恭しき華は霞の中で何想う   作:音子雀

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10、事故りました。

 教室に戻った僕を出迎えたのは誰もいない教室……ではなく、たった1人で残っているツナだった。

 

「京子ちゃん達なら、先に帰っちゃったよ」

「そっ、か」

 

 おおかた、花ちゃんが犯人だろう。

 

 あの人も僕と同じで他人くっつけることに全力を出す人だから。

 

 それが僕というのが末だ、なんとも言えない。

 

「じゃあ帰ろっかツナくん」

「う、うん」

「……今まで通りで大丈夫だよ。今さら変な距離感になるのは僕も嫌いだから」

 

 あまりにもぎこちないツナを見ていられなくて苦笑いで伝えた。

 

 僕もツナも、少しは気まずい気持ちが残ってるのは同じだろう。

 

 だけどもう気にしていたって仕方ないんだ。

 

「ツナくん、好きなこと教えてよ。テレビでもゲームでも漫画でもさ」

 

 帰り道、僕はそんな話題を持ちかけた。

 

 僕はあまりにもツナのことを知らなすぎると思ったんだ。

 

 原作知識に頼って現実が見えなくなるくらいなら、ちゃんと向き合って原作のことを忘れた方がいいのかもしれない。

 

 そう思ったんだ。

 

 ツナの話はとても面白かった。

 

 漫画やアニメが好きという点では改めて意気投合したし、僕はあまりやらないゲームについてもいろんなことを教えてくれた。

 

「恭華ちゃんは、どんなことが好き?」

 

 ツナからの問いかけに、僕は少しだけ悩んだ。

 

 僕の一番の趣味である銃コレクトは自分でも普通ではないとわかっている。

 

 こんなことを教えて引かれたりしないだろうか。

 

 悩んで悩んで、遠回りな言い方で伝えることにした。

 

「西部劇、かな」

「西部劇って、あの銃を撃ち合ったりする映画?」

「うん、まあ映画に限っている訳では無いけど。決闘のシーンがドキドキするんだ。特に早撃ちのところが格好いい」

「あ、わかるかも。背を向けて3歩、そこから振り返って構えて撃つ。どっちの方が早いんだろうってなる」

「そう、それそれ」

 

 ちょっとずつではあるけどあの日より前の空気が戻り始めていた。

 西部劇の良さについて語り合っていた。

 

 

 ……そして事件は起きてしまった。

 

 誰もいない道ということもあって、話の盛り上がった僕たちは決闘シーンの真似事をしようとはしゃぎ出した。

 

 背を向けて、声を合わせて3歩進む。

 

 すぐに振り返って相手を撃ち抜く。

 

 バンッと2人の声が重なって笑い合う……はずだった。

 

 ツナが、地面に倒れて動かなくなった。

 

「え……ツナ、くん?」

 

 最初は撃たれたふりをしたのかと思っていた。

 

 でも、彼に近づいて、それは違うと知った。

 

 本当に意識を失っていたのだ。

 

「ツナくん、ねえツナくんってば! 起きて、ねえ!!」

 

 揺すっても叫んでも目を覚まさない。

 

 どうして?

 

 なんで?

 

 僕たちは軽くふざけあっていただけだ。

 

 ツナが意識を失うようなことは何一つとして行っていない。

 

 パニックに陥っていた。

 

 ただひたすらにツナの名前を呼び続けていた。

 

「騒がしいぞ。子供はとっくに帰宅してる時間だぞ」

 

 不意に聞こえた声に顔を上げる。

 

 黒いスーツに黒いボルサリーノ、黄色のおしゃぶり。

 

「お前、恭華か」

「お願いリボーン! ツナが、ツナが目を覚まさないの! お願い!」

 

 とにかく必死だった。

 

 リボーンがはっきりと僕を認識していることとか思わずツナを呼び捨てにしていたこととかどうでもよかった。

 

 目の前に現れた人物にすがることしか頭になかった。

 

「何があった?」

「わからない、わからないんだ、突然ツナが倒れて」

「とりあえず家に運ぶぞ。手伝え」

 

 

 

 **********

 

 

 

 3度目の沢田家にお邪魔した僕は、リビングでただ放心していた。

 

 目の前には奈々さんが出してくれたオレンジジュースがあるけど、今は飲む気分じゃなかった。

 

 ツナが、心配だった。

 

 しばらくして、ツナの様子を確認していたらしいリボーンが2階から降りてきてリビングのテーブルの上に、僕の目の前にやってきた。

 

「心配すんな。気絶つっても寝てるようなもんだからな」

 

 慰めようとしてくれているのか優しく言われた彼の言葉も、残念ながら僕の心は晴らしてくれない。

 

 どうしてあんなことになったのか、全くわからない。

 

「少し落ち着いてきたか? 何があったのか教えろ」

「……ツナくんと、遊んでたんだ。西部劇ってカッコイイよね話から、決闘の真似事をしようって話になって、2人て……」

 

 そう、遊んでいただけだ。

 

 だけどあの時――

 

「振り返って撃つ真似をしたんだ。そしたら、ツナくんが倒れて」

「撃つ真似?」

「子供がよくやるような……こう手を添えて、バンッて」

 

 パリィンッ!

 

 突然の音に息が止まった。

 

 奈々さんが用意してくれたジュースを入れていたコップが、粉々に砕け散っていた。

 

 オレンジジュースがポタポタと床に零れる。

 

 何が起きたのかわからなくて固まる僕と違って、リボーンはすぐに割れた破片を調べ始めた。

 

「……銃だ」

 

 ぼそりと呟かれた言葉。

 

 銃……?

