私には高校時代から付き合っている彼氏がいる。初めて見た印象は私と同じようにツッコミを任されている人だったのだが、お互いを知っていく内に互いに惹かれあい、そしてどちらからともなく付き合うようになったのだ。
彼と同じ大学に通う為に必死になって勉強し、大学に入ってからも彼に置いて行かれないように必死に勉強した。息抜きという名目で彼とデートに出かけたりもしたし、それなりに楽しかった大学生活も今日で終わり。明日から彼は社会人として新しいスタートを切ることになる。
「本当にいいのか?」
何故彼だけが社会人としてのスタートを切るのかというと、私は彼と籍を入れて主婦としての新生活をスタートさせたいとお願いしたからだ。
「私が望んだんだし、タカトシ君の仕事なら私が働かなくても大丈夫でしょ? もちろん、家計が苦しいってなったら私もパートするけど」
「いや、サクラに苦しい生活をさせるつもりはないんだが」
「でも、弁護士って言ってもピンキリだから、信用を築くまで大変なんじゃない?」
「まぁ、最初の方は大変かもしれないが、それでもサクラにひもじい生活を強いるつもりはないから」
同じ大学に通っていたとはいえ、学部は別。私は最初から弁護士なんて無理だと思っていたので違う学部に進学したのだが、出来る限り同じ講義を受けていたのでそれなりには分かる。これからタカトシ君が進もうとしている道が、どれほど険しいのかも。
「それにしても、まさか現役合格するなんて思ってなかったな」
「そうなの? 私は、タカトシ君なら問題ないって思ってたけど。大学でもトップの成績だったんだから」
萩村さんは別の大学に進学し、早々に留学したらしいし、そもそも彼女は弁護士を目指していなかった。だから同学年の中でもタカトシ君はトップクラスで彼が合格できないならこの年代は誰も合格できないんじゃないかとすら言われていたらしい。それくらい彼の成績はすさまじかった。
「でもまぁ、新人弁護士がいきなり妻帯者って知られたらいろいろと面倒かもな」
「タカトシ君の容姿なら、誰も文句言わないと思うけど」
「そうか?」
「相変わらず自己評価が低いよね。成績然り、容姿然り」
「そんなつもりはないんだが……」
高校時代からカッコよかったが、大学生になりさらに大人っぽさが加わりタカトシ君は大学内外問わず人気が高かった。その彼女である私には、いろいろと複雑な視線が向けられたりしていたのだが。
「兎に角、明日から弁護士としての第一歩を踏み出すわけだから、今日はゆっくりするか」
「晩御飯は私が作るよ」
「今日くらいは俺がやる」
「ダーメ。キッチンは女の戦場なんだから」
「いつの時代だよ……そもそも付き合ってた時は交代制だっただろ」
「もう彼女じゃなくて妻だから。だからダメ」
「分かったよ」
タカトシ君の方が圧倒的に料理上手なのだが、働いてもらって家事までタカトシ君にしてもらうなんて、それは恥ずかしいことだと思う。それでは主婦ではなくニートじゃないかとすら思えてしまうから……
「数年は忙しいから手伝えないだろうが、落ち着いたら俺も手伝うからな」
「その時は素直に甘えるよ」
こうして新婚初夜はいつも通りの雰囲気で過ぎて行った。これからはタカトシ君が忙しくなるのでこんなまったりはできないんだろうけども、私はしっかりとタカトシ君を支えていこう。
五年後。タカトシ君はその容姿と相手の嘘を見抜くという技術であっという間に人気弁護士になり、今ではテレビでも活躍するまでになっている。それでもちゃんと家に帰ってきてくれているので、夫婦仲は良好といえるだろう。
「ただいま」
「あっ、おかえりなさい」
今日もそれほど遅くない時間に帰ってきてくれる。勝手なイメージだが、弁護士はもの凄く忙しいから、こんな時間に帰ってこれないんだと思っていたから、これは嬉しい誤算だ。
「そういえばサクラ」
「なに?」
「調子悪いとか言ってたが大丈夫なのか?」
実は今朝、私は少し調子が悪かった。タカトシ君に心配かけたくないので黙っていたのだが、彼は人の心が読めるので隠し事はできない。
「……二ヶ月目です」
「何が?」
「私の胎内に、新しい同居人が住み始めて」
「……そうか」
てっきり嬉しくないのかと思ったが、タカトシ君はゆっくりと私に近づいてきて抱きしめてくれた。
「ありがとう」
「どうしてお礼なの?」
「これからは俺も家事をするし、サクラが落ち着くまで仕事も減らす」
「そこまでしなくても大丈夫だよ。タカトシ君のことを必要としている人は沢山いるんだから。私が独占しちゃだめだって」
「俺が一番必要なのはサクラだからな。他の何を差し置いてでも、サクラのことだけは無碍にしない」
「あ、ありがとう」
高校時代から数えて、もう十年以上の付き合いになるけど未だにこういうことを言われると照れてしまう。お互いに初彼氏、初彼女だったからなのかもしれないが、そういう経験が他にないのも慣れない理由なのかもしれない。
「でもタカトシ君。今でも十分早く帰ってきてくれてるんだから、無理に仕事減らさなくても大丈夫だよ」
「そうか? じゃあ、仕事は減らさないが作業速度は上げるとしよう」
「まだ頑張れるんだ……」
「サクラのためならな。それに、生まれてくる子のためにも」
「そうなんだ。それじゃあ、これからもよろしくね、お父さん」
「まだ早くないか?」
私もそんな気がしていたが、これからはそう呼び合う仲になるんだなって、改めて私の中に宿った命に感謝しながら、タカトシ君と抱き合ったのだった。
個人ENDを八人分用意しました。これで終わりです。マキは最後怒涛に追い上げたなぁって印象ですね