コトミとトッキーは柔道部の練習があるので、私は希望者が参加できる夏期講習に参加している。本来は成績不振者を対象にしてたのだが、今年から希望者も参加できるようになったとか。
「八月一日さんは珍しいよね」
「何が?」
「だって、成績上位者に名前があるのに、補習に参加するなんて」
「補習じゃないでしょ? 今年からは夏期講習なんだし、参加自由なんだし」
一応参加自由とは銘打ってあるけど、参加しているのは殆ど成績不振者だ。クラスメイトが不思議がるのも無理はないだろう。
「これ以上頭良くなってどうしたいの?」
「秋の生徒会選挙に出ようと思って」
「生徒会? でも会長はコトミのお兄さんで決まりだろうし」
「だから、津田先輩を手伝いたいと思ってね」
「そうなんだ。そういえばマキは津田先輩と同中だったんだよね」
別のクラスメイトに話しかけられ、私は頷いて答える。別に隠してはないし、コトミと入学当時から仲が良かったことで同中だということは知られていた。そこから津田先輩につなげるのはそう難しいことではないだろう。
「でもあの先輩を手伝えることなんてあるのかな?」
「どういうこと?」
「だって、津田先輩ってなんでもできるでしょう? マキも私たちと比べれば優秀だけども、あの人の側に行って役に立てるのかなって」
「そこなんだよね……」
昔から津田先輩はなんでもこなしてきた。最初からできたわけじゃないと先輩は言うけど、私たちと比べればはるかに短い時間の努力でできるようになっているのだ。その人を手伝うなんて、私には大それたことだと私自身思う。でも、少しでも側にいられるなら――
「できることは少ないかもしれない。でも、少しでもできることがあるなら、私は手伝いたい」
「真面目だよね、八月一日さんは」
「コトミの面倒を見られるだけはあるよね」
「別に私の担当ってわけじゃないんだけどな」
何故かコトミの相手は私の担当って感じなっているけど、別に私がコトミの手綱を握っているわけではない。むしろ私の弱点を握っているのがコトミだ。
「お前たち、何時までも喋ってないで席に着け。夏期講習を再開するぞ」
「あっ、先生戻ってきた」
夏期講習が再開され、私は必死に講習の内容をノートに取る。これくらいでは津田先輩に追いつけるないのだが、少しでも知識を増やしておきたい。そうすれば津田先輩の頭痛の種であるコトミに勉強を教えることができるだろう。小さいことだかこれが津田先輩の手助けになるだろう。
「じゃあこの問題を、八月一日に」
「はい」
先生に指名され、私は難なく解いて見せる。クラスメイトたちは驚いているけど、これくらいは予習復習していればできるだろうと思う。
「よく勉強しているな」
「ありがとうございます」
これからもしっかりと勉強して、少しでも津田先輩に近づけるようにしなくては。
トッキーと二人で道場から校門へ向かっておしゃべりしながら歩いていたら、目の前に見知った後ろ姿を見つけた。
「あれってマキじゃない?」
「マキ? でもなんであいつが学校に?」
「部活やってないのにね」
マキは度々陸上部から誘われているけど、なんの部活にも所属していない。そんなマキが夏休みのこんな時間に学校に何の用だというのだろうか。
「おーい、マキ」
「コトミ? それにトッキーも。柔道部はもう終わり?」
「あぁ。主将が宿題忘れてたことに気づいてな。午後の練習は急遽中止になった」
「今頃生徒会室にいるタカ兄に泣きついて宿題を見てもらってるんじゃない?」
「津田先輩、今日学校に来てたんだ」
どうやらマキは今日タカ兄が生徒会室にいることを知らなかったらしい。
「というか、マキは何の用事で学校に?」
「私は夏期講習に」
「なんで勉強しなくてもいい夏休みにわざわざ自分から勉強をしに?」
「来季の生徒会選挙に立候補するために、もう少し成績を上げておきたいから」
「生徒会? マキならタカ兄から指名されるんじゃない? タカ兄もマキの優秀さは知ってるし」
というか、今の一年の中で、マキ以上に生徒会役員に向いている生徒はいないだろう。間違っても私やトッキーが指名されるなんてことはない。
「津田先輩に認めてもらえるのは嬉しいけど、私は自分の力で生徒会役員になりたくて」
「でもうちの学校の生徒会って、変人ばっかりだろ? マキはそこでやっていけるのか?」
「代替わりすれば大丈夫だと思うよ。津田先輩はもちろんだけど、萩村先輩も優秀だし」
「変人なのはシノ会長とアリア先輩だけだよ。あっ、あと横島先生も」
あの人は私と同レベルの変態だからな……マキなら大丈夫だろうけど、最悪タカ兄がなんとかしてくれるだろうし。
「てか、生徒会選挙か……いよいよシノ会長たちも引退してタカ兄が会長になるんだね」
「お前の兄貴とは思えないくらい優秀な人だからな」
「元々の出来が違うんだよ、私とタカ兄は。私はこれでも十分成長しているのに、身内にタカ兄がいるせいで不出来だと思われちゃうんだから」
「いや、実際不出来じゃん」
「マキ……それは言わない約束だよ」
マキにばっさり斬り捨てられ、私はがっくりと肩を落とす。伊達に中学時代からの付き合いじゃないということだろう。
「それでも、今年はちゃんと宿題終わらせたんだから」
「それが普通だって」
「マキにとってはそうかもしれないけど、私からしてみれば大進歩なんだよ」
なんとも悲しいことだが、私が自分で宿題を終わらせるなんて快挙なのだ。まぁ、分からない箇所はタカ兄はお義姉ちゃんに聞いたけども……
コトミはほんとに不出来……