恭しき華は霞の中で何想う   作:音子雀

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6、やらかしました。

「ねえ、なんでいるの」

 

 ある朝目が覚めると、枕元にネロがいた。

 

 いやむしろネロがいたから目が覚めたんだけどね。

 

 だってさ、寝返りを打つた瞬間に「むぎゅ!」なんて聞こえたら誰だって起きるでしょそりゃ。

 

 相変わらずの虚姿なのにやわいんだね、意外と。

 

「私の安眠がぁ……」

 

「邪魔されたのはこっちなんだけど」

 

 早く本題に入ってください。

 

 というか用もないのに僕のベッドに潜ってたなんて言ったらそのまま永眠させます。

 

「あ、うん。前に頼まれてた防音室ができたから教えに来たの」

 

 防音室……?

 

 ああそういえば頼んでたね。

 

 地味に期間が空いちゃってたから忘れかけてたよ。

 

 思ったより時間かかるもんなんだね。

 

「あと、コレクションだっけ? そっちも頼まれてたから持ってきたけど、何する気? 前世からの持ち込みって申請とか大変だったんだから」

 

「何をするかは見ればわかる」

 

 ネロが大きなダンボール箱を持ってくる。

 

 開けてみれば顔を出したのは全て、サバゲーなんかで使うような超ガチなモデルガンだ。

 

 言っちゃうのも難だけど、これ全部、昔からの愛用品。

 

 確か一つだけシークレットの趣味があったよね。

 

 それがモデルガン、つまりは銃の収集だったってわけ。

 

 引きこもりの女の子がこんな趣味を持ってたら誰に何を言われるかわかったもんじゃないし、Amezonで買い集めたこれらをお母さんから隠し通すのがどれだけ大変だったことか。

 

 大量のモデルガンの存在に訝しげな表情をするネロと一緒に新しくできたという部屋に向かう。

 

 念のために部屋の中で大音量をネロに出してもらって防音性を確かめてから中に入った。

 

「ねえ、まさかとは思ってたんだけど、撃つ気?」

 

「何を言ってるのさ。そんなつもりがなかったらこんなこと頼んでないよ」

 

 装填完了。

 

 奥に用意されていた的に向けて一発撃ってみる。

 

 そう、これだよ、この感覚、この快感を味わってみたかったんだ。

 

 こんなことが出来るのも隠す相手のいない一人暮らしの特権だね。

 

 うんうん。

 

 かっこよさに魅せられてモデルガンを買えるだけ買い漁ったのはよかったけど1度も撃てない、なんて欲求不満にも程があったからね。

 

「よし、やりたいことはやったし学校に行こう」

 

「えっこれだけ!? 私の頑張りって全部これだけのためなの!?」

 

「うん、そうだけど」

 

「私の貴重な睡眠時間がぁ〜……」

 

「ふぅん、虚も寝るんだね」

 

「だから虚じゃないっての」

 

 いやいやその姿形で虚じゃないって言われたところで説得力に欠けるよ。

 

 だって仮面つけてるし。

 

 ああ、どっちかって言ったら破面の方がしっくりくるかもね。

 

「で、学校は?」

 

「…………あ。行ってきます」

 

 

 

 

 **********

 

 

 

 

 ここ1ヶ月くらいずーっと思ってるんだけどさ、体育の時間って鬱だよね。

 

 あんなに楽しみで仕方がなかった体育ができないなんて、自分の体を恨むしかないよね。

 

 なんでよりによって肺がないのさ馬鹿じゃないの。

 

 おかげでちょっとでも走ろうとすると新島先生が一瞬で僕を見つけて般若になるからね。

 

 もはやヤンクミ通り越してバケルノ小学校の先生だよ。

 

 あー……早く家に帰って僕のコレクションたちと思う存分に遊んであげたいなあ。

 

 そんでもって全部の感覚を身体に覚え込ませたいなあ。

 

 すっごい楽しそう。

 

「あ! ツナくん危ない!」

 

 勢いのついたボールの行く先を見て思わず大きな声を上げるも時すでに遅し。

 

 ガコーンと音を立ててあまりにも綺麗な程にツナの顔面に直撃した。

 

 うわぁすごく痛そう……真っ赤になっちゃってる。

 

「ったく何やってんだよダメツナ!」

 

「お前のせいで負けただろ!」

 

 周りの男子たちは口々にツナのことを責め立てる。

 

 よく言うよ、自分たちが狙ったところにボールを打つほどコントロールがないせいで暴走したやつがツナに当たっちゃったってのに。

 

 ごめんなさいくらい言ったらどうなのさ。

 

 その時ちょうど授業終了のチャイムが鳴って、みんなはツナに片付けと掃除を押し付けて帰っていった。

 

「あれ、恭華ちゃん?」

 

「手伝うよ。これくらいしかできることないし」

 

「ありがとう」

 

 そこら辺に転がってるボールを拾い集めてカゴに放り投げてからモップで床を磨く。

 

 実はこれがちょっと楽しい。

 

 調子に乗って、新島先生がいないことを確認してから軽く走りながらモップがけをしていたら、ツナがしきりに周りを気にしていた。

 

「京子ちゃんならいないよ」

 

「えっ!?」

 

「探してたんでしょ? 委員会に行っちゃったと思うよ。だから今は僕とツナくんしかいませーん」

 

 そう言うとツナは顔を真っ赤にしながら違う違うと否定した。

 

 初心だあな。

 

 隠さなくなってバレてるのに。

 

「好きなんでしょ、京子ちゃんのこと」

 

