待ち合わせのファミレス近くに着くと、既に二人の女の子が居た。会ったことは無かったけども、事前に津田さんから聞いているので互いに初対面でも慌てる事は無かった。
「えっと、英稜の森さんですよね? 津田先輩から聞いてます」
「桜才の八月一日さんと時さんですよね? はじめまして、英稜高校の森です」
「八月一日です」
「……時です」
互いに初対面という事で簡単な自己紹介をする。津田さんと妹のコトミちゃんはまだ居ないようだ。
「ところで、森さんは津田先輩とは如何いった関係なんですか?」
「同じ副会長ですし、バイトの同僚でもありますね」
「バイト……コトミが言ってたファストフード店ですよね?」
「おそらくは」
コトミちゃんが何処の事を言ってるのかは私には分からないけども、津田さんと一緒だという事を知っているなら恐らくは合っているでしょうね。
「あれ? 八月一日さん、コトミは?」
「つ、津田先輩!? えっと、コトミはまだ来てないです」
「? 家には居なかったんだが……」
津田さんが不思議そうに首を傾げて携帯を取り出した。
「もしもしコトミ? お前何処に逃げたんだ?」
相手が電話に出ると津田さんはそう言った。さすが兄妹だけあって相手の行動理由は手に取るように分かるんでしょうね。
「ハァ……お前は今日家に帰ってきたらみっちり勉強見てやるから覚悟しろ。いや、今からこられても困るから。じゃあな」
津田さんが疲れた表情を浮かべましたが、それは一瞬の事で、次の瞬間には普段通りの表情を浮かべてました。まるでさっきの疲れきった表情が嘘のように……
「コトミは逃げ出しましたけども、とりあえず勉強を始めましょうか」
「大丈夫ですか?」
「あぁ……八月一日さんも気にしないで」
津田さんの表情に八月一日さんの頬が真っ赤に染まった。如何やらここにもライバルが居たようですね。
「時さんもゴメンね。多分コトミに誘われたんだろうけども……」
「別に気にする必要は無いですよ。私も補習は嫌ですから」
津田さんが後輩二人に頭を下げてからファミレスに入る事にした。でもコトミさんが居ないとなると、この状況は津田さんが女誑しに映るんじゃないでしょうか……
勉強を始めてから一時間、既に時さんが死にそうになっている。
「大丈夫?」
「あ、あぁ……大丈夫です」
「でも足し算と引き算を間違えてるけど」
「………」
津田先輩が時さんの背後からノートを覗き込みそうツッコミを入れた。てか時さん、それってもうドジっ子では済まされないミスだよ。
「八月一日さんも、そこの計算違うよ」
「えっ? ……あっ、本当だ」
やはり一時間も勉強してると集中力が落ちてくるな……
「津田さん、ここなんですけど」
「あっ、はい。えっとそこはですね……」
二年生コンビの津田先輩と森さんは、さすがの集中力で勉強を続けている。
「ちょっと飲み物取ってくる」
「私も……」
ドリンクバーで一時間も粘る客は店側には迷惑だろうけども、こっちからすれば勉強の為に入ったんだから見逃してもらいたい。
「コトミの兄貴ってホント優秀なんだな」
「津田先輩は中学時代に生徒会長にまでなれる人だったからね。成績もずっと上位だったし」
「なれる? ならなかったのか?」
「辞退したんだよ。自分には会長なんて務まらないって」
「だけど今は副会長だろ?」
「何でも天草会長に強引に入れられたらしいよ」
時さんとサーバーの前でおしゃべりをしていたら津田先輩がこっちをチラッと見てきた。別にサボっては無いですからね!?
「戻ろうか」
「そうだな……コトミの兄貴って格闘術も凄いって聞いたし」
ホント津田先輩は優秀だな……
津田さんに教えてもらえる事によって、私の勉強はスムーズに進んだ。一人で勉強してたら半分くらいしか進んでなかっただろうな。
「それじゃあ今日はこれくらいで」
「「ありがとうございました!」」
「どうも……」
結局二時間半、津田さんに教わってばかりで津田さん本人の勉強は進んでなかったように思えるんですが……
「明日は如何します? 森さんなら桜才に入れると思いますし、図書室ででも勉強します? そうすればコトミも逃げられませんし」
「でも良いんでしょうか? 生徒会の仕事でもないのに桜才に行くなんて」
「会長に確認してみましょう」
津田さんが携帯を取り出して天草会長に連絡を取ってくれました。こういった事を自然に出来ちゃうところが津田さんの魅力なんでしょうね。
「会長、お疲れ様です。……ええ、それで図書室を使いたいんですけども、英稜の森さんも居るので確認をと思いまして……そうですか、分かりました」
津田さんが電話越しとはいえ一礼して電話を切った。
「大丈夫みたいですよ。てか、今日は魚見さんが会長たちと図書室で勉強してたみたいですから」
「そうなんですか? ならお邪魔しますね」
これで津田さんと一緒の時間が更に増える事になる。もちろん勉強も大事だけども、せめて異性として意識……までは行かなくとも異性である事を忘れられないようにしなきゃ。友人ポジションになってしまうとそこからのランクアップは難しいでしょうし……
「じゃあ明日は桜才の図書室で勉強するって事で。それで悪いんだけど、八月一日さんと時さんにはコトミを連れてきて欲しいんだ。最悪首に縄付けてもいいから」
「それはさすがに……でもそうしないとまた逃げそうですしね」
「やっぱりアイツの兄貴って大変なんですか?」
「アハハ……まぁ心配されるほどではないから大丈夫だよ」
時さんに心配掛けまいとしてる津田さんだけども、笑顔がかなり引きつっている。大変さを知っている八月一日さんは苦笑いを浮かべてるけども、確かにあの子のお兄さんって大変なんだろうなとクリスマスパーティの時に感じたのですよね。
「津田さん、明日は私も一年生に教えます」
「でも森さんだって勉強がありますよね? まぁ俺もですけど」
「ですから、津田さんのお手伝いをと思いまして」
「ホントですか? じゃあお言葉に甘えさせてもらいます」
津田さんに頼られるって結構……いえ、かなりうれしいものですね。まだ明るいという事でこの場で解散しようって事になったのですが、津田さんは私と時さんを駅まで送ってくださいました。その後で八月一日さんを家まで送るとの事ですし、やっぱり紳士的な人なんだなと思いました。
「………」
「何でしょうか?」
「アンタもコトミの兄貴が好きなのか?」
「!?」
電車の中で時さんにされた質問に答えられなかった私は、家に帰ってからもその答えを探すのに必死でした。
コトミの末路は……皆さんなら分かりますよね