高校を卒業し、私はお姉ちゃんのように一人暮らしをすることにした。といっても、実家からそれほど離れていない場所に部屋を借りたので、困ったことがあればすぐに実家を頼れるのだ。そして、卒業と同時に変わったことと言えば――
「遅れてごめんなさい」
「まだ時間前ですよ」
――タカトシ君と付き合い始めたことだろうか。
風紀委員長だった手前、在学中はタカトシ君と付き合うことはできなかったが、卒業を期に告白をし、こうしてお付き合いを始めたのだ。
私服姿のタカトシ君のことは何回も見たことがあったけども、こうして付き合ってから見直すと、改めてカッコいい人なのだと思い知る。
「今日はカエデさんの新しい雑貨とかを買いに行くんですよね?」
「こんなことにつき合わせちゃってごめんなさい」
「仕方ありませんよ。カエデさんは男性恐怖症なんですから」
「少しはマシになってきてます」
タカトシ君が入学してきた当時は話すのも嫌だったけども、今はある程度の距離を保てば男性とも話すことができるまで改善されている。それでも、すぐそばを歩かれると意識を失いそうになるのだけども。
「まぁ、これからゆっくり治していけばいいと思いますよ。俺も手伝いますから」
「タカトシ君に関してだけなら、私はすでに男性恐怖症を克服してるんだけどね」
握った手を掲げて見せ、笑顔でタカトシ君に宣言する。このように、タカトシ君相手なら手を握ることもできるし、この間はキ、キスだってしたのだ。これならば他の男性が大丈夫になる時も近いだろう。
「しかし、急激に大丈夫になるものでもないでしょうから、無理だけはしないでくださいね」
「分かってるわよ。それに、大学には大勢の男性もいるんだし、何時までもダメだと大学生活にも支障が出るでしょうし」
大学にはタカトシ君がいないので、いざという時に頼る相手がいない。だからではないが、私はもうちょっと男性が大丈夫になりたいと以前より強く願うようになったのだ。
「俺としては、カエデさんが他の男性が大丈夫になると不安なのですが」
「どうして?」
いったい何が不安だというのか。私がタカトシ君以外の男性が大丈夫になれば、こういったつまらない外出に誘われることもなくなるというのに。
「もしカエデさんが他の男性が大丈夫になって、俺以外の人を好きになったらと思うと」
「そんなことはないわよ。交流相手として大丈夫になったとしても、交際相手として大丈夫になるなんてことはあり得ませんから」
そもそもタカトシ君以外の男性を異性として意識したことなんてないし、これからもないだろう。これは断言できる。
「そう言っていただけるのはありがたいのですが、俺もそこまで自分に自信があるわけではないですから」
「相変わらず、自己評価が低すぎですよ」
誰がどう見てもカッコいいのに、タカトシ君はそれを自覚していない。あまり鼻にかけるのも嫌だけども、少しくらいは自信を持ってくれればいいのに。
「そういえばこの前、大学の友達に一緒に歩いているところを見られたみたいなの」
「そうなんですか?」
「うん。それで『男性恐怖症ってのは嘘で、他の男を寄せ付けないためだったんだね』って言われた」
「どういう意味です?」
「私にはタカトシ君って彼氏がいるから、他の男性なんて興味がないって意味だって思われちゃったみたい」
あながち間違いではないのだけども、私の男性恐怖症は嘘ではなく本当だ。未だに店員が男性だと身構えてしまうし、肩がぶつかっただけで身震いがする。
「牽制だと思われた、ということですか。自分に近づいてきても無駄だと」
「かもね。それに『あんなカッコいい年上の男性と何処で知り合ったの』とも聞かれたんだけど――」
「年上?」
「私服姿だと、タカトシ君が後輩だって言っても信じてもらえないのよ」
「そんなに老けて見えますかね?」
「タカトシ君の場合、かなり大人びてるから。雰囲気だけじゃなくて見た目も」
制服を着ていても高校生なのかと疑いたくなるくらいなのだから、私服姿なら尚更だろう。
「見た目は兎も角、中身は普通の高校生だと思うんですけど」
「いやぁ、タカトシ君が普通の高校生だったら、他の男子は高校生以下になっちゃうわよ」
「そうですかね?」
タカトシ君は高校生の中でもかなり真面目な方だろう。本当かどうかは分からないけど、友達の話では男子高校生なんて厭らしいことしか考えてないとか言うし。タカトシ君はそんなことなく、むしろ天草さんや七条さんの方が厭らしいことを考えてたような気もするし。
「まぁ、俺もカエデさんと付き合い始めてから友達に『お前も異性に興味があったんだな』って言われましたし」
「タカトシ君の場合、あれだけ好意を向けてきている相手にも無関心を貫いてたから、そう思われちゃってたんだろうね」
「別に無関心ってわけじゃなかったんですけど」
「でも、今でもお誘いはあるんじゃない?」
タカトシ君が靡くとは思わないけど、大学生になった私より、同じ高校に通ってる女子の方がいいんじゃないかと思ったりもする。
「前に誰かに言いましたが、そんな不誠実なことをするつもりはないですし、カエデさんにもその相手にも失礼ですよ、そんなこと」
「ほんと、真面目ね。タカトシ君も大学生になったら一人暮らしするんでしょ?」
「いきなりですね……まぁ、そのつもりですが」
「だったら、その時は――」
私の提案は声になる前にタカトシ君に封じられた。いきなりのことで頭が混乱したが、誰も見ていなかったのが幸いだったかもしれない。