「んなっ!? な、何言ってんの!?」

 

 僕という異物があって、異物のせいで2人の距離は大きく変わっていたけど、案外世界は単純に出来ているようで、そんなちっぽけな事じゃツナの京子ちゃんへの恋心は消えたりはしなかった。

 

 だって、僕が知る限りではいつもツナの視線は京子ちゃんに向けられてるんだから。

 

 ただ、やっぱり告白はしてない。

 

 アイドルに見向きなんてされるはずがない、という理由から、せっかく友達になれたのに今の関係を崩すわけにはい、という理由に変わったんじゃないかと僕は推測する。

 

 友達だからこそ告白できないその気持ち、よーくわかるよ。

 

 今まで外に出たことのなかった引きこもりだけどね。

 

「あ、あのさ、恭華ちゃん」

 

「ん?」

 

「今日さ、よかったら家に来ない? 時間があったらでいいんだけど、その、一緒に勉強したいなって、思って。ほら、今日の授業ってちょっと難しかったでしょ? だから……」

 

「うーん……いいよ、わかった。僕も今日のところは少し不安だったしね」

 

「ありがとう!」

 

 本当はさっき言った通り、早く家に帰ってモデルガンを撃ちまくりたいんだけど、せっかくツナの方から家にって誘ってくれたんだし、それにあの防音室なら夜に撃っても問題ないだろうし、だから承諾した。

 

 それにまた奈々さんに会えるし。

 

「京子ちゃんも誘っとく?」

 

「さっ誘わなくていいから!」

 

 ちっ。

 

 放課後になったら校門で待っているから、と言われてその時の話は終わった。

 

 授業が全部終わって放課後になり、急いで帰り支度をする。

 

 そう言えばこの前遊びに行った時に知ったんだけど、僕の家とツナの家って同じ方角にあるんだよね。

 

 だからツナの家に遊びに行ってもそのまま真っ直ぐ自分の家に帰れるというとんでも利点を発見した。

 

 まあ、僕の家はもっと遠いからなんというかって感じなんだけど。

 

「恭華、もう帰んの?」

 

「あ、花ちゃん。うん、ツナくんに家においでって誘われたから今から一緒に行くの!」

 

「そう、それはよかったというか頑張ったわね」

 

「頑張った?」

 

「気にしないで。気をつけて行ってくんのよ」

 

「うん!」

 

 花ちゃんとバイバイしてから教室を出る。

 

 さっきツナが教室をさっさと出ていくのが見えたし、早く行かないと待たせちゃうな。

 

 校門まで行くと待っていたツナと合流して、生徒の出がまだ少ないうちにと2人で歩き出した。

 

 ツナ、何か焦ってる?

 

「お邪魔します」

 

「あら恭華ちゃん、いらっしゃい」

 

「こんにちは奈々さん」

 

 奈々さんに挨拶をするとツナの案内で彼の部屋へと向かった。

 

 前回はリビングだった分、初めての男の子の部屋にかなり緊張する。

 

 きゃーツナの部屋だー!

 

「そう言えばどの教科?」

 

「えっと、数学なんだけど……」

 

 2人で鞄から教科書を取り出して授業の反復に入った。

 

 とりあえずこの1ヶ月でわかったこと。

 

 僕は真面目に本気で頑張ればそこそこまともな点数に追いつける人だった。

 

 今までは家庭教師がいたとはいえ、馬鹿でも死にやしないという超絶ゆるゆる精神で取り組んできたから全く身につかなかっただけなのだ。

 

 真面目に授業に取り組んで、京子ちゃんや花ちゃんにみっちりねっちょり教えてもらったところ、少しずつ成績は伸びていった。

 

「沢田とのこの差はなんなのかしら」

 

 そうぼやいた花ちゃんの表情が今でも忘れられない。

 

「ツナくん、またそこ間違ってるよ。移行したら符号は逆になるの」

 

「えっ? あれっ?」

 

「あとね、マイナス同士ってかけ算したらプラスに変わっちゃうの」

 

「あれっ??」

 

 世界中のリボクラのみなさん、ツナの飲み込みの悪さはびっくりぽんですよ。

 

 ちょっとどころかかなり骨折しそうてすよ。

 

「ツー君、ちょっといい?」

 

 と、そこに奈々さん登場。

 

 手には何やらチラシのようなものを持っているご様子。

 

 ……あれ?

 

 これってヤバげはフラグ立っちゃってませんかね?

 

 奈々さんが持ってきた話は案の定、ツナに家庭教師をつけるという内容だった。

 

 読み上げてくれたチラシの内容もそれはもうバッチリ。

 

 これは本当にまずいぞ。

 

「チャオっす」

 

 逃げる間もなく突然聞こえてきた声に3人でびくりとした。

 

 振り向いたそこにあるのは紛れもなく間違いなくリボーンの姿。

 

 リボーンはじっとツナのことを見上げていた。

 

「お前がツナだな」

 

「なんだ、こいつ……」

 

「俺は今日からお前の家庭教師を務めることになった、リボーンだ」

 

 その瞬間、ツナと奈々さんはお腹を抱えて笑いだした。

 

 僕ですか? 笑ってる場合なんてあるわけない。

 

 とにかくその爆笑はリボーンにとってかなり不快だったようで、ツナのネクタイを掴んで投げ飛ばしてしまった。

 

 その光景に思わず奈々さんも呆然。

 

「僕、冷やしたタオル持ってきます……」

 

 巻き込まれ確定なこの状況で、かくして僕はなんとか一旦部屋から退出することに成功するのだった。


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