コトミの「どこかに行こう」という提案に畑さんが加わったせいで、私たちは今廃墟見学にやってきている。
「この学校は三十年前に廃校になったとか」
「ところで畑」
「はい?」
「ちゃんと管理者の許可は取ったのか?」
「そういえば、ちゃんとした許可は取ってませんでしたね」
「それってまずいのでは?」
管理者の許可もなく立ち入ったとなれば相当な問題だというのに、畑さんは慌てた様子はない。
「見学してもいいですか?」
「いいよー」
「目の前にいたのか……」
七条先輩が許可したことで、この廃墟見学に違法性は無くなった。忘れがちだが物凄い家のお嬢様だったのよね、七条先輩って……
「それでは早速中に入りましょう」
「建物は老朽化しておりますので、入ることは許可できません」
「そうですか……では、せめて外から写真を撮らせていただきます」
引率役兼運転手として参加している出島さんに止められ、畑さんは校舎内へ入ることは諦めたようだ。
「誰もいない学校って哀愁を感じるわね」
「だな」
窓から教室内を覗き込みしみじみと呟いたら会長が同意してくれた。独り言のつもりだったのだが、意外と聞かれているものなのね。
「いますよ」
「へ?」
いったい何がいるというのか……聞きたくなかったのだけども出島さんがご丁寧に説明してくれた。
「夜になるとあのブランコが勝手に動くとか」
「帰りましょう!」
別に怖いとかではないのだけども、長居するとよくないことが起こるかもしれないので提案したのだ。決して怖いわけではない。
「お子様のスズ先輩はビビっちゃったんですか?」
「萩村女史はお子様ですね」
「夜まで居てやろうじゃないの」
「二人でスズを煽ってるんじゃねぇよ」
思わずコトミと畑さんの思惑に乗せられてしまったが、タカトシが二人を粛正してくれたおかげで冷静になれた。
「ごめん、ありがとう」
「どういたしまして」
タカトシがいてくれたお陰で夜までコースじゃなくなったからお礼を言ったのだが、タカトシは特に気にした様子もなく私のお礼を受け入れてくれる。
「(やっぱり、タカトシがいてくれると安心できるわね)」
私一人だったら二人の暴走を止めることができずに、さらに煽られたせいで冷静さを失って夜までこの場に留まるところだった。
「出島さん、トイレってありますか?」
「先ほど申し上げた通り、建物は老朽化しておりますので中に入ることはできません。ですので外でお願いいたします」
「外か……誰かに見られたらどうしよう」
すぐに思いつくだけでも畑さんと出島さんが覗きに来そうだが、我慢しておもらしなんてしたらまた子供っぽいってバカにされるし……
「俺が見張っててやるから。それと、ちゃんと距離を保っておく」
「あ、ありがとう」
タカトシのことだから見張りと称して覗くなんてしないだろう。私は安心して木陰に移動し、覗きを気にすることなく用を足せたのだった。
せっかくのスクープチャンスだったのに、津田君の鉄壁の見張りの所為で盗撮できずに終わってしまった。
「(こうなったら何が何でもスクープを狙うしかないですね)」
こんなシチュエーションなのだから、男女の仲が進展する可能性もあるだろう。そこを激写して新聞に掲載すれば新聞部が脚光を浴びるだろう。
「(桜才新聞の読者のほぼ全員が津田先生のエッセイ目当てですからね……)」
自分でそうなるように仕向けたとはいえ、他の記事が注目されないのは記事を書いている身としては空しい気持ちになる。そこに津田先生の恋愛発覚の記事が載れば、一躍注目されることとなるだろう。
「(まぁ、津田君がこの程度で異性を意識するようになるとは思えないのですけど)」
これが暗い夜だったらまだ雰囲気があったのに、今はまだ日の高い時間。恐怖で誰かが抱き着くような展開にはならないだろう。
「うわ」
「足下に気を付けてね」
「そうは言われましても……あっ、タカ兄手を握ってもいい?」
「ほら」
コトミさんがこけそうになったことで、津田君の手を握る展開に。兄妹なのだから嫉妬しなくてもいいのに、天草さんと萩村さんは分かりやすく、七条さんも少し羨ましげにコトミさんを見ている。
「(これは使えるかもしれない)」
私は乙女の恋心を煽るための思考を巡らせ、その案を実行する。
「津田君。怖いから私も手を握ってもいいかな?」
「白々しいのでお断りします。それにコトミは注意力散漫で危なっかしいですが、皆さんは別に平気でしょうしね」
津田君に私の思惑を見抜かれてしまったせいで、恋愛スクープを激写することはできなかったが、廃墟の写真はかなり撮ることができた。
「これで廃墟特集を組むことができそうです」
「そんなことを考えていたのか」
「まぁ、夏休み特別号をどうしようか考えていたところに、コトミさんの発言があったのでこの機会にと思いまして」
私一人だったら七条家の許可は下りなかっただろうが、七条さんを巻き込めば簡単に許可がもらえると思ったのだ。
「こうして写真も沢山ありますし――あっ」
「どうかしたのか?」
写真の確認をしていたが、手が止まったので天草さんが不思議そうに私を見つめてくる。
「出島さん。ちょっと寄ってほしいところが」
「何方でしょう?」
「お寺に」
「「えっ!?」」
写ってはいけないものが写っていたので、私はすぐさま出島さんに提案したのだ。車の中の気温が少し下がったような気がするのは、きっと気のせいだろう。
何が写ったのやら