桜才学園での生活   作:猫林13世

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あまり食べたくはない


昆虫食

 今日は気分を変えて全員で見回りを行うことに。決してじゃんけんがなかなか決まらなく、タカトシが私たちの様子を見に来たからではない。

 

「いよいよ春本番だな」

 

「陽気が気持ちいいねー」

 

「良い季節だな」

 

 

 春といえば恋の季節。タカトシもそのうち誰かと恋をするのだろうか……

 

「(その相手が私なら、何も言うことないんだがな)」

 

 

 今のところ、タカトシと一番関係を深めているのは英稜の森だろう。違う学校というハンディをものともせずにタカトシと親交を深め、自然な形で名前呼びへ移行、しかも数回キスをしているという、これで付き合ってないと言われて信じる人間がどれほどいるかというレベルだ。

 

「春といえば、虫たちの活動も活発化してきますね」

 

「虫か……」

 

 

 私は虫が得意ではない。なのでできるだけ出会いたくなかったのだが――

 

『にゅるん』

 

 

――足元にミミズが現れ、私は無言でその場から走り去る。

 

「良いことばかりではないんだよな……」

 

 

 春は虫の季節でもあるし、花粉の季節でもある。私はまだ花粉症ではないが、アリアが花粉症だし、コトミも確かそんなことを言っていたな。

 

「会長が見回りを投げ出してどうするんですか……」

 

「いや、だって……」

 

 

 しっかりと見回りを済ませ生徒会室に戻ってきたタカトシにチクリと嫌味を言われ、私は反論できずにいる。実際見回りを投げ出したのは事実だしな。

 

「おっす。差し入れ持ってきたよ」

 

「横島先生」

 

 

 この人が差し入れなんて珍しいこともあるものだと思っていたら――

 

「蜂の子」

 

 

――またしても昆虫で、私だけでなく萩村も逃げ出す。しかし出入口には横島先生が立っているので、部屋から逃げ出すことはできなかった。

 

「それで、横島先生はどうして蜂の子なんて持ってきたんですか?」

 

「徳川先生の旅行土産でね」

 

「そうですか。昆虫食って確か、栄養があるんですよね」

 

 

 物おじすることなく横島先生から瓶を受け取り眺めるタカトシを、私と萩村は遠くから眺める。

 

「いくら栄養が高くても、虫を食べるくらいなら虫に食べられた方がマシだ!」

 

「シノちゃん、そっちの趣味に目覚めたの?」

 

「持ってきた私が言うのもなんだが、本当にそっちで良いのか? 虫の子を産まされるんだぞ?」

 

「お前らな……」

 

「「「あっ……」」」

 

 

 タカトシが完全にキレかけているので、私たちはこの話題を打ち切ることに。だって、ここでタカトシに怒られたら、蜂の子が入ってる瓶を投げつけられそうだし……

 

「大丈夫そうなら、タカトシから食べてみたら?」

 

「別にいいけど」

 

 

 タカトシは特に気にした様子もなく萩村から箸を受け取り、そのまま口に運んだ。

 

「どう?」

 

「普通に美味しいですよ。市販されているものですし」

 

「味とか食感はどう?」

 

「そういうのは自分の気持ちで伝えないと意味ないですよ。てか、徳川先生に横島先生は食べてないって伝えてあげましょうか?」

 

「うっ……」

 

 

 どうやら感想を知りたいだけのようで、横島先生に私たちを労うとか、そういう意図はなかったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 タカトシ君が平然と食べて見せたとはいえ、私たちがそれに続くのはなかなか勇気がいる。シノちゃんがうじうじしているのを隠れ蓑に、私やスズちゃんも箸を伸ばそうとはしていないもの。

 

「食べる以前に、摘まむのに勇気がいるな」

 

「目を瞑ったら?」

 

「それじゃ何も見えないだろー」

 

 

 見えなければいけるかと思ったけど、確かにシノちゃんの言う通りだ。何も見えなかったらそもそも摘まむことすらできないじゃない。

 

「なら俺が食べさせてあげましょうか?」

 

「っ!?」

 

 

 タカトシ君としたら特に深い意味はないんだろうけども、意識している相手からそんなことを言われたら顔を赤くしてしまうのも仕方がないだろう。

 

「た、頼む」

 

 

 様々な感情と葛藤していたシノちゃんだったが、最終的にはタカトシ君に食べさせてもらうことにしたようだ。

 

「……いける!」

 

「ほんと? タカトシ君、私にも」

 

「私も」

 

 

 シノちゃんが食べたことで恐怖心が薄まったけど、自分で摘まむ勇気がないのでタカトシ君にお願いする。決してシノちゃんだけズルいとか、そういった感情があったわけではない。

 

「いけるね」

 

「箸が進みますね」

 

 

 一度食べてしまえば恐怖心もなくなり、私たちは自分で蜂の子を摘まみ口に運ぶ。

 

「あっ、昆虫食ってカロリー高いんだ」

 

「「「………」」」

 

「さて、これで後食べてないのは横島先生だけですね」

 

「そ、それは関係ないだろ?」

 

「徳川先生に感想、頼まれてるんですよね?」

 

 

 私たちがフリーズしている横で、タカトシ君が人の悪い笑みを浮かべながら蜂の子を横島先生の口へ運ぶ。あの顔は完全にサドの血が騒いでいるのだろう。

 

「む、無理やりならせめて人のいないところ――あぁー!? ……意外といけるな」

 

「では、残りは横島先生がどうぞ」

 

 

 蜂の子の瓶を横島先生へ返し、そのまま横島先生を生徒会室から追いやるタカトシ君。一連の流れがもはやプロの域だ。

 

「し、食を通じて虫との距離が縮まった気がする」

 

「それはよかったですね」

 

「あっクモ」

 

 

 机の上を小さなクモが這っているのを見つけ、思わず声に出してしまう。このくらいのサイズなら私は大丈夫だけど――

 

「………」

 

「距離は縮まっても壁はあるようですね」

 

「壁というか、辞書だけどね」

 

 

――シノちゃんは持っていた国語辞典でクモとの間に壁を作ったのだった。




ズルはいけません

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