いよいよ生徒会長選挙が始まるというシーズンに突入し、私とシノちゃんが生徒会室を訪れるのもあと数えるくらいになってきた。
「いよいよ私たちも引退かー」
「感慨深そうに言っていますが、もう少し仕事をしてくれると助かるんですけど」
「もう殆どタカトシ君たちに引き継いじゃってるから、私とシノちゃんがしなきゃいけない仕事ってないんだよね」
本当ならもうここに来なくても良いんじゃないかって思うくらいタカトシ君とスズちゃんが仕事をしてくれているのだけども、一応まだ会長はシノちゃんで私も生徒会役員なので顔を出しておかなければならないのだ。
「生徒会長選挙って言っても、タカトシ君しか出馬してないから信任投票だし、スズちゃんも再任確定。マキちゃんも真面目さが評価されて当選確実って言われてるから、次の生徒会も安泰じゃない?」
「まだスタートもしてないのに安泰とか言われても」
私とのおしゃべりをしながらも、タカトシ君は書類を確実に片付けている。別のことをしながらでもミスをしないなんて、私にはできないかもしれない。
「あれ? タカトシ君、ブレザーのボタン、取れかかってるよ」
「ボタン?」
私の指摘を気にしたのか、タカトシ君は書類を持つ手を止めて視線をボタンに向ける。さすがに目を離しながら書類を片付けることはできないみたい。
「そういえばさっき、廊下を走ってたコトミが人の制服をつかんで止まったんでしたっけ。その時にボタンにダメージが行っていたのでしょう」
「私が直そうか?」
「いえ、これくらいなら自分で直せますので」
「遠慮しなくていいよ。ソーイングセットなら持ってるし、タカトシ君は別のことをしなきゃいけないんだし」
「本来ならシノ会長の仕事なんですけどね」
そのシノちゃんは、スズちゃんと見回りに行っている。そもそもずっとタカトシ君だけで生徒会は運営できたのではないかと言われているくらいだから、シノちゃんが不在でも十分やっていけるのだ。だからシノちゃんが見回りに出て行ってもこうして生徒会作業に滞りは発生しない。
「それに、少しくらいタカトシ君の役に立ちたいし」
「別にそこまで気にする必要はないんですが……まぁ、お願いしましょうか」
そういってタカトシ君はブレザーを脱いで私に渡してくれた。昔の私ならここでタカトシ君のブレザーの匂いを嗅いだり、袖を舐めたりしたかもしれないけど、今は真面目にボタンと向き合う。
「それにしても、アリアさんが裁縫得意って意外ですね」
「そう? よく胸のボタンがはじけ飛ぶから」
「そういう理由でしたか」
タカトシ君はそれだけ聞いて興味を失ったのか、すぐに書類へ視線を戻してしまう。
「(もうちょっと興味を抱いてくれればいいのに……)」
普通の男子生徒なら私の胸に視線が行くのかもしれないけど、タカトシ君はそんな不誠実なことはしてこない。それが分かっているから遠慮なく言えるんだけど。
「(なんだか新婚気分だな)」
旦那様が働いていて、私が家事をする。家の事情があるからそんな未来が訪れるかどうかは分からないけど、専業主婦もやってみたいな。
「痛っ!?」
考え事をしながら縫物をしていたせいで、私は針で指を刺してしまった。まぁ、この程度なら舐めてからばんそうこうを貼っておけば問題はない。
「とりあえず止血してっと」
「見せてください」
「えっ?」
指を舐めようとしたらタカトシ君に手を取られてしまい、私の思考は停止する。
「他のことを考えながら作業するから痛い思いをするんですよ。これから縫物をする時はそれに集中してくださいね」
「ごめんなさい」
タカトシ君が軽く止血してからばんそうこうを貼ってくれたので、私はタカトシ君のブレザーに血を付けるというミスを犯すことなく作業を終わらせられたのだった。
校内の見回りも、あと何回できるか分からない。そも思って私は今日見回りを買って出たのだが、じゃんけんの結果見回りの相手が萩村になってしまった。
「(どうせならタカトシが良かったな……)」
「今、失礼なことを考えてなかったか?」
「そ、そんなことないぞー?」
タカトシだけでなく、萩村も十分鋭いから私が何を考えていたのか分かっていそうだな……
「会長は、何処の大学を受けるんですか?」
「そこまでレベルの高いところは受けないつもりだが、自分の成績に見合ったところにしろと親が五月蠅くてな。もう少し考えて決めるさ」
「余裕ですね」
「嫌味に聞こえるかもしれないが、ある程度なら選び放題な成績だからな」
さすがにT大とかK大は無理だが、今から勉強を始めても間に合うくらいの成績と知識があるので、そこまで焦ってはいない。
「一人暮らしもしてみたいとは思っているんだが、Gが出たらと思うとな」
「あれは私には無理ですね」
以前古谷先輩の部屋を訪れた時に現れ、結局タカトシが処理したくらいだからな。古谷先輩も苦手なんだろう。
「戻った――」
生徒会室に入ると、何故かタカトシがアリアの左指をじっくり見ている。まさか、エンゲージリングを買う為に指のサイズを見ているのか!?
「何をしている!?」
「私が針で指を刺しちゃって……タカトシ君が止血してばんそうこうを貼ってくれてたの」
「な、なんだ……」
てっきり私たちがいない間にアリアがゴールインしてしまったのかと思ったぞ……
「まぁ、ありえないか」
「「?」」
アリアと萩村は不思議そうに私を見てきたが、タカトシは呆れた表情をしている。きっと私の考えに呆れてるんだろうな。
勘違いがぶっ飛んでる……