 

「う、嘘だ、だって僕は何も」

「だがお前が撃つ仕草をした瞬間に割れた。ツナもそうだったんだろ」

「ぼく、僕は……」

 

 僕が、僕がやったの……?

 

 僕が、ツナを撃ったの……?

 

 そんな、だって僕は、ただ……。

 

「お前、確か霞って名字だったな」

「そ、そうだけど……」

「屋号は火炭か?」

 

 言っている意味がわからない。

 

 火炭って何?

 

 屋号って何?

 

 僕の名前は霞恭華だ。

 

 火炭なんて知らない。

 

「屋号・火炭。幻と言われた手銃使いの一族だ」

 

 

 

 **********

 

 

 

 手銃使い。

 

 それは歴史を紐解けば戦国時代まで遡ることの出来るとても古くから伝承のある特殊な者達だ。

 

 日本に火縄銃が持ち込まれた直後から現れたとされ、武器を持つことなく銃を扱うことが出来たと言われた。

 

 彼らは火炭を名乗り、決められた一族の中からのみ時折現れた。

 

 そうして姿なき銃を扱える者達は皆、体のどこかを欠損させていたという。

 

 しかしいつの日か争いごとは減り、時代に合わせるかのように手銃使い達は火炭という存在ごとこの世から消えていった。

 

「ま、諸説あるんだけどな」

 

 リボーンから語られた話に僕は何も言えなくなってしまっていた。

 

 自分の家系(ルーツ)がどんなものであるかなんて気にしたことは無かったし、興味がなかった。

 

 当たり前だ。

 

 だって、何の変哲もない一般人だと思っていたんだから。

 

 だけど何故か、僕は否定することが出来なかった。

 

 僕は生まれつき片方の肺を失っているし、現に、たった今、僕が指先を向けたコップが砕け散った。

 

「手銃使いの発現する確率はまちまちで、複数人が同時に存在た時期もあれば、数十年もの間生まれなかった時期もあるらしい。だが確実なのは、手銃使いが住む家はそいつが生きている間は繁栄するということだ」

「住む家は、生きている間は、繁栄……」

 

 まさか、と思いたい。

 

 僕がずっと大切にされてきたのは愛されていたからじゃなくて繁栄のためだった……?

 

 いやまさか、お母さんに限ってそんなこと。

 

 ねえそう言えばどうして僕にはお父さんがいないの?

 

 わからない、どういうことなんだ。

 

 いや待てよ、そもそも僕は転生者だ。

 

 この世界では火炭という手銃使いかもしれないけど、元の世界じゃただの一般人という可能性が高い。

 

 いや絶対にそうだお母さんは僕を愛してくれていた、間違いない。

 

 そう結論づけた。

 

「そう言えば僕が手銃使いだとして、どうしてツナは無事なの? 武器を持たないで銃を扱えて、戦争の地に身を置いたってことは、それだけ威力があったってことなんでしょ?」

「おそらくはお前のそれに威力がなかったからだ。さっき割れたコップを調べた時、確かに銃痕があったがそこまで強いもんじゃなかったんだ。割れたのは至近距離だったからだろうな。対してツナの時は話に聞く限りじゃ最低6歩分、2m以上は離れていたはずだ。だからツナは撃たれたという感覚だけがあった……それで気絶するなんて弱いな」

「ひ弱なツナくんに求めないであげて」

 

 とにかく分かったことは、迂闊にこんな遊びができなくなってしまったということだ。

 

 今回はどういうわけか銃本来の威力が発揮されることは無かったけど、下手撃って威力を引き出してしまったら本当に人を殺してしまうかもしれない。

 

「てわけでお前もツナのファミリーになるか」

「どんなわけで!?」

「言ったろ、手銃使いは幻と言われている上に住んでいる家は繁栄するんだ。ファミリーでも同じ話だぞ」

「下心満載ですね」

「武器を持たないのはつまり証拠を残さないのと同義。そうなるとお前を欲しがる裏の人間は大勢いるんだ。そいつらから守ってやるって言ってんだ」

「あ、いいように誤魔化したね今」

 

 理由はどうあれリボーンは僕をボンゴレに引き入れたいようだ。

 

 仕方ないかもしれない。

 

 僕の力は言ってしまえば、殺し屋としてトップクラスの可能性を秘めている。

 

 マフィアさん含む裏の人たちからしたら喉から手が出るほどに欲しい力だろう。

 

 下手したらヴァリアーからもフランの如くお誘いという名の拉致をされるかもしれない。

 

 リボーンの話に乗っかれば少なくともその辺りの危険から遠ざけてもらうことが出来る。

 

 ……こんなことになるなんて聞いてないよ。

 

 まあ別にお誘いを断ろうとしている訳では無いんだ。

 

 今となっては願ったり叶ったりな話なんだからね。

 

 ただ、傍観を目指していた身としては少しばかり遠目に考えてみたかったんだ。

 

「僕も、ある程度のことに対処できるように注意しておくよ。それを差し引いても、本当にボンゴレの下は安全と言い切れるのかな?」

「もちろんだ。お前って結構、受け入れるの早いんだな」

「はははっ、アニメ漫画大好き人間を舐めちゃいけないよ」

 

 あんまり褒められたことでもないんだけどね。

 

 それはそれ、これはこれ。

 

「んじゃ、頼んだぞ。将来のツナ嫁」

「え、ちょっと待ってそれ確定なの!?」


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