけど、だったらなおさら負けるとわかりきっている勝負なんて受けたくない。
よし逃げよう、心に決めて方向転換した、その時。
頭を撃ち抜かれた感覚。
あ、死ぬんだ、咄嗟に悟った。
それと同時に心の底から後悔した。
何もしないで死ぬくらいなら、持田先輩との勝負から逃げなければよかった。
死ぬ気になれば俺だって先輩に勝てたかもしれないのに。
死ぬ気になれば――。
「
不思議と力が湧いてきた。
今の俺ならなんだってできると自信ができた。
正気に戻った時には目の前に持田先輩が倒れていて、俺は周りのみんなから賞賛の声をかけられていた。
俺が、先輩を倒したの……?
「沢田くん!」
「へ?」
俺のことを呼んだのは京子ちゃんだった。
「沢田くんってすごいんだね、見直しちゃった! あと、今朝はごめんね? 私も恭華ちゃんも、よく笑いどころがわかってないって花に言われるの」
って、今朝の告白のこと冗談だと思われてるー!?
……まあ、今はその方がいいか。
「ねえ沢田くん、私もツナくんって呼んでもいいかな」
「え、それって……」
「これからもよろしくね、ツナくん」
「う、うん!」
よかった、京子ちゃんは嫌いになんかなってなかった。
それだけでもすごく救われた気分だ。
……でも、いくら見回しても恭華ちゃんの姿を見つけることはできなかった。
京子ちゃんも黒川も、あれ以来見てないっていうし。
ふと、最後に見た恭華ちゃんが今までにないくらいの早さで走っていたことを思い出した。
もしかして、どこかで倒れてる!?
「ごめん、俺、恭華ちゃんのこと探してくる!」
京子ちゃんから聞いたことがあったけど、恭華ちゃんは肺が片方しかないせいで激しい運動が禁止されているらしい。
だから体育の時間は必ず休んでいる。
それなのにあんなに走ったりして大丈夫なはずがない。
早く見つけてあげないと大変なことになってしまう気がした。
教室にはいない、廊下にもいない、他の学年の階にも、屋上はおろか保健室にさえも。
けど、保健室にいた先生が呆れたように言ったセリフが答えを教えてくれた。
「霞さんなら保護者の方が迎えに来て早退したよ。赤津先生から聞いてないの?」
午前中は保健室にいたらしい。
けど誰からの連絡か、保護者を名乗る人が現れて一緒に帰ったというのだ。
「えっ? 恭華ちゃんって一人暮らしのはずじゃ……」
俺の中に言いようのない不安が広がった。