今日は朝練もなくタカ兄も生徒会の用事がないので、比較的朝はゆっくりしていた。
「そろそろ出かけるか」
「そうだねー」
「てかコトミ」
「何?」
「今日から衣替えだぞ。冬服じゃなくて夏服の用意しておいただろ」
「ドジっ子キャラを確立しようと――着替えてきます」
タカ兄から凄い目で睨まれたので、私はそそくさと部屋に戻り夏服に着替える。昨日の夜タカ兄に用意してもらっていたので、衣替え自体を忘れていたわけではなく、そっち方面を目指そうかと思っての冬服だったのだが、タカ兄がそんなことを許してくれるわけもなかった。
「お待たせ」
「時間に余裕があったから良いが、今後こんなことするようなら家から出て行ってもらうからな」
「そんな殺生なっ! 私が一人で暮らせるわけないでしょ!」
「自信満々に言うな……そうなりたくないなら気を付けるんだな」
タカ兄に見限られたら、私は一ヶ月で人としての生活を送れなくなる自信がある。部屋はゴミ溜めになるだろうし、食事だって栄養のバランスが悪くなる。それを改善しようとしても学校の勉強やらマネージャーとしての仕事とかで忙しいと理由を付けてやらないだろうし。
そういうわけで今後はもう少し真面目に生きようと心に決め、タカ兄と一緒に登校した。
「――って訳なんだけど、可愛い妹を見限るなんて酷くない?」
「コトミが悪いんでしょ、それ。津田先輩は今まで十分以上にコトミの面倒を見てくれてるんだから」
教室にいたマキに愚痴ったのだが、逆に諫められてしまう。まぁマキはタカ兄が好きで、タカ兄の味方をするのは分かっていたんだけど……
「それでも私を見限ったらそのまま自堕落まっしぐらなんだから」
「威張って言うことじゃないと思うけどね」
「トッキーだってそう思う――って、トッキーは?」
教室を見渡しても、トッキーの姿がない。この時間だともう校門は閉められて遅刻扱いになるんだけどな。
「あっ、来た」
「トッキー、遅かったね」
「一回家に帰ったからな」
「忘れ物?」
今日は提出物の類はなかったと思うんだけどな……まぁトッキーのことだから、時間割を間違えたとかそんなところだろうけど。
「今日から衣替えだって忘れててな……着替えに帰った」
「リアルドジっ子だと……」
私はあくまでキャラ付けとしてやろうとしていたことを素でやるとは……さすがはトッキーだな……
今日は特にすることがなかったので津田家にやってきて、タカ君の代わりに洗濯物を片付けている。
「お義姉ちゃん、見て見て~」
「どうしたの、コトちゃん」
洗濯物を取り込んでいたら、リビングからコトちゃんに呼ばれた。ちなみにタカ君は自分の部屋でコトちゃんたちのテスト対策用の問題作りに勤しんでいる。相変わらず自分のこと以外で忙しいようです。
「この完璧なバランス感覚!」
「急にどうしたの?」
「片足立ちダイエットですよ。この前体重計に乗ったら増えてて……」
「普通に運動した方が痩せると思うけど?」
「楽して痩せたいじゃないですか!」
その気持ちは分かるけど、それを堂々と言っちゃうのはダメな気もする。
「(ちょっとした悪戯をしましょう)」
自堕落なコトちゃんに罰を与えるべく、私はついさっきまで洗濯物が干されていた竿をコトちゃんの袖から通す。
「な、なにをするんですか!?」
「この状態ならコトちゃんに悪戯し放題」
「そ、そんなことに屈する私ではない!」
コトちゃんと十分遊んだので、私は竿を回収しようとして――
「何遊んでるんですかね?」
――タカ君に見つかって二人そろってこっ酷く怒られたのだった。
化学室と資料室の掃除を頼まれ、公平なじゃんけんの結果化学室の掃除は私とタカトシ君の二人が担当することになった。
「アリアさん、こっちは終わりました」
「こっちももう少しで終わるよ~」
二人きりということで、タカトシ君は私のことを『アリアさん』と呼んでくれている。タカトシ君としては特別意識してのことではないのだろうが、私からしてみればこの呼ばれ方の方が嬉しい。より親密な感じがして。
「お待たせ。こっちも終わったよ~」
「では最終チェックをして戻りましょうか」
「そだね~」
タカトシ君と化学室を見回っていると、一体の人体模型が視界に入った。
「人体模型って何時も裸で可哀そうだよね」
「アリアさんは優しいんですね」
「出島さんから換えのパンツ貰ったから、これを穿かせてあげようかな」
「なんてものを持ち歩いてるんですか、貴女は……」
ポケットからパンツを取り出して見せると、タカトシ君は呆れてしまったようだ。
「資料室の掃除、終わったぞ!」
「え?」
私がパンツを見せつけている状態で固まっていると、シノちゃんとスズちゃんが化学室に乗り込んできた。
「………」
「………」
「せめて何か言ってくれないかなっ!?」
「あ、アリア……なぜ脱ぎたてパンツをタカトシに見せつけてるんだ?」
「これは換えだから! ちゃんと穿いてるからね!」
シノちゃんの腕を取りタカトシ君の死角に移動してスカートの中を確認してもらう。
「う、うむ……ちゃんと穿いているな。だが、ならさっきの状況はなんだ?」
「実は――」
私は人体模型のくだりからパンツを取り出した経緯を説明。するとシノちゃんは納得したように頷いてくれた。
「そういうことなら信じよう。だが、抜け駆けは禁止だからな」
「この程度でタカトシ君が靡いてくれるなら、カナちゃんがとっくにゴールインしてると思うけどね」
「まぁ確かに」
カナちゃんはタカトシ君の家に泊まることも多く、洗濯はタカトシ君がしている。パンツで篭絡できるのならそれで決まっているだろうということで、これ以上シノちゃんから責められることはなかった。
それでゴールインはしないだろ