高校を卒業して、大学に入学する。当然だがこの期間はすることがあまりない。勉強する必要もなければ、通学する必要もない。したがって私は今、彼氏の家でのんびりと過ごしている。
「まぁ、付き合う前から入り浸ってたんですけどね」
タカ君とコトちゃんはまだ学校なので、私は三人分の洗濯物をしまいながら独り言ちる。
「まさか本当にコトちゃんの義姉になるなんて」
遠縁になって義姉妹ごっこみたいなことはずっとしていたけど、本当にタカ君と付き合えるとは思っていなかった。だって、タカ君の周りには魅力的な女性が沢山いたから。
「ただいまー」
「コトちゃん、おかえりなさい」
「お義姉ちゃん、随分と暇そうだね」
「大学が始まるまでは暇を持て余してます」
卒業してすぐにこの家にやってきてタカ君に告白、そして付き合うことになったのだが、タカ君は新生徒会長としていろいろと忙しい時期なのでまだデートはできていない。それでも、幸せだと思えるのはタカ君の彼女というステータスを手に入れたからかもしれない。
「タカ君は? 一緒じゃなかったの?」
「タカ兄は入学式の最終確認と新生徒会役員のマキにいろいろと教えてるのでもうちょっとかかりそうです」
「相変わらず忙しそうですね、タカ君は」
畑さんが卒業したのでエッセイも終わりかなと思われていたのだが、新しい新聞部部長にも引き続きお願いされたらしく、タカ君が卒業するまでエッセイも継続されることになったらしい。
「そのせいでお義姉ちゃんとの時間が作れない、なんてことはないので大丈夫ですよ」
「まさかコトちゃんに心を読まれるとは……」
「私もこれでも成長しているんですよ」
「確かに。また胸も大きくなってる気がしますね」
「分かります?」
コトちゃんの女子トークをしていたら、玄関から足音が近づいてくる。私はコトちゃんとの会話を打ち切って彼を出迎える。
「おかえりなさい、タカ君」
「ただいま、カナさん」
付き合う前までは『義姉さん』だった呼び方も、彼女になってからは名前で呼んでもらえている。以前はある意味特別だからと思っていたが、やっぱりタカ君に名前で呼んでもらえるのは嬉しいです。
「タカ兄、おかえりー」
「コトミ、柔道部でミーティングがあるとか言ってなかったか? 参加したのか?」
「あっ……」
やっぱりコトちゃんはコトちゃんのようで、慌てて学校へ戻っていった。
「あいつは……」
「相変わらずだね」
「いい加減しっかりしてもらいたいんですがね」
タカ君が疲れ果てた顔で肩を竦めるので、私は優しく背中をさする。
「カナさんも大学が始まったら忙しくなるでしょうし、あいつの世話をする時間も取れなくなるでしょうし、俺がしっかり躾ておかないと」
「ほどほどにしてあげてね」
もう一度肩を竦めてから、タカ君は表情を改めて私を見つめてくる。
「どうしたの?」
「カナさんは四月からどうするんですか? 一人暮らしするって感じじゃないですし」
「この家で本格的にお世話になります」
「は?」
「すでにお義母さんの許可も貰ってるし、ウチの両親もタカ君なら安心だって認めてくれてるよ」
「相変わらず人をのけ者にして話を進めないでください……」
タカ君ならなんとなく察していただろうけども、それが事実だと思いたくなかったのだろう。私が本気だと分かると、さっきとは別の意味で肩を竦めた。
「それじゃあ、カナさんのものを買いに行きますか」
「そうだね。新生活に必要なもの、買いに行こう」
一緒に買い物なんて何度も経験しているけど、付き合いだしてからはこれが初めて。いわゆる買い物デートになる。
「せっかくだから下着を新調しようかな」
「その辺はコトミと行ってください」
「彼氏に選んでもらいたいんだけど。いずれ見せることになるんだし、タカ君の好みの下着を着けていたいし」
「一応言っておきますが、俺はまだ高校生ですからね」
そういうことはしないと言外に言われてしまったが、別に不満はない。タカ君がそういうことに積極的じゃないことは知っていますし、急に求められたら私の方が困惑しそうですし。
「それじゃあこれくらいは許してくださいね」
「なにを――」
精一杯背伸びをしてタカ君にキスをする。気配で私が近づいていたのは分かっていただろうが、タカ君はそれをよけることなく受け入れてくれる。
「しちゃったね」
「不意打ちですね」
「だって、タカ君はキスしたことあるかもしれないけど、私は初めてだからやり方が分からなくて」
「俺がすけこましみたいに言わないでください」
「でも、キスしたことあるのは事実でしょ」
少しすねた風を装うと、タカ君は少し呆れた顔をしてから私に近づいてくる。
「な、なんで――」
今度はタカ君からキスをしてきた。しかもさっきより長く、優しく。
「これからはカナさんにしかしませんし、カナさんからしか受け付けませんよ」
「わ、分かればいいんです……」
まだ身体に力が入らない私に手を差し出して立たせてくれる。
「タカ君、不意打ちはズルいです」
「さっきカナさんも不意打ちしたじゃないですか」
「タカ君は気配で分かるけど、私はそんなことできないんだから本当に不意打ちだったの」
「それはすみませんでした。次からはしていいか聞いてからすることにしますね」
「つ、次があるの?」
「さぁ、どうでしょうね」
すっかり主導権を握られてしまっている気もしますが、タカ君相手ならそれも心地よい。これからもこんな風に付き合っていくんでしょうね。