桜才学園での生活   作:猫林13世

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長距離走は苦手です


柔道部のマラソン

 今日の柔道部はマラソン大会を開くとムツミが宣言する。その理由は尤もらしいのだが、部員たちのウケはあまりよくない。

 

「マラソンかー……」

 

「どうせ主将の優勝に決まってるんだから、少しくらいハンディ欲しいよねー」

 

 

 確かに体力バカであるムツミが優勝するに決まっているだろう。だからと言ってそんなことを堂々と言うのはどうなのだろう。

 

「ハンディなどいらん。正々堂々勝負するべきだろ」

 

「さっすが副主将」

 

「(ハンディを貰って負けたなんて、情けない結果になった時立ち直れるかわからないからな)」

 

 

 多少のハンディくらい、ムツミの体力なら跳ね返してしまうだろう。その時、ハンディを貰っていたことがよりこちらの精神にダメージを与えてくること間違いなし。そんな精神的ダメージを負うくらいなら、最初から負けを認めておいた方が気持ちが楽だ。

 

「乳首当て必要な人は言ってくださいね」

 

「いるわけないだろ」

 

 

 マネージャーのコトミが余計なことを言い出したタイミングで、生徒会の見回りが道場にやってきた。

 

「こらこら。あまり破廉恥なことを言うなよ」

 

「どういうことですか?」

 

 

 津田君は別行動なのか、会長が七条先輩に近づき胸を摘まむ。

 

「乳首当てのゲームをしていたんじゃないのか?」

 

「違いますよー。マラソンするから、道着に擦れて痛いんじゃないかって思って用意したこれがいるかどうか聞いてたんです」

 

「なんだ、紛らわしい」

 

「そもそも勘違いしないと思いますけどね」

 

 

 私ではツッコミとして弱いかもしれないけど、一応ツッコミを入れておく。そうしないと、柔道部全体が同類だと思われそうだったから。

 

「せっかく来たんですから、スターターお願いします」

 

「任せろ!」

 

 

 会長の合図でスタートすることになり、ムツミとトッキーはすでに臨戦態勢に入っている。

 

「スタートダッシュを決めるつもりか」

 

「えっ、私のスター型のニップレスを奪取する!?」

 

「言ってねぇ!? てか、付けてるのかよ!?」

 

 

 やっぱり津田君がいないとこの先輩たちはダメだな……

 

「てかチリ先輩。もうスタートしてますよ?」

 

「いつの間にっ!?」

 

 

 慣れないツッコミをしていたせいか、私はスタートの合図を聞き逃していたらしい。コトミに言われてほかのメンバーがスタートしているのに気づき、私も慌てて後を追いかける。

 

『私たちはここでゴールテープ持って待ってるからなー!』

 

 

 背後から会長の声が聞こえたが、見回りは良いのだろうか……

 

「津田君がいるから平気なのか」

 

 

 彼ならわざわざ見回らなくても校内の安全を守ることができる。そう言われている。

 

「てか、意外と早く追いついたな」

 

「副主将、考え事しながらでもなかなかですね。私なんて完走できるかどうか不安ですよ」

 

 

 後輩の一人が早々に弱音を吐く。私は副主将として、脱落者を無くすために鼓舞しよう。

 

「弱音を吐くな。後ろを見てみろ」

 

「後ろ?」

 

 

 私に言われて後ろを振り返る後輩。後ろには追走のコトミしかいないので不思議だったのだろう。

 

「自転車のコトミが一番辛そうなんだぞ」

 

「なんだか自信出てきました」

 

 

 自転車のコトミのへばり具合を見て、まだ自分の方が余裕があると思えたのだろう。後輩のペースが上がる。

 

「ここの坂、かなりキツイんだよな」

 

「心臓破りの坂ですからね」

 

「そういえばこの間、萩村がここで転んでたな」

 

 

 容姿相応というかなんというか……転んでストッキングが破れたって言ってたな。

 

「パンスト破りの坂ですね」

 

「ボケる余裕はあるんだな」

 

 

 死にそうなはずだったコトミが私たちの会話に加わってきたのでそう尋ねたのだが、コトミの顔は相変わらず苦しそうだ。

 

「てか、それってアシスト付きじゃないのか?」

 

「ち、違いますよ……だから坂道は降りて上ります」

 

「まぁ、仕方ないな」

 

 

 この坂を普通の自転車で何の問題もなく上り切れる高校生は多くないだろう……まぁ、身近に二人くらいいるんだが。

 

「(ムツミは兎も角として、津田君も結構高校生離れしてるんだよな……)」

 

 

 妹のコトミはこんななのに、どうして津田君はあんなに凄いんだろうか……そんなことを考えながら走っていたら、いつの間にか坂を上り終えていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもなら私の独走なのに、今日はずっと隣にトッキーが追走している。これはつまり、トッキーも成長しているってことなのかな。

 

「(ゴールが見えてきた)」

 

 

 私は走っているときのこの匂いが好きだ。風の中に緑の匂いが――

 

『グー』

 

 

――調理室から美味しそうな匂いがしてきて、私は意思とは関係なくそちらにふらふらと向かってしまう。

 

「こらムツミ! おなか減ってるのはわかったがちゃんとゴールしないか!」

 

「はっ!」

 

 

 どうやらゴール地点にスズちゃんがいるようで、私はその声で現実に復帰できた。

 

「あーあ、トッキーに負けちゃったよ」

 

「最後のアレが無かったら分からなかったすよ」

 

「そうかもしれないけど……」

 

 

 私が匂いに釣られていなかったら同着くらいだったのかな……でも負けは悔しいな。

 

「道着洗濯するのでください」

 

 

 コトミちゃんに言われ、私は道着を籠に入れる。

 

『ドスン』

 

「おいムツミ……その道着って」

 

「訓練用の道着だよ。10Kgの錘が入ってる」

 

「私たちはこれに負けたのか……」

 

 

 なんだかチリががっくりしてるけど、何かあったのかな?




ムツミは相変わらず人間離れしている……

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