生徒会室で作業していたら、シノちゃんが急に悲鳴を上げた。
「シノちゃん、どうしたの?」
「袖の隙間から蚊が入り込んできた!?」
「急いで追い出さないと。シノちゃん、服脱いで」
私としては善意での提案だったのだが、スズちゃんから鋭い視線を向けられてしまった。
「な、何とか追い出せたけど刺されたところが痒い」
「掻いちゃダメだよ」
「そういう時は刺されたところをつねるといいですよ」
スズちゃんの提案に、シノちゃんは小さく頷いてから刺されたところをつねった。
「キモチイイ」
「そこなのっ!?」
シノちゃんが刺されたところを知り、スズちゃんが慌てている。確かに、生徒会室でいきなり摘まんでたら怒られちゃうかもしれないしね。
「そういえば、タカトシ君は?」
「タカトシなら結局赤点だったクラスメイトたちに泣きつかれて、補習に向けての特別講義中です」
「ほんと、高校生をやらせているのが惜しい人材だな」
「タカトシ君ならすぐにでも人気教師になれるだろうしね~」
まぁ、高卒では教師になれないので無理な話なのだが、タカトシ君が先生だったら女子たちは喜ぶだろうし、男子たちは緊張感からしっかりと授業に取り組むんだろうな。
「でも、タカトシ自身は教師になるつもりはないようですけどね」
「もったいないよな。教師じゃなくても塾の講師とかでも絶対人気が出ると思うんだが」
「タカトシ君なら、ウチのグループのどこの部門に入っても一流になれると思うけどね~」
いきなり経営陣の一人に入ったとしても、タカトシ君なら結果を残すだろう。そう思っているのだけども、それにはまず私との仲を進展させなければいけないだろう。
「七条先輩が言うと冗談に聞こえませんよね」
「実際アリアと付き合い結婚という流れになれば、タカトシが七条グループに関わるのは確定だろうし」
「シノちゃんやスズちゃんも欲しい人材ではあるけどね~」
タカトシ君の陰に隠れがちだけども、シノちゃんもスズちゃんも優秀な人だ。いろいろな事業をしている会社からすれば、この二人も欲しい人材なんだろうな。
「大学卒業時に困ってたら相談させてもらおう」
「シノちゃんなら立派に就職できると思うけどね~。そもそも、私のコネを使わなくても、グループ関連の会社に合格できるくらい」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、私はまだ所詮女子高生だ。世間に出て通用するかどうかなんてわからない」
「そもそもタカトシが異常なだけで、普通の高校生はいきなり世間に放り出されたらどうにもならないと思いますけどね」
「そうかもね~」
タカトシ君のスペックが高すぎることは理解しているけど、ずっと傍にいるとそれが異常だということを忘れてしまう。スズちゃんの言葉で私たちはそれを再認識し、自分たちももっと頑張ろうと心に決めたのだった。
タカ兄とお義姉ちゃんのお陰で、トッキーには負けたけども平均より高い点数を採ることができ、私は無事に夏休みを迎えることができた。
「夏休みだー」
「はしゃぎすぎだろ」
「これがはしゃがずにいられますか! 今までの私だったら補習の恐怖に怯えていたんですよ」
「胸を張って言うことじゃないだろ」
タカ兄は呆れているが、シノ会長やアリア先輩、スズ先輩は祝福ムードだ。今回は先輩たちの手は借りていないので、これは成長のあかしだと思ってもらえているのかもしれない。
「せっかくですし、みんなでどこかに行きましょうよ」
「出かけるのは良いが、人が多いところはやめておこう」
「騒がしいと疲れちゃいますからね」
なんとも若さが感じられない発言だが、その理屈は分からないでもない。確かに周りが騒がしいと疲れを感じることはある。
「だったら廃墟見学に決まりですね」
「どこから聞いていた?」
「コトミさんの『夏休みだー』からですね」
最初から聞かれていたようだが、タカ兄が特に注意しなかったのは話の流れがおかしな方向へ進んでいなかったからなんだろうな。
「それで、どうして廃墟見学なんですか?」
「廃墟見学の魅力とは! 日常から隔離され、建造物からノスタルジーを味わえることなのです! 廃墟ツアーってのもあります」
「へー、面白そうだな」
いまいちピンときていない私とは違い、会長が興味を示しだす。
「例えるなら、新品ブラウスよりくたびれたブラウスの方が魅力的ということか」
「その例えのお陰でピンときました! 廃墟見学、いいかもしれないですね」
「その例えでピンとくるのもおかしな話だと思うんだけど」
スズ先輩は呆れているけども、私からすればシノ会長の例えは分かりやすかったのだ。
「それでは予定を合わせて皆さんで廃墟見学に行きましょう」
「一応確認しますけど、それって俺も行かなければいけないんですか?」
「当然だ! タカトシは私たちの引率だからな!」
「天草会長、それを声高に宣言するのはどうかと思いますが」
「分かっているが、私が引率というよりタカトシが引率と言った方が安心感があるだろ?」
「まぁ、確かに」
シノ会長と畑先輩がひそひそと話しているが、タカ兄が来なかったらスズ先輩の負担が凄いことになるだろう。何せシノ会長にアリア先輩、畑先輩と私の相手を一人でしなければいけないのだから。
「それでは、詳しい予定は後程」
「くれぐれも犯罪行為はしないようにお願いしますね」
「わ、分かってますよ」
最後にタカ兄にクギを刺され、畑先輩は計画していた何かを諦めたような顔をして生徒会室を去っていったのだった。
引率はもちろんタカトシ……